第2話 つまみにもなるアボカドサーモン丼①
覚との交際から二ヶ月。
彼の部屋にお招きされてから、万智子の部屋にも来てもらったりとなかなかに清い付き合いを始めたと思ったのだが。
休みの日が何回めかになったところで、覚から『はい』と渡された用紙一式を見て目が点になったのはまだ記憶に新しい。
「もうだいたいお互いの生活基準もわかってきたし。来ない?」
「……はい??」
提出するように見せてもらったのが、役所では普通に置いてあるらしい『婚姻届』。どこかのタイミングで万智子に書いてもらおうと用意していたにしては……準備が良過ぎた。まさか、交際スタートになってからすぐに取りに行ったのだろうか。
「俺は割と真剣に考えているよ?」
「え、えぇえ? さ、さとくん……早過ぎない?」
「二ヶ月だよ? 入籍だけ済まして、式はあとって夫婦もざらにいるし。問題ないない」
「……左様にございますか」
数回程度のオフ会よりも、部屋で過ごすという密な時間を共にするようになって万智子は覚の呼び名を変える以外にも理解してきた部分が増えた。彼は、本気で狙った獲物は逃がさないというロールキャベツ男子だったということを。
初体験はさすがにまだだが、キスとかはすぐに奪われて濃いのも経験した。そこそこ年上だから経験値があって当然なので上手だと思うくらいに。
さておき、このロールキャベツ男子の思惑に引っかかったというのはこれで断定したが……特別違和感を持たなかったのは、彼からそれなりの愛情をいただけていると判断出来たから。
というわけで、今日は万智子の部屋にいたがきちんと正座をして『お願いします』と腰を深く折った。いくらか断られる予感をしていただろうか、少し間があったが……覚からも『お願いします』と同じように返事をもらった。
そのあとに、今日のランチを覚主導で作るのは忘れていない。まだ二回だけだったが、覚のチョイスする『時短レシピ』はどれもこれも美味しすぎて、万智子の胃袋をこれでもかとしっかり掴んで離さないでいたから。
「今日はつまみにもなる簡単アボカドサーモン丼だよ」
「アボカド! サーモン!! 女子好みのラインナップ!!」
「マチちゃん、辛いもの平気?」
「ん~? ピリ辛なら?」
「ゆず胡椒は?」
「大好き!」
「じゃあ、先にサーモンの下ごしらえからしようか?」
事前に買っておいてくれていたマイバックの中から、調味料を二種類出したので万智子は質問することにした。
「そっちの透明なのなーに?」
「これ? 液体塩麹」
「塩麹って、液体のがあるんだ」
「ここ数年で出回っているね。俺は暇あれば自作するけど。今はストック切らしているんだ」
「……自炊スペック高過ぎない?」
「いやいや。外食疲れするから、ある程度自炊するのが好きなだけ」
「ほーん……」
出来合いのもので済ませていた万智子とは大違い。高校も大学も基本購買や学食で済ませていたし、弁当が必要なときは親に頼んでいたから料理は家庭科でもしたかどうかくらいのにわかだ。なので、包丁を持つなんてもってのほか。
今日は覚から、『キッチンバサミ』で簡単にできる下ごしらえを教わることになっているのだ。すぐに出来るのもいいが、共同作業で楽しく作るのもいいだろうと教えてくれたのは覚本人。
まずは、サーモンの切り身をひと口サイズにするのにキッチンバサミでしょきしょき切る。素手で刺身を触るのはぬめりもあって気持ちが悪いが、冷蔵庫に入れていたおかげで程よい冷たさは心地よかった。
これを耐熱耐冷のビニール袋に入れ、ゆず胡椒少々と液体塩麹を入れて閉じ……少しの間冷蔵庫で寝かせるらしい。
「すぐ食べてもいいけど。寝かせた方がより味が馴染むんだ」
「番組とかでよく聞くけど、そんなもんなの?」
「食感とか、味の角が取れるのは食べ慣れてみるとわかるよ」
そして、メインのもうひとつであるアボカド。包丁で一周切れ込みを入れて割り、中央の種を取ったら皮を剥く。テレビで見たまんまの技法をこなせる覚の包丁さばきはよく観察しておく。同人誌のネタになるかわからないが、食事シーンは二次創作であれ人気ネタのトップを維持したままだから。
ましてや、覚は兼業でもプロ作家。文字の羅列だけでも綺麗に表現できるように、日夜自炊でも気を付けていることを披露してくれているのだろう。それを漫画化してくれている作家は数名いるが、どれも丁寧な仕事っぷり。
自分がコミカライズ出来る画力も技術もないとはわかっていても、憧れたりはするのだ。
「あ、レモン汁?」
味付けに使うのかと聞けば、違うよとばっさり切られた。
「味よりも色止めってやつ? 空気に触れたりするとすぐに黒ずみやすいんだ。バナナとかも似てる」
「あーね」
「そーそー。アボカドの食べ頃サインって知ってる?」
「全然」
「だよね~? ヘタの周りがしっかり乾燥しているのがポイントかな? あと、割らないと中身の完熟具合がわからないのがデメリットだけど」
「腐ってるの?」
「バナナの黒ずんでるような完熟と似た感じ。アボカドって野菜じゃなくて一応果物扱いなんだよ?」
「知らんかった」
「知らない人が多いしね」
角切りにしてから、レモン汁少々垂らしたあとはスプーンで軽く混ぜ。
これもまた冷蔵庫で少し冷やしている間に、あらかじめセットしておいた炊飯器からアラームがなる。もともと親から買うように言われたものの封印状態にしていた炊飯器。結構いいやつなので、覚との同居先でも持っていくことに決定した。




