第88話 ズボラなレシピでは?『カッチョ・エ・ペペ』
年末も近くなってきた。
落合家では、万智子が昼のうちに、出来る範囲で掃除機やホコリ取りをしているものの。
断捨離や家電の大掃除まではなかなか手がつけられない。万智子が通販で同人誌の購入をする機会が減っても、段ボールなどはその都度収集日に出すようにはしているが。
「マチちゃん、カーテンの取り外し頼んだ」
「うん。椅子使えば届くもんね」
覚の仕事納めが終わったあたりで、大掃除をすることになった。上から下に。普段出来ていないところから、普段気を付けているところまで。
午前中はそんな感じで、洗濯機もフル稼働しながら進めていく。布団などの大物については、あとでコインランドリーで洗いにいくので袋に詰めるなど。
家電の掃除は覚が積極的に洗浄し、万智子は細かいところを重点的に。
ひと段落ついたら、車でコインランドリーに行って布団を洗濯しに行く。ここで、疲れたなら外食でもいいのだが、覚が作りたい料理があるからと自宅に戻ることになったのだ。
「イタリアでは定番らしい、チーズを使ったパスタだよ」
用意したのは。
粉チーズ。
バター。
ブラックペッパー。
粗挽き胡椒。
塩。
お湯。
カルボナーラでもない、シンプル過ぎる内容のパスタに見えたのだ。
「美味しいの?」
「ほんとは、粉チーズじゃないハードタイプを削った方がいいけど。うちにある材料でつくってみたかったんだよね?」
「凝ってる料理?」
「というより、こだわりがあるやつかな?」
パスタを茹でている間に、ホールのブラックペッパーは軽く潰しておく。
フライパンでバター溶けたら、そのペッパーを入れて香りづけするそうな。
焦げないように気をつけながら、ゆで汁をお玉二杯弱入れて乳化という現象を起こすらしい。これで塩味以外にもソースとしてのベースが出来るとか。
「にゅーか、って、そんな大事なんだ?」
「レストラン時代はまかないもつくるとこ見してもらったけど。結構丁寧にしてたからね?」
茹で上がったパスタを入れ、そこに粉チーズをたっぷり。盛り付けたら、粗挽きの方のブラックペッパーをたっぷり。
たったこれだけなのに、いい匂いでお腹がきゅぅ、と鳴ってしまった。
おかずとかは、相性はともかくとして常備菜の掃除もしたいからと。異色な組み合わせだがそんな日もあっておかしくない。
むしろ、このシンプルな見た目のパスタの味の方が、万智子は気になって仕方がなかった。
「「いただきます」」
バターと胡椒と粉チーズ。それに塩味だけだというが、どんな味わいに仕上がっているのか。
ひと口頬張ると、まず舌で感じられたのはチーズとバターの乳製品の風味。どちらも喧嘩していないし、むしろ引き立たせているような味わいだった。そこにぴりっとした胡椒が加わると味が一瞬、引き締まる。
シンプルな材料なのに、普段の簡単パスタとはまた違った味わい。
素直に美味しいと思い、フォークが止まらないでいた。
「そんなに気に入った?」
覚にも苦笑いされるくらいだったので、はっ、と手を止めてから強く頷いた。
「すっごく、美味しい!! バターとかチーズがくどくないし、胡椒たっぷりなのがちょうどいいくらいだよ!!」
「ちゃんとした名前があるんだ。『カッチョ・エ・ペペ』ってパスタ」
「……どんな意味??」
「たしか、チーズと胡椒のパスタだったかな? イタリア語で。本当は専用に近いチーズのすりおろしを使うんだけど。粉チーズとかでも代用出来るんだ」
「シンプルなものほど、難しい料理ってこと?」
「そうだね? チーズをダマにしちゃいけないとか。ゆで汁の乳化はプロでも失敗しやすい」
「ほーほー」
プロでも失敗しやすい。
それは、クリエイターでも同じかもしれないことだ。
同じようなテーマなどを盛り込んでも、別のクリエイターに負けることだって多い。漫画家であれ、ラノベ作家であれ。
その中で、生き残っていくには常に挑戦が必要なことも、万智子は商業化の仕事を通して学んできた。ドミノのアシスタントや、自分のデビューも含めて。
コミカライズの配信まで、まだまだ時間はあるが周囲には公表できない。その歯がゆさはどうしようもないが、決まりは決まりだ。
覚は商業作家として、そこを今まできちんと守ってきた。まさか、いっしょに仕事をするとは思わなかったが。
(容赦のない指摘。多かったもんね?)
食事を再開しながら、万智子はこれまでの原稿を振り返ってみた。
覚の原作の中でのこだわりだけでなく、万智子の今までの同人の原稿も見てきたからこそ、『癖』などを見つけるのが早かった。どこが違和感があって、ここは修正した方がいいとか。佐伯経由で聞いてもその通りだと頷けるものばかり。
配信してからの連載の間、続刊が増える可能性だってある。
そのためにも、編集の佐伯という垣根はあるが、二人三脚できちんと仕事が出来るようにしたかった。
普段は普段で、その話題は一切出せないけれども。
「「ごちそうさまでした」」
食べ終わったら、布団の回収もあるが……断捨離の準備もはじめなくてはいけない。中古で扱えるものがあるかどうか、そこの確認は引っ越し前から避けられないため、頑張るしかないのだ。
確定申告の資料費には該当するが、あまり読まなくなったものは買取した方がいいかもしれないのも、覚からちゃんと学んだため。
次回はまた明日〜




