第8話 段階を踏んで、鯖缶そうめん
万智子は気が付いたら昼過ぎになっていたのに驚いた。
家事分担をこなす、というか、見苦しくない程度に塵とか髪の毛を取るくらいの掃除からでいいと……同居前に買い直したクリーナー付きの電動掃除機でこれでもかと床上とかカーペットの上をかけていく。
スケルトンタイプなので、搔き集めた部分がどう見ても万智子の長い髪の毛だらけなのがわかると……一日か二日くらいでこんなに抜け毛が貯まるのが信じられないと、今度はクイックルワイパーできちんと床磨きしていく。というのを繰り返していたら、昼ご飯もまだの正午を過ぎていたのだ。
「……何食べようかな?」
別に、ストックにカップラーメンとか冷凍食品がないわけではない。だが、昨夜のスープもまだあるらしいが、あれは夜のご褒美ご飯にしたいからと簡単に済ませようと思う。
とは言っても、料理初心者の万智子が電子ケトルとかでお湯を沸かしたり、レンチンする以外の料理が果たして出来るかどうか。それに、覚の美味しい料理に必要な材料を無駄にしたくない。だけど、まだ同居してから数日程度でも胃袋はがっつり掴まれたまま。
コンビニ飯の微妙に完成度が薄くて、変に味が濃いだけの弁当とかはしばらく食べたくはない。
それでも……と、思っていると、RINEの通知が来たので誰だろうとスマホをタップしたら。覚からのメッセージが届いたのだ。
『言い忘れてたけど。簡単レシピ、下に書いとくから作ってみなよ。レンジとか使うからIHでやけどする心配なし』
と、わざわざ昼休憩にそんな神対応。
出来た旦那や……とか呟いてしまい、さっそくなのですぐに送られてきたメッセージの材料を調理台に集めていく。
鯖缶(しょうゆ味)
そうめん(乾麺)
煮卵(昨日作ってくれたやつ)
刻み葱(既にタッパーにあった)
たったこれだけでいいらしい。物足りない場合のメモ書きもあったが、ひとまず『そうめん』を茹でるところからスタートだ。道具の中に、パスタ用のレンチン容器があったのでそれに規定量の水を入れてそうめんを一束でいいらしい。
「……これを容器に書いてある分数レンチンして」
茹で上がったら、ボウルに入れて流水でぬめりを取る。ザルで水気を切ってから、丼とかの器に入れる。あとは、鯖缶を怪我しないように開けてそうめんにどばっと。タレとかはしょうゆ味だから大丈夫らしい。
「煮卵、ネギ、あと……おこのみでいりごまと生姜添えたら」
簡単時短の鯖缶ぶっかけそうめんの出来上がり。初心者の万智子でもなんとか作れた。思わず写真を撮って、覚に送ったり、SNSのつぶやきにも公開したくらいの感動を得たのは仕様がないだろう。なにせ、料理初心者。
「……いただきます」
そうめんがのびないうちに食べようと箸を持って、ずずっとすすってみた。たしかに、鯖缶の汁がタレの代わりになってめんつゆほどじゃないが味がついている。青魚の匂いはするが、生姜もいっしょに食べるとあんまり気にならない。缶詰だから骨まで食べれる鯖だけど、なんだか体にいいものを食べている気がした。煮卵の方も今日も安定の美味しさ。
一昨日退職するまでは短い休憩時間だと早食いしまくっていたけれど、今日からはほぼ自宅で過ごす毎日だから誰も邪魔しない。夕方以降になれば、覚だって帰ってくるからひとりじゃないのだ。
望んだ、というのには少し語弊があるかもしれないが。提案されたことを自分なりに消化して承諾したのだから、この生活を苦だとは思わないようにしなくては。
炊事を旦那の覚ひとりに任せきりもよくないが、せめて、出来ることは少しずつ増やしていこうと言う意気込みが出来てきた。
ゆっくり噛んで味わい、汁も飲み干してから片付けた。覚にも『美味しかった』とメッセージを送れば、手元にスマホがあったのかで『よかったよ』と返事をくれたのが……なんだか、素直に嬉しいと感じたのだ。関係が知人通り越して、夫婦になったからだろうか。恋愛マジックとやらをかけられたせいもあって、直接言われていないのにフィルターがかかったように見えたのだ。
「……うん。今はこれでいいよね?」
ダイニングテーブルを拭きながらそうつぶやき、部屋でネームから下書きの作業に移るためにデジタルタブレットを起動させる。絵柄自体は悪くないと覚には前々から言われているが、カットなどのコマ割りが少し怪しいと言われる箇所を直してもらった結果。
これで三冊目の同人誌になるが、なんだか見栄えがよくなって要らない情報を削った分すっきりしているように見えた気がした。
ときどき、結婚祝いでフォロワーからもらったコーヒーメーカーでコーヒーブレイクしながら作業を進めていたら……。
「ただいま~」
あっという間に、覚の帰宅時間となってしまい。夕飯の仕込みをなにもしていないことに……出迎え直後、玄関で土下座を披露したのだった。
「いや。俺がメインで作るから、別に気にしてないし」
「けど。前もって聞いていれば……昼ご飯のように出来たかもだし」
「いいよいいよ。じゃ、それなら……いっしょにお風呂はいってくれる?」
「ホワッツ!?」
「なにも手ぇ出さないし、俺眼鏡じゃん? あんま見えないだろうから」
「……ほんと?」
「ほんとほんと」
含みがあるようで少しあやしいが、ご飯のためだと了承してしまうくらいに甘やかされている気がした万智子であった。
次回はまた明日〜




