第103話 スタミナが欲しいときに、唐揚げ丼
冷凍食品でも作れなくないのだが、あの味を知ると食べたくなるものがあった。
それは、万智子と覚がまだ付き合いたての頃。
ご飯をご馳走してくれることになるのが、何回かあったときに振舞ってくれた料理だ。本人はあまり難しい工程ではないと言っていたが、揚げものだから万智子にはハードルが高いと思っている料理。
それは、定食にも、つまみにも最高の料理。
『唐揚げ』だ。
「……食べたい」
仕事の区切りがついたところで、万智子の脳内にふんわりと浮かんだあの思い出。
覚は、肉さえ用意すればある材料と合わせてすぐに出来ると言っていたものの。今思えば、手の込んだ仕込みをしてくれていたと感じた。衣はザクザク、中はジューシーとしっかり火の通った食感。
単体だけでも美味しいのに、覚はさらにアレンジをしてくれたのだ。
丼として。
「……あ~~。今からRINE送れば、リクエスト間に合うかな??」
食べたくなってきた途端、仕事の手が止まりそうになる。それは非常によろしくないし、万智子が自分で作れるとは到底思えない。レンチンで唐揚げを解凍して、味付けするくらいは出来るとしても。
揚げたての、あの食感が命ともいえる出来栄えにはきっとならない。だとしたら、今昼休みを少し過ぎたあたりの時間帯にリクエストを送れば間に合うのではないか。あと、万智子でも出来る手順を教えてくれるはず。
そこに行き着くと、指でもうメッセージを弾き出して送信していた。スマホを見ていたのか、すぐに既読になり、返信を待っていると……。
『冷凍庫の鶏もも肉二枚を解凍して。キッチンばさみでブロックに切ったら、大さじ2の塩麴とジップロックに入れて揉み込んでおいて~~? そのあとは冷蔵庫に寝かせておくだけでいいから』
と、すばやく返事をくれた。
そこまで難し過ぎない手順にほっと出来た。ならば、今からやろうとグローブを外して手を洗った。
「えーっと、解凍モードで火を通さないように気を付けて」
レンチン用の袋に入れて、肉や魚はときどきだが冷凍にストックをしてある。セール品だったり、たまに大きめのスーパーで大量買いした場合にきちんと手順を守って保管しているのだ。それを使うのは、大抵覚がメインだけれど。少しずつ料理に興味を持った万智子にも、覚が手順を教えたりしてくれるので……ここ最近は、レンチン解凍くらいなら失敗があまりない。
それでも、何回かレンチンの操作を繰り返し。好みの固さになったら、取り出してキッチンばさみでじょきじょきと切ってジップロックへ。そこに、言われたとおりの塩麹をイン。
揉み込むくらいなら万智子でも出来るからと、覚はこの手順を伝えてくれたのだろう。
揚げることに関しては、まだまだ中級以上上級レベルなために挑ませてはもらえない。揚げ焼きでも、中身がピンクとかになりそうなのは以前実体験したからだ。
「さとくんの唐揚げ丼~~」
片付けを終えてから、仕事と家事に勤しむ。
食べたいご飯に少しでも関われたことで、萎えかけていた意欲がもとに戻りつつあった。ご飯は活力を復活させるとはよく言ったものだ。万智子のやる気スイッチをうまいこと切り替えれたのだから。
「ほい、ただいま」
いつも通り帰宅してくれた覚に、勢いでハグしてみるとおかえしと言わんばかりにぎゅっと抱きしめてくれる。新婚でもないのに、いつまで経っても万智子を愛おしく思ってくれる男性なんて奇跡過ぎるんじゃないだろうか。今更ながら、覚の強引さがきっかけだったとしても、いい生活を送れていると実感した。
「手伝い、ほかにいる?」
「んじゃ。タレ作りかな」
「ほーい。混ぜるだけ?」
「ん。まずは」
砂糖。
鶏がらスープの素。
醤油。
酒。
酢。
ニンニクチュープ。
ごま油。
ざっくり、同じ分量で混ぜ合わせたらタレの完成。
「はっや」
「ま、これは仕上げに使うからこのままにしておいて」
メインの唐揚げについてだが。場合によっては塩麴を落とすのに洗うらしいが、今回はしっかり味付けのためにもとそのまま片栗粉をまぶすのだそう。ザクザク感を意識するなら、もう少しアレンジしてもいいそうだが。あのときと同じレシピであれば、これだけでいいそうな。
揚げ焼きにするので、肉が軽く泳ぐ程度の揚げ油を入れて火をつける。温度は菜箸で確認したのち、ひとつだけ入れたら気泡の加減も見て追加するらしい。
「しばらく触らないの?」
「衣がはがれやすいから、しばらく放置だね」
あとは、経験値がものを言うとか。覚の勘を頼りに上下をひっくり返し……また放置後に、気泡が落ち着いたら今度はフライパンを揺すって回していく。そうすると、ころころ転がるが表面がきれいに揚がっていくように見えた。
ひとつ取り出し、半分に割れば中身はきれいな断面。これを幾度も繰り返して、網のバッドの上に乗せたら仕上げをしていく。万智子が作ったタレをボウルに入れ、菜箸で適度に絡めていくのだ。
「ご飯、大盛り?」
「俺はね」
「糸唐辛子って、ストックあった?」
「引き出しにまだあるはず」
「ほーい」
ご飯に少々のタレをかけ、唐揚げを適量盛り付けて糸状の唐辛子を添えたら……完成。
万智子の食べたかった、南蛮風の唐揚げ丼だ。
「「いただきます」」
持ち上げるだけで、ずっしりと重い唐揚げ。
惣菜コーナーでは数個でいいお値段がするそれが、実質食べ放題なくらいに丼に盛られている。箸で慎重に持ち上げ、まだ湯気が心配なところを半分くらい頬張れば……あふあふ言いながらも、噛んだことであふれ出てくる肉汁の洪水に、万智子の脳内の感動が感極まった。甘辛いタレがご飯を呼び水にして、どんどんかき込んでいく箸が止まらない。
「おいひぃ~~!!」
「リクエスト通りの味かな?」
「うん! やっぱり、出来立て熱々。ザクザク食感が堪らないね!! これ知っちゃうと、しばらく冷凍のが食べれないけど~」
「でもまあ、いいタイミングだったよ。俺もなんとなく、かっ込みたい気分だったし」
「以心伝心?」
「に近いかもね?」
連載作品の路線では、たまに食い違いが出てくるようになってはいるが。そこは間に編集の佐伯がいるので軌道修正はきちんと出来ている。
それ以外の、プライベートについてはこれくらいでちょうどいい。
食事のこともだが、お互いを労わり合う関係についても。
まだ妊活は始まったばかりだが、その日は少し食べ過ぎなくらいだったので普通に覚のベッドでいっしょに寝るだけになった。
急がず、焦らず、一歩一歩進めるくらいで。
それが日常なのだから。
次回はまた明日〜




