第六節 回避の術
特訓が開始されてから、3日が経とうとしていた。
「ハッ!」
「ドガッ」
サンドバックをリジェクトで攻撃する主人公。その傍らで爆破が神妙な表情で腕を組み、下を向いている。
(あれから320kg止まりが続くな。どの部位に当たっても確実にゾムビーを葬り去るには常に450kgの威力が欲しいものだが……)
ふと、腕時計を確認する――。
「(もうすぐ、22時か……)よし! 今日はそこまでだ! 二人とも! 風呂に入って寝ろ! 超能力に耐えうる体力を作るのも立派な特訓の内だ! しっかりと寝て体力を付けるように!!」
「ハイ!」
「おゥ!」
爆破の指示に主人公、逃隠がそれぞれ答える。
――大浴場。主人公と逃隠の二人が湯船に浸かっている。
「はぁー。今日も疲れたー」
「サンドバック運びも楽じゃないゼ」
軽くグチをこぼしながら湯船でリラックスする二人。主人公が何か思いついたように口を開く。
「僕の方は、1カ月間も勉強合宿するって親には言っておいて、何とかごまかせたけど、サケル君の家は大丈夫なの? 夏休みとはいえ、中学生が1カ月も家を留守にするんだよ?」
逃隠がさらりと返す。
「ン? あァ、うちは放任主義だからナ」
「さっぱりしてるね。まぁ、何かあったらスマシさんが何とか説得してくれるらしいから大丈夫か」
「……ツトム」
「ん?」
逃隠の顔から、急に先ほどまでの緩みが消える 。
「特訓についてだガ、どう思ウ?」
「どうって言われても……」
主人公は、はて……? と、首をかしげる。
「俺ハ! このままではダメだと思ウ」
いつになくキリっとした表情の逃隠。
「どうしたの? サケル君。そんな顔して……まさか!」
「気付いたのカ? ツトム」
コクリと頷く主人公。
「雑用がホンキで嫌になって……」
「ザッバァァアアン」
逃隠は湯船でずっこけた。水面は水しぶきを上げる。
「ちゃうワァ! 思わず関西弁みたいになってしまっただろうガ!!」
「ごめん」
主人公は、とりあえず言葉だけでも謝っておいた。
「まぁいイ」
気を取り直して逃隠は主人公の現状を分析し始める。
「リジェクトだガ、その精度は目標の500kgには及ばなイ……1回当たりの威力はまぁまぁだガ、繰り出すのに隙が大き過ぎル」
(確かに、サケル君の言う通りだ。威力もまだまだだし、打ち終わった後、すぐに次が打てない!)
ハッとする主人公。
「そこで……ダ」
逃隠は片目を閉じ、次の言葉をゆっくりと紡ぐ。
「回避の術、お前に伝授してみようと思ウ……!」
「回避の……術!?」
顔を見合わせる二人。主人公は気が動転した様子だ。
「か、回避の術って、確かサケル君の家系で代々伝わる奥義なんでしょ? 僕なんかが簡単にできる術じゃあ……」
「できル! 免許皆伝であるこの俺が指導すればナ」
主人公の言葉を遮り、逃隠は確固たる自信を持って、言い放った。
「ここ、狩人ラボは6時半起床の超ホワイト企業ダ。朝まで随分と時間があル! 早速、風呂から出てテ、特訓第二幕! 開始ダ‼」
「ザバッ」
勢いよく湯船を飛び出す逃隠。
「あっ、待ってよ! サケル君」
主人公もまた、逃隠を追うように湯船を出る。
――主人公と逃隠の自室、
「外に出て見つかったら怒られるからナ、ここでやるカ!」
逃隠はフーンと鼻で息をし、腕組をしている。
「ちょっとしたスペースはあるけど、ここで回避の術なんてできるようになるの?」
主人公はその術の免許皆伝、指導役に疑いを持ち始める。
「なぁニ、基本は身体能力を活かした体術のようなものダ。基礎体力トレーニングを積めバ、それなりのものはできるようになル」
「それなりのものって……」
自信満々な逃隠と不安な主人公。二人の温度差は、歴然としていた。
「そうだナ、まずは動体視力からやるカ」
風呂敷から何か取り出す逃隠。
「パラァ」
それは縦1.2m、横1mのポスターのような紙だった。方眼用紙のような仕切りが6×6で書かれており、その中には不規則に並べられた数字も書かれてあった。
「サケル君、それは……?」
「フッフッフ、これはナ、動体視力を鍛えるための巻物ダ!」
(巻物というよりは普通の紙なんだけど……)
心の中でツッコミを入れる主人公だった。
続けて逃隠は巻物(?)の説明を始める。
「ここに数字が描かれているだろウ? この数字を上の数字から下の数字へ目を動かして読み上げるんダ! 斜め下のモノを読んでもいイ。なるべく素早く行うのがコツダ。やってみロ」
「うん、分かったよ」
主人公は何の疑いもなく、言われるがままに数字を読み上げていく。
「6、11、4、25……」
(そう言えば昔、動体視力は目の筋肉を素早く動かす事が関係しているって、テレビで見たことがある。こうやって目を素早く動かしていけば確かに鍛えられる気がする……!)
