旧校舎の七不思議 漆
「なるほど、そういうことだったんですね」
あの時『廊下を歩く足』が私達の追跡を止めて去って行ったのも、『嘘嫌いのマコト先生』が脅すような言動を取ったのも、全部私達を怖がらせるためで、本当に危害を与えるつもりはなかった、と。
じゃあ私達は絶対安全が約束された、遊園地のオバケ屋敷に居たようなものだったのか……。そうとは知らず必死になって逃げて、怖がっていたと思うと、すごく恥ずかしい。オバケ側からすれば、全力で脅かした相手がいい反応をしてくれて、楽しかったのかもしれないけど。
でもあんな風に体を掴まれたり、ドアをガタガタ揺らされたりしたら、そりゃあ怖いに決まってる。実体化できるくらいの凄まじい力があるヤツなんだろうって思い込んでいたし、何回か死を覚悟したもの。
そんな風に思ったことを言ってみたら、ナギ先輩はきょとんとしていた。変なことを言っちゃったかなと思案していると、「あぁそういうことか」と先輩は納得したように頷く。
「タマちゃん、右目を隠してごらん」
言われるがまま右目を隠すけど、別に景色に変わりはない。
「おかしいと思わない?」
「……?」
「いつもと違って、両方の目で〝見える〟でしょ?」
「えっ」
慌ててもう一度右目を覆う。本当だ。『トイレの花子さん』も、いまだにナギ先輩の姿をしている『旧校舎のニセモノ』もくっきりとその姿が〝見える〟。まさか、今までも?
私の反応を見て、ナギ先輩は「もー!」と唇を尖らせる。
「僕より先にタマちゃんと合流してたなら、ちゃんと説明してあげなきゃだめでしょ、こーちゃん!」
その言葉にコウ先輩は「チッ」と盛大な舌打ちをしてそっぽを向いてしまった。えっと、どういうこと?
「この世界は、言わばカレら────子供達風に言うならオバケの領域だからね」
混乱している私にナギ先輩がそう説明してくれる。
「ヤツらの中には、そうやって自分の領域に引き摺り込むのを得意とするモノも居るんだよ。今回のがいい例だね。こういった場所と僕達が住んでいる世界とは、そもそもの理が違う。簡単に言えば、僕達の常識が通用しなくなることが多いんだよ。そうじゃなきゃ、元々〝見える〟能力が備わっていない子供達には、ここのオバケだって見えないはずでしょ」
言われてみれば確かにそうだ。それに、もうひとつ気が付いた。コウ先輩の発言だ。こっちの世界で再会した時、先輩は『動く骨格標本』のことを「骸骨が襲って来た」って明言していた。コウ先輩はアイツらのこと、黒い靄みたいに見えているって言っていたのに、だ。落ち着いて考えれば「あれ?」って思うようなことだけど、あの時はそこまでの思考に至らなかった。
そっか……私が両目でカレらが見えている理由も、いつもと理が違うから、なのか。ってことは普段は〝見える〟方である右目を覆っても消えなかったからと、ユウジくんやスズカちゃんを生きてる人だと判定したことも、そもそもが間違っていたわけで。じゃあ、最初に二人と出会った時に感じたアイツらと似た気配も、あながち間違ってなかったのかも。
────やっぱり、スズカちゃんは。
あぁもう。もっと早くに気が付いていれば、離れ離れになることも無かったのに。自分自身の鈍さが憎い。
「僕が一番初めに会ったの、花子さんで良かったよ」
ふふふ、とナギ先輩は妖艶に微笑んだ。
「花子さんに話を聞いてなかったら、出会った瞬間に全部、問答無用で祓っちゃってただろうから」
「……お前が言うと冗談に聞こえねぇんだよ」
「だって別に冗談じゃないもん。僕なら引き込まれた時点で〝害有り〟って判断するよ」
先輩達がそんなやり取りをしている。それはつまり、もし無害だったら祓わない、ってことなんだろうか。ナギ先輩に訊ねてみると「お、いい質問だねぇ」と彼は笑う。
