第21話 豚の生姜焼きで夏バテ解消?
「うーん……ここはこうで。こっちは」
同人作家の駆け出しから少しずつ上になろうとしていた落合万智子こと『三ツ星さーや』は、今『原稿』に取り掛かっていた。
普段は主婦。担当している家事が終わったら、同人活動し放題。夫の覚はプロのラノベ作家だが、万智子に惚れた上でその魅力的な日々を実現させてくれた大恩人。
家事分担もだが、時短料理もプロレベルの料理で万智子を心身共に満たしてくれている。もったいないくらいのイケメンだ。顔はぼんやりだが、性格などがイケ過ぎている。
恋愛初心者、自炊初心者の万智子の心をガッチリ掴んで離さない。つい先日自覚したところだが、ネタ転換するくらいには万智子の心情も深く染め上げられたわけで。
「……うーん。こんな感じ……かな?」
ある程度、形になってきたと思う。そう判断して、決めたと思ったところはどんどんと描き進めていく。筆が乗ったと言うべきか、今日は非常に調子がいい。万智子の同人活動はノリに乗っている……そう思ったのが、このときは仇になるとは思わないでいた。
結局、休憩もせずに半日も作業に没頭していたせいもあり……覚が帰宅したら、土下座で出迎えることも出来ないくらいにぐったりしてしまっていたのだ。まだ夏真っ盛りではないが、軽い夏バテくらいにグロッキーしてしまった状態になったのである。
「……マチちゃん」
「……申し訳、ない」
「いや。熱中するのはわからなくもないけど……」
「……おなか、すいた」
「はいはい。念のため、スタミナつける食材にしといてよかったよ。ご飯は早炊きモードにするから、少し話そう」
麦茶を何杯か飲み。気力はともかく、体力は少し戻ったきがした。気がしただけで、昼ご飯もまともに食べていないのでお腹がぺこぺこであることに変わりはないのだが。
一旦、説教を受けるために万智子の部屋で座って話すことになった。少し遠くに炊飯器の動く音がカウントダウンを知らせてくるようで少し怖い。だが、これは万智子のためなのだからと納得するしかなかった。
「……ごめんなさい」
「謝罪は受け取っておくよ。けど、休息も満足に取らないのはよくないよ? この前にお互いそうしちゃったときは俺も反省したけどさ」
「……筆が乗ったというか」
「わかるよ。わかる。俺だって、ネタとかキャラ操作がうまくいくと止まらないことだってよくあるさ」
「……冷凍食品でも、ちゃんと食べます」
「うんうん。そこまで頭が回っているならもう大丈夫だね。説教終わり」
「ほへ?」
「うん?」
「もっと、怒るんじゃないの?」
「怒ってほしかった?」
「……いいえ」
「それなりに反省しているんだから、必要以上の説教は意味ないんだよ」
まったく、イケメン過ぎる旦那様を持ててリア充過ぎやしないだろうか。千郷にまた連絡したら、『砂吐く』とまで惚気だと暴言を吐かれることだろう。
ともあれ、説教が終わったということはご飯。今日も出来るだけ手伝おうとしたが、覚から言い渡された任務は『キャベツピーラー』のみだった。
「カット野菜は?」
「今日に限って売り切れてた」
「……専用のピーラーってあるんだ」
「場所によっては売り場じゃ隣接してるとこもあるね。俺も久々に買ったな……」
「使うと千切りキャベツが出来るの?」
「半玉キャベツの表面を削るのがコツかな」
実際に動かしてみると、すーっと言う具合に細長い千切りのキャベツが出来上がった。覚からは芯の部分には気を付けてと言われたので、その箇所以外しょりしょりと削っていく。
覚はその間に、メインのおかずである『生姜焼き』を作ってくれるそうだが。
「豚のお肉……バラ肉でいいの?」
スライスされたものではなく、細切れ肉の横に並んでいるバラ肉のスライスのパック。少し大きめのパック以外の材料は、玉ねぎ。
玉ねぎをソースにすれば美味しそうなのは予想がつくが、玉ねぎはスライスするだけでみじん切りではなかった。つまりは、具材ということになる。
「生姜焼きって言っても、肉が二、三枚だと物足りなくない?」
「……たしかに」
「かさ増しと味わいも兼ねて、バラ肉を適度にカットしたのと炒めればキャベツもたっぷり食べれるし。腹持ちもいいんだよ」
「ほーぉ?」
「手元から目離さない。ピーラーでも指切れるよ?」
「ごめんなさい」
しっかり手元を確認しながら、しょりしょり削るのを続けていく。
その間に、覚がさっと炒めていく音が耳に届く。ジャージャーとフライパンの中で食材が爆ぜる音は何度聞いても心地がいいと思ってしまう。万智子も多少は自炊の『じ』の字くらい出来るようになっても、手際よくとは言えない。
鼻に醤油と砂糖の甘辛くて香ばしい匂いが届く頃には、手元のキャベツは細長い芯だけの状態に。出来たと顔を上げれば、覚の方も完了していたのか笑顔になっていた。
「その山盛りキャベツ、皿に盛ってくれる?」
「はーい」
大皿に盛ったところに、均一になるくらいに覚が肉を盛り付けていく。茶色だが油の色もあり艶やかに見える。大盛りキャベツにマヨネーズはいらない。しっかりたっぷりあるタレで充分だ。
「「いただきます」」
ご飯も炊きあがり、味噌汁はインスタントだが十分な食事。ひとり暮らしじゃない同居人との食事の時間は大事にしなくてはいけない。
それはひとりの時間も同じだと、再認識してから肉を箸で掴んだ。
口に入れた途端の、甘辛くも優しい味わいに米が……ひと口では足りないとつい、かっ込んでしまった。
「……元気出たね?」
「おいひぃ!」
お互いオタクでクリエイター。普段は別々だけど、食事はできるだけいっしょ。
その習慣を大事にしないと、作品もいいものが出来ない。その認識も改めて、目が合うと互いに笑顔になってしまう。この生活に、間違いはなかったと思えてしまうくらいの幸せ光景だ。
今日に限っては、スタミナ不足と言う理由でご飯を二杯もかっ込んだ姿を覚に見せてしまったが……恋人期間が短くても、夫婦の時間が少し長くなっているのだからそれくらい構わない。
そう思えるくらいに、今日の夕飯は一段と美味しく感じたのだった。
ちなみに、生姜焼きのタレはキャベツが全部吸ってくれたので、皿が綺麗になるくらい美味しくいただけた。
次回はまた明日〜




