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旧校舎の七不思議 弐

 旧校舎の中は、不気味なほど静まり返っていた。


 窓の外に目を向ける。空が赤いペンキを塗りたくったみたいに、不自然なほど真っ赤に染まっていた。夕日とはまた違う、異常な空の色をみて、やっぱりここは現実から切り離された世界だと確信する。

 窓に手をかけてみた。けど、なんとなく心のどこかで予想していた通り────、どんなに力を込めても開かなかった。勿論、鍵がかかっていた、なんて間抜けな話だったわけもなく。まるですごい力で押さえつけられているみたいに、ビクともしないのだ。

 これは閉じ込められたな、と思った。その割には冷静で居られてるんじゃないだろうか。いや、正直に言えば、かなり焦っている。こんな場所に一人きりだなんて恐ろしくて仕方ないし、今だって手が震えてるくらいだ。けど、ここでパニックになっても碌なことにならないって分かってるから。


「さてと」

 私は大きく深呼吸をした。ずっと無音なのは精神的にもきついから、どんどん独り言を呟いていこう。

 居なくなった子供達もこっちに飛ばされたのかな。もしそうだとしたら、このまま歩き回っている内に会えるかもしれない。

「……そうは言っても」

 私は廊下へと視線を移した。一直線に続く廊下の長さは、ざっと見ても百メートル近くありそうだ。ついさっき旧校舎を外から見た感じだと、二階建てで、確かに横長な建物ではあったものの、絶対にここまで長くはなかった。あったとしても精々三十メートル程度だったと思う。それに、さっきまでは無かったはずの曲がり角まで出現しているみたいだ。

 つまり、明らかに広くなっていた。

「ゲームに登場するダンジョンみたい」

 そんな風に考えながら、一番近くにあった教室の室名プレートへと目を向ける。どうやら六年生の教室らしい。らしい、と表現したのは、学年の後に続く組名が読めなかったから。普通なら一組とかA組とかって続いていそうなのに────そこに書かれていたのは見たことがありそうで無さそうな、それでいて次の瞬間にはどんな字だったか忘れてしまいそうな────よく分からない、漢字のような何かだった。

 ため息をついて、今度はポケットにしまっておいたスマホを取り出す。画面に表示された時間は四時四十四分。なんとも不吉な時間だ。でも重要なのはそこじゃなくて。

「圏外、か」

 やっぱり電波は届いていないみたいだった。まぁ、この感じで外と連絡が取れる方が驚いていたと思うから、そこまでの衝撃は無い。それでも困るものは困るわけで。

 状況からして、恐らくとんでもない広さになっているこの校舎の中を、居るかも分からない人達を探して歩くのは骨が折れそうだ。何か印を残しておくのが得策かもしれない。例えばそれこそゲームのように、メモ用紙に走り書き、みたいな。


 ぞくり、と背中に寒いものを感じた。勢いよく振り返る。そこにいたのは────ランドセル姿の子供達だった。男の子と女の子がそれぞれ一人ずつ。女の子の方は花柄の可愛らしい手提げ鞄を胸元に抱き締め、不安そうな顔をしていた。

 ついさっきまでは居なかったはずなのに……どこかの教室から出てきた、とか? 思わず身構えたものの、それは向こうも同じらしい。

「誰?」

 男の子は女の子を背後に隠し、こちらには警戒するような瞳を向ける。行方不明になっていた子達なのかな。それにしてはさっき、アイツらとよく似た気配を感じたけど……。

 こっそりと右目を覆ってみる。どちらも消えずにそこに居て、私を見ていた。って言うことは、どっちもちゃんと生きてる人間ってことだよね。さっき感じた気配は考えすぎだったのかな。気が張ってるせいで、いつもより感覚が鈍っているのかもしれない。

 私はホッとひと息ついて、彼らの前にしゃがみ込んだ。それから安心させるためにも視線を合わせ、ニッコリと笑ってみせる。

「私、タマっていうの。せんぱ……お友達と一緒にここに来たんだけど、はぐれちゃって、一人で困ってたんだ。キミ達は?」

 校長先生曰く、行方の分からない子供達は、男の子が三人と女の子が一人の、合計四人。この子達がそうなら、あと二人は居るはずだ。

「おんなじ。わたしもはぐれたの」

 そう言って、女の子は小さく微笑んでくれる。少しは警戒を解いてくれたのかもしれない。私は「そっか」と優しく頷いた。

「じゃあさ、一緒にお友達を探さない?」

 私の言葉に二人は困ったように顔を見合わせる。

 うーん、やっぱりだめかな……怪しいことこの上ないもんね。だってこれ、誘拐犯の手口みたいだもん。私も小学生の頃、「一緒に行こう」って声をかけてくる知らない大人にはついて行かないでねって言われてたの、よく覚えてるし。

 そんな風に考えあぐねていると「いいよ」と女の子が頷いた。良かった、断られたらどうしようかと思っていたところだったから。

「……ボクはユウジって言うの。で、こっちは」

「えっと、スズカ」

 男の子────ユウジくんの視線に促されて、スズカちゃんも名乗ってくれる。

「ユウジくんとスズカちゃんだね。二人はどうしてここに居るの?」

「旧校舎の七不思議を調べに来たの」

 スズカちゃんが答える。聞いていた通りだ。

「そしたら『四時四十四分のチャイム』が鳴ってね、気付いたらみんな居ないし、旧校舎はうんと広くなってるし、窓もドアも開かないしで、どうしようかなって思ってたんだ」

「チャイム……」

 私と経緯が似てる。チャイムが鳴った時間までは分からないけど、と思いつつスマホを確認する。四時四十四分だった。……おかしい。さっき見た時も四時四十四分だったのに。スマホが壊れた? それともまさか、時間が止まってる?