「害の無い虫が今ここに居たとして。タマちゃんは殺すのと逃がすの、どっちがいいと思う?」
「それは……人によるんじゃないですか?」
例え害が無かろうと虫が嫌いな人だって居るし、殺すのは可哀想だって思う人も居るんじゃないかな。私だったら多分、殺しもせず逃がしもせず、無視するかも。……あー、今のは別に駄洒落じゃない。
「そう。人によるんだ」
ナギ先輩は思っていたのとは別のところに食い付いた。
「僕は日和見派で、害の無いモノはほっといてもいいんじゃないのって考えてる。けど、アイツら自体がこの世に存在しちゃいけないモノだから、理由を問わずに全て祓うべきって考えの同業者も居るんだ。だからと言って、全て祓う派の同業者が間違ってるとは思わないよ。考え方はまさに人それぞれだからね。……でも、生者に害なすなら話は別だ」
ナギ先輩の瞳がスッと細められた。
「花子さんの言う通り、サトミさんが生者を取り込もうとしているのなら……その時は祓うだけだよ。生者に手出しするのはご法度なんだ。例えそれがどんなに純粋な願いだったとしても、ね」
一人ぼっちのサトミさんが願うのは、永遠の友達として、誰かにずっと一緒に居て貰うこと。確かにそれ自体はまっすぐな気持ちだし、事情を知れば切ない願いだとも思う。けど、その願いを叶えるためには、誰かの犠牲が必要だ。そこまでして叶えたいと願うのは、さすがに利己的が過ぎるだろう。
「ってことだから、早速サトミさんのところへ行こうか」
「えっ、どこに居るか分かるんですか?」
当然のことのように言っているけど、ここの領域とやらはとんでもなく広い。何より私達とは会いたくないであろう相手を見つけるのは、結構難しいんじゃないかな。するとナギ先輩はぱちん、とウインクをしてみせた。
「居場所を知ってるのは僕じゃなくて、この領域を作った旧校舎そのものだよ」
「……俺達に合わせて迷宮みてぇに空間を広げられんだから、その逆もできるってことか?」
「そういうこと。だから案内よろしくね、旧校舎さん」
ナギ先輩はそう言うとコツコツ、と旧校舎の壁をノックする。「対話できるの!?」って驚いたけど、七不思議である怪談達とはこうして話すことができるんだから、大元の旧校舎と話せるのも別におかしくはない……のか?
ナギ先輩達と出会って、たくさんの情報を得ることができるようになったのはいいけど、そのぶんだけ常識的な感覚が分からなくなっている気がする。でも、ナギ先輩やコウ先輩が常識から大きく外れてるところに居るってことは確かだよね。……あ、いや、私もか。
△△△
やっぱり、ナギ先輩の言葉は通じていたらしい。
ぐにゃりと世界が歪んだかと思いきや、私達の目の前にいきなり上り階段が出現した。この先に二人が居るってことなのかもしれない。
「さて、キミ達はここで待っててくれるかな」
ナギ先輩がこちらを振り返る。ついて行く気でいたらしい広夢くんと瑛斗くんが「えっ!?」と驚きと不服の混じった声をあげた。けどナギ先輩は有無を言わせず、「危ないかもしれないからね」と続ける。それだけのやり取りでも説得は不可能だと悟ったのか、二人はグッと押し黙ってしまった。
「いい子だね」
ナギ先輩はフッと微笑んだあと、私に目を向ける。
「子供二人じゃ不安だろうからさ、タマちゃんも一緒に居てあげてよ」
それは少し、予想外だった。でも確かに、花子さんの元に子供達を残していくのは得策じゃないだろう。話しぶりからして一応はこちらの味方らしいけど、花子さんだって一応はオバケだもんね。警戒しておくに越したことは無いと思う。それに〝見える〟だけの私がついて行ったところで、なんの役にも立てそうにないし……。今回は囮になる必要ないだろうしね。
「分かりました」
