旧校舎の七不思議 伍
二人を探して、あちこちの教室を覗いて回る。でも、見つからない。走り去ってからまだそれほど時間が経ってないと思うし、そう遠くには行ってないと思う。けど、たとえばどこかに隠れてたりしてやり過ごそうとしていたらどうしよう、なんて、嫌な想像が頭を過ぎる。
だってサトミさんが〝友達〟とずっと一緒に居たいと願うオバケだって言うなら、その子を元の世界へ連れ戻そうとする私はサトミさんにとって、邪魔者でしかないはずだから。その割にはしばらく一緒に行動してくれていたけど……逃げる機会を伺っていたのか、それとも何か別の理由があるのか……。
いや、やっぱり深読みしすぎ? だってほら、右目を覆っても二人共消えなかったわけだし。それに。
がしゃん!
私の思考を止めたのは、何かが割れたような大きな音だった。立ち止まって耳を澄ます。すると続け様に聞こえてきたのは、ドカンとか、ボコンみたいな、固い物を殴打しているような音。明らかに不穏な雰囲気だ……正直、不安でしかない。でも。
「行くしかない、よね」
私は小さく呟くと、音のする方向へ向かう。だんだんと音が大きくなるに連れて、怒号に似た声も聞こえ始めた。まるで喧嘩でもしているみたいな……あれ? って言うか、この声って。
多分ここだろうな、と思われる教室のドアを開け、怖々と中を覗く。まず目に飛び込んで来たのは派手な金髪。そして。
「ハッ、もう終わりかァ?」
聞き覚えのある声の主が鼻で笑いながら、何かに向かって金属バットを振り下ろしている姿だった。えぇ……どういう状況? ものすごく声をかけづらいんですけど……。
「コウ先輩……?」
「あ?」
気怠げに振り返ったコウ先輩は────私と目が合うと、意外そうな顔をした。それから金属バットを肩に担ぎ、「なんだタマか」とため息をつく。
「コウ先輩もこっちに来ちゃってたんですね」
教室に入りつつ、私はそう続けた。「そういうタマもな」とコウ先輩は肩を竦める。
「ナギ先輩は……一緒じゃなさそうですね」
あたりを見渡すけど、ナギ先輩の姿は無い。けど、あの時一緒にチャイムを聞いたコウ先輩もこちらに飛ばされてきたってことは、ナギ先輩だってこの世界のどこかに居る可能性が高いはずだ。でも……ナギ先輩って、コウ先輩のオーラで瘴気を吹き飛ばして貰ってるって言ってたよね。離れちゃって大丈夫なのかな?
この世界はそこまで強い瘴気に覆われてる感じはしないけど、私よりも遥かに強い力を持ってるナギ先輩にとっては結構つらいんじゃ……?
「アイツはそこまでヤワじゃねぇよ」
私の表情から言いたいことを察したらしい。コウ先輩はフッと笑うと、私の頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫で回した。ちょっと痛い。
「それよか、タマが無事で良かったわ」
そう言って、コウ先輩は顎で少し前を差した。その先に視線を向けて、びっくりする。大小様々な大きさの骨が盛大に散らばっていた。
「ここに入った途端、突然この骸骨が襲って来やがってよ。なんだっけ、コイツの名前。理科室によくある……人体模型?」
「いや、これは骨格標本です」
一応訂正してから、あぁそうかここは理科室か、と納得する。数人が座れそうな大きな机には、正確な名称が分からない実験道具がそのまま放置してあるし、端に置かれた棚の中には何かの薬品が所狭しと並んでいる。改めて見ると、いかにも理科室っぽい作りだった。
って言うことはコレは七不思議が内のひとつ、『動く骨格標本』か。だけどものの見事にバラバラだ。
「もしかして、そのバットで……?」
「あ? そりゃいきなり襲われりゃ殴るだろうが」
正当防衛だっつーの、とコウ先輩は金属バットをぱしぱしと叩いた。あぁなるほど、大体察した。
つまり、『動く骨格標本』は怪談の通りにコウ先輩の皮膚やら内臓やらを頂こうと襲いかかり────、返り討ちにあったってことね。恐らく何度も金属バットで殴られたものだから、骨はバラバラに飛び散って、なんなら粉々に砕けたり折れたりしてるものまである。……それこそまさに粉砕骨折って感じに。
これはさすがに、襲った相手が悪かったな、とほんのちょっと怪談側に同情するレベルだ。コウ先輩の言う通り、正当防衛なんだけど。
「お、そうだ」
コウ先輩は今思い出したかのような声をあげると「もう出てきていいぞ」と教室の後ろへの目を向けた。私も釣られてそちらに視線を送る。大きな机の影から顔を出したのは────二人の子供だった。眼鏡をかけた男の子と、小柄だけど活発そうな男の子。眼鏡の子の方は涙目になって、隣にいる小柄な男の子にしがみついている。
「怖かった……」
「あんなモンでビビんなよ。お前、男だろ」
先輩は呆れたように言うけど、多分怖かったのは先輩の方なんじゃ……? 骨格標本に対して金属バットを容赦なく振り下ろすコウ先輩を想像すると、そりゃ怖いだろうなって思う。
「コイツらもあのヘンテコなチャイムを聞いて、気付いたらここに居たんだと」
行方不明のガキだろ、とコウ先輩は雑な紹介をしてきた。とりあえず敵意が無いことを知らせるためにも笑いかけたあとで、自分の置かれている状況を思い出した。
「あの、私もついさっきまでは二人の子と一緒に居たんですけど」
