第22話 始まる前にゴマだれ冷やし中華
夏が到来。
エアコンを惜しみなく使える生活にこれほど感謝したことは、実家以来なかっただろう。
大学時代のひとり暮らしの期間は、『出来るだけ』光熱費を抑える生活を頑張ろうとしていた。バイトは一応していても、実家からの仕送りは微々たる額。ひとりっ子でも甘えた生活をさせない方針だったため、学費以外は必要最低限の金額でやりくりしなければならなかった。
だから、バイトを頑張って同人活動に熱中しても束の間。同人誌は自費出版と同じことなので、それ相応の金額を必要とするのだ。事実上『薄い本』であれど、金額は商業本よりも高めの設定には理由があって当然。
そのため、大学時代は二回しか同人誌を出さなかったがそこそこに生活は出来るように鍛えられていた。普段のファッションをおざなりにするくらい、枯渇していた部分はあったけれど。
今は内定した会社も退職し、覚と結婚したことである程度の負担は軽減されたのだ。まったく家にお金を入れないわけではない。月々に家の支払いに必要な金額を『これくらい』で設定して負担し合いっている。
完全に覚に頼り切っていたら、月々の食費以外に光熱費もばかにならならいため、そこはきちんと話し合って決めたのだ。そのため、近々、在宅ワークを始めようとは考えていた。
(さとくんのフォロワー漫画家さんのアシねぇ? うまいこといくだろうか?)
現在の漫画家アシスタントは在宅ワークでも仕事が可能になっているため、わざわざ作家の仕事場に行く必要もない。ラノベ作家の方も、編集とはめったなことがない限り直接打ち合わせがないそう。
時代はネットワーク活用。初期費用はそこそこかかるが、機材がそろっていさえすればなんとでもなる。なので、エアコンの利いた自室でのんびり作業を出来るのはこの上ない褒美だ。この日常を守るためなら、少しばかりの苦を請け負っても問題ない。というか、まだ在宅ワークは開始ではないために、普段は次の新刊への原稿を仕上げていくのみだ。
夏の大イベントに出展するなど、まだまだひよっこの万智子では抽選ハズレ確実なので。小さいところから少しずつ開拓予定だ。それ以外は主婦の家事仕事もきちんとしようと、今は風呂掃除をしていた。毎日ではないが、ふたりで浸かる浴槽はそれなりに広いので定期的に垢掃除しなければ汚れが目立つと思って。
「えーっと? 今日の夕飯に必要な『タレ』だけつくっておけばいいんだっけ?」
そして、適当なところで終わらせたら、RINEで教えてもらったレシピを再読。少ない材料を混ぜて冷やしておくだけ。これだけで、今日の晩御飯の仕上がりが断然違うらしい。
「今日はごまだれ冷やし中華」
「まだ冷やし中華の時期じゃないのに?」
「けど、もう六月はそこそこ夏だよ?」
「あ、たしかに」
キャッチコピーでおなじみの、とくる料理のひとつ『冷やし中華』。いつの間にか日本に根付いている料理だが、時期を過ぎると食べなくなるものでもある。その文言にならっているわけではないらしいが、外気温は年々上昇しているので冷たい料理は万智子も嬉しかった。
具材は、
覚お手製サラダチキン(ほぐしたの)
きゅうり
薄焼き卵
トマト
かいわれ
と、シンプルだが、昼間万智子が仕込んでおいた『簡単ゴマダレ』との相性がよさそうな具材だと思った。
ゴマダレは市販のサラダドレッシングでも悪くないらしいが、せっかくなのでと覚が今晩のために調べておいてくれたそう。まったく、妻を喜ばせる旦那の甲斐性は感心してしまうものだ。
「市販のちぢれ麺を茹でて、流水でしっかりしめる。皿に盛ったら、具材を丁寧に乗せて……上から、タレをまんべんなくかけたら出来上がり」
「ほんと、ほかを用意しとけばすっごく簡単!」
「んじゃ、食べよ」
冷やし中華単体だと物足りなく感じるということで、そこは万智子が冷凍食品をいくつかレンチンしていた。
「「いただきます」」
赤、黄、緑とカラフル。そこにハムではなく、サラダチキンなのがゴマダレとの相性を感じさせてはやくはやくと箸を伸ばしたくなった。
ゴマダレはすりごまにマヨネーズを主体としたさらっとした仕上がりのゴマドレッシングに近いそれをかけてある。西日本や中日本あたりだと、マヨネーズは通常の調味ダレに添えてあることが多いそうだが。それなら、最初から混ぜてもいいのではと覚は万智子の好みも聞いてくれて、このタレのレシピを探してくれたそうだ。
正直言って、合う。合い過ぎる。箸が止まらないくらいに、文句のつけどころがない。
「手づくりだけど、本当にゴマドレみたい~~」
「凝った作り方だとゴマペーストとか色々あるけど。簡単で手軽に作れるなら、敷居も高くないし美味いもんね」
「サラダチキンも合うね。コンビニだとゴマダレって結構カロリーあるし」
「マヨの量調整すれば、さっぱり食べられるの……いいな」
「うん。いいね」
「時期が来ても、これなら家で何回食べてもいいでしょ?」
「うん。具材は少し変えても美味しいだろうし」
「醤油ダレが嫌じゃないんだけど。お互いゴマダレ派でよかった……ケンカする必要ないし」
「ないない。さとくんの料理に文句つける意味ないもん」
「そう?」
「うん。在宅ワークになりそうなことも、私頑張ってみるし」
「じゃ、一回会っとく?」
「へ?」
「オフ会の誘い来てるんだよ。その人ともうひとりくらいで」
千郷以外、最近ろくにオフ会もアフターもしてなかったところに……大口案件とも言える、オフ会のお誘い。
しかし、生活もかかっているのだから、きちんと挨拶はする必要もあるだろうと万智子は『行くよ』としっかり頷いた。覚もいっしょなのだから、心強い味方がいることでなんとかなると前向きに思うことも出来たからだろう。
日程は、次の週末のランチタイムになった。
次回はまた明日〜