「まずは3分かン! やってみロ!」
指示を飛ばす逃隠。
(3分間。キツいかも知れないけど、やるぞ!)
――3分経過。
「少し目が疲れたよ」
ひりつく目を、主人公がマッサージしている。
「これをとりあえず3セット行うゾ! ひとまず次ダ。次は俊敏性と下半身の筋力をアップしてもらウ!」
(次は体を使うのか)
「スクワットジャンプ20回3セット! 反復横飛び20秒3セット! スクワット30回3セット! フロントランジ……」
「ちょっと待ってよ!」
逃隠の指示を遮って話す主人公。
「ほ、本格的な筋力トレーニングだけど、今からそれ全部するの?」
「当たり前ダ」
当然だろう? という表情で逃隠は腕を組んでいる。
「……」
主人公はこの反応に、たじろぐしかない。
「見たとこロ、瘦せ型のお前はこれくらいやらないと回避の術のかの字も習得できなイ。俺はこんなタッパだガ、反復横飛びは20秒66回、50m走は6.2秒くらいの身体能力ダ。これくらいの身体能力が無いト、回避の術の免許皆伝にはなれなイ!」
(……サケル君のコト、正直信用してなかったけど、やっぱり凄い人だったんだな)
逃隠の言葉に息をのむ主人公。
「さテ、ツトム! 続きだ、やるゾ!」
「うん! やってやる!」
逃隠の特訓の続きが始まった。
夜が更けていく――、
「止め! 少し休憩だ!」
翌日――、
相変わらずリジェクトの特訓を行っている主人公。そこに爆破の指示が入る。
「どうしたツトム? 顔に疲れの色が見えるぞ。しっかり寝てないのか?」
「は、はい……まぁ」
主人公は曖昧に答え、爆破の問いかけに目を逸らす。
「……まさか」
(ヒョッ!)
マズい! と、逃隠は爆破達の後ろでダラダラと汗を流す。
「ベッドが合わないのか? クッションを硬いのに替えてやってもいいぞ」
「いいえ、大丈夫です!」
(ふいー、危なかったゼー)
事なきを得た逃隠は、汗をぬぐう。
「今日は早めに上がるか……休憩を挟んだら、今日はあと1時間だ! しっかりな!」
「ハイ!」
束の間の休み。主人公はタオルを手に座る。
(このあとサケル君の特訓もあるんだよな、疲れても仕方ないよ)
――夜、主人公と逃隠の自室。
「昼間はどうしタ? ツトム。もうへばったのカ?」
「どうせ僕は体力ありませんよーだ」
少しはぶてる主人公。
「まぁ疲れても無理はないカ。それに毎日筋トレしても意味が無イ」
「?」
逃隠の意外な言葉に、主人公は疑問を抱く。
「ツトム、超回復って知ってるカ?」
首を横に振る主人公。
「筋トレは1回筋肉を破壊しテ、それを体が治すときに余分に回復させテ、それで筋繊維を大きくしているんダ」
「それを超回復って言うの?」
コクリ、とうなずく逃隠。
「超回復を起こすには体を休めなければいけなイ。ツトムの場合ハ、1日筋トレをしたら1日休憩を挟むようにしよウ」
「良かったー。少なくとも毎日はやらなくていいんだ」
逃隠の言葉に、主人公は胸をなでおろした。
「しかシ! 動体視力のトレーニングは毎日やるゾ! いいナ?」
「うん! 分かったよ」
特訓の日々は続く。
こうして狩人ラボに泊まり始めてから二週間が経とうとしていた。
――夜、主人公と逃隠の自室
「ツトム、少々時期尚早かも知れないガ、実践的な特訓を開始するゾ」
「? どういう事? サケル君」
「回避の術ヲ、実際にお前が使っていくんダ」
「!?」
突然の逃隠の提案に、主人公は驚きを隠せない。
「そ、そんな。もう僕が、回避の術を使えるって言うの?」
