第66話 夏休みなのに仕事……箱寿司をたらふく
休み返上で仕事をする。
ブラック企業ではないものの、自営業に近いシステムで仕事をするということは……それに近いのだ。
特に、クリエイターについては。
「うぉおおおおお!!」
描く描く描く。
描いて、修正してはまた描いて。
描いて描いて描いて描いて描いて。
消しては描いての繰り返し。
特に、清書だから美しく仕上げねばならない。
この作業を、朝起きてから延々と繰り返している。
そのストップをかけるのは、万智子自身ではなくて。
「はい。マチちゃん、ストップタイム~」
旦那の覚が代わりに止めてくれている。彼は会社の夏休み期間中なので、食事の支度を徹底管理してくれているのだ。
「ほへ?」
「沼っているとこ、割り込んだよ。昼ご飯食べよ?」
「……もう、そんな時間」
「一旦、ブレイクタイムくらい取ろう。調子いい時こそ、ちゃんと休憩しないと」
「……はーい」
覚にも、仕事の内容が佐伯から通達されているだろうに……本当に、なにも突っ込んでこない。
公式発表されるまでか。それとも、連載がきちんと開始されてからか。
互いに、共有できる時間がない。日常はともかく、共同製作している仕事については……頑固なくらいに意識しないと、つい、ぽろっと出てしまうからだろう。
万智子もかなり気を付けているが、ふいに、『あのね』と言いそうになるので怖い。
(や~~、友だちにも言えないより怖いよ。原作が家人とかって、レア泥より稀泥じゃない??)
ほんの少しだけ、吐露したのが引き金で『全部』を共有したくなってしまうのも怖いものだ。
それこそ、受験勉強をしていて第一志望に推薦入試で合格したときみたいな……そんな、あり得もしない感動を家族か誰かと共有したいのに近かった。万智子は共通テスト利用での大学合格だったため、そんなに勉強レベルは高くない。
ともあれ、休息もご飯も大事なのでリビングに出てみると。
「ちょっと、材料費を奮発して『箱寿司』にしてみた」
「お寿司!?」
用意されていたネタは。
穴子。
卵焼き。
マグロの漬け。
しめ鯖。
エビ。
それらが、タッパーだけれど四角い箱の中に納まっていた。それをひょいとひっくり返して、皿に盛り付けたらしい。
酢飯の量が、軽く丼ものくらいあったので十分と言えるくらいのボリュームだった。
「盆までには仕事落ち着かせたいんでしょ? まあ、お袋がまた奢ってくれるかもだけど。出来る範囲で贅沢させてあげたかったんだ~」
「いやいや、贅沢過ぎだよ!!」
万智子の仕事が遅いこともあるのに、なんのご褒美だろうか。
覚は、万智子に対して甘い。甘々過ぎる。日常生活の過ごし方についてもだが、特に食事。
時短レシピも含め、いつも美味しいご飯を食べさせてくれるのだ。デリバリーかスーパーで買った方が安い寿司まで手作りなど……手巻き寿司以来だが、凝り性が凄いのではと思うくらいに。
だけど、その好意を否定するなんてまずあり得ないのだ。結婚して二年目に突入してからも。
「「いただきます」」
味付きのネタが多いけれど、酢飯に醤油は正義と思っている万智子は。
覚と生活するようになって、たまに外食の寿司チェーンでも試している方法で醤油をつけることにしている。ガリを醤油に浸し、刷毛のようにしてさっさっ、と塗る方法だ。
気分的にさっぱりするし、小皿が酢飯でべたつかないので教わったときには『なるほど』と納得したくらい。
しめ鯖は分厚くても脂がしっかりと。
それは、マグロの漬けもとろける仕上がりに。
卵焼きは味変も兼ねてなのか、甘めの厚焼き玉子。
穴子の甘だれも舌の上で、ふわっと、とろけていく。
えびはぷりっとしていて歯応え抜群。
「美味しくないわけがない!!」
「雰囲気出すなら、マジの箱用意したかったんだけどねぇ?」
「いやいや、それだけのためにはもったいないじゃん? たまに売ってる鯖のバッテラとかも作るの大変そうだし」
「作り方はだいたい似てるけどね? ネタを底に敷いて、酢飯詰めて整えたのを切るだけ」
「ほう~」
聞いているだけなら簡単そうだが。
少し前に油もので大惨事を起こしてしまった万智子は、覚の監察無しで難しい料理どころか包丁使いも練習中。
今は夏真っ盛りなので、旬の果物で練習をしているがゴロゴロべちゃべちゃが多い。まだまだ普段使いできるような腕前にはなれないでいる。
「白板昆布とか、高いから手に入れにくいし」
「昆布??」
「バッテラにあるじゃん。薄い皮みたいなの。あれだよ」
「……飾りかと思って、除けてた」
「食いもんだよ……」
知らないことを、わかりやすく丁寧に教えてくれる覚はいつも通りだ。
万智子の仕事がそれなりに出来上がっていけば、覚の作家としての認知度もさらに向上していくはず。
もちろん、万智子も商業作家としてデビュー出来るのだが……こんなにも、制限を設けられながらの仕事をドミノは何度も経験しているのが凄いと思ったのだ。
修正、推敲はいくらでもするが好きに描ける『同人活動』がしばらく出来ないのは淋しく感じている。だけど、今回の仕事は自分から進んで受けたことだから。本心を捻じ曲げてまで、押し通すのはよくない。
焦らずじっくり進めていく。
料理もだが、仕事も同じ。
それを学ばせてくれたのは、やはり覚が一番多い。それを忘れてはいけないと思いながら、食事を続けるのだった。
次回はまた明日〜




