第94話 確定申告でバレンタイン潰れる
事前の準備を色々しなくてはいけないと思いつつも、万智子は盛大に忘れてしまっていたのだ。
「バレンタインが潰れるぅううう」
去年はなんとかしたものの、今年は間に合いそうもない。なぜなら、確定申告の準備シーズンの第二弾が来たため。他にもコミカライズの仕事がまた忙しくなったので……既製品を用意しようかどうしようかしていたら、あっと言う間にバレンタイン当日になってしまったのだ。それと、バレンタインと気づいたのも当日にカレンダーを見てから思い出したくらい。
「国保、納税、医療控除……記入が色々あるぅう!! スマホで出来るようになっても、さとくんと頑張った事前準備なきゃ……もっと大変だったろうなぁ」
覚は親戚の税理士に頼んでいるらしいが、万智子は今回は自分でやってみると宣言したため……どれくらい、項目が多いとか大変なのかを体験しているのだ。実際、その項目の準備をしていたお陰もあって、必要書類が自宅に届いてからスマホとにらみ合いっこ。
結果、夕方まで時間はかかったが、なんとか出来上がったのだ。還付金額もきちんと確認してから申告完了のタップを押し……終わったら、その場でへにゃへにゃと崩れ落ちたのである。
「……出来た。けど、やっぱりバレンタインの買い出しいけなかったぁ!?」
既製品でもよかったかもしれないが、何故昨日思い出さなかったのだ自分! と思うくらい後悔しまくりだ。別に覚は『気にしてないよ』とか言うだろが、妻としては大惨事を起こしたのと同じこと。
今から用意できるものは、『チョコ』以外で何かないか。
前に覚が教えてくれた、ウェハースのケーキも考えたが……肝心の材料がどれもこれもない。
今から買い出しに行けば、覚とすれ違う可能性が高いのでアウト。
では、どうすればいいのか。
「大変申し訳ございませんでした!!」
覚が帰宅したら、土下座で謝罪。
かなり久しぶりだったこともあり、覚も『どうしたの?』と返してくれるくらいに驚いていた。
「……実は。確定申告は無事に出来たんだけど」
「お? お疲れ~。じゃあ、今日はお疲れ様会やろっか?」
「……今日、バレンタインなの忘れてて」
「……あーね。買い出しもなにも出来てなかったと?」
正直に告げても、特にがっかりした様子もなかったのが、逆に万智子の良心が痛くなってくる。
日本独自の行事とは言え、定番になったそれを忘れてしまうのは如何なものか。女としては非常によろしくないことだろう。もう一度、土下座したら肩を軽く叩かれた。
「ん?」
「今年、俺から逆チョコしようと思ってたんだよ」
「へ?」
ほら、と持っていたマイバックの中身を見せてもらえれば。板チョコ以外にフルーツや菓子類がたくさん。食べるにしても大量のそれらで、なにかをしようとしてくれていたのか。
「ご飯は軽めにして、デザートにチョコレートフォンデュをしようと思ったんだ」
「チョコのフォンデュ!?」
「いい響きでしょ?」
「神か!?」
「ただの旦那さんなだけ」
なので、夕飯は本当に軽めの炒飯とスープくらいにして。
食べ終わってから、チョコレートフォンデュの準備を始める。万智子はフルーツのカットをざっくりと。覚はメインのチョコレートフォンデュの作業を始めることに。
「家でチョコレートフォンデュが出来ちゃうんだ~」
「あんな滝のようにする機械はないけど。チーズの時みたいに耐熱容器に入れてつけるだけだね」
「あーね。それなら、簡単かも?」
「チョコ刻むのはさせないよ? 手、怪我しやすいし」
「はーい」
鍋で温めた牛乳に、刻んだチョコレートを入れて溶かす。
それを、ホットプレートの上に乗せて温度を保つだけらしい。手順だけいうと実に簡単だ。
「マシュマロ、フルーツ。クッキーとかあれば十分」
「わーい! チョコフォンデュ!!」
「「いただきます」」
普通は金属のピックを使うが、自宅に常備してないのでここは竹串で代用。温めたチョコレートの液に軽く浸してから口に運ぶ。万智子はまずいちごにしたので、チョコがけのフルーツの美味しさを堪能した。
少し温かいチョコが冷たいフルーツとマッチする感覚が楽しいし、美味しいのだ。
対する、覚はマシュマロだった。
「うーん! 美味しい!! これ最高!!」
「今更だけど、ハッピーバレンタイン。確定申告もお疲れ様~」
「めっちゃ疲れた。……あれ以上の量を、さとくんも最初は自分でやったの?」
「最初はね? 軌道に乗り始めたら、おじさんが声掛けしてくれたんだ。格安でやろっかって」
「私もそんなこと言われてみたい~」
「向こうから言ってきたよ? マチちゃんの同人作品も同じくらいになるなら、やろっかって」
「……デビューのこと言ってないのに?」
「同人活動も立派な副業認識になっているからね? 今の時代」
「なるほど……」
理解のある大人が増えてきたのか。時代の流れがそれを柔軟に受け入れる姿勢になってきたのか。
チョコフォンデュを楽しみながら、そんな会話をしている途中で、覚が『あ』と思い出したのかキッチンからチャッカマンを持ってきた。
「これを、こうして……」
大きめのマシュマロの表面を軽く焦がし。それをフォンデュに軽く浸してから……クッキーで挟む。スモアクッキーの簡易版ではないか、と、万智子も思わず唾を飲み込んだ。
「美味しそう……」
「はい、どーぞ」
「え、いいの?」
「マチちゃん、キャンプの経験あんまないでしょ? 絶対美味しいから」
「うん……」
積極的なアウトドア派ではないので、ソロキャンプにも行ったことがないからキャンプ飯に縁が薄かった。せっかくなので、マシュマロが溶けないうちにクッキーごと頬張ってみると……とろっとしたマシュマロとチョコがサクサクしたクッキーとマッチしていた。
これは、癖になるお菓子なのでは、とも言いたいくらいの美味に。
「気に入った?」
「スモアって、こんなとろとろなんだね~?」
「焚火で炙ると、もっとしゅわっとしているけど。ガスバーナーは扱い難しいからな……家の中だと」
「あーね。火事とか怖いし」
「そーそー」
あたふたなバレンタインの日になってしまったが。結果的に、ハッピーなバレンタインで終わったのでホワイトデーは逆に頑張ろうと決めたのだった。
次回はまた明日〜




