第15話 あの方法で、お手軽牛丼に!?
今日は覚からのRINEはきちんと確認していた。
家事が終わってからは、同人活動に集中し過ぎるために……今まで何回も覚からの通知を気づかないでいたのだ。別に彼だけに限ったことではないのだが、集中し過ぎると通知音が鳴っていても無視しがちな作業をしていることが多い。
とりあえず、メッセージを確認すれば『米炊いておいて、多めに』との内容。自炊初心者でも、覚の丁寧な指導のおかげで米は炊くくらいはなんとかなってきている。多めだということは、今日は丼ものかライス系のなにかかと期待が高まった。
「ただいま~」
特に用事がなければ、定時から割とすぐに帰ってこられるくらいに覚の帰宅時間は早い。車ですーっと通勤できる距離らしい。万智子にはドライブでもまだ連れて行ってもらってはないが。
それより、今日は買い出しに行ってきたのかで、自分の母親手製のマイバックにぎっしりと荷物が詰まっている。覚の母は洋裁学校を卒業したくらいに腕がよく、今も口コミで針仕事を続けているらしい。身の回りのものから、和裁までこなすくらいのベテラン。手芸も超初心者の万智子は、春夏用のブラウスをいただいたときは思わず目の前で泣きそうになったほどの仕上がりだった。
「おかえり。今日って、カレーとか?」
「いや? 今日は牛丼」
「牛丼!?」
チェーン店でお馴染みの皿飯からのトッピングも良し。つゆだくに盛り付けられるアレもよし。それを手作り出来ると言うのか、という覚の調理スキルにまたもや尊敬と感動を覚えてしまう。着替えてくる間にマイバックを受け取り、調理台の上に並べる以外にもう一個頼まれごとをされた。
「ケトルで満タンなくらいにお湯沸かしといて」
「え? ケトル??」
「ほら、何回か見せた『灰汁取り』」
「ああ!」
今回は塩麹に漬けない方法でやるのか、と思いながらも言われたとおりに電子ケトルでたっぷりとお湯を沸かしておく。
着替えてきた覚は、まず生姜と玉ねぎの皮を剥いてスライスと針生姜を作っていくのか。手際が良過ぎて、いっさい目をこすらないというスキルも感心してしまう。
「……灰汁取り、やってみる?」
「え? いいの?」
今回も特に手伝いはいつも通りだったからと思っていたので、脇で観察していただけなのだが。手伝える範囲が増えるのであれば、それはそれで興味が湧くものだ。手を洗ってから、覚の説明を聞きつつボウルにまずは湯をたっぷり注いでいく。
「菜箸で数枚入れてもいいから、しゃぶしゃぶ鍋みたいに揺らして色が薄茶になったらザルにあげるんだ」
「……うわ~。もう赤の水と白い泡」
「全部やったら、グラデーションえぐいよ?」
「わーわー!! ほんと」
半分は万智子が、残りを覚が手早く作業し。次に調味料と玉ねぎに生姜を入れて煮立たせていくらしいのだが、肉は先に入れないそうだ。
「牛肉はしぐれ煮って感じに作るけど、チェーン店特有の固くないあれ食べたくならない?」
「なるなる!! コツってあるのかな?」
「さあ? 俺もこのレシピ以外はあんまり詳しくないな~」
「そっか」
今回も温玉はいるかと聞けば、頼まれたので万智子が準備していく。これくらいの手間はなんとか共同作業として出来るようになってきたとなると、夫婦らしい作業では?と、またネタになるかもしれないとほんわか和んでしまった。
どうも、スピード婚だったとはいえ、恋愛感情に近いものがやっと追い付いてきたらしい。入籍して二ヶ月近く経つが、共寝もそれ以上のいちゃいちゃも……まあまあ、こなせるようにはなってきたものの。万智子としては『もらってくれた相手』以上の感情がなかなか込み上げてこなかったせいもあり、まだ覚には感謝以外の感情があまり芽生えていなかった。することは恋人以上夫婦未満くらい余裕でしているのに、だ。
「ほい、出来た」
「おお!! いい匂い!!」
温玉がちょうど出来た頃に、牛丼の上の部分も仕上がったようで。部屋中にチェーン店のそれとは違うが麺つゆのような濃い出汁の香りが充満していくのが鼻だけで感知出来た。
「生姜たっぷりだし、紅ショウガ買ってないけどいいよね?」
「全然いいよ~」
今回はトッピングは温玉オンリー。万智子が気に入ったら、チェーン店のそれらしく色々試してくれるのも有りと言ってくれた。
「「いただきます」」
まずは肉の部分。丁寧な灰汁取りをしたのと、固く煮ていないお陰で……出汁のしっかりとした味わいが、歯で噛むごとに口いっぱいに広がる。玉ねぎのしんなり感。生姜のアクセントは紅ショウガと違うもののぴりりとした刺激が心地よい。
「すっご~い!! ちゃんと牛丼!!」
「醤油濃いめにしたから、おかずよりは丼ものがいいと思ってさ」
「かっ込み飯。いいよねぇ~」
「どーぞ、かっ込んでください」
「……旦那さんの前でも、それは女として恥ずかしい」
「おや、そうかい?」
ひとり暮らしだったときはまだしも、共同生活をしていると緊張もだが遠慮も少し出てしまう。それに、付き合った期間も短いので万智子の欠点は汚部屋以上のものを見せたことがない。それで充分かもしれないが、それなりの自制心とやらが働いてしまうのだ。
他人ではあるが、ちゃんとした家族なのに……。
「あと、味わって食べたいし」
「それはどーも。次予告するときはトッピングしたいものとか買ってくるから。RINEに書いてね」
「うん。それは甘えさせてもらうね」
覚は聡いから、万智子の言いたいことをやんわりと包んでくれるようにしてスルーしてくれた。彼自身も言いたいことはいっぱいあるだろうに、万智子のペースを変に乱すことは極力しないようにしてくれている。あるとすれば、いちゃいちゃとかその延長線上でのことだが。
今日は、お風呂と寝る以外では特になかった。
次回はまた明日〜