そこまで考えて、私はナギ先輩の言葉に同意した。
「よし、じゃあ行こうか、こーちゃん」
「ん」
短い返事と共にコウ先輩が頷いて、金属バットを肩へと担ぐ。
「要するにソイツ、ボコしていいんだろ」
「説得できなかった場合は、ね」
物騒な会話をしながら、階段の奥へと先輩達が消えて行く。それを見送ったあとで私は小さくため息をついた。さて、ここからどうしようか。
「……あ、そう言えば、まだもう一人の子が見つかってないんだっけ」
四人で旧校舎へと入ったという話を思い出し、私は花子さんへと向き直る。
「最後の一人がどこに居るか分かりますか?」
その子が一人ぼっちで居るのなら、ものすごく心細い思いをしてるんじゃないかな。合流できるのなら今のうちにしておきたい。
〈ふむ〉
花子さんは思案するように顎に手を当てた。
〈ここに呼ぶことは勿論できるが……どうやら一人ではないな〉
「誰かと一緒に居るんですか?」
〈二回目のチャイムで来た奴だね〉
ってことは、私達と同じタイミングでこちらに招かれたってことだよね。あの時、旧校舎に立ち入っていた人物が他にも居たの? そんな人に心当たりは無いけど……。
そんなことを思案していると、再びぐにゃりと世界が歪む。ただ長い廊下が続いていただけの場所に、知らない教室が現れた。室名プレートには図書室の文字。やっぱり、こっちに来て一度も見たことが無い教室だった。こんな風に空間を好き勝手に弄れるのなら、私達が離れ離れになったのも、なかなか再会できなかったのも頷ける。
図書室に入ろうとドアへ手をかけた正にその瞬間、ドアがガラリと勝手に開いた。思わず大袈裟なくらいに仰け反ってしまったけど、なんてことはなく、ただ向こう側から誰かが開けただけだったようだ。そしてそこに立っていた人物を見て────私は目を丸くした。
「校長先生!?」
ドアを開けたのは校長先生だった。校長先生は私を見ると、「あぁ、あなたは祓い屋の……」とホッとしたような表情を作る。
「良かった、ずっと人を探していたんです」
「どうして校長先生がここに?」
「あなた達が旧校舎へと入ったあと、すぐに追いかけたんですよ。そうしたら、おかしなチャイムが聞こえて……」
なるほど、それで一緒に閉じ込められる羽目になったってことか。一人で納得していると、ちょんちょんと袖口を引っ張られた。見れば、広夢くん達が申し訳なさそうな顔をしている。そっか、このタイミングで校長先生に会うとは思わないよね。
「先生、行方不明だった子の内、二人は無事に保護しました。……その、できれば今は、あまり怒らないであげてください」
「大丈夫です、分かっていますよ」
校長先生は二人の前にしゃがみ込むと、「内田くん、橘くん、無事で何よりです」と微笑んだ。
「ごめんなさい……」
眉を下げる広夢くんに「無事ならそれでいいんですよ」と校長先生は言ったあとで、図書室内を振り返る。
「こちらも西村くんを見つけていますよ。……ほら」
校長先生の後ろから西村くんと呼ばれた男の子が顔を出した。そしてわっと広夢くんにしがみつく。
「うわあああああ広夢ー!」
「ちょ、ちょっと翔真! 恥ずかしいよ!」
広夢くんは照れたように押し返そうとするけど、どうやらしがみつく彼の方が幾分か力が強いらしい。この子が広夢くんの言ってた幼馴染くんなのかな。良かった、無事に再会できて。
「祓い屋さん、これはどういう状況なんでしょう……それに、そちらの子は?」
ホッとひと息つく私に、校長先生が耳打ちをしてくる。その視線の先には花子さんが居た。そりゃそうなるよね。うーん、一体どこからどう説明するべきかなぁ。
考えあぐねる私の耳に飛び込んできたのは、翔真くんのこんなひとことだった。
「あれ? 鈴鹿は?」
……え?




