第11話 売れた嬉しさに打ち上げのチキン南蛮
イベント当日、万智子は閉幕してから浮かれてしまっていた。人生三冊目の同人誌発売だったが、これまでと違って売れ行きが爆上がりだったのだ。
ジャンルは旬ものを。BLではなくTLだがきちんと考察は覚とチェックした年齢制限の薄い本。
高校時代の頃はなかなか描けなかったテーマだが、女性物でも覚は嫌な顔一つせずに万智子の本、つまり『三ツ星さーや』の足りない要素を編集同様のスキルでチェックしてくれた。その甲斐あってか、今日の売り上げは予想以上で残りの在庫は通販の委託販売で限定数くらいで済んだ。
要するに、快挙と言えるくらいの充実したイベントとなったわけで。
「や~。今日はさとくん来れなくて残念だけど。その代わりに、ごはん、ごっはん~」
会場に参加していた相互フォロワーともアフターという二次会に誘われていたが。入籍日に購入した指輪を見せ、『家でご飯あるから』とリア充のブーイングを浴びてから帰宅するのに急ぐ。
覚は今日、休日出勤なので本当だったら売り子とかで参加する予定がおじゃんになったのだ。代わりに、夕飯は楽しみにしててと言われたので差し入れも食べずにお腹をぺこぺこにしていた。
(売り上げは全部じゃないけど。貯金と次回の入稿に必要な見積もりとかにしたら……ちょこっと、生活費には出来るかな?)
すぐに本業の転職を考えていないわけではないが。同人作家としてしばらくのんびり過ごしていいと覚には前々から言われている。いくら、覚が兼業作家でも生活費全部を賄うのは大変なことくらい、社会人生活の浅い万智子でもわかるくらいだ。寿退社ということで、退職金はほんのちょっともらってはいるものの……失業に近いことに変わりない。
アルバイトくらいは考えたが、いきなり始めて、まだあのお局様のような先輩とかに出くわしたら元も子もない。なので、就活についてはイラストレーターとしてのポートフォリオ作成も兼ねて……同人作家の実績を増やそうと覚にも言われたのだ。費用はまあまあかかるが、万智子のこれまでの貯蓄を切りくずしても、毎月出展するのを抑えればなんとかなる。
量より質。
そこを意識しながらの修行だと思えばいい。と言ってくれたのも、覚本人だ。作家様様としか言いようがない的確なアドバイス。その第一段階もあって、今回成果が少しでも出たのである。だから浮足立つのも仕方がない。
「ただいま~」
「おかえり~。お疲れ様」
玄関を上がれば、耳に届くのは油が跳ねる音。今日は揚げ物かと、またビールが飲みたくなる欲求が込み上げてしまう。それくらい、魅力的なメニューをいつも『時短』で作ってしまう覚のスキルには感服する。本人曰く、『手間省きたいだけ』と、順序などを最短で済ませれるようにしているだけらしい。
「あとで報告するけど。今日、ご飯なに?」
「チキン南蛮」
「マジ!? 大好き!!」
「家出る前に塩麹で下味つけただけだから、やわらかいよ~。今日はあえてもも肉」
「わぉ!」
時短レシピでも体調面を気遣ってくれる料理はどれもこれも美味しいのだ。塩麹もきのこもその一環でしかないし、万智子が食べやすいように工夫を取り入れている。チキン南蛮はまだ食べたことがないが、出来上がりの皿を見て目を丸くした。
「ただのタルタルソースじゃなくて、漬物刻んで入れたカラフルタイプ」
「ピンクだ~」
漬物に詳しくないのでなにかはわかっていないが、紫と黄色の漬物が入っているのはわかる。その色が移って、マヨネーズが少し強めのピンク色に染まっているのが面白い。
「柴漬けとかだけど。ピクルスよりは食べやすいから」
「へ~~?」
「「いただきます」」
汁物で軽く胃を温めてから、チキン南蛮に箸を向ける。カツではなく唐揚げのように仕立ててあるのか持ち上げやすい。タルタルソースと甘酢の組み合わせは如何に?と思いながら口に運べば……文句なしに、ジューシーな鶏肉の味わいに甘酸っぱい二つのソースのマッチングが至高と感じた。
「おいひ~~!! お肉柔らかいし、タルタルのお漬物のシャキシャキが面白い~~」
「刻んだの買っただけだし、玉ねぎなくても野菜になるからゆで卵とマヨ合わせるだけだしね」
「わざわざ刻んだの売っているんだ?」
「ものによっては高いけど。種なし梅もあるくらいだし、刻み葱と同じ感覚かな」
「ほー? カットサラダとソースも合う~~」
「ね~? そこは面倒だから、つい買っちゃうけど」
「問題ないない」
好きに料理しているのは覚だから、そこに万智子が必要以上に文句をいうことはない。実際口に合い過ぎるくらいに美味しいから文句の付け所がないくらいだ。
「で? 今日のイベントどうだった? 楽しめた?」
「楽しんだ!! てか、さとくん監修の新刊ほとんど売れたよ!! 残りは委託通販の審査回すのに十分な在庫になった」
「ほー? ちゃんと実力アップにつながったわけだ?」
「師匠がすごいからですとも」
「TLネタを嫁の原稿で見るとは思わなかったけどね」
「……腐女子よりは、まだいいでしょ?」
「まあ、男同士の濡れ場はさすがに」
万智子が全く読まないわけではないのだが、好みのBLになかなか出会えないだけ。実際描くのが好きなジャンルも二次創作とはいえTLやNLの方がと言う理由もある。今回はTLだったが、手に取る客もまあまあいてそのまま購入という流れが多かったお陰だ。見本誌を置いた方がの覚のアドバイスは正解でしかなかった。
「じゃあ……食休み、したらお風呂入る?」
「お? 言い出してくれるようになった?」
「まあ。お礼と言いますか。日常になってきたから……つい」
「つい、で。そろそろベッドの中も考えてほしいけど?」
「……明日休み、でしょ?」
「んん?」
「……初心者向けのお手柔らかコース考えてくれてるのなら」
「今行こっか?」
「お腹いっぱいだからリバースするわ!!?」
甘い雰囲気を壊させるのは、フリなのかどうなのかはわからなかったが。
結局は、覚への監修料込みで……よーやく、夜の進展を迎えたのである。初心者コースにはしてくれたものの、それなりに濃密だったためインプットした万智子は次の原稿に落とそうと密かに決めたくらいに。
次回はまた明日〜




