佐野美琴の場合
美琴視点
後書きは紅稀視点
私の父はDV野郎のモラハラ男だ。
内弁慶も内弁慶。
家族には偉そうにするが、外に出てはペコペコしてる情けない男だった。
典型的なクズ。
モラハラの教科書があれば、絶対父をモデルにしたらいいってくらい出るは出るはしょうもない俺が俺がの言葉の数々。
そんな父とは私が小学校卒業と同時にさよならした。
母も姉もスッキリとした表情を浮かべ、新天地で親子三人やり直すことになった。
でもそう簡単な話ではなかった。
私が中学三年の時、父もといクズは未練たらたらのストーカー野郎になり、どうやって調べたのか私たちのもとにきて涙ながらにやり直そうと訴えてきたのである。
その執念にはゾッとしたが、そんな安い涙に絆される私達ではない。
散々、痛めつけられて、人格否定しておいてそれはない。
外で口論をしているうちに、クズが本性を出した。
一番弱い私に殴りかかってきたのである。
どうせ見せしめに殴ってわからせようとしたのだろう。
母と姉が余計に怒って拒否すると考えないのだろうか。
どこか冷静な頭でそんなことを考えつつやっぱり痛いのは嫌だから手でガードする。
しばらくしても痛みがないので閉じていた目を開けて、腕と腕の隙間からクズを見る。
何故かクズは学ランを着た人に地面に取り押さえられていた。
地面を叩いて「どけ!」と怒鳴っているが、学ランが父の片腕を後ろにやり動けなくしていた。
刑事ドラマでよく見るやつだ。
なんてことを思っていると、誰かが呼んだらしい警察にクズが連れて行かれてた。
学ランに軽く話をきいたあと警察官が母と姉に事情をきいてる。
残された学ランと目が合った。
あっちが軽く会釈したので私も視線を外し会釈する。
「あーその大丈夫だったか?」
高圧的にも感じる言葉だったが、声が優しかったので少し緊張が和らいだ。
「ありがとう」
そう言うのが精一杯だった。
少し緩むともうダメで、大泣きしてしまった。
怖かった。過去のことも思い出して足がすくんで動けなかった。
会ったら言ってやりたいこといっぱいあったのに、一つも言えず縮こまってた。
だからクズは私を標的にしたのだろう。
言い返してこない私なら勝てると思って。
クズはそんな男だ。
「ほら」
泣いてる私に学ランは腕を伸ばしてやっと届く距離からハンカチを差し出してきた。
一歩近づくと逃げるので、頑張って腕を伸ばして受け取る。
「ありがとう」
鼻水を啜りながらお礼を言う。
学ランは困ったように笑い、じゃと言って去って行った。
あ、名前聞いてない。
呼び止めようとしたが姿はもうなかった。
姉や母に聞いたが誰も名前は聞いてなかったらしい。
それが私の初恋だと気づいたのは、こいこい荘を紹介されたときだった。
「恋が叶うのよ」なんて言われてもー状態だったが、ふと思い出したのがもう顔もうっすらとしか思い出せない人のこと。
学校名も知らない名前もわからない人。
ああ私恋してたんだと思った。
だってあの頃しばらくあの人のこと探したもの。
柄にもなく、柔道の練習とか見に行った。
今思うに、あれ柔道だったのかなってなったけど、頑張って探したのだ。
もう一度ちゃんとお礼したかったからと言う建前の元、もう一度会いたかった。
会えなくて忘れてたけど、あああれが初恋だったのかと納得した。
おばさんには言わなかったが、ちょっと望みの込めてこいこい荘にきた。
我ながら初恋を追いかけてなんて恥ずかしい。
でも、恋が叶うなら、初恋の彼のような人がいい。
そう思うのは贅沢ではないはず。
こいこい荘にきた新しい人が何となく初恋の人に似てた。
思わず年を聞いたけど、私より歳下で女の子だった。
他人の空似だったのか、私があの出来事を美化しすぎたのか。
どっちもかもしれない。
初恋の彼はどっちかと言うと漢!って感じだったような。
背が2メートルくらいあったと感じたのはたぶん気のせい。
あやふやな記憶に笑いがもれる。
たぶん、彼の容姿あんまり見てなかったのだろう。
今はそうでもなくなったが、当時は男の人全員怖かったのだ。
足か首かしか見れてない。
よくて口元。
目なんて一瞬合えばいい方だった。
助けてくれたこと、声が優しかったことはいまだに思い出せる。
