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最悪な再会は、飢えた牙と共に

 氷のように冷たい風がミナトの頬を打った。


 その凍てつく寒さは、皮膚だけでなく骨の髄にまで容赦なく染み込んでくる。


 ゆっくりと青い瞳を開いたミナトの視界に広がっていたのは、学校の物置の天井ではなかった。


 そこにあったのは、どこまでも果てしなく続く白銀の世界。


 太陽の姿は完全に消え、重苦しい灰色の空が世界を覆い尽くしている。激しい雪が絶え間なく降り続き、凍てついた大地を白く埋め尽くしていた。


 ミナトは身体を震わせながら立ち上がろうとしたが、すぐに膝から雪の中へ崩れ落ちた。


 全身が狂ったように震え、歯は激しく打ち鳴らされる。


 自分の身体を見下ろし、震える声で呟いた。


「ここは……オリミスじゃ……ない……!


 くそっ……あの呪われた鏡はいったい何なんだ! 毎回、俺を新しい地獄へ放り込みやがる!」


 腕を抱きしめて必死に体温を保とうとするが、高校の制服程度では、この吹雪を防げるはずもなかった。


「しまった……。


 あまりにも慌てていたせいで、防寒着を持ってくることすら考えなかった……。


 俺が持っているのは、この役立たずの制服だけか……」


 周囲を見回し、避難できそうな場所を探していると、数メートル先の雪の上に、一人の人影が倒れていることに気付いた。


 ミナトの血の気が引いた。


「また……死体か?」


「また誰かが、この世界の犠牲になったのか……?」


 だが、何かがおかしい。


 その人物は――自分とまったく同じ高校の制服を着ていた。


 ミナトは震える足で雪をかき分け、その人物のもとへ駆け寄る。


 膝をつき、慎重に少年の顔を持ち上げた。


 その瞬間、青い瞳が大きく見開かれた。


「なっ……そんな……!


 カイト……!?」


 倒れていたのはカイトだった。


 同じクラスの、小柄で気弱な少年。


 かつてタツヤたちに自分と同じように虐められていた、あの少年だった。


 ミナトは必死に彼の身体を揺さぶり、凍りついた頬を軽く叩いた。


「カイト!


 起きろ!


 頼む、目を覚ませ! こんな場所で死ぬな!」


 カイトは苦しそうに呻き、重たい瞼をゆっくり開く。


 ぼやけた緑色の瞳が何度か瞬きを繰り返し、やがてミナトの顔を映した。


「ミナト……?


 本当に……ミナトなのか?


 それとも……夢を見てるのか……?」


「そうだ、俺だ!


 しっかりしろ!


 どうやってここへ来たんだ!?」


 カイトは弱々しく眉をひそめる。


「どうやって……って?


 俺はさっきまで――」


 その言葉は途中で止まった。


 周囲へ視線を向けた瞬間だった。


 一面の雪。


 灰色の空。


 太陽のない世界。


 そして骨まで凍る寒さ。


 カイトの顔から血の気が引き、一気に後ずさった。


「こ、ここはどこだ!?


 なんで俺がこんな場所にいる!?


 まさか……南極なのか!?


 誰かに誘拐されたのか!?」


 ミナトはゆっくり近づき、その青い瞳を真っ直ぐカイトへ向けた。


「カイト……。


 一つだけ聞かせてくれ。


 お前も……あの鏡に触れたのか?」


 カイトの動きが止まる。


 白い息を吐きながら震える声で尋ねた。


「鏡……?


 あの物置にあった古い鏡のことか?


 あれが……何だっていうんだ!?」


 ミナトは深く息を吸い込み、震える声を押さえ込んだ。


「よく聞け。


 今から話すことは、きっとお前には信じられない。


 ……いや、以前の俺なら絶対に信じなかった。


 でも、俺はこの身で死を味わった。


 だからこそ分かる。


 いずれ、お前も信じるしかなくなる。」


 カイトは乾いた喉を鳴らした。


「何を言ってるんだ……?


 早く教えてくれ!」


 ミナトは灰色の地平線を見つめ、静かに言った。


「ここは南極なんかじゃない。


 ……異世界だ。」


 その瞬間、カイトの表情が完全に止まった。


 驚きも恐怖も消え失せ、まるで魂が抜け落ちたような虚ろな顔になる。


 その沈黙に不安を覚えたミナトは、手を振って呼びかけた。


「カイト?


