第五節 生体実験
「尾坦子さん!」
声を荒げる主人公は、ガラス張りの壁に駆け寄る。
「ん? ツトム君? ツトム君じゃないの! どうしてここへ?」
こちらに気付いた尾坦子が椅子から立ち上がり、近寄ってくる。
「ああ、尾坦子さん……」
涙ぐみ、手を差し伸べる主人公だったが、そこにはガラスでできた壁が二人を隔てていた。
「無事……だったんだね。尾坦子さん」
「全っ然元気よ。ゾムビー化しちゃったけどね」
全身紫色をした尾坦子が話を切り出す。
「私ね」
「うん」
「ここで対ゾムビーの研究の手伝いをしているの。ゾムビー達を怯ませる電波だとか、ゾンビ―達をいち早く発見するための電波だとかを浴びて、その結果を調べられているわけ」
「それって生体実験じゃないか! 大丈夫なの!?」
「うん。平気よ」
平然とした様子で、尾坦子は淡々と話す。
「しんどい時もあるけど、殺されるほどの電波を浴びるわけじゃないわ。私ね、誰かを助けたい、誰かの役に立ちたいってずっと思いながら生きてきて、それでナースになったの。だから今、ゾムビーを退治するための役に立ててとっても幸せなの」
「それでも! 尾坦子さんがひどい目に遭ってるのを! 僕は見過ごせない!!」
壁に手を打ちつけながら、涙ながらに叫ぶ主人公。しかし――、
「小僧、次の実験が始まる。邪魔をするな」
主人公は研究者に腕を掴まれ、尾坦子から遠ざけられた。
「尾坦子さん‼」
ガラス越しに名前を呼ばれた彼女は、笑顔で右手を振っていた。
「よし! 始めるぞ」
尾坦子は椅子に座る。部屋の両サイドから電波を出すらしき機械が出てくる。
「電波放射5秒前、4、3……」
研究室内に無機質で無情なアナウンスが流れる。
「あぁ。尾坦子さん……」
「2、1……」
「ゆんゆんゆんゆん」
電波が尾坦子に向かって放射され始めた。
「ああ――――ん!」
そのナース服は、紫色の全身をのけ反らせ悶える。
「…………嬉しそう?」
唖然とする主人公。涙はいつの間にか乾いていった。
「再会の時間があまり取れなくて済まなかったな」
爆破が主人公に向かって話す。
「あの、……本当に尾坦子さんは大丈夫なのでしょうか?」
主人公が不思議そうに問う。
「生命維持に支障は無い程度の電波だ。これくらいは、こちらとしても協力してもらわなければならない」
「そうですか……」
「あ――ん!」
相変わらず叫んでいる尾坦子。
「……」
主人公の涙は完全に乾いた。
「ここを出ようか」
そこで爆破がそっと話を切り出す。
「えっ。次はどこへ?」
「フッ……まぁ行けば分かる……」
思わせ振りな爆破は、主人公に全ては話さなかった。
「ウィ――ン」
研究室を出る3人。逃隠がひそひそ声で話す。
「ツトム、なんか中学生が見てはいけないモノを見てしまったナ」
「……うるさいよ」
――、
ラボの廊下を歩く3人。爆破が口を開く。
「会わせたい人がいると言って君を呼んだのだが、本題はそれではなかったんだ」
「! どういうことですか?」
「あの女性を使う形になって悪かったのだが、ツトム、君に頼みたいことがあってな」
「?」
「一緒に、ゾムビー達と戦ってほしい」
「!」
「ゾムビー達は世界各地に出現し、人々を襲っている。このままでは人類の存亡に関わってくる。我々、狩人は強い。だが、特殊な訓練を耐え抜いてきた部隊だけあってその数は僅か、人手不足なのだ。この間の体育館裏の時も出動が遅くなってしまっただろう? それは随所に基地と隊員が少ないからなんだ。今、一人でも多くの強力な人材が欲しい」
「はぁ……」
「そこでだ。超能力が発現した君に、ぜひ協力してもらいたいのだ」
「そう言われても、僕、超能力を上手く使いこなせるかどうか……」
「心配しなくていい」
「ツカ……」
爆破が足を止める。そこには物々しく鎮座している大きな扉が――。
「君にはここで、1カ月間訓練を行ってもらう!」
「ガッ……ゴゴゴゴゴゴ……ガシャン」
門が開くように、大きな扉が開く。
「この、第2訓練場で超能力を! 完全にマスターしてもらう‼」
「!」
広い部屋になっていた。そこにはゾムビーをかたどった的のようなもの(サンドバックに似ている)が無数に有り、何かを測る7セグメントの大きな表示器のようなものも存在した。
「(何かしら、訓練をするには充分な設備だ……でも!)僕、まだ中学生ですし、学校生活とかに支障が出たら……。今、夏休みといっても宿題もあるし……」
最後は小声になったが、主人公が反論する。すると、声高に爆破は言う。
「はっはっは。なぁに、宿題、勉強なんてものは受験の年の夏休みからすればいい。君はまだ2年生だろ? それと、自分の友達や家族、恋人をゾムビー達に奪われてしまってもいいのかい?」
「友達、家族……恋人……」
友出、両親、尾坦子がふわっと頭に浮かぶ主人公。
(もう、誰も尾坦子さんのようにはしたくない!)
