第41話 観光地のランチ(軽井沢編)
覚に宿のことを聞けば『新婚旅行だから』と言われただけで。
部屋に入っても、豪華絢爛ではなく慎ましい雰囲気のそれには逆に驚いた。過ごしやすさ優先で予約したそう。
華美よりも、落ち着いた環境を好む万智子の趣味をわかってのことか。実際、断捨離して同居し始めた頃はともかく、今はヲタク特有の『祭壇』も特に作らずに掃除しやすい配置を意識した部屋にしているのだ。覚も似た感じなのか、ゲーム機器を取り出しやすい以外はシンプルを意識しているため、掃除機で下手に壊すこともない。
荷物を置いてから店に行くことになったが、冬の手前ということで寒くて堪らない。もこもこの上着とマフラーなどで固めていても、手がかじかみそうになる。覚と手を繋いでも一時しのぎにしかならないくらいに。
「寒いね~……」
「その分。あったまるご飯食べに行こ」
「どんなランチ?」
「んー、率直に言えば『肉』」
「おお。飛騨牛とか?」
「ここ山梨と長野の境だから、ちょっと違うけど……まあ、ブランドには違いない?」
「なんだろ~」
数分歩いただけで到着した店は、街並みの景観を守ったかのような雰囲気があった。
和食か洋食か。メニューは表に出ていなかったため、入ってから確認することにした。
熱いくらいのおしぼりでしっかりと手をぬぐい、メニューを見ると魅力的なものばかりが万智子の目に映った。
「肉は肉でも、牛のレアカツの店なんだよね?」
「そんな美味しそうなもの! 食べていいの!!?」
「そりゃ、奥さんに喜んでもらえるなら」
「食べたい!!」
「よし。ご飯は五穀米とかと選べるけど、どーする?」
「むむ。……せっかくなら、雑穀米の方で」
「だね。すみませーん」
と、定食で注文してから到着するまで、待つこと数分くたいだったか。
レアということで素早く揚がるのかと思ったくらいに、早い提供時間だ。
「お待たせいたしました」
店員のふたりが持ってきてくれた、定食が目の前に置かれると。我慢していたよだれがあふれそうになるのを堪えるのが大変だった。
油切り用の小さな金網に乗せられた、厚切り一枚分のカツ。カットされている断面は赤く、肉汁が少しずつあふれては流れていく光景に……味への期待度が高まってしまいそうになる。きちんと下処理されている肉でないと、こんな贅沢なご飯を食べられないだろう。
「味付けは、テーブルの横にあるソース、抹茶塩、ゆず胡椒とおろしポン酢があります。お好みの味でお召し上がりください」
「「ありがとうございます」」
「「では、ごゆっくり」」
店員たちが去ってから、まずどの調味料にしようかと覚と話し合うことにした。まったく同じ定食を注文したが、味わいはかけるもので変わってくるのだ。真剣に向き合う必要がある。
だけど、とりあえずは。
「「いただきます」」
「どれする?」
「さっぱり系だとゆず胡椒かポン酢じゃない?」
「よーし、じゃ、ゆず胡椒で」
「俺ポン酢からいこうっと」
壺の中から少量、小皿の上に乗せ。カツのひと切れを箸で摘まみ……小皿の上でゆず胡椒を適量伸ばすように付着させていく。
からしがないので、あまり合わないのか。と言っても、それは店ごとで違うだろうから気にしないでおく。
レアなのに、きつね色に揚がった衣はサクサクしているのが箸からでも伝わってくる。
慎重に持って、ひと口で食べずに半分で噛むように運べば。
あまりの歯切れの良さに、思わず大声を出したくなるくらい……やわらかいし、肉そのものの旨味を感じた。
「おいひぃ! やわらか!!?」
「うん。ポン酢もいいね? さっぱりしているし、米とも合う」
「……ん! 雑穀ご飯ってこんな美味しかったっけ??」
「昔より炊き方が色々変わったって聞くし。ここもそうじゃない?」
「ぷちぷちが楽しい~~」
千切りキャベツには軽くソースを付けて食べれば、シャキシャキした食感がいつもスーパーで買うのとは段違いに美味しいと思えた。作り置きだとしても、鮮度の差があってそこは当然かもしれないが。
(それにしても、半生? 生のお肉がユッケ以外でもこんなに美味しいだなんて思わなかったなあ……?)
脂身のところは流石に火が通っているが、そこが蕩ける食感を助長させているかのように口の中で解けていくのも、また食の楽しみと言えよう。
ひと切れはゆず胡椒にしたが、次はポン酢。覚の言う通り、さっぱり感が強くて牛だというのに別の肉を食べているような感覚になった。ソースは想像通りだけど、個人的にはゆず胡椒が好みだ。
「マチちゃん、塩やってみ? また違う味になった」
「塩?」
わさび塩ではなく、抹茶塩と店員が言っていたが。塩ひとつでそれほど味が変わるのか。
覚にも勧められたので、ちょんちょんと容器からふりかけてみてひと口。
「!?」
「違うっしょ?」
「さっぱり、と言うか。味が濃い?? なんか、ほかと別物みたい!!」
「わさびもいいだろうけど。塩と肉の相性は昔から最強とも言われてたしね?」
文句なしの旨味。肉汁の甘さが引き立つというか、整えてくれる感じだった。
これに五穀米を合わせても、余計に引き立つだけ。おかわりには別料金がかかるらしいが、ふたりは迷うことなく注文することにした。
「食べた食べた~~」
「食後のデザートはぶらりしながらでも、決めていいしね?」
「いいねぇ?」
食べ過ぎほどではないが、お茶碗二杯分をしっかりと完食した万智子と覚は。
新婚旅行の初日にしては、清々しい気持ちでスタートを切ることが出来た気がしたのだ。
次回はまた明日〜




