第95話 珍しい、タラのなめろう
覚は少し珍しいレシピを見つけた。
万智子とのご飯を日夜考える覚にとって、常備菜以外にもなにを食べたら喜んでもらえるのかを考えるのがささやかな楽しみにしている。
母親の背中を見て自炊に興味を持ち、学生時代は自炊で色々試行錯誤しながらも『食べたいもの』を作ったりしていただけだったが。
今まで付き合ってきた彼女たちには、少し不評だった。時短でも完璧に近い料理を振舞われると、自分を卑下しているのではないかと思われて自然消滅も一回や二回じゃない。
しかし、自炊は日常生活の一環。コンビニ飯やインスタント食品も悪くないが、ルーティンにしていた覚にとっては別に相手をどうのこうのしたくはなかったのに。
だが、万智子は違った。
覚の惚れ直しから、少し強引な交際をスタートさせたのに。男が自炊出来ると知っても嫌と思うどころか感心してくれたのだ。自分がまったくなくらいに料理が苦手なところがあったからとは言っていたが。
入籍後、覚の横に立って眺めてくれていても、そのきらきらした瞳は変わっていない。少しずつ、包丁使いを矯正したおかげもあって最近は並んで料理することも増えてきたが……まだまだ、危なっかしいところはある。それすらも、惚れている覚にとっては可愛い光景にしか見えないけれど。
たまに、炊飯器のセットを忘れるドジっ子も可愛いし、土下座を披露する姿勢も大阪の血を受け継いでいるのかで面白く見えてはいるが。
とにかく、結婚三年目を迎えても飽きたりすることがなかった。むしろ、もっともっと、ご飯で喜ばせてやりたいと思うくらい……さらに、惚れ直しているほどだ。
そんなときに、見つけたレシピがあった。
ほかの食材ではちょいちょい見かけるが、この時期の旬の食材では珍しい料理。
「あ。あった」
定時に退社してから、いつものスーパーに車を走らせてから買い物をしていると。
目的のコーナーに、探していた食材があったのですぐにそれを手に取った。
鮮魚コーナーの刺身。食材はマグロやサーモンではなく、『タラ』だ。
(これで、なめろう作れるのか……)
時短レシピの多いアプリで検索したら、久しぶりに『なめろう』でも作ってみたいなと思ったが。
白身魚が旬の時期なため、二月の魚で出来なくないか心配になったのだ。基本的に、青魚で作ることが多いので、夏か秋に食べられることが普通。別に養殖とかがあるので、生食用を買えば作れなくはないが、せっかくならと、旬の食材で作ってみたかったのだ。
それで、なんとなく『タラ』で検索したら一件だけ投稿レシピがあった。材料もほかのなめろうとそんなに変わりなかったので、タラのパックをふたつカゴに入れたら薬味も同じように入れていく。
万智子には、今日は多めに炊飯しておいてとRINEで連絡しているので……多分、大丈夫なはずだ。確定申告が終わったので、在宅ワークを再開していても携帯の通知は見る癖が定着してきたから。
(せっかくなら、なめろう丼とか作りたいな……)
なめろうは酒のつまみにもなりがちだが。
味噌汁に入れてもいいし、丼にしてもお茶漬けにしてもいい万能のおかずなのだ。
覚の予定では、タラでなめろうを作ってから仕上げに『炙る』工程を入れる予定。
タラの淡泊な味わいに味噌と薬味が合うのはともかく、脂が焦げて絶対美味しい予感がするのだ。
「ただいま~」
「おかえり~」
帰宅すると、今日は土下座がないからちゃんと炊飯器は無事のようだ。ちょうど炊けるアラームがなったので文句は言わない。
冷蔵庫に仕舞ってから、適当な部屋着に着替え、さっそくとりかかることにした。
「今日はなめろう作るよ~」
「……なめろう?」
覗きに来た万智子に行っても、あんまり知らないのか首を軽く傾げた。飲み屋でもそこまでメジャーなものでもないから、知らないのも仕方がないだろう。
「刺身用の魚に、味噌と薬味入れて超細かく叩いたもの。舐めるくらいに酒が進むからって、そんな呼び名がついたんだよ。今日は酒より、丼ものの予定にするけど」
「ほーほー。味噌味の丼もの?」
「魚は旬のタラだね」
「普通は違うの?」
「アジやサンマが多いかな? 青魚がメジャーだね」
「けど、さとくんが作るから美味しそう」
「今回のは初見だけどねぇ?」
「マジか~」
薬味のネギと味噌の準備が出来てから、刺身用のタラを包丁二本使いで細かくまな板の上で叩いていく。軽く粘り気が出てもいいので、ひたすら細かくしていくのがコツ。
昔はアジで作ったことはあったが、包丁から伝わってくる魚の感触が全然違うので注意深く叩いていくしかない。ある程度刻んだら、ネギと味噌を加えて混ぜ合わせるように叩く。
仕上げに、根ショウガのチューブと酢を少々。
少し味見したが、思った以上の仕上がりになっていた。
「マチちゃん、丼の用意だけお願い」
「おお! もう出来たの?」
「載せたら、少しバーナーで炙るけど」
「……よだれ、出そう」
「まだ出来てないない」
夫婦茶碗のように購入した、サイズに少し差のある丼に白飯を入れ。
なるべく均等になるよう、覚がなめろうを載せてからガスバーナーを用意して軽く表面を炙っていく。ちりちりと味噌とタラが軽く焦げるくらいで火を止めた。
満足の行く出来になったら、あとはセッティングしていくのみ。
「「いただきます」」
作り置きの常備菜とお吸い物だけにしたが、メインのなめろう丼に万智子の目線は釘付けになっていた。それだけ、今日も頑張って仕事をした疲れと空腹が表に出てしまっているのだろう。汁物で軽く胃を温めてから、万智子は丼を持って、がっつりと食べ始めた。
女だからおしとやかにとか、今の時代関係ない。
美味しいものを、いい顔で食べてくれるのが覚にとっては嬉しいことなのだから。
「さとくん! めちゃくちゃ美味しい!! 炙っているから、味噌の味が濃い気がする!!」
この素直な感想を、出会った頃のオフ会で惜しみなく見せてくれたから……その延長線を見たいと思い、オフ会のたびに好みそうな店を選別するのが楽しかったのだ。
そこから、結婚までのゴールに至るというのは予想の範疇を大幅に上回っていたが。
「しっかり焼くのはさんが焼きとか言われているけど。軽く炙るのも美味いんだよな~。お茶漬けにしてもいいし」
「む。お茶漬け……」
「吸い物かけても美味いよ~?」
「あ、それでこの組み合わせ?」
「狙ったわけじゃないけど。好みの方法で食べな~」
「迷う~~」
いつだって、覚のご飯を美味しい美味しいと賞賛してくれる、可愛い妻との生活は充実している。
その先をもう少し考える必要、特に子どものことはまた改めて考えなくてはいけないだろうが。
まだもう少しは、こんなささやかな幸せを噛みしめる日常を過ごしていたかった。
次回はまた明日〜