そう怖い怖いと言いながら優しくされて落ちるチョロい女なのだ。
ただ、本当に彼が目の前に現れたら私は逃げると思う。
恋に恋してるのが楽しい。
本物の恋愛なんて私にはできない。
クズみたいに怒鳴って暴力振るかもしれないし、クズみたいな男に引っかかるかもしれないし。
どっちもあり得そうで怖いのだ。
「美琴さんってどんな人がタイプですか?」
碧君の質問に考えつつ、チョコレートを食べる。
碧君の周りに期待の黄色がふわふわ浮かぶ。
面白い答えは返せないんだけどなー
「優しい人かな。怒る時も怒鳴らない人」
ありきたりな答えと、最も重要な答えを並べる。
口にもう一個チョコレートをいれ今度は転がす。
「じゃあ、うちの兄なんてどうですか?」
「うーんお兄さん?」
「顔はしかめっ面で怖いかもですが、怒鳴ったりしませんよ。
ただ、女性苦手で手とか繋ぐのに一年くらいかかるかもですけど」
「その女性苦手なお兄さんは承諾してるの?」
「いえ、でも承諾しなきゃいけない状況になりますよ」
それはどう言う状況なのだろうか。
脅しはやめてあげてほしい。
でも何となく、碧君のお兄さんなら大丈夫な気がした。
「今度呼び出すので会ってやってください。
年は23で獣医志望です。
背は185㎝で自販機くらいですが大丈夫ですか?」
「それまた大きね、大丈夫大丈夫。
お兄さん動物が好きなの?」
「はい特に犬が好きで本当はドックカフェとかやりたかったみたいですけど、女性苦手でやめました」
それはまた筋金入りだね。
勝手に私に紹介していいのだろうか。
碧君の周りにさっきの黄色と小さく不安の灰色が出てきた。
お兄さんのこと心配なのだろう。
「私、別に男っぽいとこないと思うけど」
髪もそこそこ長いし、化粧もする。
服装だって、ズボンよりワンピースなどを好んで着るし、声はどちらかと言うと高めだ。
「美琴さんのさっぱりしていて細やかな性格が兄と合うと思うんです。
あと美琴さんが自分のお姉ちゃんなら嬉しいなーって」
そう言われたら、やぶさかではない。
「まぁお兄さんが会いたいって言うならね。
無理矢理はダメだよ」
とりあえず念を押しチョコレートをもう一個食べる。
期待しないでおこう。
碧君は嘘をつくような子ではないけど、こればかりはお兄さんが決めることだ。
私は会いたいと言われることはないだろうとたかを括る。
が一ヶ月後まさかお兄さんがこいこい荘にきた。
自販機が縮こまって居間にいる。
今は私と碧君とお兄さんの三人だ。
お兄さんと私が向かい合わせに座り、碧君がお茶の準備してる。
思ってたより、いかつくない。
どっちかというとワイルドなイケメンだ。
モテそー、私じゃなくても声かければ選び放題だろうに。
可哀想に私が怖いのか恐怖の黒と不安の灰色がいっぱい周りに浮いてる。
「こんにちは」
「…こんにちは」
挨拶すると少し間があって返された。
さてどうしたものか。
私もさして男性と仲がいいわけではないので、気の利いた話題が思いつかない。
とりあえずお見合い定番のやつ聞いてみよう。
「ご趣味は?」
「…柔道を少々」
「それは…強そうでいいですね」
ごめん、そんな興味ない。
「何故将来は獣医に?」
「何で知ってる!調べたのか?」
「いや、妹さんからの事前連絡です。
あとは年齢が23というのと、身長が自販機くらいというのは聞いてます。
あ!それと女性苦手というのも。
あー服着替えてきます?」
今日に限って甘めのワンピースだ。
女の子!って感じだ。碧君のようなボーイッシュな方がいいだろうか。
急にきたので、着替える時間なかった。
灰色より黒が多くなった。
疑いの黒ということだろうか。
「いや大丈夫だ」
大丈夫だというわりに、汗止まらないけど。
立ち上がり、タオルと取りに行く。
お兄さんに持ってきたタオルを渡すと、のけぞった。
気にせず、机に置く。
「今日は暑いですね。汗すごいことなってますよ」
教えると今気付いたのかタオルで拭った。
「すまない」
「いえいえ。お兄さん無理しないではっきり妹さんに言った方がいいですよ。
何か弱みでも握られてるのですか?」
「違う。
妹は俺のことを思ってやってる。無理はしてない」
