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目覚めた悪夢、刻まれた『95%』

静寂が辺りを包み込んだ――。

その時、まるで何かの糸がぷつりと切れたかのように、ミナトの指先が突然ぴくりと動いた。

全身が激しく震え、まるで墓場から無理やり引きずり起こされた死人のように跳ね起きる。

彼は勢いよく目を見開いた。

息は荒く乱れ、次の瞬間、反射的に上半身を起こした。

「はぁっ……! はぁっ……!」

荒い呼吸を繰り返しながら、青い瞳は恐怖に取り憑かれたように辺りを見回していた。

古びた木箱。

薄明かりの中で舞う埃。

閉ざされた小さな窓。

そして――壊れた扉。

その瞬間、ミナトの呼吸が止まった。

震える声で呟く。

「……学校の倉庫?」

状況を理解できなかった。

震える手を伸ばし、足元のざらついた木の床に触れる。

それが幻ではなく、本物なのか確かめるように。

「俺は……本当に戻ってきたのか……?」

その瞬間――

再び恐怖が胸を締めつけた。

彼は震える両手を口元へ運び、慌てて指を口の中へ入れる。

歯を触り、

上あごを確かめ、

そして――。

あの時、噛み千切られ、噛み砕かれたはずの舌を探る。

あった。

ちゃんと、そこにある。

信じられなかった。

何度も何度も舌に触れ続ける。

やがて涙が堰を切ったように溢れ出した。

「……ある。」

壊れそうな声で呟く。

「ちゃんと……ある……。」

次の瞬間、記憶が一気に押し寄せた。

マリーの優しい微笑み。

地下室。

腐敗した死体。

鼻を突く死臭。

鋭い牙。

そして――。

あの耐え難い激痛。

魂そのものを引き裂かれるような痛み。

「いや……!」

ミナトは両手で頭を抱えた。

頭蓋骨が砕けそうなほど力を込める。

「違う……違う、違う!」

狂ったように首を振る。

記憶を振り払うように。

血塗られた悪夢を消し去ろうとするように。

「夢だった……!

ただの悪夢だったんだ!」

そう叫んだ。

しかし、その声は倉庫の中へ虚しく響くだけだった。

ようやく立ち上がったものの、足は震え、今にも折れそうだった。

ゆっくりと振り返る。

そこにあった。

黒い額縁の鏡。

あの世界へと自分を飲み込んだ忌まわしい扉。

恐る恐る一歩近づく。

鏡に映る自分の顔は、死人のように青白く、目は深く落ち窪んでいた。

その時――。

ほんの一瞬だけ。

鏡の中、自分の背後にマリーの姿が映った気がした。

あの冷たい微笑みを浮かべながら。

「うわあああああっ!!」

傷ついた獣のような悲鳴が倉庫中に響き渡る。

ミナトは反射的に背を向け、全力で倉庫を飛び出した。

学校の廊下を狂ったように走る。

誰の姿も見えない。

誰の声も聞こえない。

頭の中には、ただ一人。

マリーだけがいた。

そして、あの言葉だけが何度も何度も耳の奥で響く。

「さようなら……黒瀬ミナト。」

教室から出てきたタツヤにも気づかなかった。

嘲笑も。

怒鳴り声も。

「おい!」

「待て!」

そんな声は何一つ耳に入らない。

ミナトは――

死そのものから逃げるように走り続けた。

校門を飛び出す。

騒がしい街の喧騒。

かつては煩わしいと思っていたその音が、今は唯一の現実だった。

混雑した道路へ飛び出した、その瞬間――。

キィィィィッ!!