「……分かりました。あまり……自信はありませんが、やってみます」
少しばかりではあるが、主人公は決意を固めたようだ。
「よろしい」
爆破が頷く。
「俺もやってやるゼィ!」
逃隠が右手を上げながら声高らかに宣言する。
「そうだなぁ、君は……ツトムのサポートを頼む。器材運びとか」
「ガ――――ン」
逃隠は、爆破の言葉にショックを隠しきれないでいた。
「まぁ最初の方は、器材運びも必要ないと思うが」
「?」
爆破のその言葉に疑問を持つ主人公だった。
「まあいい、始めるぞ!」
ゾムビーをかたどったサンドバックが無数に現れる。表示記が灯り、0が表示される。
(やるぞ! コガレ君を、家族を、尾坦子さんを! 守るんだ‼)
――、
「さて、ツトム。あそこにゾムビーのような柄のサンドバックがあるだろ? あれに超能力を使って攻撃するのだ。破壊しても構わない」
コクリと、主人公が頷く。
爆破の指示のもと、特訓が始まった。
「ハッ」
主人公は両手に力を籠めた。両手が微かに光り出す。
「タァアア!」
そして、サンドバックに攻撃した。
「ぼむっ」
サンドバックは少し揺れるだけで破壊されない。すると表示記が数値を出した。
「ピピピピピ……ピッ」
7kgとの表示。
「ふむ、たったの7キロか、まるでだめだな」
爆破が溜め息を吐き、呆れたように言う。主人公は、その表示の意味を理解していなかった。
「あれは、一体?」
「ん? あの表示はサンドバックにどれだけの威力の攻撃が伝わったかを打撃換算で測るものだ。とりあえず、250kgは出してもらいたかったのだが……。狩人には、生身で700kg叩き出す者もいるのだぞ」
「生身で……ななひゃく……‼」
主人公は、爆破の耳を疑う発言に両手を上げて驚愕した。
「さて、やみくもに反復して行っても、らちが明かないレベルだな。作戦を考えよう。ツトム、この間の、学校の体育館裏で超能力が発現した時はどのような状況だった?」
コクリ、と首を縦に動かした主人公は爆破の問いに答える。
「はい、親友のコガレ君が、ゾムビーの体液に襲われそうになっている、正にその瞬間でした。それで、嫌だ、絶対にコガレ君を、死なせない、と強く思った時にゾムビーを吹き飛ばす位の力が出せました。それと、スマシさんに初めて会った日にも、微かですが力が使えた気がします」
「そうか、その時の様子も聞こう」
更に頷いた後、続ける主人公。
「その時は、嫌だ、死にたくないって強く思いました。それで、ゾムビーの体液を体から少しそらすことができました」
「ふむ」
顎に手をやり、爆破は2,3秒静かになった。
「嫌だ、というキーワードが共通しているな。分かった、ツトム、今度は何かを強く拒絶する意識でもう一度サンドバックに攻撃してくれ」
「はい、分かりました」
主人公は返事をした後、自分の中で“拒絶”という意志、意識をイメージした。
(拒絶……拒絶……ゾムビー達にみんなを襲わさせたくない!)
