第62話 打ち合わせあとの、油揚げ餃子
万智子、こと、『三ツ星さーや』はただいま緊張過ぎて、トイレに行こうか悩むくらいの相手と向かい合っていた。
会社ではなく、喫茶店。
奥の方にある、テーブル席での『打ち合わせ』。
そう、相手は現在編集担当をしてもらっている佐伯だ。メールにて、社外で会わないかとの連絡があり……打ち合わせだとしても、色々指摘をいただくのかと思った。
ただでさえ、下絵が遅れて清書にも移れないでいるのに、これ以上なにを頑張ればいいのか。
体調が悪いわけでもないが、互いに飲み物を頼んで、ひと口ずつ含んでからだんまり状態。万智子は、うつむくのを我慢しながらも佐伯が話を切り出してくるのを待った。自分で仕事を遅らせているのだから、自己主張するのはおこがましいと思って。
「……三ツ星さん」
「……はい」
とうとう、ペンネームを呼ばれた。
没以上に、打診を撤回されるのか、と、少し覚悟したのだが。
それなら、メールでも通話でも言えることのはず。わざわざ、社外で通達するはずがない。
と思って、次の言葉を待っていると、佐伯は印刷してきたらしい万智子の下絵を出してきたのだ。
「キャラデザよりも、少し少女向けになっているので……もう少し、きらきらした雰囲気は抑えてもらえないでしょうか?」
「え? きらきら??」
「TLやBLの傾向が強いので、これだと少年向けには少し……」
「……はあ」
「……難しいでしょうか?」
「あ、いえ! それは、頑張ってみます!!」
「……打診を撤回されると思いました?」
「……少し」
「ここまで進んでいますし。編集長からも期待されているんですよ? 私の一存では、それを決められませんし」
「そう、なんですね」
不安以上に思っていたことが違うとわかったので、だいぶほっと出来た。
だが、画力の傾向を変えなくちゃいけないのは、たしかにその通りだと納得できた。今回は少年向け。主に、男性読者向けのコミカライズなのだ。女性も読まないわけではないが、傾向を履き違えてはいけない。
なので、そこはまた、帰宅してからタブレットを使って電子書籍を読み込んだりしようと決めた。
「高垣先生には、実はまだ下絵は一枚もお見せしていません」
「……主人に、一度も?」
「三ツ星さんからはお見せしてませんよね?」
「し、してないです! 契約に違反することですし」
「なら、よかったです。進捗の連絡はしてますが、お互いやり取りされていないのでしたら問題ありませんし」
「……仕事が遅くて、すみません」
「まだ許容範囲ですよ。むしろ、丁寧に描かれているのでもう少しざっくりでもいいくらいです」
「ざっくり?」
「清書ほど、丁寧でなくていいという意味です」
「……やってみます」
そのあとは、傾向に近い作品をいくつか教えてもらったりなど。雑談も交えた打ち合わせで終わり。
帰宅してからは、予定していた通りにタブレットで電子書籍を読み漁ってみた。佐伯が教えてくれた作品も、覚は購入していたのかですぐに熟読を始める。
つもりでいたのだが。
「ただいま~」
「お、かえり」
定時過ぎだと、今更自覚したため。久しぶりに玄関ではなく部屋の前で土下座をしたのだった。打ち合わせへ行くのに緊張し過ぎて、事前に炊飯器のセットをまた忘れてしまったため。
「……緊張し過ぎだったから?」
「杞憂、で済んだけど」
「じゃ、いいじゃん? 早炊きモードしてくれる?」
「すぐする!!」
「俺はその間にメイン作るよ」
互いに着替えてからキッチンに立ち、万智子が炊飯器をセットしたあとに覚が冷蔵庫などから取り出したのは。
油揚げ。
合い挽き肉。
ネギ。
ニラ。
生姜。
キャベツ。
調味料各種。
といったもので、まったく想像がつかない材料の組み合わせだった。
「なに作るの?」
「餃子」
「……大判餃子??」
「違う違う。油揚げを湯通しして、そこにタネを詰めるんだよ」
「ほぅ? ヘルシー??」
「よりも、食べ応え重視で選んでみた」
万智子がチョッパーで刻み野菜をつくっている間、覚は皮の代わりにする油揚げを半分にカットしたら……ケトルの湯で油抜きをする。
タネが出来たら、ふたりで油揚げの中に詰めていく。綴じ目にはつまようじを刺しておくのがコツらしい。
それをごま油で丁寧に焼いたら出来上がり。
「包む手間が楽だった~」
「キツネ餃子とも言われてるんだってさ。ポン酢しょうゆで食べよう」
「はーい」
中華スープと米を添え、手を合わせた。
「「いただきます」」
つまようじは盛り付けのときに外してあるので、ポン酢しょうゆをつけたらそのままかじりつく。
小麦粉の皮とは違うジューシーさを兼ね備えた油揚げ。カリッとしているところもあれば、肉汁を吸ってじゅんわりした部分もある。タネにもオイスターソースなどで味はしっかりつけてあるが、さっぱりとしたポン酢しょうゆとも相性がいい。
ひとりにつき、六個はあるのでたしかにこれは少ない数でも食べ応えのある味わいだった。
「おいひぃ~~。たしかに、食べ応えあるねぇ?」
「いつか、手羽先使ったのでもやってみたいけど。時短しにくいからね? 下ごしらえが」
「あーね。骨いっぱいだから」
「コツがあるから、今度調べようかな~」
「いいの?」
「食べたいでしょ? 久しぶりに手羽先」
「まあ、食べたいけど……」
仕事がただでさえ遅れているのに、それをわかってて日々の食事で癒してくれている。
今日の打ち合わせにも必要以上に突っ込まないのは、やはりプロなので進捗の具合をよくわかっているからだろう。
それに、作家同士のやり取りは必要以上に出来ない。本当は些細なことでもタブーなのだが……プライベートを共有してる分、少しくらいは仕方ないこと。
それを包み込んでくれる優しさに、涙が出そうになったが食事が美味しくて仕方ないと紛らわせながら飲み込んだのだった。
次回はまた明日〜