「タマお姉ちゃん?」

 スズカちゃんが不思議そうな顔をしていた。私は「なんでもないよ」と笑う。


 そうだ、校長先生が〝神隠し〟にあった時、旧校舎で少し遊んだだけのつもりだったのに現実では三日も経っていた、って言ってたっけ。こちらでは時が止まっているせいで体感的には「ほんの少し」でしかないけど、向こうでは時が進んでるから「実は何日ぶんも過ごしている」って考えると、辻褄が合う話になる。

 つまり、校長先生も昔、本人はそうと知らないまま、この校舎に閉じ込められていたんじゃ……? でもどうやったのかちゃんと抜け出した。ってことは、この世界から向こうへと帰る方法が存在するってことだよね?

 それを知るためにも────それから残りの二人を見つけるためにも、校舎内の探索は必須だよね。とりあえず、ユウジくん達には実は昨日から行方不明になっている、とは伝えない方向でいこう。変に怖がらせるのは良くないし。


「私もそのチャイム聞いたかも。さっき『四時四十四分のチャイム』って言ってたけど、もしかしてそれがスズカちゃんが言ってた七不思議?」

 私の質問に「そうだよ」とスズカちゃんは頷く。

「じゃあさ、歩きながらでいいから、他の七不思議も教えて欲しいな」

「いいよ」

 スズカちゃんが頷いて、ゆっくりと口を開いた。







  △△△







 まずひとつ目は『旧校舎に響く四時四十四分のチャイム』。

 旧校舎のチャイムはもう鳴らないはずなんだけど、夕方の四時四十四分に鳴ることがあるんだって。それを聞いた人は異世界の中に閉じ込められちゃうらしいんだぁ。

 ねぇねぇ、ここってやっぱり異世界なのかなぁ。空の色がすごく気持ち悪いし、旧校舎も変な風になってるもんね。


 ふたつ目は『動く骨格標本』。

 この学校の理科室にある骨格標本は、ホンモノの骨を使って作られてるらしいよ。だから生きてる人間を見かけると、皮膚とか内臓が欲しくて襲ってくるんだって。

 もし捕まっちゃったら、全部剥ぎ取られて、骨だけにされちゃうんだよ。そしたら、代わりの骨格標本として過ごさなきゃだめなんだ。そのせいで理科室の骨格標本は、ときどき大きさが変わってることがあるんだって!


 みっつ目は『トイレの花子さん』。

 トイレの三番目のドアを三回ノックしてから「花子さん、遊びましょ」って声をかけると、赤いスカートを履いた女の子のオバケが出てくるの!

 花子さんは寂しがりのオバケだから、遊んであげると喜んで、願い事や頼み事を聞いてくれるらしいよ。でも逆に怒らせるようなことをすると、トイレに引き摺り込んじゃうんだ。

 怖いけど、怒らせるようなことさえしなきゃ大丈夫だよ!


 よっつ目は『廊下を歩く足』。

 もしも廊下を歩いている時に後ろからパタパタって足音が聞こえたら……その時は急いで逃げなきゃだめなの。後ろから足だけのオバケが歩いてきてるから。

 そのオバケは交通事故に遭って、上半分が無くなっちゃったんだ。だからいつも体の上半分を探してる。足音が聞こえてきたら、急いで逃げて体を隠せるような場所に逃げ込まなきゃいけないの。そうしないとそのオバケに上半分を持って行かれちゃうんだって。


 いつつ目は『嘘嫌いのマコト先生』。

 放課後の校舎を見回っている先生が居たら、それはマコト先生だよ。

 マコト先生は嘘が大嫌いなの。だからマコト先生に会ったら、絶対に嘘をついちゃいけない。本当のことだけを話せば大丈夫だけど、もし嘘をついたら殺されちゃうんだって。


 むっつ目は『放課後のニセモノ』。

 夕方の旧校舎にいつまでも残っていると、自分ソックリな人間に会うことがあるの。その人は自分のニセモノで、ホンモノの自分と成り代わろうとしてるんだって。つまり、もしソイツに会っちゃったら、ホンモノの自分は消えちゃって、ニセモノの自分がホンモノとして外に出て行くことになるんだよ。

 だから夕方になったら、なるべく早く旧校舎から出た方がいいんだって。


 ななつ目は『旧校舎のサトミさん』。

 サトミさんはどんな姿をしてるのか、旧校舎のどこに出るのかも分からない、謎のオバケなんだぁ。ただ、ずっと昔に旧校舎で行方不明になって、まだ見つかっていない子のオバケだって言われてる。

 サトミさんには会っちゃだめ。サトミさんは一人ぼっちだから、誰かにずっと一緒に居て欲しいの。だから会ったら最後、おうちに帰して貰えなくなる。永遠のお友達になっちゃうんだ。逃げる方法は無いから、とにかく会わないようにするしかないんだって。

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