第14話 刻み反省のキーマカレー
玄関での土下座はこれで何度目か。
別に悪いことをしていたわけではないが、やはり普段は『主婦』の状態なので……食事の準備を仕事で疲れて帰ってくる夫に全部頼り切りはどうか、と。少し以上に、罪悪感が芽生えてしまい、ついネタではなく半分くらい本気で土下座をするのだった。
「じゃあ、マチちゃんには今日これをしてもらおう」
着替えてから覚が用意したのは、ポット容器のようなもの。丸っこいフォルムで、透明な下部の中には鋭利な刃が仕込まれていた。回転するような仕組みなのか……ミキサーにしては小さいような気がしたが。
「何それ??」
「チョッパーって、みじん切り専用の道具」
「は?」
「漫画のあれとかと、違うから。適当に切った野菜を中に入れるんだけど」
上部の蓋を開け、刃に気をつけながら適量の野菜。まずは、にんじんを入れていく。しっかりと蓋を閉じてから、ツマミ部分を引っ張るようにキュッと手前に引くと……アジャスターのような紐が出てきたと同時に。中の刃がミキサーのように動いてすぐににんじんを細かくしてくれていた。
「すっごーい!! 小さいのに包丁より便利〜!!」
「ちょっと前と違って、サイズも色々増えたしね? 俺は中間くらいのこのサイズが一番気に入ってる」
「お手頃価格?」
「量販店だと三千以内とか」
「ほーう?」
覚が野菜をぶつ切りし、万智子がチョッパーで粉砕。その後に、バットの上に入れていく。これを何種類するんだと思ったところで、反省にしてはやり過ぎではないかと感じていれば……視界の隅に飛び込んできたものに、声が出たのは仕方がないというべきか。
覚もわかってて、万智子にその食材を改めて見せてくれた。小さいが、漂ってくる香りが独特でも食欲を掻き立てるそれを。
カレースパイスの缶だ。
「今日の時短メニューはキーマカレー」
「この大量の野菜は! カレーに!?」
「ふたりで作業したらあっちゅー間だしね。俺、炒めていくから……仕上げのチョッパーはトマトのすりおろしを作ってほしい」
「よしきた」
態と、残ってた食材の破片を『洗う』意味で、トマトを最後にするのがコツらしい。
キーマカレーの材料は、
にんじん
玉ねぎ
ピーマン
パプリカ(赤・黄)
しめじ
にんにく
生姜
トマト
と、なかなかの量を刻んだ。というか、チョッパーで引っ張るのを頑張っただけだが。春手前なのに、冷蔵庫で常備していた冷たい麦茶が美味しいくらいの労働をしたと思う。
覚にも一杯渡したら、豪快に一気飲みした。火を使っているから暑くて当然かもしれない。
「はー。ジャガイモ入れないから冷蔵は気にしなくていいけど、全部炒めるのはちと大変」
「他何かしておくことは?」
「まだちょい時間かかるから、サラダとかはあとでいいかな? あ」
「ん?」
「目玉焼きと温泉卵、トッピングどっちがいーい?」
「悩むけど……温玉かなあ? 作ってみていーい?」
「頼んだ」
例のレンチンで出来る温玉は、実は昼ご飯の時に何度か作ってみているので……卵は無事に割れるようになったのだ。最初は当然ぐちゃぐちゃになって殻をすくったりしたが、今では覚のお墨付きなくらいに問題ない。
ただ、先に作っておくのはまだ早いので、覚がスパイスなどを足したあたりでマグカップをレンジに入れた。
「おお~。ルゥとは違うけど、インドカレーくらいに濃い匂い!!」
「味付けはケチャップとウスターソースと塩」
「……スパイス以外、ハヤシと似てない?」
「まあ、キーマカレーだとこんなんでいいんだよ。薬味も入れてあるし」
「ああ。生姜とにんにく」
「軽く煮込んだらもう出来るよ」
「すぐさま、サラダとか準備する!!」
「俺も手伝うから、焦らんでいいよ」
「はーい」
ノリでついネタ的な発言をしてしまったが、年上らしい労わり方で宥められてしまった。ロールキャベツ男子なのに、こういうところはお兄さんっぽくて優しい。千郷に言ったら『甘々過ぎ』と言われそうだが、これくらいの距離感がちょうどいいのだ。結婚してよかった、は同人活動以外にまだ実感があまりないものの。距離の測り方は人それぞれ。
万智子のこれまでの恋愛経験を顧みても、これ以上にない出来た旦那様だと思っている。思っているが、身体も心もそれなりに許しているのに……肝心の『気持ち』があまり追い付いていない。そこはまだ、二十代前半であれおこちゃま思考なせいか。
とりあえず、胃袋だけはがっつり掴まれているので、テーブルセットはきちんとこなしていく。
カレーだが、刻んだ野菜でカラフル。
ロコモコのように、トッピングは温玉。
チーズは今回無し。素材の味と温玉で充分だと覚先生が言い切ったため。まだ残りがあるので明日の朝のお楽しみにとも言われたからだ。
「「いただきます」」
調味料はシンプルなのに、スパイスをしっかり使用したお陰でカレー特有のコクと刺激が程よく舌に直撃してくる。キノコを使っていても、チョッパーで念入りに刻んだおかげで気にならない。しめじはまだ苦手意識が強い気がしたが、それなりに食べられるようになってきている。
そこに、温玉を崩して混ぜれば。
「まろやか~。たしかに、チーズ無くても満足感ある~~」
「明日はチーズ使った朝飯にするからさ?」
「え? いきなり朝カレー??」
「ホットサンド風。溶けるチーズあるじゃん? それとカレーで挟んでトーストするだけ」
「……なんて、ギルティな!」
「魅惑的っしょ?」
「異議なし!!」
リメイクを思いつく覚の脳内を覗き見したいくらいだ。だが、他人の思考を覗いても模倣なんて出来るようで簡単ではない。タブレットで読み返しても、編集されてても覚の書籍はどれもこれもすーっと頭に入ってくるようで読みやすいのだ。
そんな人に、同人作家の端くれでしかない万智子の原稿を見てもらえるのは光栄極まりそのもの。だから、見聞を広げるのも悪くない、と日常の充実が整ってきてからやっと気づけたのである。
お詫びにではないが、二回目を提案したものの……無理に合わせなくていいからと、却下された。損得無しに、SEXは互いに求め合うものが理想だからと、断言した覚の目が……優しそうに見えてやはり年上の余裕そうなものを感じ取った万智子である。
次回はまた明日〜




