旧校舎の七不思議 参
なんて言うか、まさに子供向けの怪談っぽいな、というのが第一印象だった。
××しないと・もしくは××すると〇〇になるとか、会った時点で終わりなオバケだとか、ときどき物騒なところだとか、もはや理不尽にも感じるそれらが、いかにも子供達の間で流行りそうって感じがして、可愛らしくもある。でも油断ならないのが、その内のひとつ、『四時四十四分のチャイム』が現実に起きているってことだ。
ナギ先輩も言っていた。怪談話に登場するソレらは、人々に噂をされることによって生み出され、信じて貰うことによって生かされている存在だ、って。
だから『四時四十四分のチャイム』が現実に起きたと言うことは、他の七不思議も同じように噂によって生かされていて、現実に起きる可能性は大いにある。これは気を付けた方がいいかもしれない。ナギ先輩の言葉を借りるなら、制約によって弱点────即ち、私達側から見れば助かる方法がある怪談がほとんどだけど、『放課後のニセモノ』と『旧校舎のサトミさん』にはそれが無いみたいだから。
それで言えば『トイレの花子さん』だけが異色だ。単なる怪談じゃなくて、願い事ないし頼み事を聞いてくれる、どちらかと言えば味方寄りの存在っぽいから。あくまでも「怒られるようなことをしなければ」っていう注釈付きではあるとは言え、一応は手助けしてくれるらしいし、いざって時は花子さんに頼るのもありなのかも……?
いや、そんな時は来ないに越したことは無いんだけどね。
「ねぇねぇ、タマお姉ちゃんはなんでここに居るの?」
いくつ目かの教室を探索中、スズカちゃんがそんな質問を投げて来た。真意が分からず首を傾げていると、「だってお姉ちゃん、小学生じゃないのに」とスズカちゃんは続ける。
「なんで旧校舎に居たの?」
あぁ、そういうことか、と頷く。そりゃ私は明らかに部外者だもの。疑問に思うのも当然か。
「えーっとね、校長先生に旧校舎に入ったまま出てこない子が居るって聞いて、探しに来たんだよ」
「あーあ。旧校舎に忍び込んだの、バレちゃってるよ」
当たり障りの無いその答えを聞いて、ユウジくんは肩を竦めてみせた。イタズラが見つかってバツが悪いのか、半笑いだ。子供が行方不明になっているんだもの、親御さんや先生達は怒りよりも心配の方が大きいだろうけど、無事に帰ったあとでのお説教はどうしても避けられないと思う。でもまぁ、今言うことでもないかな。ただでさえ不安だろうから、余計な心配事を増やすのは違うよね。
「それにしても……」
私はため息をついた。
順番に教室を見て回っているのに、人っ子一人見当たらない。広いとは言えこれだけ捜しているんだから、そろそろ誰かしらに会っても良さそうなのに。
まさかとは思うけど、ここに飛ばされたのは私達だけで、他の人達はこことはまた別の異世界に居る、なんてことはない……よね?
そんな怖いことを考えて思わず身震いした時、背後から聞こえて来る足音に気が付いた。ペタン、ペタンという、子供のような軽い足音が一人分。もしかして二人の友達かな? あぁ良かった、まずは一人が見つかって。
「ねぇキミ、大丈夫?」
そんな問いかけをしながら振り返る。十メートルくらい離れた場所に、誰かが立っていた。それを認識した瞬間、私は二人の手を引いて走り出した。
「わ……っ!」
「何!?」
二人は驚いたような声をあげる。けど、それに構っている場合じゃなさそうだ。
「走って!」
私の声色で何かを察したのか、二人は何も言わずに足を動かしてくれる。それでもやっぱり気になったのか、どちらかが振り返ったようだった。
「ひっ」
喉の奥から漏れ出したような、小さな悲鳴が聞こえた。無理もない。
だってあの人影には────上半身が無かったから。
子供の……そして多分、男の子の足だったと思う。亜麻色の短パンとくるぶし丈の白ソックス、それから履き古した上履きが印象的だった。そこだけ見れば、健康的な男児そのものだ。でもその『彼』の上半身は、まるでパッツリと切れたように……存在していなかった。
アレはきっと、七不思議として聞いていた怪談のひとつ、『廊下を歩く足』だ。スズカちゃんに教えて貰った情報から察するに、早いところ体を隠せるような場所に逃げ込まないとまずい。そうしないと、上半身と下半身が永遠にさよならすることになる。
私達が走ったことで、後ろから聞こえる足音も駆け足になったようだ。バタバタバタという大きな足音が迫ってくるのが分かる。私は走りながらも視線を巡らせた。
近くに普通教室はたくさんあるものの、出入口のドアには窓が付いているうえ、鍵がかからないタイプの引き戸だ。アレにドアを開ける能力があるか定かじゃないけど、もし万が一にでも突破されてしまったら、三人共アレの餌食だ。いや、その前に廊下側から教室内が丸見えの時点でアウトか。だって今まで見て来たどの教室にも、全身を隠せるような場所は無かったから。
「お姉ちゃん、あそこ!」
後ろからスズカちゃんが叫んだ。見れば、少し先に半開きになっているドアがある。開き戸だ……今まで見た中で唯一の開き戸。もうあそこしかない!
