第77話 風邪にはやっぱり……な、きしめんをば
「……面目ない」
「いやいやいや? 風邪はしょうがないよ、マチちゃん」
落合万智子、結婚約三年目の秋になって。
かなり久しぶりに、喉風邪を引いてしまったのだ。しかも、結構しんどいくらいのを。
気づいたのは朝起き上がってから喉の不調を感じ。念のため、熱を測ったら……それなりに高く。
内科に行くのもありだが、自力で行けるはずがない。覚にも伝えたが、市販薬でしばらく様子見して……彼が帰宅しても、症状が落ち着くどころか悪化するばかり。
唯一、咳がないのは楽だったが。
「……お腹、空いた」
「あれ? ゼリーとか買っといたのは?」
「…………起き上がれなかった」
「水分不足もあるね。スポドリ取って来るから待ってて」
「…………うん」
ぐったりしていたため、なかなか起き上がれなかったのもあるが。朝の薬だけでは、やはり回復しないのも無理がある。汗もそこまで掻いていないため、着替えようかどうか迷っていると覚がスポドリといっしょに、ゼリー飲料を持って戻ってきた。
「はい。まずは飲んで」
「……うん」
ゆっくりと起き上がらせてくれたので、受け取ったペットボトルを落とさないように気を付けた。蓋を開ける気力はなかったが、既に開封済みにしてくれたのでその優しさが嬉しい。
普段なら一気飲みするところを、ゆっくりゆっくり飲んで半分くらいでゼリー飲料に変えた。のど越しも良くて、冷たくて美味しいと久しぶりに思ったくらいに。
「お腹空いてたんだよね? 少し横になって待っててくれる?」
「うん。ありがと……」
消化にいいものなら、おかゆかおじやか。もしくはうどんかそうめんか。
どれでも、今の万智子には欲しい食事ばかり。ゼリーを完飲してから、ベッドでうとうとしていると、キッチンの方でカチャカチャいう音が心地よくて……つい、目を閉じて眠ってしまっていた。
まどろんでいたためか、夢のようなものを見た。
少し昔のこと。
万智子と覚の、最初のオフ会だ。お互いにラフな格好をしていて、なんてことのない創作論を語っていたと思う。そのあとに、意気投合したのがきっかけでカラオケに入り、それぞれの歌唱力を披露した。拮抗する点数の差を見て、それぞれ笑ったものだ。
それから頻繁ではないが、ほかの相互フォロワーがいっしょだったり、そうじゃなかったりもしたが、オフ会で交友を深めた。みぃたんのように、歳の差があるから『兄さん』と呼んでも嫌がられなかったが……まさか、恋愛対象に見られていたとは、社会人になるまで知らず。
電撃結婚並みに、交際から入籍までのスパンは早かったが。本気で嫌ではなかった。
それなりに好意的な印象は持っていたし、短い交際期間でも彼の優しさは身に沁みるぐらいに伝わっていたのだ。結婚することも、異を唱えなかったのはそのせい。
「マチちゃん、起きれそう?」
ぼんやり夢を見ていたせいで、現実との差を最初間違えそうになったが。
ちゃんと、今は『満永』ではなく『落合』の姓で生活していることを自覚できた。結婚もして三年目に突入したことも。あと少しで、結婚式と披露宴もすることも思い出せた。
そんな途中で、風邪を引いて寝込んでいることも。
「……ん。ご飯?」
「そ。トレー載せるから、座れるかな?」
「うん。色々口にしたから、さっきよりは楽……」
少し汗を掻いていたが、食欲の方が勝っていたのでゆっくりと起き上がってみた。鼻が利かないので匂いはわからないが、ふわっと漂う湯気であたたかいものを用意してくれたのは理解できた。
ヘッドボードにクッションを敷き詰め、もたれかかると膝の上にトレーを乗せられた。そこには、大きめの丼が。中身は汁と卵以外はネギしか見えない。
「?」
「中身は、箸で確認してごらん?」
「うん……」
よく見ると、ほかにもほうれん草やなるととかが入っていた。卵の下に隠れているのはなにか、ゆっくりと避けてみれば……見覚えのある麺類が顔を出してくれた。
「柔らかいのと、君の好みに合わせて。きしめんにしました~」
「わざわざ、白だしで作ってくれたの?」
「濃いめのめんつゆより、風邪のときは白だしの方が好きでしょ?」
「……うん」
母親もそうだった。万智子が風邪のときは、味噌煮込みうどんではなくて……白だしのきしめんで作ってくれた。もちもちうどんよりも、平麺が好きなのは親だから理解してただろうが、覚には告げたことがないはず。
もしくは、この二年以上の月日で好みを把握されたのか。その方が理屈としては合っている気がした。
「俺居た方がいい? ゆっくり食べる?」
「……いて、くれる?」
「おk。先食べてて? 飲みもんだけ取ってくる」
「うん……」
まだ自分は食べていないのか。万智子のためだけに、このきしめんを作ってくれただけなのか。
どちらにしても、万智子にとっては嬉しいことに変わりない。風邪で弱っている分、誰かが傍にいてくれるのは有難いことだから。
なので、きしめんを一旦丼の中に戻してから、手を合わせて食べることにした。愛情たっぷり篭もった、おいしいそれをちゃんと味わうために。
自分也の感謝を込めて、いただきますをするのだ。
次回はまた明日〜




