旧校舎の七不思議 捌
「キミ達、スズカちゃんと知り合いなの!?」
「は?」
私の質問に、瑛斗くんが意味が分からないとでも言いたそうな顔をした。
「知り合いも何も……聡美と俺は普通に幼馴染だけど」
「鈴鹿さんと僕達はクラスメートですよ」
広夢くんまでもが不思議そうにそう答えてくれる。幼馴染? クラスメート? あ、あれ? でもスズカちゃんは『旧校舎のサトミさん』なんじゃないの?
「じゃあ、ユウジくんは……」
私の呟きをキャッチした翔真くんが「誰それ?」と首を傾げた。そこでようやく、もしかしてとんでもなく盛大な勘違いをしているんじゃないかという考えに至る。
スズカちゃんはここにいる三人と一緒に旧校舎へと迷い込んだ、ごく普通の女の子で。つまり、『旧校舎のサトミさん』だったのは。
ユウジくんの方?
そう気付いた途端、ドッと冷や汗が出てくる。でも、そうだとしたら、スズカちゃんが異様なまでに『嘘嫌いのマコト先生』を怖がっていたのにも納得がいく。あれは怪談同士の仲間割れなんかじゃなく────本名を隠していたことを嘘だと判断されたらってどうしようと、怯えていただけなんじゃないか、って。
あぁどうしよう、かなりそれっぽい。ちょっと短絡的に考え過ぎていたのかな。もっと経験を積んで視野を広げなくちゃ、このままじゃ本当にまずいタイミングで大きなヘマをしかねない。それはなんとしてでも避けたいところだ。……でも。
「ユウジくんが本当のサトミさんなら、ユウジって名前は偽名ってこと?」
そんな器用なことをするモノを見たのは初めてだ。これまでだって会話が成立するようなタイプですら、あまり見たことがなかったのだ。嘘をつき、騙そうとする程度の知性があるモノまで居るとは思わなかった。
そんな中でスズカちゃんの本名が鈴鹿 聡美だって知ったら、しかもそれを本人が隠そうとしていたとしたら……そりゃあ勘違いしても仕方ないんじゃない、かなぁ?
いやもうどう足掻いたってただの言い訳にしかならないし、私がもっと気を付けていれば見抜けていたことかもしれないけど。
「ユウジくん……サトミさん……?」
頭を抱える私の横で、校長先生が何やらぶつぶつと呟いている。何か思い当たる節があるんだろうか。私の視線に気が付いたのか、校長先生は顔をあげて。
「それ────」
その言葉に、私は目を見開いた。
△△△
階段を駆け上がる。その先にあった古びたドアを勢いよく開くと、そこは屋上だった。
空は相変わらず血を垂らしたみたいに真っ赤で、外だというのに風のひとつも吹いていない。そんな不気味な空間の中、先輩達とユウジくんとが向かい合っていた。
どうやらユウジくんの方が追い詰められているようだ。屋上の柵を背に立っている。スズカちゃんはと言えば、ユウジくんに手を繋がれたまま、今にも泣き出しそうな顔をしている。得体の知れないモノに手を繋がれたうえ、少しバランスを崩せば柵を乗り越えて落下しそうな場所に立っているんだから、そんな表情になるのも当然だと思う。
だって彼女は本当に、ただ肝試しにきただけの、ごく普通の女の子なんだから。
「待っててって言ったのに」
こちらを振り返らず、ナギ先輩が言った。
「見て分かる通り、こっちは正に一触即発状態だよ」
そんなナギ先輩に続くように「チッ」とコウ先輩が舌打ちする。スズカちゃんを盾にするように立たれているせいで、いつもは豪快な立ち回りをするコウ先輩も、なかなか思うように動けないんだろう。
ユウジくんは無言のままこちらを睨んでいる。説得の成果が芳しくないことはすぐに分かった。
「……で? 言いつけを破ってまで僕達を追ってきたってことは勿論、それだけ重要な要件があるんだよね?」
声色からこのうえない圧を感じる。それに若干気圧されつつ、私は「はい」と頷いた。
「里見 雄二」
「……!」
ぴくり、とユウジくんの体が揺れる。
「それがユウジくんの真名なんだね」
ユウジくんは何も言わない。けど否定しないってことは多分、合っているんだろう。
