第92話 たまには甘えさせてあげたい
覚が風邪を引いて、二日目。
タクシーで内科に向かい、受診したところインフルエンザではなかったが普通の風邪ではあるらしい。
処方箋の服薬を受け取り、自宅に帰ってきてからはとにかく寝て休んでもらった。
寒気や熱さが交互にやってくるとかで、汗を掻くペースが早く着替えが大変だったくらい。それがようやく落ち着いた頃には、買い置きしたプリンなどの喉越しがいいもので薬を飲んでくれたが。
「……風邪、舐めてた」
「私のご飯とかは気にしなくていいから。さとくん、他にしてほしいこととかある? ないなら、寝よ?」
「んー……とりあえず、寝る」
「ん。お休み」
さすがに寝るときは自室のベッドで寝てくれたが。万智子は万智子で、夕飯の支度をどうしようか……また、アプリのレシピで検索してみることにした。合間合間に、騒音を出し過ぎないように家事もしつつだが。
(おじやは昨日食べたし。消化にいいのはうどんって聞くけど、鍋焼きうどんってつくれるかな?? さとくんは、私のときに味噌煮込みうどんのアレンジしてくれたけど)
そもそも、結婚三年目にして……旦那の好みをほとんど把握していないのでは?と、今更ながら気づいたのだ。SNSでの相互フォロワー時代のときも、オフ会で飲みに行くときのチョイスはいつも覚が率先して決めてくれていた。
振り返ってみたが、ピーマンや小松菜がかつて苦手だったことくらいしか思い浮かばない。
基本的になんでも食べるし、苦手意識はあったとしても食べれなくはないと言っていたような気もする。
そこまで行き着くと、『なんてことだ』と力が抜けそうになった。
(今はちゃんと『好きな人』なのに。相手の好みの食事を知らないだなんて!!)
いつも甘やかしてくれてばかりいたから、知らないままでいたのも仕様がない。とは言え、せっかく寝ているところを起こすのも非常によろしくないのだ。冷蔵庫の中身と一度向き合ってみたが、『万智子の食べたいもの』だらけだったので、余計に分かりにくかっただけに終わる。
「う~~ん。じゃあ、逆に? 私の食べたいもので、いっしょに楽しむ方向??」
それだ、と思いつくと。もう一度冷蔵庫の中身と引き出しの中身を確認してから商店街に買い出しに向かう。免許があれば、業務スーパーなどにも行けただろうが自転車しか乗れないのでそこは仕方がない。
材料と、ちょっとしたご褒美おやつを購入してから帰宅すれば。夕飯には少し早いが早過ぎる時間でもないので、早速下ごしらえから始めることにした。
「小松菜をよく水洗いして……たっぷりのお湯で、根本一分。葉とか茎は30秒」
ザルにあげたら、しっかり水洗いして冷めてからぎゅっと絞るように水気を取る。刻むのはあとにして、それは放置。
次に、鶏肉。手を切らないように気を付けてから、ひと口大に切ったもも肉。白だしたっぷりの鍋に入れて、軽く煮込む。次に、水洗いして触り心地が良くなった『きしめん』を投入してしっかり煮込んでいく。
そう、結局、うどんもいいが『きしめん』にすることにしたのだ。
万智子も食べたかったものだし、覚もだいぶ食べ慣れてきたし。これならうどん同様に消化のいいものだから。今回は卵とじではなくて、別の食材を入れる予定だ。商店街だと、もっと安くてお手軽に購入できる……『あれ』を使って。
味を見て、刻んだ小松菜を加えてから取り出したのは。
「総菜屋さんの、『天かす』!」
お好み焼きとかに使う、『いか天』もいいのだが。風邪のときのうどんのイメージだと『たぬきうどん』『たぬきそば』に扱う天かすの方が万智子は好きだった。母が風邪のときにつくってくれた鍋焼きうどんのようなものにも、これが入っていた覚えがあったからだ。
器にきしめんと具材を盛り付け、天かすをどさっと。刻みネギはパックのやつを使って。それっぽい『鍋焼きうどん風きしめん』が出来上がったら……覚の様子を見に行くと、よく眠っていた。
しかし、そろそろ次の薬を飲んだ方がいい時間にもなってきたので、起こすことにした。
「……ん? もう夜?」
「ご飯もつくったよ。こっち持ってこようか?」
「いや、ちょっとトイレも行きたいし。向こうで食べるよ」
「じゃ、用意しとくから」
短時間とは言え、しっかり寝付けたことでふらつきもマシになっていた。
やはり、薬も市販薬より処方薬の方がいいのかもしれない。万智子は会社を辞めたことで市の健康診断を受けれることにはなっているが、特に問題ないだろうと思ってなにもしていなかった。それを改めようと、今年はちゃんと受けてみようと決めた。
「わ。美味しそ」
「そんな大層なものじゃないけど……」
器にもりつけられた、『たぬききしめん』の出来栄えは正直言って、武骨な仕上がりだ。具材の切り方も雑なものが多いので、見栄えがいいとは言えない。
なのに、そんなことはないと覚は元気が出たのか目が輝いているように見えた。
「「いただきます」」
少し冷めたが、熱いことには変わりないのでお互いに息を吹きかけてから麺をすすった。少し煮込んだことでやわらかい食感もあるが、ほんのちょっとだけもちもちとしている。つるん、と口に入るので食べやすい。
味付けも白だしがメインなので、水との割合を間違えていなかったから『問題ない』ものになっていたが。
覚にはとても美味しく感じているのか、ずるずると音を立てながら貪るようにして食べてくれていた。
「天かす多かった?」
「いや。むしろ、ほっとする。油ものって、風邪のときにあんまり食べないからさ?」
「インスタント食品に頼るよりはいいかなって……」
「ちゃんと味付け出来てるよ。うんまい」
「さとくんがなに食べたいか。よくわかんなくてこうなったんだけど……」
「俺が食べたいもの?」
「お恥ずかしながら、あんまりそういう会話してこなかったんで……」
「言われてみれば。けど、そだな。マチちゃんのつくるものならなんだっていい……は、困るよね?」
「困るので、もう少しわかりやすいリクエスト頼みます」
「……はい」
また一歩、夫婦としての歩みを踏み始めれたのだが。
お互いに語り合うにも、覚はまだ三日以上は安静にしなくてはいけないので『次』に食べたいもののリクエストをしてもらってから横にならせた。
まだ、麺類が食べたいということで、朝はあったかいにゅうめんを作ることに。その次は卵雑炊とか。
万智子はそれだけだと足りないので、常備菜をいっしょに食べたりしていたが……甘えさせるのが、こんなにも難しいことなんだなと、深く痛感した。いつもいつも覚には感謝してもし足りないのだと再認識したくらいに。
次回はまた明日〜