甲高いブレーキ音が鳴り響く。

一台の車が、あと数センチというところで急停止した。

運転手が窓を開け、怒鳴る。

「危ないだろ!!」

「死にたいのか、このバカ!!」

だが、ミナトは振り向きもしなかった。

車に轢かれて死ぬことなど、もう恐ろしくなかった。

彼が見た"死"は、

それよりも遥かに残酷だったから。

再び走り出す。

涙は止まらない。

それは怯えた子供の涙ではない。

自分の知っていた世界が、

卵の殻のように脆かったと知ってしまった一人の人間の涙だった。

父さんに会いたい。

母さんに会いたい。

家へ帰りたい。

以前は退屈だと思っていた、何気ない日常へ。

ただ、それだけを願っていた。

走る。

走り続ける。

家へ近づくたびに、胸の鼓動は激しさを増していく。

真実が何であろうと。

何が起こったのだとしても。

今の彼の願いは、ただ一つだけだった。

もう一度、父と母を抱きしめること。

そして――

鼻の奥にこびりついたあの血の匂いが、

すべて悪夢だったと確かめること。

自分がまだ、

血の通った一人の人間であり、

屠られる運命を待つだけの「召喚者」ではないのだと、

信じられることだった。


ミナトは、まるで容赦のない地獄から逃げるように走り続けていた。


肺は焼けつくように痛み、足取りは次第に重くなっていく。まるで目に見えない鎖が、彼を地面へ引きずり下ろそうとしているかのようだった。


そして――ようやく自宅の姿が視界に映った。


かつては、自分の夢を縛る牢獄のように思っていたその家。


しかし今は違う。


その見慣れた壁を目にした瞬間、まるで神の光が胸いっぱいに差し込んだような安堵が彼を包み込んだ。


張り詰めていた心が一気にほどけ、長い間胸を締めつけていた重圧がようやく消えていく。


ミナトは玄関の前で立ち止まった。


ノックをすることもなく、返事を待つこともなく――


勢いよく扉を開け放った。


「……ただいま!!」


そう叫んだものの、その声は震え、喉の奥に詰まった涙でかすれていた。


キッチンでは、母・香織かおりが昼食の仕上げをしていた。


穏やかな表情と長い黒髪。


彼女の存在そのものが、ミナトにとって世界で最も安心できる場所だった。


突然響いた叫び声に、香織の手が止まる。


ゆっくりと振り返り、不安げに目を見開いた。


「ミナト?」


優しく呼びかける。


しかし返事はなかった。


ミナトは嵐のような勢いで階段を駆け上がる。


重い足音が、怯えた心臓の鼓動のように家中へ響き渡る。


そして――


バンッ!!


部屋の扉が激しく閉まった。


部屋の中で、ミナトは扉にもたれかかった。


そのまま力なく床へ滑り落ちる。


呼吸は荒く、胸は激しく上下していた。


必死に目を閉じる。


マリーの姿を忘れようとする。


だが、地下室に積み上げられた死体。


腐臭。


血の匂い。


それらは黒い影のように彼を追い続けた。


その時だった。


部屋の隅にある鏡へ視線が向く。


――あの鏡。


地獄への入口となった黒い鏡。


ミナトの全身が震えた。


瞳は恐怖で大きく見開かれ、顔から血の気が引いていく。


もう、それは鏡には見えなかった。


まるで悪魔の目が、自分を見つめ続けているようだった。


ミナトは近くにあった椅子を掴む。


そして、壊れた心のまま、全力で鏡へ振り下ろした。


ガシャァァンッ!!


鏡は粉々に砕け散り、無数の破片が飛び散る。


だが、それでも止まらない。


何度も。


何度も。


壊れた鏡枠を叩き続ける。


「やめろ……!!


やめろぉぉぉっ!!」


叫び声とガラスの砕ける音が部屋中に響き渡る。


やがて力尽き、


ミナトは砕け散った破片の中へ倒れ込んだ。


両手は血まみれになっていた。


しかし、その痛みさえ感じなかった。


心の傷の方が、あまりにも深かったからだ。


扉の向こうでは、香織が震えながら立っていた。


「ミナト!


何があったの!?