主人公の両手が、大きな光で包み込まれる。
(おお、これならいけるか)
光が膨らむに連れて、期待を寄せる爆破。しかし、両手の光はしぼんでいってしまった。
「どうした? なぜ止めてしまったんだ」
即座に爆破が問う。
「ちょっと待ってて下さい。これが無いと、なんか落ち着かなくて……」
そう言うと、革製の手袋を取り出した主人公はそれを手にはめる。
「今度こそやってみます」
(……拒絶)
再び大きな光で包み込まれる主人公の両手。
「ハッ!」
主人公が力を籠める。瞬間――、
「ドッ‼」
サンドバックが大きな衝撃を受けて、飛ばされた。
辛うじて破壊はされていないサンドバック!
3人は表示記を見る!
表示記は269kgを表示していた!!
「ハァ……ハァ……やった」
息を荒げて、汗をぬぐう主人公。
「やったな、ツトム」
主人公に対し、爆破は手を差し伸べるように労いの言葉をかけた。
「スマシさん……」
「ツトム、お前の場合は何かを拒絶することによって発動する超能力なのだな。私の場合はモノを爆破させる超能力だからそれを『バースト』と呼ぶことにしているんだ。お前の方は……そうだな、『リジェクト』と、名付けよう」
「……リジェクト?」
続けて言う爆破。
「250kはクリアだな。だが、真の目標は500kgだ。ここからは反復して行いつつ、精度を上げて行ってもらう」
「ご……ごひゃく……?」
爆破の高すぎる目標に、主人公は只々、唖然とするしかなかった。
「さあ! それに向けてこれから特訓して行ってもらうぞ!」
「は……はい」
特訓を受けることに対して少し後悔する主人公であった。
「それと、サケル!」
「ようやくご指名カ! 何でもやってやるゼ!」
少しふてくされ気味だったが、飛び上がり、やややる気を見せる逃隠だったが――、
「サンドバックはこのくらいの力だと5発前後で壊れる。君は新しいモノを運び、設置してくれ」
「ホントに雑用ダァ――――‼」
爆破の言葉に、逃隠は思考を置き去りにしたまま叫んだ。
「設置の仕方だが……」
逃隠に説明をしている爆破をよそに、考え事をする主人公。
(500か……道のりは厳しそうだけど、これで力を手に入れられれば、みんなを救うことができる)
「グッ」
拳を握り、決意を固めた。
「次だ! ツトム、行くぞ!」
「はい‼」
爆破の呼びかけで特訓が再開された。
――3時間後、
「ハァ……ハァ……ハァ……」
肩で息をする主人公は、ぐったりと疲弊しきっている。
「ふむ、平均の威力は260kgといったところか……まだまだ改善せねばな」
あくまで冷静さを保つ爆破は、今までの結果を概算し、軽く講評した。
「ツトム、こっちに来い」
「は……はい? 何でしょうか」
主人公を近くに呼ぶ爆破。
「超能力でも何でもだな、集中力が肝心なんだ。こうやって手を見てだな……!」
ここで彼女は、何かに気付く。
「何だ、いいしるしがあるじゃないか、ここだ」
「?」
爆破は主人公の手袋の手の甲にある、星を指差した。
「ここに意識を集中させて、力を発動させるんだ。手を合わせてみろ」
言われるがままに手を前に向けて、合わせる主人公。右手が左手の上になっている。
「この右手の星に意識を集中させて、もう一度やってみろ」
「はい」
頷き、サンドバックに体を向ける主人公。
(集中……この星に、集中!)
主人公の両手が、今までにないくらいに光輝き出す。
「リジェクト!」
「ドゴッ」
サンドバックが攻撃される。その時、あまりの威力にそれを支えていた鎖が外れた。サンドバックが吹き飛ばされる。
「ゴッ……ドサ」
壁まで飛ばされ、壁にぶつかり、地面に落ちるサンドバック。表示記を見る3人、
結果は……
450kg!
「やったな! ツトム」
「スマシさん!」
爆破の労いの声に喜ぶ主人公。
「ツトム、スポーツでも何でも、上達するときは反復して行っていく中、少しずつ上手くなるのではない。コツを掴んだとき急成長するものだ! 今の感覚を忘れるなよ」
「はい! スマシさん!」
特訓は続く。