そこに碧君がお茶を持ってきた。
わー今日のおやつはフルーツタルトだ。
さっきお兄さんが持ってきたやつみたい。
美味しそう。
「美味しそう、お兄さんありがとうございます。
いただきます」
遠慮なく口に運ぶ。
みずみずしい苺が口の中でジュワッと果汁出して消えた。
これは美味しすぎる。
タルト生地もクリームも甘すぎず、フルーツの甘さを邪魔していない。
あーうまうま。贅沢ー。
「喜んでもらえてよかった」
「はい、とっても嬉しいです」
これならワンホールくらい一人で食べられそう。
こっそりみんな分食べたら怒られるだろうなー。
「よかったら俺の分も食べてくれ」
「いやそんなの悪いですよ」
「気にするな、君の喜ぶ顔を見てる方が良い」
それ素で言ってます?
だったらめちゃタラシじゃん。
碧君見ると、?って顔してた。
あ、この子もタラシだった。
まぁお兄さんの周りに黒がいっぱいあるから、私のこともしかしてなんて勘違いはしないけどね、
「お兄さん、あんまりそういうの言わない方がいいですよ。
勘違いして惚れた女が自称彼女とかストーカーになって来ちゃいますよ」
注意すると、お兄さんがお茶を吹きかける。
咄嗟にタオルで押さえてたので吹きはしなかったが、咳き込んだ。
周りに黄色も出てきた。
これは注意、危険ってとこかな。
「やっぱり美琴さんすごいですね。
兄はそれで困ってここに来たんです。
どうか哀れな兄の彼女になって、ストーカーと自称彼女から守ってくれませんか?
フリでも全然いいんです。
時給も出します」
「はは、それで私が自称彼女になったらどうするの」
「それはそれでアリなので大丈夫です」
お兄さんを見ると目をそらされた。
嫌なのか、黒が多くなった。差し詰め拒否というところだろう。
本人は納得してないのにいいのだろうか。
いやよくない。
よくはないけどこのままでもいけないよね。
ため息が出る。
「お兄さんはどこまで頑張れます?」
「どこまでとは?」
「とりあえず私の頬にキスできます?」
ビックとし、考え込んでしまった。
何故今そんなことしなければならないのかと考えてそう。
女性は嫌いだけど身体だけはってのもないらしい。
うん、わかっていたがちょっと試した。
大丈夫、私もしたくない。
「とりあえず期間としては様子見として半年くらい頑張ってください。
まずは手始めに待ち受けを一枚撮って彼女いますアピールすれば良いでしょう。
あくまでお兄さんから引っ付いてる構図で。
私からだと無理矢理してるのまるわかりになりそうだし。
で次にデートを週一くらいでしましょう。
付き合いたてってそんなものだと思うので。
よく知らないけど。
時給のかわりに、ケーキとか美味しいもの奢ってください。
その時にお兄さんの悪いとこ治していきましょう」
「兄の悪いとこ?」
「その勘違いさせるセリフさえ治れば自称彼女ちゃんも減ると思うんだよね」
「なるほど」
お兄さんもこくりと頷いて納得してくれた。
手を出す。お兄さんは困ったように私を見てきた。
困惑の黒と言ったところか。
まぁ色を見なくてもわかるくらい、表情が物語ってる。
「今日中に手ぐらい繋げるようにならないとやばいですよね。
一応デートなのに一定の距離あけて嫌そうな表情で歩いてたら嘘だって言ってるもんだし、それでも手を繋いでたらだいぶ印象かわると思うんですよ」
「そ、それは」
「私グーにして動かないから、手乗せて頑張ってみましょう」
私がグーの形を作ると、お兄さんが手を重ねようと私の手の上を行ったり来たりと頑張っている。
見かねた碧君が無理矢理お兄さんの手を私の手に重ねた。
ヒッてお兄さんから小さな悲鳴があがるが、碧君は離さない。
はは、妹スパルタだ。
「じゃ、このままカップル設定考えますか。
とりあえず、私、佐野美琴。美琴って呼ぶのがラブラブっぽいかな。
でもお兄さんは佐野って呼びそうですね」
「そうですね、そっちが兄っぽいです。
ですが、無理をしましょう。美琴でいきます。良いよね兄さん」
妹の圧に負けたのか、お兄さんは項垂れながらこくりと頷いた。
「お兄さんのお名前は?」
「…上田 紅稀。紅茶の紅に稀に見るの稀でこうき」
「上田さんじゃやっぱりあれだから紅ちゃん?
