第102話 自分で作ってみたいキノコハヤシ
結婚した。
仕事も出来た。
順調過ぎる生活に潤いが日々増えていくような気がする。
落合万智子、今年二十六歳。そろそろ次のステップに踏んでもいいような感じはあったが。
『子ども』については、まだまだお腹に宿る気配がない。
(さとくんが、気を遣ってくれているのもあるだろうけど……)
今の時勢、妊娠も高齢出産でも大丈夫だと聞いてはいるものの。
なるべく早いうちに、出産は考え直した方がいいのでは。最近の万智子はそう考えてくるようになってきた。
お互いの貯蓄の差はあれど、共同制作のコミカライズのおかげで万智子自身も少しずつ増えていくと思う。ほかの打診こそはないものの、ドミノのアシスタント業務もあるからまったくゼロになるわけではない。
だからこそ、このタイミングに妊娠を考えておいた方がいいのでは。
一年くらい前に話し合いはしたものの、式も挙げたし、生活環境がまた少しずつ変わったのだ。その次に子どものことを考え直す機会があってもいい。
「けど。自分の身体を張ってまで頑張ることだから……簡単にいくわけないもんね?」
いのちを宿す。
それは奇跡の出来事。
創作関連では、『簡単』にすることは可能でも現実ではそうもいかない。
それなりのことは覚とはしていても、今は避妊している最中だ。覚と話し合って、それをやめたとしても周期の関係で万智子のお腹にすぐに宿るかもわからない。
だからこそ、慎重に考えるだけでなく、しっかりと話し合うべきなのだ。
そのセッティングのために、今日は万智子が晩御飯を作ってみることにした。
覚がときどき作ってくれるレシピでも、万智子でも作れそうなものを。
玉ねぎ。
えのき。
牛肉。
塩麹。
ハヤシのルゥ。
これだけで作るのは、簡単キノコのハヤシライスだ。
事前に牛肉と塩麹を合わせて、冷蔵庫で数時間寝かせておいた。
えのきもキッチンばさみで刻んで冷凍しておくと旨味がアップするとかで、袋にまとめてある。
玉ねぎのスライスだけはひとりでするのは初めてなので、慎重に刻んでいく。指はなんとかけがはしなかった。
「ケトルでお湯を沸かして」
ボウルに入れ、牛肉の灰汁を取るのにしゃぶしゃぶの要領で浸していく。
その間に、フライパンに軽く油を敷いて、玉ねぎをしんなりするまで炒める。色が変わり始めたら、えのきを投入。熱が入ったくらいで肉も入れていく。
「これくらいの量だから……水は450㎖で」
ぐつぐつ煮えたら、ルゥを割って入れて火を止める。
ルゥが原型を無くすくらいに溶けたら、火を入れてとろみがつくまで混ぜながら様子を見る。
15分くらいでとろみがしっかりついたら……火を止めて蓋をする。
「すぐに食べたいけど。冷ますことでより美味しくなるんだっけ?」
煮物とかではないが、カレーでも作りたてよりその方が美味しい。そう、覚が教えてくれたのだ。
なので、今は午後三時。覚が帰宅するくらいに温め直したら、もっと美味しくなるかもしれない。そう信じて、万智子は片付けを終わらせたあとに原稿を少し進めようと部屋へ戻った。
「……マチちゃんが、作ったの??」
RINEではハヤシライスを作ったことを連絡しておいたのに、まだ信じられない様子でフライパンの中身を見た覚は……感動したのか、万智子に振り返ると思いっきりハグしてきた。少し痛いくらいだったが喜んでもらえてなによりだと甘んじて受け入れることにした。
「さとくんのレシピ通りに作れたと思うけど……」
「大丈夫だって。じゃ、俺はそれを引き立てるのにいいもの作ってあげる」
「いいもの?」
「前はドレスタイプだったけど……オムレツをね?」
「わぉ」
卵をひとり二個。
菜箸だけを使い、バターを溶かした小さめのフライパンで作っていくようだ。
「たんぽぽオムライスって聞いたことない?」
「……ん~? あ」
あのふわふわオムレツか、と、今更思い出せた。前のドレスオムライスの時にはなかった、ふんわりとろとろが隠れているタイプ。
卵液を流し入れ、フライパンをくるくる回しながら半熟加減を見計らっているので難しそうに見えたが。
「オムレツをライスの上に乗せて。切り込みを入れたら、ふわって広がるやつ」
「やっぱ、あれか!!」
「昔、ちょっと練習しまくってた時期があってね。久しぶりに作るけど、失敗したらごめん」
「いーよいーよ」
失敗しても美味しくいただく。
万智子はそう思っているので、オムレツの出来上がりを待ちながらも食卓のセッティングを始めていった。
とん、とん。
とん、ととん。
菜箸を置いたら、手首のスナップとフライパンだけで形を整えていく様子が絵のように見えた。
これはまた、同人誌のネタに使えるのでは、と、思わずにいられない。原稿の仕事量は増えても最近は少しずつネタを起こしてはネームに反映させているのだ。また近いうちに、イベントには参加したいと思っている。
「はい、出来た」
座布団のようにして盛り付けたご飯の上に、これまた完璧と言えるオムレツがふわっと乗り。
ふたり分出来たら、ご飯の周りに温めたハヤシを注いでいく。それだけで、万智子の作ったハヤシがグレードアップしていくように見えた。
「これ、スプーンで割るの??」
「いやいや、そこはナイフで」
すーっ、と、切り込みを入れれば本当にふんわりと左右に広がって米を隠していく。半熟卵が中から姿を現した。
「……さとくん、これはお店レベルでは??」
「技術さえ伴えば、そんな難しくないよ? マチちゃんの頑張りにちょっと花を添えさせていただきました~」
「……ありがと」
「「いただきます」」
以前食べたドレスオムライスの場合は、薄焼き卵の固さではあったが。今回のたんぽぽは半熟卵のとろとろバージョン。
どちらも甲乙つけがたい美味しさだが、これはこれで大変に美味。一皿をあっという間に完食してしまうほどだった。
そして、えのきの克服はちゃんと出来たと理解できるくらい噛んで食べられた。
「う~~……美味しかったけど、もうなくなった~~」
「もう一回作ろうか?」
「さすがに食べ過ぎだし? ……ここは、チーズで満たそう」
「俺もそうする~~。しっかし、ちゃんとご飯作ったのはどうしたの? なんかあった??」
「……鋭い」
覚に頼り切りの自炊を、昼はともかく夜まで作るのにはなにか理由がある。
そこは見透かされていたため、万智子は正直に『妊活』について打ち明けたところ。
「……妊活ねぇ? まあ、今の仕事量を考えてもマチちゃんの負担多くならない?」
「でも、三十になるまでには……ひとりめとか考えない?」
「俺よりもマチちゃんの方が大変だからねぇ? ……じゃあ、する?」
にっこりにこにこの笑顔でお誘いをされたので、万智子は『……うん』と頷く。
もちろん、ちゃんとした妊活に向けての第一歩なので準備は万端にしなくては……と、食事の後片付けをしてからベッドに。
ここ最近ご無沙汰にしていたが、覚はうんと優しいキスからスタートしてくれたのだった。
次回はまた明日〜