「その割にはお前一人じゃね?」
不思議そうな顔をするコウ先輩に、一緒に居た子の内の一人が、もしかしたら『旧校舎のサトミさん』と呼ばれる七不思議のひとつかもしれないと伝える。掻い摘んで『旧校舎のサトミさん』の噂も説明すると、コウ先輩の顔が曇った。
「校長の話と似てんな……」
同じことを思ったらしい。コウ先輩はしばらく何かを考え込んだあと、パッと顔をあげた。
「ソイツがホンモノのサトミさんだってなら、寧ろ好都合だろ。他のガキと合流できるうえに、こっから出る方法を知ってっかもしんねぇんだからよ」
とっ捕まえて情報を吐かせてやるぜ、ととんでもなく悪い顔で笑うコウ先輩に、思わず苦笑いが漏れる。そっか、この先輩はそういう人だった。心強いけど、血気盛ん過ぎるのも考えものだ。ナギ先輩が居ないぶん、ストッパー役が存在しないせいもあるのかな。うーん、早く再会できればいいけど。
そんなことを考えながら三人で理科室を出る。そこで、まだ男の子達の名前を聞いていなかったことを思い出した。
「そう言えばキミ達、お名前は?」
「……内田 広夢です」
「橘 瑛斗」
眼鏡の子は恥ずかしそうに、小柄な子はぶっきらぼうにそう名乗ってくれる。
「二人も肝試し?」
「は、はい。そうなんです。翔真が……あ、えっと、僕の幼馴染なんですけど、そいつが旧校舎に行くって言い出して。僕は止めたのに、行くって聞かなくて、仕方なく付き合うことになったんです。そしたら何故か、橘くん達まで付いてくることになっちゃって」
「俺だってアイツが行きたいって言わなきゃ、わざわざこんなことに付き合わなかったし。アイツは見つかんないくせに、変な奴とやばい奴ばっか居て、めちゃくちゃ嫌なんだけど」
広夢くんがごにょごにょと愚痴っぽく語り出すと、続けるように瑛斗くんも文句を並べた。瑛斗くんは〝やばい奴〟のところでコウ先輩と、それから私に視線を向ける。やばい奴扱いはちょぴり心外だ。……いや、彼らからしたら、この状況下で普通に会話してる私達はやばい奴なのかもしれないけど。
「大変だったね」
一応そうやって慰めつつも……なんでだろう。今の発言、何かが引っかかるんだよなぁ。もう一度詳しく話を聞いてみようとした、正にその時。
「おーい」
誰かが呼ぶ声がした。
キョロキョロと視線を動かし、少し離れた場所に人影を見つける……ナギ先輩だ。ナギ先輩が手を振っていた。思っていたよりも早く再会が叶ったことに安堵して、私は先輩に手を振り返す。
「ナギせんぱ────」
そのまま駆けて行こうとした私の襟首を、コウ先輩が掴んだ。後ろに引っぱられたことによって襟で首が締まり、思わず「うえっ」と間抜けな声が漏れる。
「何するんですか」
抗議するための声は、尻窄みになってしまった。コウ先輩が険しい顔のまま、ナギ先輩を睨んでいたから。そして。
「誰だテメェ」
コウ先輩はそのまま、鋭い声でそう問いかけた。誰って、ナギ先輩でしょ。
私は視線をナギ先輩へと向けた。『彼』はニッコリ笑ってこちらを見ていた。その姿はどこからどう見たってナギ先輩なんだけど────何故か言いようの無い不安と違和感が同時に押し寄せてくる。
何が違うのか分からないのに、何かが違うと本能が囁いていた。でも目の前に居る『彼』がナギ先輩じゃないのなら、一体誰だって言うんだろう。
そこまで考えて思い当たることがあった。七不思議のひとつ、『旧校舎のニセモノ』の怪談だ。
夕方の旧校舎にいつまでも残っていると、自分ソックリな人間に会うことがあるの。
その人は自分のニセモノで、ホンモノの自分と成り代わろうとしてるんだって。
スズカちゃんはそう言っていた。まさか、このナギ先輩は『放課後のニセモノ』……?
〈何言ってるの、こーちゃん〉
目の前の『ナギ先輩』が笑いながらそう言って、こちらに向かって歩いて来る。私は咄嗟に広夢くんと瑛斗くんを庇うように立ち塞がった。胸の奥がザワザワする。私はこの感じを知っている。これは、嫌な予感って奴だ。それにそういう予感に限って何故か当たるんだ。
「あ? テメェがその名で呼ぶなや」
声に怒りを滲ませて、コウ先輩が金属バットを構えた。相変わらず、『ナギ先輩』は笑顔のままだ。その距離が徐々に近付いてくる。
〈やだなぁこーちゃん、そんな顔しないでよぉ〉
「黙れ」
コウ先輩はバットを床に叩き付けた。バキンッという大きな音と共に床が割れ、抉れる。後ろで「ひっ」と、二人の内のどちらかが息を呑む音がした。
「聞こえなかったか? その呼び方すんじゃねぇって言ってんだよ」
それは静かだけど、激しい怒りだった。ピリピリとした空気に圧され、私は口を挟むことはおろか、呼吸さえ忘れてその場に立ち尽くす。
「アイツのフリすんのも今すぐにやめろや。全然似てねぇしキメェんだよ」
〈……ふふ〉
そこまでされても尚、『ナギ先輩』はまだ笑っていた。それが余計にコウ先輩を苛立たせているようだ。
「痛い目見ねぇと分かんねぇってか?」
金属バットを握り直し、コウ先輩が戦闘態勢に入る。
「はーいそこまで!」
明るい声がそれを遮った。
ガラガラと近くのドアが開き、私達と『ナギ先輩』の間に誰かが割って入った。いや、誰かと言うか、そんなことをする人物は一人しか居ない。
「やぁ」
驚く私を尻目に、ナギ先輩はニッコリ笑っていた。