んー紅稀さん?紅稀君?一番しっくりはお兄さんだけどダメだよね」
「ダメです」
ですよねー。碧君にズバッと反対されたので考える。
じゃあ何がいいかなー。キーちゃんとか狙いすぎ?
「紅稀さんでいい」
お兄さんの中でそれが一番ヒットしたようだ。
なかなか自分でさん付けでいいって人いないけど、お兄さんのことだから聞いたら闇深そうなのでやめた。
碧君が手を離しても逃げなくなったので、しれっと会話を続ける。
だんだん碧君がいなくても会話になってきたのと黒が減ってきたので、目配せして碧君に退場してもらった。
さて、引き受けたからには頑張らないと。
ミイラ取りがミイラになることだけは避けたいなー。
とりあえず、お兄さんの周りの黒が減るように働きますか。
「で、待ち受けの写真なんですが」
続く言葉に体が勝手に警戒態勢に入る。
やつの手に乗っけてる手を離したくてしかったなかったが、これも訓練だと思いギリギリとどまっている。
「お兄さん、そんな緊張しないで。
今待ち受けってどんなのにしてます?友達に見られたりしたことありますか?」
「今も昔も愛犬が待ち受けだ。
落とすと色々怖いのでスマホは見える位置に置いてる。
友達にも見られたことはある」
俺の返答にやつは考えるそぶりを見せる。
本当に頬にキスしろとか無茶なこと言うのか?
絶対嫌だぞ、何故知り合って間もない女にキスしなければいけないんだ。
「キスとか無理そうですし、距離近いのも嫌ですよね。
手だけも考えたんですが、ちょっと弱いかなって思うのと手を握るのもきつそうですね。
なのでツーショットの方がいいのですが、顔近いとお兄さん死にそうだし表情は間違いなく死んでるからカップには見えなさそう。
そこでちょっと考えたんですが、もうちょっとだけお兄さん頑張れますか?」
俺の心を読んだのかと思う発言にびっくりする。
キスもしなくて距離もとると言ってくれたのでホッとしたが、「頑張れますか」と言う問いにまた不安と嫌悪が出る。
「外に出て、手はあたりますが二人で両腕を使って大きなハート作るのはどうです?
それで影を写真で撮るんです」
そう言って、スマホでそれっぽい写真を探して見せてくれた。
距離が近いのもあったが、指さされたのは腕を伸ばして大きなハートを作ってる写真。
気になる距離も今くらいだったでホッとする。
「これなら表情死んでてもわかりませんし、協力しないとハートできないから親しい女性だってシルエットでわかると思うんです。
で、昔から愛犬だった待ち受けが意味深なのにかわると友達に聞かれると思うので、そこで彼女だって言ってください。
どうせ周りで自称彼女やストーカーが聞き耳立てているので、ダメージは入るとおもいます。
どうでしょう、もう少し頑張れますか?
それとも今日は辞めときます?」
「大丈夫だ」
ここまで細やかに気遣ってもらって無理ですとは言わない。
妹が義姉にしたいと言ったくらいの女性ではある。
今までの女達とは違うかもと思いなおし、少しだけ警戒をといて肩の力を抜いた。