スズカちゃんは言っていた。サトミさんはずっと昔に旧校舎で行方不明になったまま、まだ見つかっていない子のオバケだって。校長先生から聞いた少年時代の体験談もあったし、サトミという名前の響きに引っ張られて、女の子のオバケなんだとばかり思っていた。けど実際は下の名前じゃなくて、里見という苗字から付けられた呼び名だったのだ。
そしてもうひとつ、『旧校舎のサトミさん』が噂されるようになった大元は。
「校長先生の名前、里見 雄二なんですって」
「は?」
コウ先輩が素っ頓狂な声をあげて振り返る。
「……ふぅん、そっか」
一方でナギ先輩は納得したように頷いた。
「校長先生が〝神隠し〟にあった事件をきっかけにサトミさんの噂が生まれ、広まったってことか」
ナギ先輩の言う通り、ユウジくんは────いや、サトミさんは校長先生の体験談が元になり、生まれた存在だ。おそらくは〝神隠し〟の話に尾ひれがついて、広まっていった結果なんだと思う。つまり、行方不明のまま見つかっていない子供なんて、本当は存在しない。
「だからなんだって言うのさ」
ようやくサトミさんが口を開いた。
「ボクはボクでしかない。そうでしょ?」
それはそうだろう。自身が生まれるきっかけになった人物だとは言え、校長先生とサトミさんは別個体だ。実際に今、こうしてサトミさんが目の前に存在しているのだから。だけど。
「よく覚えていたね、タマちゃん。お手柄だよ」
ナギ先輩はそう言って、多分、笑った。そして。
「里見 雄二くん」
サトミさんの真名を呼んだ。それを合図にコウ先輩が地面を蹴りあげて走る。途端にサトミさんは険しい顔になり、コウ先輩に向かって手を伸ばし────。
「残念だったな」
次の瞬間には、コウ先輩に羽交い締めにされていた。
「あのよく分かんねぇモンはもう出せねぇよ」
コウ先輩は勝ち誇ったように歯を見せて笑う。コウ先輩の言う〝よく分からねぇモン〟がなんなのかは分からないけど、とりあえずは。
「スズカちゃん!」
私が名前を呼ぶと、スズカちゃんは弾かれたようにサトミさんを振りほどき、こちらへと駆け寄って来る。そんな彼女を抱き留めてからサトミさんを見れば、怒っているような、それでいて傷付いてるような、複雑な表情を浮かべていた。
「な、なんで……っ!」
「僕は鹿子家の人間だからね。真名さえあればキミ達を掌握……とまではいかないけど、一瞬の隙くらいは作れるんだよ」
ふふふ、とナギ先輩は笑みを零す。
「そういう血なんだ」
そんなことを言いながら、ナギ先輩はゆっくりとサトミさんへと近付いていく。サトミさんはじたばたと藻掻くものの、コウ先輩の力には勝てないらしい。逃げ出すことも振り払うこともできずに居た。
「さて、生者へ手出しした以上、僕はキミを祓うしかないんだけど」
ナギ先輩はぐっと袖を捲る。そこに描かれているまじないを読み取れずとも、自身の危機を察知したんだろう。
「や、やだ!」
より一層サトミさんが暴れ出す。私にしがみつくスズカちゃんの力が、きゅっと強くなった。私としてもあまり見せたくない光景だ。せめてスズカちゃんの視界に入れないようにしようと、彼女を腕の中へと隠そうとして。
〈待って!〉
鈴を転がしたかのような、可愛らしい声が呼び止めた。いつの間に居たんだろう。すぐ側に三つ編みの女の子が立っている。
十二、三歳くらいだろうか。その子は夏だというのに厚手のセーラー服を着て、歴史の教科書で見たようなゆったりとしたシルエットのズボン────もんぺって言うんだっけ────を履いていた。
どう見ても、時代にそぐわない出で立ちだ。それにその姿はまるで蜃気楼のように曖昧で、風が吹けば消し飛んでしまいそうなほどに弱く揺らめいていた。
〈その子が生まれたのはわたしのせいなんです〉
私だけじゃなく、ナギ先輩やコウ先輩までもが惚けたように女の子を見つめる中、その子は悲しそうに目を伏せる。それがどういう意味なのかを問おうとして、背後のドアが開かれる気配がした。顔を覗かせたのは校長先生だった。
「あぁ、祓い屋さん。鈴鹿さんは見つかりましたか?」
そう声をかけてきた校長先生は三つ編みの女の子を見ると、驚いたように目を見張った。でもそれは、女の子の方も同じだったようだ。
〈キミは……〉
「あの時の……」
どうやら役者は揃った、らしかった。




