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旧校舎の七不思議 肆

 しばらく身を潜めたあと、私達は宿直室を出た。

 また『廊下を歩く足』に出会ったらどうしようかと内心ビクビクしていたのだけど、結局ソレにも人にも会わず、一階の探索を終える。見つけたものと言えば、外に通じているのだろう玄関扉と、上へと伸びる階段くらいだ。玄関扉の方は想像通り、ぴったりと閉じていて開かなかった。まぁ、仮に開いたところで、あの不気味な色の空の下を出歩く勇気は持ち合わせていないんだけど。

 私達に残された道は階段の先だけだった。仕方なく、そろそろと二階へとあがる。……パッと見た感じ、廊下に人は見当たらない。



「それはそうと、やっぱり広いなぁ」

 そう呟いて、また室名プレートを見上げてみた。職員室と書かれている。一階は普通教室がばかりだったから、二階は授業で使うような特別教室が多いのもしれない。

 職員室の引き戸を少しだけ開けて、部屋の中を覗く。木製の両袖机がいくつも置かれているのが見えた。机や床には書類やファイルが散乱している。中へと入り、その内のひとつを拾い上げてみた。

 この世に関する情報とか、七不思議についてとか、はたまた抜け出す方法とか……何か役立つことが載ってないかなぁと思ったのだけど、書かれていたのはまるで文字化けしてるみたいな、意味不明な文字の羅列。とても読めそうになかった。

「何も無さそうだし、違う部屋に行ってみようか」

 散らばっている書類達を興味深そうに眺めていた二人に、そう声をかける。その時。


 〈職員室で何をしているのですか?〉


 唐突に、知らない声が落ちてきた。

 慌てて顔をあげると、すぐ目の前に背の高い男性が立っていた。まったく生気を感じられない青白い顔に、ぎょろりと剥き出した大きな目。それらが針金みたいに細く痩せた体躯と相まって、酷く不気味に感じる。

 〈下校時刻はとっくに過ぎていると言うのに、何故校内に残っているのです? それにあなた────〉

 落ち窪んだ瞳が私を捉える。

 〈学校の生徒ではありませんよね。どうしてここへ?〉

「えっと」

 何かを答えるより先に、服の裾をくいっと引っ張られる。見ればスズカちゃんが、鞄を握っていない方の手で私の服を掴んでいた。怯えているのか、震えが伝わってくる。けど彼女が何を言いたいのか、私も察していた。

 行方不明になったと聞かされた人の中に大人は居なかった。それに……迷い込んできた私達以外に、生きている人間が居るとは思えない。コレは恐らく、いや確実に、七不思議のひとつである『嘘嫌いなマコト先生』だ。

「人を探しに来たんです」

 私は二人を後ろに隠しながらそう答えた。マコト先生はこちらをじっと見つめてくる。心の奥底を覗かれているような、嫌な気持ちになる。マコト先生は嘘が嫌いらしいけど、嘘を見破る力があるんだろうか。それとも反応を見ているのか……どちらにせよ、私の言ったことが本当かどうか、伺っているのは確かだと思う。

 マコト先生の怪談は「殺す」なんてワードが出てくるくらいには物騒だ。でもコレらには制約(ルール)があるんだから、噂以上のことはできないはず。だから嘘さえつかなきゃ、大丈夫。

 〈そうですか……〉

 しばらくして、マコト先生はつい、と視線を外した。嘘じゃないと分かってくれたのかもしれない。ホッとしたのも束の間、〈でも〉とマコト先生は続ける。

 〈こんな遅い時間まで残っているのは頂けませんね〉

 そんなこと言われても、私達はこの旧校舎に閉じ込められていて、帰るに帰れないんですが。そう思ったものの口には出さず、私は次の先生の言葉を待つ。

 〈時間を守らないのは悪い子のすることです。キミはどこのクラスですか?〉

 マコト先生の表情が欠落した顔が、今度はスズカちゃん達に向けられた。

 〈お名前は?〉

 その質問をされた途端。

「……嫌っ!」

 スズカちゃんが悲鳴に近い声をあげた。それからマコト先生に向かって手提げ鞄を投げ付ける。突然の行動にマコト先生は意表を突かれたらしい。

 〈おっと……〉

 ぐらりとよろめき、視線が鞄へと移されたその一瞬の隙を見て、スズカちゃんは踵を返す。そしてそのまま職員室を出て行ってしまった。

「スズカちゃん!」

 彼女の名前を呼びながら、ユウジくんも続く。このまま散り散りなるのは非常にまずい。

「待って、離れないで!」

 私も慌てて二人を追いかけようとして────、がしりと手首を掴まれた。ゾワリと身の毛がよだつ。今、私の背後に居るのはマコト先生だけだ。


 どうして……!? どうして触れるの!?

 今まで実体があったヤツなんて、ただの一度も居なかったのに……!