お願いだから開けて!」


返ってきたのは、


胸を引き裂くようなすすり泣きだけだった。


死を見て帰ってきた者の泣き声。


香織の胸も締めつけられる。


彼女はそっと扉へ手を当て、小さく囁いた。


「大丈夫……


お母さんはここにいるから。


怖がらなくていいのよ。」


その声は、


恐怖に閉ざされていたミナトの心へ静かに届いた。


それは確かな温もりだった。


現実だった。


ミナトは傷ついた体を引きずりながら扉へ向かう。


ガラスの破片が皮膚へ食い込む。


だが、その痛みすら気にならない。


震える手で、ゆっくりとドアノブを回した。


カチャッ――。


扉が開く。


その瞬間、香織はためらうことなくミナトを強く抱きしめた。


壊れかけた彼の心を、その腕で繋ぎ止めようとするかのように。


その温もりに触れた瞬間――


ミナトの涙は決壊した。


顔を母の胸へ埋める。


石鹸の香り。


家の匂い。


生きているという証。


失いかけていた日常の匂いだった。


体は激しく震え、


指先は溺れる者のように母の肩へしがみつく。


「大丈夫よ……」


香織は優しく彼の髪を撫でながら囁く。


その瞳には心配の涙が浮かんでいた。


「おかえり。


ちゃんと帰ってきたのね。」


その瞬間、


壊れかけていたミナトの心は悟った。


この腕の中だけは、


どんな悪魔であっても決して踏み込むことのできない場所なのだと。


――それでも。


心の奥底では、


かすかな声が静かに囁き続けていた。


「お前はまだ……


舌に残る血の味を覚えている。」


「本当に……


悪夢は終わったのか?」


時間は重苦しく流れていった。


まるで時計の針が、部屋の静寂を少しずつ食い破っているかのようだった。


葬儀のような静けさの中で響くのは、香織が割れたガラスの破片を一つひとつ丁寧に拾い集める音だけ。


まるで砕け散った息子の心までも拾い集めようとしているかのようだった。


彼女は時折、そっとミナトへ視線を向ける。


ベッドの端に腰掛けた彼は、透き通るほど青白い顔をしていた。


その瞳は誰にも見えない虚空を見つめ、


魂だけが今もなお、別の世界の処刑台に取り残されているようだった。


香織はコップ一杯の水を持ってくると、救急箱から精神安定剤を一錠取り出し、そっと彼の手のひらへ乗せた。


その手はかすかに震えていた。


それでも彼女は、安心させようとするように儚い笑みを浮かべる。


「飲みなさい、ミナト。


少しは落ち着けるはずだから。」


ミナトは錠剤を見つめた。


それは薬ではなかった。


忘れられないものを忘れようとする、あまりにも儚い願いだった。


彼は静かに薬を飲み込む。


その瞬間、香織は彼の折れたような眼差しが、どんな悲鳴よりも胸を締めつけることを痛感した。


彼女は優しく息子の頭を撫でる。


乱れた黒髪を指先で整えながら、小さく囁いた。


「眠りなさい。


何も考えなくていい。


今だけは全部忘れてしまいなさい。」


ミナトはゆっくりとうなずく。


まるで深い水の底で動いているように。


やがて薬が効き始め、


彼の瞼は重く閉じられていった。


香織は静かに部屋を出る。


そして壊れ物を扱うように、音を立てないよう慎重に扉を閉めた。


まるで苦しみ続ける魂を、そっと閉じ込めるかのように。


一階へ降りた瞬間――


彼女を支えていた気丈な仮面は崩れ落ちた。


震える指でスマートフォンを取り出す。


風に揺れる木の葉のように震える手で、夫・じんへ電話をかけた。


「香織?


どうした?」


受話器の向こうから聞こえた声だけで、


彼女の喉は涙で詰まりそうになる。


「仁……


お願い……


今すぐ帰ってきて……。」


電話の向こうで沈黙が流れる。


やがて仁は低く真剣な声で尋ねた。


「何があった?


ミナトに何かあったのか?


またあいつらにいじめられたのか?」


香織は目を閉じた。


砕けた鏡。


血まみれの手。


壊れてしまった息子の姿。


それらが脳裏をよぎる。


「……違う。


いじめじゃないと思う。


もっと……


もっとひどいの。」


苦しそうに息を吸い込む。


「何かが……


あの子の中で壊れてしまった気がするの。


傷では治せない何かが。


あんなミナトは初めて見た。


まるで……


死を見て帰ってきた人みたいだった。


あの目が……


あの瞳が……」


そこで言葉が詰まる。


涙が溢れ、


数秒間、何も話せなかった。


受話器越しに聞こえる仁の荒くなった呼吸だけが、


今の彼女を支えていた。


「今すぐ帰る。


できる限り急いで向かう。」


電話は切れた。


香織は廊下の真ん中で立ち尽くし、


暗くなったスマートフォンの画面を見つめ続ける。


得体の知れない寒気が骨の奥まで染み込んでいく。


息子を襲ったものは、


ただの心の傷ではない。


この世界の外側から、


家族の平穏を静かに蝕もうとしている何か。


そんな恐怖が胸を締めつけていた。


彼女はゆっくりと二階を見上げる。


ミナトの部屋へ向かって、


誰にも聞こえない祈りを捧げた。


――どうか。


明日目覚めるあの子が、


いつものミナトでありますように。


魂をどこかへ置き忘れてしまった、


あの見知らぬ少年ではありませんように。


その頃――


ミナトは薬の効果で深い眠りに落ちていた。


しかし、


疲れ切った彼の体には異変が起き始めていた。


薄暗い部屋に響くのは、


苦しそうな寝息だけ。


その時だった。


彼の右手が、


淡い青色の光を放ち始めた。


静かな部屋には決して存在しないはずの、


異質な光だった。


皮膚のすぐ下を、


無数の光の線がゆっくりと走っていく。


そして掌の中央に、


おぞましいほど鮮明な文字が浮かび上がった。


『95%』


その数字は、


ミナトの鼓動に合わせるように明滅を繰り返していた。


まるで彼の体内で何かが、


密かに「同期」あるいは「ロード」を続けているかのように。


数字が現れた瞬間、


眠っているミナトの表情が苦しげに歪む。


顔の筋肉が震え、


さらに恐ろしい悪夢に囚われているようだった。


同時に、


目には見えない微かな力が彼の体を静かに包み込む。


まるで彼自身が、


あの異世界から送られてくる何かを受信する器へと変わってしまったかのように。


それは、


ただの数字ではなかった。


ゆっくりと完成へ近づいていく何かを示す、


カウントダウン――


あるいは、


存在そのものを書き換えるための進行率だった。

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