第54話 自宅お花見に、俵おにぎり
万智子の新刊は入稿完了。
次のイベントまでの準備以外は、ドミノのアシスタントの仕事があるのでそちらを専念していく。連載も順調で、そろそろ一巻の発売も決まりそうだと連絡があった。
『献本出来たら、さーやちゃんにも送るね?』
「うわぁ……ありがとうございますー」
『マジで助かってるから。これからもよろしく~』
「はい」
ドミノは安月給扱いしか出来なくて申し訳ないと言っているが。万智子としては少なくても給金がもらえるだけでありがたいと思っている。仕事内容も充実しているし、自分の同人活動も無理ない範囲で続けられているのだから。
(しかし、紙書籍の実績が出ると……さらに、お仕事増えるんだっけ??)
覚の方も、コミカライズだったりラノベの書籍は合間合間に出たりしている。会社員の仕事をしながらも、きちんと世に娯楽を提供しているのは……本当に、凄いと感心してしまう。聞くに、ドミノの方も結婚する前までは兼業して漫画家をしていたそうだ。
(打診が来るとかどうとかは、ともかくとして……今は)
春になってしばらくのせいか、低気圧の影響により雲はどんより、雨ザーザー。地面はびちゃびちゃ。
「あ~あ。自転車で桜並木は走ったけど、さとくんと歩くの楽しみにしていたのにぃ」
せっかく、覚の仕事がひと段落ついて、また有給が取れたと言うのに。……花見デートにも行けなくなってしまったのだ。それは、非常に残念である。
(去年のショッピングモールとかみたいに、のんびりピクニックもよかったのにぃ……)
肝心の覚はというと、少し前に外出している。すぐ戻ってきていたが、万智子がドミノとの打ち合わせもあったため、まだ帰宅から顔を合わせていない。
そろそろいいか、とPCの電源を落としてリビングに顔出ししてみると。
「あ。ドミノ先生との打ち合わせ終わった?」
「……なにこれ?」
部屋の中が、いろいろピンク色に。ダイニングテーブルは壁際に寄せられ、マットレスの上には可愛いレジャーシート。何か所かに、小さな花瓶が。そこには、枝の桜が入っていた。
「気分転換できるように、花屋で桜買ってきたんだよ。家で、ぷち花見っぽくしたくて」
「え~~? わざわざ、ありがと~~」
「ちょうど昼時だし。弁当も用意したから食べない?」
「食べる食べる~~!」
どんなお弁当でもきっと美味しい。万智子は覚の料理に胃袋をがっつり掴まれているので、疑うことはないのだ。
滅多に使わないレジャー用の大型弁当箱はシートの真ん中に。蓋を開けるよう促され、ぱかっ、と開けてみれば……どれもこれもがよだれ確実のメニューばかりだった。
「ちょっと、張り切りました~」
「おお!! 定番の定番ってラインナップ!! いいねぇ、美味しそう!!」
俵おにぎり(たくさん)
いなり寿司
卵焼き
唐揚げ
枝豆
ブロッコリー。
枝豆は塩味のようだが、ブロッコリーは焼いてペペロンチーノ風にしてあるのかオイルの輝きみたいなのが見えている。
ここに、家の食器ではなくレジャー用の使い捨てを用意しているあたり……徹底しているというか、気分を盛り上げてくれているのかもしれない。
せっかくだから、手拭きでしっかり清めてからおにぎりを食べてみることにした。詰めやすいように俵型にしているのが、また可愛らしい。
「「いただきます」」
「どれでも、好きに召し上がれ~」
「じゃあ、このピンク……え? 桜の塩漬け?? こんなの売ってるの??」
「スーパーでたまたまだったけど。お菓子とは違う風味でしょ?」
「うん。漬物って感じ」
刻んであるから、薄い色の紅ショウガだと思っていたのに。ふんわり匂うのは花の塩漬けだった。
少し癖はあるが、食べ慣れてくるとしゃくしゃくとした食感と相まって、咀嚼するのが楽しい。
もう一個食べたくなるが、覚の分も無くなるので海苔が巻いてある方を選ぶ。その中は、ツナマヨだった。
「うろ覚えだけど。京都の風物詩らしいよ? 塩漬けのおにぎり」
「あーね。漬物大国だっけ? あそこって」
「あと、パンも消費量すごいらしい」
「……和の文化に、パン?」
「だから、普段は違うのが食べたいんじゃない?」
「なーる」
おにぎりだけじゃなく、おかずもそれぞれつまんでみたが絶品揃い。
もちろん、自宅デートなので缶ビールも開けていた。かちんと合わせ、軽く煽るとのど越しがすんばらしく進むのもまた乙だ。
「じゃぁさ? 桜だけじゃなくても、雨の日のデートはうちでこんな感じにするのよくない? 映画観に行くとかでも全然いいけど」
「いいねぇ~? 家でのんびりお酒のみつつは、賛成~」
「雨ドライブとかでもいいけど。最近のマチちゃん、仕事多いし。家でのんびりしたいかなって」
「……ほんと。さとくんには敵わないや」
「いやいや。旦那としてよりも、俺が色々してあげたいだけさ」
「……ありがと」
覚の方が仕事を何倍も抱えているのに、万智子のことを大事にしてくれるのが本当に嬉しい。
支えになれているかわかっていないところはあったが、活力の源になれているのなら、それはそれで嬉しかったのだ。
結婚二年目の、春の団欒。
外は荒れ狂う雨なのに、室内ではこんなにも穏やか。
焦る必要はないと言わんばかりに、のんびりとした飲み会ぽい花見はまだ始まったばかり。
万智子は、缶ビール一本空けるのにかなり時間をかけながら覚と弁当を突くのだった。
次回はまた明日〜