 おい、大丈夫か?」


 カイトは感情のない声でぽつりと呟く。


「ミナト……。


 今……異世界って言ったのか?」


「ああ。


 たぶん、この国……いや、この世界は『ノクシア』って呼ばれている。


 それより答えてくれ。


 お前も聞こえたか?


 鏡の向こうから聞こえた……あの少女の声を。」


 カイトは夢遊病者のようにゆっくり頷いた。


「ああ……聞こえた。」


 ミナトは拳を強く握り締めた。


「やっぱりか……。


 どうしてあいつは俺たちの名前を知っていた?


 あの鏡も、あの声も、この世界も……全部が不気味すぎる。」


 するとカイトが静かに口を開いた。


「ミナト……。


 一つ言ってもいいか?」


「何だ?」


 カイトは大きく息を吸い込む。


 そして――。


「うわあああああああああああああっ!!」


 絶叫した。


 その悲鳴は凍てついた世界中へ響き渡り、遠くにいた鳥や獣までも驚いて飛び立つほどだった。


 涙を流しながら雪原を全力で走り出す。


「こんなのありえない!!


 狂ってる!!


 俺は元の世界に帰りたい!!


 こんなクソみたいな場所にいたくない!!


 ミナト、お前は頭がおかしい!!


 近寄るな!!


 家に帰りたい!!


 このままじゃ凍え死ぬ!!


 本当に死んじまう!!」


「待て、この馬鹿!!


 一人で走るな!!」


 ミナトは慌てて後を追った。


 カイトは何も考えず雪原を駆け続ける。


 涙は頬の上で凍りついていた。


 オリミスで何度も追われ続けた経験のおかげで、ミナトの脚は以前よりも速くなっていた。


 勢いよく跳びかかり、そのままカイトへ体当たりする。


 二人は雪の上を何度も転がった。


 ミナトはカイトの肩を力強く押さえつけ、大声で叫ぶ。


「落ち着け!!


 生きて帰りたいなら、まずは冷静になれ!!


 次にどうするか考えるんだ!!


 叫んだって家には帰れない!!」


 カイトは必死にもがきながら涙声で叫び返す。


「考えてどうなるんだよ!!


 俺たちはどのみち死ぬんだ!!


 魔物に食われるか、この寒さで凍え死ぬか、そのどっちかじゃないか!!」


 ――その時だった。


 不意に辺りが静まり返る。


 二人のすぐ近くで、雪がわずかに動いた。


 そこから現れたのは、一匹の小さなウサギ。


 真っ白な毛並み。


 燃えるような赤い瞳。


 静かに二人を見つめている。


 二人は思わず息を呑んだ。


 ミナトは少しだけ安堵したように笑う。


「ほら。


 お前の心配しすぎだったみたいだな。


 危険な魔物なんていない。


 ただの可愛いウサギ――」


 言い終わる前だった。


 その小さなウサギの背後で、大地が激しく揺れた。


 雪を突き破って現れたのは――巨大な母ウサギ。


 巨大なイノシシほどもある体躯。


 真紅の瞳は血を求めて輝き、前脚には鋼の刃のように長く鋭い爪が生えていた。


 子ウサギを守るように立ちはだかる。


 カイトは唾を飲み込み、震える声で呟く。


「……ああ。


 ぜんぜん……肉食じゃなさそうだな……。」


 その瞬間、小さなウサギが口を開いた。


 中には血に染まった無数の鋭い牙。


 恐ろしい鳴き声が響き渡る。


 同時に巨大な母ウサギも咆哮を上げた。


 再び恐怖がミナトの喉を締めつける。


 彼はゆっくりカイトの方を向き、引きつった笑みを浮かべながら尋ねた。


「カイト……。


 まだ足は動くよな?」


 カイトは目を見開き、顔を引きつらせながら叫ぶ。


「もちろんだ!!


 去年の学校の短距離走大会で優勝したのを忘れたのか!?


 逃げる時だけは誰にも負けない!!」


「なら――命懸けで走れぇぇぇぇ!!」


 二人は雪を蹴り上げながら全力で逃げ出した。


 その背後では、巨大な母ウサギと子ウサギが長い牙と鋭い爪で雪原を切り裂きながら、血に飢えた新たな追跡を始めていた。

いつも読んでいただき、ありがとうございます!

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