旧校舎の七不思議 陸
「キミ、僕に化けるのはオイタが過ぎるよぉ」
そうやって現れたナギ先輩は、目の前の『ナギ先輩』に向かってそんなことを言う。そのあとでコウ先輩の肩をポンポンと叩いた。
「ほら、こーちゃんも落ち着いて。……ね?」
「あ? 俺は十分落ち着いてるが?」
コウは怖い顔のままだ。ナギ先輩は「あはは」と笑った。
「空腹のライオンみたいな殺気を垂れ流しておいてよく言うよ。とにかく、僕は大丈夫だからさ」
そのなんとも言えない特徴的な例え方を聞いて、今度こそホンモノのナギ先輩だと思った。あ、でも『旧校舎のニセモノ』と本人が会ったら……!
「大丈夫だってば」
ナギ先輩の瞳が私に向けられる。
「カレに人を襲う意思は無いよ。そうでしょ?」
〈……、はい〉
ナギ先輩の問いかけに対してひと呼吸をおいたあと、『ナギ先輩』の方が頷いた。え、そうなの……?
「いやぁ、それにしてもキミ、化けるの上手いねぇ。まんま僕じゃん。タマちゃんもそう思わない?」
「確かに似てますけど……」
チラリとコウ先輩の様子を伺う。明らかに不機嫌だって表情をしていた。
「どこかだよ」
「ふふ、さすがこーちゃん。愛だね、愛」
「気色悪いこと言うんじゃねぇ」
コウ先輩は思い切り顔を歪める。それを見たナギ先輩は満足した様子で頷いた。なんだか嬉しそうだ。って、そうじゃない。
「一体どういうことですか?」
説明してください、と私はナギ先輩に迫る。
「いいよ。でもその話は僕じゃなくて、カノジョから」
ナギ先輩はそう言ってパッと振り返った。すると、ついさっきナギ先輩が出てきたドアの奥から女の子が顔を出す。白いブラウスに赤い吊りスカート。それからまっすぐに切り揃えられた、特徴的なおかっぱ髪。古めかしい出で立ちだ。例えるなら、そうだな。
「カノジョは『トイレの花子さん』だよ」
なんでもないことを言うように、ナギ先輩が告げた。
一方で私は驚きつつも、なんだか納得してしまった。ちょうど同じことを考えていたから。目の前の女の子は『トイレの花子さん』のイメージにぴったりだな、って。カノジョが花子さん本人だって言うならそれも頷ける。でも、どうして花子さんと先輩が一緒に居たんだろう。
〈巻き込んでしまって申し訳ない〉
ぼんやりとそんなことを考える私の前で、花子さんは唐突に頭を下げた。突然のことに反応できないで居ると、ナギ先輩が「ふふっ」と小さく笑った。
「僕達をここへ招いたのはカノジョ達なんだ」
「元凶のお出ましってか?」
「だからそうやってすぐに殺気立たないの」
ナギ先輩はコウ先輩を窘めたあと、「悪気は無かったんだ」と続ける。
「少なくとも花子さん達は、ね。……そうでしょ?」
〈その通りだ〉
子供の姿のオバケにしてはやけに大人びた口調で、花子さんが同意した。
「タマちゃんは覚えてる? カノジョ達みたいな怪談が生まれる理由、前に説明したよね」
ナギ先輩の視線が私へと向けられる。まるでテストされているみたい、なんて思いつつも私は答えた。
「えっと、人々に噂をされることによって生み出され、信じて貰うことによって生かされている、って話ですよね」
「そうだね」
ナギ先輩が頷く。
「そうやって生まれたカノジョ達は、信じてくれる人が居なくなった時、消滅してしまうんだ」
「……それが嫌だから敢えて事件を起こして、あっちに残された子供達に噂をして貰おうってことですか?」
「半分当たり、半分外れ」
いい線行ってるけどね、とナギ先輩はあくまでも回りくどくそう告げる。
「何が言いたいんだよ?」
「こーちゃんってばせっかちだなぁ」
コウ先輩の苛立った視線を受け、ナギ先輩は大袈裟な動作で肩を竦めた。
「ここから先は張本人に話を聞いた方がいいんじゃないかな」
そして花子さんはことの顛末を語り出す。
△△△
お察しの通り、ワタシらにとって噂をされなくなるということは、死も同然だ。けど、ワタシらはそれを受け入れていた。時代は移ろいでいくものだからね。それに、この校舎は使われなくなって久しい。子供らに噂されなくなるのも時間の問題だったのさ。寧ろワタシらはよくもった方だって、みんな納得していたよ。
ここが取り壊しになるって鴉から聞いた時も、あぁいよいよその時が来たのかとみんなで笑っていたよ。けどね、そこにお客さんが現れたのさ────そう、子供らだよ。しかも、わざわざ放課後に肝試しをするって言うじゃないか。
これは面白いことになったとワタシらは沸き立った。そして最後の大仕事として、あの子供らを全力で怖がらそうって話になった。張り切っていたよ。なんせ肝試しに来る子供なんて、もう何十年も居なかったから。
まずは『四時四十四分のチャイム』で、子供らをワタシらの領域へ招き入れた。招いてしまえばこちらのものだ。空間を捻じ曲げて校舎の形を変えることも容易い。子供らをバラつかせることも、そう簡単に会わないように細工することもできる。そうさ、そこまでは良かったんだ。けどね……恥ずかしながら誰がどうやって、どういう順番で脅かすかを揉め出したんだよ。久しぶりの子供らの登場に、みんな浮き足立っていたんだ。
そうしている内に、アンタらの世界では大きく時間が経っていたらしい。……いや、ね。あまりにも長いこと来客がなかったせいで、ワタシらとアンタらでは時の流れが違うことを、誰もがすっかり失念していたんだよ。
お陰で外は大騒ぎさ。子供が居なくなったんだ、当然だね。けど、こちらへ招くためのチャイムは放課後の四時四十四分にしか鳴らない、いや、鳴らせないんだ。ワタシらにはそういう制約があること、アンタらなら分かっているだろう?
