第105話 単行本配信決定なので、味噌カツ丼
「時短じゃないメニューを作ろうと思うんだ」
「ほぉ?」
ここしばらく、時短ではないようなメニューが続いているような気もするが……覚がそうじゃないと言うのなら、頷くことにした。
今日はさらに気合いが入っているとしたら、あの連絡があったからかもしれない。
電子単行本配信日決定。
時期はまだ先のことだが、一巻には五話が収録されるのとおまけ漫画として二ページの書き下ろしも入れることになった。
コミックなどの書き下ろしと比較すればだいぶ少ないが、覚の要望に応えたネタをネームで起こし、それが採用されたら下書きに移る。異世界ファンタジーではあるが、現実世界からの転生モノであるため、日本食のネタを盛り込んでいるのだ。
有りかと言えば有りだし、今どきの流行にしても悪くない。あとは、そのネタをどれくらい魅力的に反映できるのか。万智子の腕の見せ所というのにはまだまだ技術力は足りないが、精一杯起こそうと今日はネームを佐伯に送った。
返事はまだないが、おそらく明日かもしれない。
編集部でのやりとりで、話し合っているとすれば時間はかかるはず。初回の打ち合わせのときに、少しだけ編集部を拝見させてもらったが、意外に密接したデスクだった。万智子のOL時代のときよりも連携の取りやすい配置だったイメージを感じたくらいに。
とりあえず、今日は前祝いだと、覚が意気込んでいるのだから乗っかるしかない。
「今日作りたいのは……カツ丼!」
「おぉ!?」
「俺のリクエストになっちゃうけど、味噌カツ丼食べたい!!」
「……おまけ漫画に載せたから??」
「そう!! 俺、リアルのは一回こっきりだけど。あれ、美味かったんだよな~」
万智子は愛知でも、名古屋寄りの出身ではないため、その文化とはズレている。
味噌煮込みについても、両親が関西だったから日常にはあまりなかった。どちらかというと、食卓は大阪文化と言ってもいい。
ただ、名古屋に友人と出かけたりするときは、彼らが頼むときに便乗したことはある。こってりと、重たいくらいに濃い味付けなのを思い出した。それを、覚はおまけ漫画にネタとして盛り込んでいたのだ。
そんなにも、劇的に美味しいかと言われると、出身の万智子的にはうろ覚えでしかないが。
「……それで。タレだけは買ってきたんだ?」
手づくりで再現はしたくなかったのか、市販でも買える『味噌ダレ』のパックを見て少し懐かしくは感じた。母親と買い物に行くときに、地元で陳列しているのを見たりはしたものの、購入したことはあまりない。
だが、給食では『味噌おでん』で出たり、小さめのパックでおかずにかけたりしたので、味の予想はつく。今回のには、『焙煎ゴマ入り』とのこだわりがあるようだが。
「そう! カツは筋を丁寧に切って、衣をつけたら丁寧に揚げる」
カツ用の肉をそのまま揚げると、筋が変形したような『平らじゃないカツ』が出来上がってしまうそう。
料理に詳しくない万智子だったら、そのまま衣をつけて揚げてしまうのに丁寧な仕事をしないといけないのだなと感心した。
それと、揚げたらそのままカットではなく、バッドに寝かしたら余熱で火を通すそうだ。
「いきなりはダメなの?」
「まだ準備が残っているからね? 今日は丁寧に作りたいから、千切りキャベツも手製~」
「お~」
いつもなら、カット野菜で済ますのに。単行本記念のためか、自分が作りたいからか。
スライサーで丁寧にカットしたら、氷水でしめて水気を絞りとる。
万智子はご飯を丼に盛り付け、そのあとには味噌汁の用意を頼まれた。
覚が、味噌カツ丼の仕上げをしている間に済ませたが……サクッ、サクッとカツがカットされていく音が耳に心地よく届くのは、一種の快感に近かった。ASMRに似ているのかもしれない。
味噌ダレをかけて、出来上がったカツ丼は卵とじのそれよりもジャンクな風貌を垣間見せてくれた。
「「いただきます」」
久しぶりの味噌カツ。
タレの味わいからして想像はしやすいが、ほぼ揚げたてのカツとの相性は如何に。
まずは、単体で味わうのに、ひと切れ持ち上げ……口に運ぶ。
ザクっ。
とした、想像以上にサクサクよりも食べ応えのある食感に驚いたが。ジューシーな肉に絡んだ、濃厚な甘じょっぱい味噌ダレとの相性は抜群だった。何度か万智子はこの味と出会っているはずなのに、まるで初対面のような新鮮さを得たかの様。
「……めちゃくちゃ、美味しい!?」
「これこれ!! このメーカーのタレで、一度カツ丼作ってみたかったんだよね~? 甘過ぎないのに、濃厚で食べやすい!」
千切りキャベツに味噌ダレが絡んで、カツだけで食べるよりも優しい食感をプラスしてくれている。それを考えたのは、どうやら覚ではないらしいが。一度だけ食べたところのメニューを自分なりに再現しようとした根性の表われかもしれない。
「コミカライズに盛り込むくらいに、食べたかったんだ?」
「まあ、ネタはたまたま思い出したからなんだけど。自分でカツ丼作るの、ひとりだと味気ないからさ? マチちゃんが居てくれるからやる気スイッチ入ったんだ」
「そう、なの?」
「うん。地元の人だったとしても、味の好みに近いとかあるじゃん? マチちゃんは俺の作るのにあんまり文句言わないから……今回は俺のわがままからだけど」
「全然いいよ~? むしろ、さとくんのリクエストって少ないもん。作りたいの作っていいんだよ?」
「そう?」
「うん」
万智子の食べたいものをあれだけ叶えてくれたのだ。自分の食べたいものも、もっと言っていいのだし、万智子なりにリクエストにも応えてあげたい。
今回のはたまたまそうだったとしても、毎日の食卓のことをふたりで考えていくのも楽しいのだから。
その日から、ときどきだけど覚の食べたい料理が加わることになったが……意外にも、ジャンクフードじゃないのには少しだけ驚いた。
カツ丼はたまたまで、それ以外は煮込み料理や少し時間がかかるおかずだったりと。
時短が多いのは、『さくっと食べれる』ことを目的とするためのものであって、ただルーティンにしていただけだと言う。
次回はまた明日〜