息も絶え絶えに辿り着いた部屋の開き戸を開け、私は中に二人を押し込んだ。そこは────四畳ほどの狭い和室だった。
宿直室なのかもしれない。部屋の中には小さなシンクと古めかしいちゃぶ台、教科書でしか見たことがない分厚いテレビが置いてあった。身を隠せそうな場所は……押し入れくらいだ。
「押し入れの中! 隠れて!」
ドアを閉めながら叫ぶ。ユウジくんが真っ先に駆け出し、押し入れを開けた。と、布団が雪崩のように崩れ落ちてくる。その隙間から捩じ込むようにして、まずはユウジくんが押し入れの奥へと入り、それにスズカちゃんも続く。……間に合わないかもしれない。
私は覚悟を決めると出入口のノブをしっかりと掴み、破られまいと抑え込んだ。それと同時に、ガタガタ……とドアが揺れ出す。────来た!
向こうからドアを開けようとしているらしい。何度も強く引っ張られるけど、負けじとこっちからも引っ張り返す。こうなればもう、力比べだ。絶対に負けるもんか。
「足しか無いクセに……っ! どうやって引っ張ってんの……っ!」
そう毒付きながらも必死で踏ん張り続ける。ここが開いてしまったら……多分私はアイツに上半身を奪われることになるし、下手をすればユウジくんやスズカちゃんにまで害が及ぶかもしれない。こんなところで死ぬわけにも、死なせるわけにもいかないから。
「どっか行けぇぇぇぇぇ!」
私の叫びが通じたのかは分からない。ドアを引く力が急に弱くなった。そして。
ペタ……ペタ……という小さな足音が聞こえ出し、それはだんだんと遠ざかっていった。
ノブからそっと手を離し、ドアに耳を近付ける。足音は全く聞こえてこない。とりあえずはなんとかなった、らしい。
「もう出てきて大丈夫だよ」
私はホッとため息をついたあとで、ユウジくん達にそう声をかけた。僅かに開いた押し入れの隙間から二人がこっそりと顔を覗かせる。
「タマお姉ちゃん、大丈夫?」
のそのそと押し入れから這い出てきたあと、スズカちゃんは心配そうに訊ねてきた。ドアノブを掴んでいた手は力みすぎてジンジン痛いし、疲れて果ててはいるものの、特に怪我をしたわけじゃない。
「大丈夫だよ」
ヒラヒラと手を振って答えると、スズカちゃんは安心したように笑った。
「お姉ちゃんって力持ちなんだね。すごいや」
一方でユウジくんは、褒めているのか微妙なラインの言葉で労ってくれる。苦笑いをしつつもお礼を言い、私は改めて部屋の中を見渡してみた。
最初の予想通り、ここは宿直室なんだろう。薄汚れたシンクの前に立って、試しに水道の蛇口を捻ってみる。さすがに水は出ないらしい。まぁ、仮に水が出たところで飲めないはしないか。それこそ黄泉竈食よもつへぐいにカウントされたら大変だもんね。
押し入れの方からカビの臭いが漂ってきて不愉快だけど、そこを差し引けば休息を取るにはもってこいの部屋だ。
「まだアイツが近くに居るかもしれないし、ここを出るのはもう少し様子を伺ってからにしようか」
私はそう提案して、畳に腰を下ろした。
「二人こそ大丈夫? 怖かったでしょ?」
「うん、ちょっとね」
スズカちゃんが小さく頷く。そのあとで「今のって『廊下を歩く足』だよね!?」と、やや興奮気味に告げた。
「噂の通り、ずっと追いかけてくるんだもん。わたし、ビックリしちゃった!」
「ね! ボク、もうダメだろうなって思ったよ」
スズカちゃんに続けて、ユウジくんも言った。二人共、なんだか妙にテンションが高い。……なんて言うんだっけ。人は恐怖や不安が限界に達すると、防衛本能で笑ってしまうとか、そういうの。強烈なストレスによって自我が壊れるのを防ぐため、本能的に行われるシステムらしいけど────、もし二人の興奮具合がそれのせいなんだとしたら、精神的に危ないところまで来てるってことになるんじゃ……?
「えっ……とさ、二人は同級生なの?」
異様なくらいに明るいテンションで話し続ける二人に対し、私はかなり強引に話を変える。そっち系等の専門知識はまるで無いけど、こういう時の話題は明るく楽しい方がいいはすだ。
「違うよー!」
強引な話題転換を疑問に思っていないのか、スズカちゃんは素直に首を振った。そのあとですぐに「でも友達だもんね!」と続ける。
「うん、友達!」
照れたようにはにかみながら、ユウジくんも頷いた。学年が違うのに友達になれるあたり、さすがは小学生だなぁ。
「そっかぁ。みんなで旧校舎へ遊びに来たんでしょ。仲良しだねぇ」
「ねぇ、お姉ちゃんの友達ってどんな人?」
今度はユウジくんから質問が飛んでくる。ちょっと食い気味だったからびっくりしたものの、話題逸らしには成功したみたいだ。
「そうだなぁ……とても頼りになる人達だよ。ここの出口も私達のことも、パパッと見つけてくれるんじゃないかな?」
二人には希望を持って貰った方がいいだろうし、なんて考えて、そう答えておいた。半分くらい私の願望が入ってるけど、頼りになるのは事実だし、ちょっとの誇張は許して貰おう。
「お友達って男の人? 女の人?」
スズカちゃんも興味津々といった様子で訊ねてくる。「どっちも男の人だよ」と答えると、ぱっと表情が輝いた。
「そうなの? じゃあ、どっちかはお姉ちゃんの彼氏?」
「え? あはは、そんなんじゃないよ、全然」
「なんだぁ、つまんないのー」
そう言って唇を尖らせるスズカちゃんに、思わず笑ってしまう。こんな話題で二人の気が紛れてくれるなら喜んで提供するけど……ふふ、マセてるなぁ。