 〈どうして逃げるのですか〉

 無機質な声が非難する。振りほどいて逃げようにも、力が強すぎて離れない。

「あの二人を、追いかけなくちゃいけないんです」

 震える声でそう答える。

 〈何故?〉

「離れ離れになったら危ないから」

 無論、嘘じゃない。こんな場所で迷子になるのは洒落にならない。

 〈どうしてそこまで必死になるのです? あの子達とは他人なんでしょう? 放っておけば良いものを、何故身を呈してまで世話を焼こうとするのですか?〉

「……そりゃ私だって我が身の方が可愛いですよ。けど、手を伸ばせば救える距離に居る人を放っておくのは、なんだか目覚めが悪いじゃないですか。それに」

 私は一旦言葉を切ると、マコト先生に向き直った。

「今まで大嫌いだった〝見える〟力に、誰かを救うっていう大層な役目ができたんです。その役目を果たしていくことで、私は私のこの力に、存在意義を与えようとしてるんですよ」

 お陰で最近は〝見える〟ことも悪いことばかりじゃないと思えるようになってきている。依頼をこなすことで人助けをしているように見えて、私自身もちょっとずつ救われているんだ。


 だからこれは巡り巡って私のためでもある、自己満足とも言える行いなんだ。


 〈あなたは正直者ですね〉

 私の答えに満足したらしい。掴まれていた腕が解放される。

 〈そのまま正直に生きてくださいね〉

 最後にそう言って、マコト先生がのっそりとした動きで職員室を出ていく。やがて張り詰めていた空気が緩やかになると、私はその場に座り込んでしまった。

「……き、緊張したぁ」

 足はガクガクと震えているし、心臓はバクバクとうるさい。正直、生きた心地がしなかった。アイツらの類(たぐい)が実体化して、体に直接触れてきたのは初めてだったから。それに。

 怖々と手首に視線を向ける。マコト先生に掴まれていたところには、赤黒い指痕がくっきりと残っていた。

 こんな風にアイツらの痕跡があるのも初めてだ。どうしようコレ……ちゃんと消えるかな。心配だけど、今はこんなところで腰なんか抜かしてる場合じゃない。早くスズカちゃん達を追いかけなくちゃ。あんなのが居る中、子供だけで行動するのは危険すぎる。が、頑張れ私!

 自身を鼓舞しながら立ち上がる。多少フラフラするものの、走れなくはない。スズカちゃん達が走り去って行った方に向かおうとして、床に手提げ鞄が落ちていることに気が付いた。さっき、スズカちゃんが投げたものだ。

 そう言えばあの時、スズカちゃんは尋常じゃないくらいに酷く怯えていた。そりゃ、「嘘をつくと殺される」なんて物騒な噂のある怪談に遭遇したんだから、怖くて当たり前だけど、あんな風に取り乱したのは、マコト先生と会話してから……いや、もっと細かく言えば名前を聞かれてからだったような。

 そんなことを考えながら鞄を拾い上げ、息を呑む。手作り風の可愛らしい鞄に付けられたネームプレート。そこに書かれていた彼女の名前は────鈴鹿 聡美だった。


 鈴鹿 聡美。すずか さとみ。さとみ?


「『旧校舎のサトミさん』……」

 そう呟いた瞬間、全身に鳥肌が立つのを感じた。

 噂では、サトミさんはどんな姿をしてるのか、旧校舎のどこに出るのかも分からない、ずっと昔に行方不明になった子のオバケらしい。

「サトミさんは一人ぼっちだから、会ってしまったら家に帰して貰えなくなる。そして、永遠の友達になる……」

 教えて貰った怪談話を繰り返す。落ち着きを取り戻していた心臓が再び、ドクドクと嫌な音を立てて鼓動しだす。

 そうだ、それに校長先生の話……。子供の頃、この校舎で会ったっていう女の子は友達を欲しがっていて……一緒に遊んであげたら〝神隠し〟にあった、って。校長先生はどうやったのか、無事に帰れたわけだけど。


 このふたつの話、状況も話の流れも似てないか?


 ただの偶然かもしれない。全部私の考えすぎで、スズカちゃんはごく普通の女の子って可能性もある。いや、実際にその可能性の方が高いんじゃないかな。

 だってマコト先生の「嘘をつくと殺される」という噂に怯えて逃げ出したのなら、オバケ同士でも「殺す」「殺される」が通用するってことになるよね。つまりは仲間割れ……それとも、同じ七不思議だから仲間なんだろうって考え自体が間違ってる? そもそもスズカちゃんは苗字を名乗っていただけで、嘘をついたわけじゃないような……あぁ、全然分からない。

 だけど、スズカちゃんの本名が鈴鹿 聡美だったこと、それを隠してわざわざ「スズカ」の方を名乗り、私達と行動していたこと、ユウジくんとは友達だって言ったことを考えると────。

 これが考えすぎならそれでいい。でも、単なる杞憂で終わらなかったら?


「ユウジくんが危ないかも……!」

 私は走り出した。

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