「まァ基本中の基本、『避け』をするだけなんだがナ」
主人公の問いかけに軽く答える逃隠、続けて特訓について説明する。
「手っ取り早く言うト、今から組手をすル。と言ってもツトム、お前はただひたすら俺の攻撃を『避ける』だけなんだけどナ。これまで鍛えた動体視力と下半身の俊敏性で俺の攻撃を避けるんダ!」
「ゴクリ(……うまくいくかな?)」
息をのみ、身構える主人公。
「じゃあ行くゾ! まずは8割の力のパンチだ!」
シュッと、逃隠が主人公に右拳を繰り出す。
(……あれ? 拳が……ゆっくり……)
集中した主人公には逃隠のパンチがスローモーションに見えた。
「トン」
主人公は逃隠の拳を軽く左手で軌道を変えたため、パンチは当たらなかった。
「見事に『避けた』ナ。だが手に当たってハ、もしこれがゾムビーの体液だったらどうすル?」
「あ、……そうだね」
虚を突かれる主人公。
「下半身を使って触れずに避けるんダ、行くゾ」
「シュッ」
再び拳を繰り出す逃隠。主人公は完全にそれを見切り、右足を斜め前に動かし避け、体を回転させて逃隠の後ろを取った。
「あ……」
(体が……軽い)
「やるナ、ツトム。後ろまで取るとはナ。どうダ? 自分の身体能力が、向上しているのが分かるだロ?」
ニヤリと目を光らせる逃隠は振り向き、主人公に話し掛ける。
「うん! 特訓の成果、ちゃんと出てるよ」
喜びを顔に出した主人公は、興奮気味になっている。
「そうカ、だがこれはまだ8割の力ダ。次は10割で色々な技を使っていくゾ、いいナ?」
「うん!」
「でハ、始メ!」
「! ! !」
両手で交互に、しっかりとしたパンチを1秒間隔ぐらいで打ち込む逃隠。
(1発1発に力を込めているのが分かる……!)
逃隠の拳を、そう感じ取りながら避け続ける主人公。足を動かし避ける。時折、大きく体を反らして避けるが、下半身に力が入っているため、上体がどんな体勢でも崩れない。20秒くらい経って、逃隠が足を使った。
「ガッ」
「!?」
「すてーん!」
足をとられ、主人公は尻もちをついてしまった。
「イタタ、もう! ずるいよサケル君」
「ハハ、悪いナ、ツトム。だが相手に正々堂々という言葉は通じないゼ、どんな攻撃が来ても対処できないとナ」
「確かにそうだけど……」
理屈では分かるが、腑に落ちない。そんな主人公だった。
「ほラ」
逃隠が手を差し伸べる。主人公は手をとり、立ち上がる。
「特訓の成果は出てるナ! この調子ならここを出るときにはかなりの精度の『避け』ができるようになるゾ!」
「うん!」
自信に満ち溢れた表情の主人公。そこへ――
「ビ――ビ――ビ――」
『!?』
警報が鳴る。スピーカーに顔を向ける二人。
「Y市内の繁華街でゾムビー発生。戦闘員は至急現場に向かうように! 繰り返す。Y市内の繁華街で……」
「ツトム、行くゾ!」
「コクリ」
逃隠と顔を合わせ、頷く主人公。
――Y市、繁華街
「ザッ」
主人公と逃隠の二人がゾムビー発生現場に到着する。爆破と、狩人の隊員も数名居る。
「早速、特訓の成果を実践する機会に出くわしたナ、ツトム」
「うん。やってみせるよ、サケル君」
逃隠と会話を交わす主人公。手にいつもの手袋をはめる。爆破は指揮官として、通信機を持ち命令を下す。
「隊員達は民間人の避難を最優先だ。安全なところへ誘導しろ」
「ラジャー」
「それとツトム」
「ハイ!」
「2体、行けるか?」
「やります!」
主人公は即座に爆破の応じかけに答えた。
「よし、残りは私がやる! 行くぞ!」
繁華街での戦いが始まる!




