第30話 新刊お疲れ様の、ハニーレモン
「「「「イベントお疲れ様〜〜!!」」」」
万智子は今日、同人イベントのアフターに参加していた。
アフターとは、イベント閉会後に飲み会や食事会などを開くと言う意味らしい。というのを、大学時代に知ったのだが、参加するのはまだ数回程度。フォロワー同士のオフ会も覚たちとかがほとんどなので、ほかのサークル参加者との交流はあまり積極的ではなかった。
というのも、声掛けをいただいた参加者たちが凄すぎるからで。
「今日のイベントも最高だったね~!!」
ひとりは、壁サー担当。
「売り上げもまずまず。次の新刊どーしよー」
ひとりは、イベントを欠かしたことのない猛者。
「いや~、コスも撮影捗ったよ。売り子は次どこ行こ」
ひとりは、レイヤーとしてはベテラン勢。
という、豪華な参加者に囲まれている万智子は、まだまだ弱小作家なのに、何故と思うが参加していいというのなら堂々としていなくてはいけない。と言っても、酒はそこまで強くないのでちびちびと飲んでいるだけだが。
(すごいなぁ。もう次のこと考えてるなんて……)
万智子も考えていないわけではないが、アシの仕事と並行して新刊を出すのはなかなか大変だった。ドミノとの仕事は充実しているし、とても勉強になる。自分の同人誌を出すうえで、どこが大事なのかをちゃんと学べる機会にもなっているのだ。
アシスタントから作家になるには、段階を踏む方法もある。師から多くの技術と経験を学んでからスタートする人もいるくらい。万智子は出来れば、そちらの方になりたいのだ。不器用なので、なかなかひとつの作品を完成させるのに時間がかかってしまうことが多い。同人誌は少ないページ数でも販売できるが、商業誌は全然違う。
週刊連載だと、その倍以上のスピードを問われるとか色々話してもらえたりする。ここにいるメンバーの中にも、商業誌の経験者はいる。壁サー担当をしていた『もこもこるんば』という女性だ。
「もこちゃん、商業もあるのに次いけるの?」
「ネームと下書きは軽く済ませてあるから、なんとかねぇ? メシネちゃんこそ、写真集出すんでしょ?」
「公式コスのだけどね? 衣裳はブランドが製作してくれるから、メイクの時間考えるくらいだよ」
「ひょー、あたしもアシやっているとこからデビュー出来るようになったけど。まだ、両立慣れないな~。いっつも、ガタガタ」
「三ツ星ちゃんは? アシもだけど、結婚したんだよね?」
「あ、うん。……しました」
「「「照れ顔可愛い~~」」」
既婚者も混じっているが、彼女たちは新婚はとうに過ぎている。子どもこそはまだ誰もいないが、同人活動以外に商業の仕事をそれなりに理解してくれている旦那さんたちだそうだ。そこは、万智子も覚がいるので同じだ。
「旦那さん、どんな人?」
「……普段は会社員ですけど。副業でラノベ作家してます」
「へぇ? うちらより、オタク趣味とか理解力ありそうな人じゃん? いいな~。コミカライズ原作者とかだったら、ネームの善し悪しもわかってくれそう」
「あ、はい。付き合っている前からチェックしてもらってました……」
「……三ツ星ちゃんの、TLだったよね? 全部じゃないけど」
「……BLよりは見れるって言われました」
「なるほど。そして、自分のテクを活かそうとしてるわけだ」
「もう! 詩音さん!! そんなことないですって!!」
イベント猛者の詩音に茶化されたが、実際アドレナリンが滾ってプロットが進んだのは嘘ではないけれど。覚とのセックスでそれを実行されたかどうかだなんて、確認している余裕はない。いつも、翻弄されているばかりでくたくた状態になるからだ。
「いいねぇ、新婚の響き。……そーだ、この面子でアンソロジー企画やらない? 『新婚』ってテーマ入れて」
「あ、いーね。合同誌も久々にやるなあ?」
「え? 私なんかが、参加していいんですか??」
「いいよぉ? 三ツ星ちゃんの絵、うちは好きだしストーリーも丁寧だもん」
「旦那の赤ペン入りだとしても、自分の作品をちゃんと仕上げているじゃない? 今回の売り上げも完売だったんでしょ?」
「あ、はい。お陰様で……」
と、合同誌企画が盛り上がり過ぎてしまい、メシネも売り子として参加することで決定してしまった。お互いのスケジュールもあるため、三ヶ月後のイベント……つまりは、冬の大祭に向けての大仕事になってしまったのには開いた口が塞がらなかった。サークルも合同なので、担当はもこもこが仕切ってくれるから抽選は確実だと他も言うのでまず間違いないだろう。
酒の味がそこからろくにわからないくらい放心してしまい……帰宅してから、出迎えてくれた覚には『どうしたの?』と心配されたのだが。
「なるほど。冬の祭り参加が次の舞台か。そこで、いきなりの合同誌。テーマは『新婚』」
「……自信が。自信がないですぅうううううう!!」
正気に戻ってくると、手足の震えが発動して緊張が高まってきた。時期はまだ先だと分かってていても、ほかの二人の足を引っ張らない作品に仕上げられる自信がないのだ。テーマが決まっているのに、いつもみたくネタが舞い降りて来ない始末。
「ほいほい。マチちゃん、これ飲みな?」
悶えていた万智子の前に、覚が湯気の立つマグカップをひとつ差し出してきた。カップスープかと思ったら、甘い匂いがしたのでそうじゃないとわかったが。
ゆっくりと持たされたので、近くで嗅ぐと甘い匂いに加えて酸味のある香りがした。しかし、さっぱりとした酸味。心地よい香りとも言えるそれは……ホットのはちみつレモンだった。
「……いただきます」
秋手前だが、少し冷え込んできたので温かいものは嬉しい。ひと口含めば、レモンの酸味にはちみつの独特の甘さが加わってシンプルに美味しいと感じ取れる。
味もいいが、体がぽかぽかと温まっていく感覚が堪らない。じんわり、ふわ~っという感じで喉からお腹、下半身と言った具合に広がっていくのだ。
「寝る前に飲む方がいいんだけど。酒入ったまま、風呂はいかんでしょ?」
「落ち着く~~。ペットボトルのより、甘さがくどくないね~?」
「ちょっと高いけど、ボトルではちみつ買ったから」
「え? なんで?」
「マチちゃんの安眠を考えて、ハニーレモンとかほかのメニューに使うため」
「……ありがと」
こんな至れり尽くせりな生活をしているだけで、もう幸せとか言えるくらいに『新婚』をまだ味わえるのだから。ネタは、またぽとりと万智子の中に落ちてきて……明日から、まだ試行錯誤の開始だと言わんばかりに脳内のアドレナリンが動き始めるだろう。
ちなみに、ハニーレモンは朝食前にもいいらしいので、配合を聞いてから自分でも飲むようになったのだった。
次回はまた明日〜