いや、それは言い訳に過ぎないか。本来ならその場で帰すべきだったんだ。だがワタシらはどうしても、最後に子供らを脅かしたかったんだよ。それがワタシら七不思議の本質であり存在意義だからね。それにここで帰してしまったら、もう二度と子供らに会うチャンスは訪れない。それが思考を鈍らせた。
結局ワタシらはその日、子供らを帰すことはしなかったんだ。そしてアンタらがやって来た。またしても同じ、放課後に。
四時四十四分にこの校舎内でチャイムを聞かせさえすれば、いくらでもこちらへ招くことはできるからね。怖がらせる対象はたくさん居た方が面白いだろう?
だからワタシらは二回目のチャイムを鳴らしてアンタらも呼んだんだ。確かに、アンタらは本来の相手……小学生ではないけどね。ワタシらからすれば多少の年齢差なんて、誤差でしかないのさ。
アンタらを呼んだあとは脅かすだけだ。無論、本当に傷付けるつもりは無かった。ワタシらは制約を超えた言動はできないけどね、逆に言えば制約を超えさえしなければ自由にできるんだよ。つまり、噂に従えば「人の子を殺す」ことができるヤツでも、「実際に殺すかどうか」はソイツ次第ということさ。
子供らはワタシらの噂を流してくれた、言うなれば生みの親みたいなものだからね。アンタらだって、理由もなく親を殺す子なんて居ないだろう? ワタシらもそれは同じだ。
子供らが考えた噂ではそうだったからと言って、実際に子供らを傷付けたいヤツばかりじゃない。脅かし、怖がらせることさえできりゃ、大抵のヤツはそれで満足なんだよ。……ま、そこの金髪ボウヤにやられちまったヤツもいたけどね、それはそれで「反撃するたぁ、おもしれぇ子供も居たもんだ」って喜んでたよ。「最後の最後にいい経験ができた」ってね。
あぁそうそう、そこのお嬢ちゃん。先生が「力加減を誤って、女の子を傷付けてしまった」って落ち込んでいたよ。どうか許してやってはくれないか。ヤツも人の子と会うのは久方振りだったものだから、どうやら力みすぎてしまったようでね。本来は気のいいヤツなんだ。
さて、話すぎてしまったね。
ワタシらは本来の目的である「子供らを脅かすこと」を達成できたら、外の世界に帰すつもりで居たのさ。けど、ヤツだけは────サトミだけはそれに同意していなかったようなんだ。困ったことに、それはワタシらですら知らなかった。隠していたんだ。反対されると分かっていたから。
サトミはね、本当に友達を欲していたんだ。そしてアンタらの内で一番気に入ったあの子を、永遠に閉じ込める気でいるらしい。ワタシらとしては、それを見過ごせない。けど、どうしようとできないんだ。七不思議の中で一番力が強いのはサトミだからね。
歴史で言えばワタシが一番なんだが……、力はサトミが上だ。噂の多さや子供らの恐怖心の強さがそのまま、ワタシらの力の源になる。つまり、サトミの方が子供らに恐れられているんだよ。だから古株のワタシでも、サトミには適わないんだ。
そこの、優男風の坊ちゃんから話を聞いたよ。アンタらは祓い屋を生業にしてんだろう?
だったら、サトミを止めて欲しい。ヤツが人の子を傷付ける怪異になるのを防いで欲しい。招いておいて、身勝手な願いだって分かってるさ。だけどね、ワタシにとってヤツは可愛い後輩なんだ。それが人の子に危害を与えるのを黙って見ているのはつらいんだよ。ましてや、ワタシらはもうすぐ消えてしまう身だ。最後の思い出が子供らの悲しみで終わるのも……つらい。
恐らくサトミはアンタらの正体に勘づいて、お気に入りの子を隠してしまった。それだけの力が、サトミにはまだ残っていたんだ。どうか頼むよ。ヤツがあの子をどうにかしてしまう前に、その野望を止めてくれ。




