第63話 力になれないので、晩酌準備
覚こと、『高垣朝人』のラノベ作家としての活動は基本的にゆるい。
といっても、それは書籍化作業以外についてだ。
十数年前と比較しても、ネットで気軽に一次創作や二次創作を投稿出来るサイトが大手を含めても爆発的に増えてきた。
もちろん、サイトから有料投稿しないかという勧誘も来たりするが、覚の場合は乗らないようにしている。
普段は正社員であるし、書籍化の作業もぼちぼち多いのでそれ以上売り込む必要がないからだ。これが新人時代だったら違っただろうが、今は副業としての収入も安定しているため、無理にオリジナル作品を投稿したりしていない。
(逆に、書き下ろし作品の依頼がちょいちょいあるんだよなあ?)
ジャンルは様々。異世界ファンタジーや現代ファンタジー。
一般文芸に近いジャンルがヒットすることは少ないが、それでも書籍化の打診が来るだけ御の字。
確定申告の申請は、身内のコネクションのおかげで毎年楽に過ごさせてもらっている。そんな自分に惚れた女の子が出来て、半ば無理やりだったが結婚して二年目の夏に。
彼女が同人作家から商業作家への道を歩もうとしていた。しかも、原作は覚が書籍化しているラノベのひとつ。まだ二巻しか刊行していないが、そろそろ重版するかもしれないという部数くらいの売り上げだと担当編集には言われていた。コミカライズの打診も来るだろうと。
けどまさか、その作画担当が身近な妻になるとは予想外過ぎた。同じ出版社でも部門が違うので、覚に連絡が来るのも遅くて仕方ないこと。
画力が高いことは同人活動をしているので知ってはいたが、いきなりの商業作品を自著でやってもらうことなど予想外過ぎて……まあ、少し焦りもした。色んな意味でだが。
(今までのように、原稿チェックできない。指摘も編集経由……)
『仕事』なので、好き勝手に指摘できないこともあるが。一番は相談に乗ってやれないことだ。
はじめての商業作品で家族にも本来なら公式発表まで秘密にしなくてはいけないのを、編集長から『打診はあった』ことについては許可をもらってきた。本当は、佐伯の名刺をもらったところまでは知っているのだが。
けれど、『高垣朝人』としては、担当編集経由で仕事をしなくてはいけないのは当然のこと。下手に万智子とだけでやり取りしたら、同人活動の延長線上とはいえ、ビジネスが成立するわけでもない。
むしろ、ケンカになってお陀仏になることだってあり得る。いつから出来た仕組みかはわからないが、覚が商業作家になった時点で作画担当と直接やり取りできないシステムは既に出来上がっていた。
だが、今回はイレギュラー中のイレギュラー。プライベートで生活している相手との仕事だ。口出ししてあげたいが、絶対出来ないと万智子も断言してくれているため……そこは、担当になった佐伯とやり取りするしかなかった。
しかし、実際の時間でひと月半。プロットやネームもだが下絵が全然送られてこない。
万智子は毎日のように苦戦しているのに、佐伯や編集長が没にしているのだろう。納得できるまでリテイクするのは仕様がないが……新人に手加減しないのはプロだということ。覚も万智子の同人誌の原稿にはそれなりに指摘したのだから、よくわかる。プロは、もっと容赦しないということを。
(だとしたら、出来ることをしますかね~?)
と言っても、得意の時短レシピで『晩酌』の準備をしてあげれることだ。
その日は焼きそば定食にしたが、万智子はまだ作画のために部屋で作業している。
息抜き程度に、軽く晩酌の日があってもいいだろう、なくらいに、準備を進めてみた。
酒はほろよいカクテルの缶。
つまみは、手づくりピクルス。ピクルスの液だけ作って、下処理した野菜を二日か三日冷蔵庫で瓶詰めにしたのを漬け込めば完成。今回は、きゅうりもだがみょうがやニンジンなど薬味に根菜も混ぜてみた。
メインは、チーズ春巻き。
プレーンや味付きの、さけるチーズを春巻きの皮でくるっと巻いて、油で揚げただけ。
軽く飲む程度なら、これくらいでいいだろう。テーブルに並べてから、そぉっと、万智子の部屋を覗いてみたが……真剣な表情そのもので、ちょっとときめいてしまった。
「マチちゃん」
「んー?」
作業用のブルーカットの眼鏡を外すと、万智子はきょとんとした表情でいた。風呂にしては早い時間だろうから、驚いたのだろう。
「軽く飲まない? 休憩も兼ねて」
「……まだ」
「ちょっとだけだって。ほろよいの缶だし、それくらいなら大丈夫でしょ?」
「……ちょっと、だけだよ?」
「うん」
データを保存してからグローブも外し、さあさあ、と万智子をリビングに連れてきた。
本当に軽い晩酌の用意だったが、春巻きを見て、『わぁ』と彼女は声を上げてくれる。中身が気になったのだろう。
「チーズ春巻き。つまむだけでもいいかなって」
「……さとくん。また、ギルティなものを」
「毎日晩酌してないし。たまにはリフレッシュする時間もあっていいじゃん?」
「毎日なくらいに、ご飯作ってくれてるのに??」
「俺も好きでやってるからいいの。ほら、冷めるから食べよ?」
「はーい」
向き合えないところは、今あって仕様がないのは覚も十分に理解しているつもりだ。
だけど、力になれる場所がプライベートであるのなら、その場を借りるまで。
「「いただきます」」
と、手を合わせて、ひと時の癒しを渡すくらい、何の苦もない。覚は万智子を大事にしたい気持ちは、惚れたあのときよりも今の方がもっと強くなっているからだ。
次回はまた明日〜




