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神龍さまの妃  作者: どうわ
1/1

大国の隅、海沿いの小さな村。

そこにある女の子がいました。

親は無く、親戚も無く。

村の端の小屋にひとりで住み、布を仕立ててはそれを売り生計を立てていました。


彼女は海が好きでした。

彼女は唄が好きでした。


毎日毎日、海で朝日を見ては暫く眺め、母から教えてもらった唄や自分で作った唄を唄います。


彼女の涼やかで美しい声は唄に乗り、遠くの海まで響き渡りました。


唄い終えれば布を織り、夕日をまた海で眺める。


そんな毎日を飽く事なく繰り返していましたが、ある日。


彼女は村の泥棒の罪を着せられ、落ち込んだままいつもの海へ逃げて来ました。


村長の妻の髪飾りがなくなったらしく、認めて謝らなければ村から追い出すと言われたのです。


彼女を庇う人もなく、彼女はどうする事も出来ずに謝りました。



落ち込んだまま海へ来た彼女は唄う気にもなれず、ただ海を眺めます。


それから数日、海へは行っても唄うことはしない日が続きました。



そんな、ある日。


彼女が朝日を見に海へ行けば、魚が数匹、いつも座っている岩でピチピチと飛び跳ねていました。


王都でも滅多に出回ることのない、貴重な魚です。


食べてみたい欲求もありましたが、彼女はそんな高級なものを自分が手に取る資格がないと海へ返します。



彼女がいつも座る岩は、偶然でも魚が上がって来ることなんて有り得ません。


なぜあんなに貴重な魚が、と思いました。



そして夕方。夕日を見に海へ行けば、今度はよく市場に出回っている魚が数匹、岩にありました。


彼女は不思議に思い、辺りを見回しますが誰も居ません。


暫く海を眺めて待ちましたが、日が暮れた頃に魚を持って帰りました。


次の日も、また次の日も、海に行けば魚類や海草、貝などが置かれています。


彼女はそれらを食べると、不思議と元気が湧いてきました。


初めて魚を見てから一週間程した頃、彼女は久しぶりに唄いたい気分になったのです。




その日唄ったのは、感謝の唄でした。


もしかしたら、自分が落ち込んでいたから誰かが元気付かせるために、色々と置いていってくれたのかもしれない。


そう思ったのです。


最も、心当たりは居ませんでしたが。


彼女は朝日に向かって唄いました。


久しぶりで、少し鈍っていた喉が慣れた頃。


海から声が聞こえました。




『ああ、漸く唄うようになったか。』


不思議な声でした。

優しいようで、重い。低くよく通る、聞きやすい声です。


「…だれ?」


彼女は驚き、海を見つめながら聞きます。


『誰だと思う?』


声は少しからかうように聞き返します。


「もしかして、お魚や貝をここに置いてくれているひと?」


『…そうだな。「人」ではないが。』


彼女は少し顔を強張らせましたが、直ぐに溶けるような笑みを浮かべます。


「ありがとう、いつも楽しみにしていたの。何だか、元気が出てくる気がして。とっても嬉しかった。」


『…そうか。お前が唄う気になったのなら良い。お前の声は気に入っている。』


少女ははにかむような笑顔を見せる。


「ほんとう?嬉しいな…。いつも聞いてくれてるの?」


『お前が五つの時から。』


少女は驚きます。五つの頃と言えば、母に手を引かれこの岩で唄を教わっていた頃です。


「そんなに前から…。貴方は今いくつなの?」


『さあ…千を越えた時から数えていない。』


「千!?とっても歳上なのね。」


苦笑する気配が伝わってきます。


「ねえ…、顔を見せてはくれないの?」


『我のか?』


「うん。顔を見てお話したいわ。」


『……』





少しの沈黙の後、岩付近の海が割れました。


そこから現れたのは、龍。

純白に清らかな水を掛けたような色の鱗を持ち、鬣は淡い銀色。


海の底まである体躯は見えるだけでもとても長く、大きい。



――神龍でした。



この世界に「神」の名を持つ生き物はふたつ。


陸の龍王、海の龍皇。



この世で最も強く賢い龍の中でも最も優れた龍の王皇。


彼らは人知の及ばぬ力を持ち、海を裂き陸を割り、気紛れに人を助けます。


人間達は彼らを崇め、彼らに助けられながら世を生きてきました。




「……神、龍さま…?」


『…ああ、そうだ。』


「ごっご無礼を!大変、失礼を致しました……!」


少女の国も例外ではありません。


神龍様は最も尊きお方であるとされていました。


本来ならば、口を聞く所か視界に入る事すらも許されません。


『……畏まるな。我は怒りなどしていない。』


神龍は出来る限りの優しい声でそう言いましたが、少女には聞こえません。


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