間話 ワイアット
古い友人の頼みで彼の屋敷に行った。
アイザックには借りがあったので、どうしても一度は頼みをきかなくてはならなかったのだ。
そこで初めてユアと会った。黒髪黒目という、かなり珍しい少女だ。文献にあった転移者だろうか。
私は初対面でのいつも通りの冷徹な表情を作り(数時間後にはあっけなく素をさらしてしまうのだけど)言われた通りに一メートル四方の氷の箱を作った。
ユアはミルクに砂糖や卵黄を混ぜ合わせたものを何度も氷の箱に入れたり出したり繰り返した。
いったい何を作っているのだろう?
食材だから食べ物だろうという事は想像つくが……。
しばらくしてできたそれを、みんなで試食する。
ユアは私にも『アイス』というものを手渡した。
高価な物や珍しい物、時には美女を使って高位魔法使いの私を利用しようとする者は多い。
しかしユアからはそんなものは全く感じられなかった。ただただ美味しいものをみんなで食べようという気持ちしかないように思えた。
実際その『アイス』はとてつもなく美味だった!
「私の魔法でこんな事ができるとは……。これは奇跡の食べ物です!これに私が携われたなんて!」
思わず興奮して声高に言ってしまった。
今まで、魔法といえば攻撃にしか使われてこなかった。魔法使いは戦で多くの命を奪ってきた。それは当たり前の事だったけれど、私には惨たらしく辛い事だった。
魔法をあんな悲惨な事に使うより、食べた者を笑顔にできるこちらの方がいい。私はとても幸せな気持ちになった。
アイスの後に食べた『プリン』というものも絶品だった!
私は甘いものが大好物なのだ。
ユアがスイーツといっている菓子の他に、料理も今まで食べた事のない珍しいものばかりだった。しかもどれもすこぶる美味いのだ!
私は理由をつけてアイザックの屋敷に通った。
そのうち理由がなくても通うようになった。
「食べる分は働いてもらいます!」
ユアはなかなか厳しい。高位魔法使いの私に、こんな物言いをする者はいない。
転移者だからかこの国の常識は今ひとつのようで、少し怖いもの知らずのところがある。
だけどポンポンと話しかけられる事は気分がよかった。
私は平民の出だ。幼い頃に強い魔力を待っているとわかってから、ずっと宮廷で魔法の修行に励んできた。
今はもう両親も他界している。
アイザックの屋敷に通ううちに、そこに暮らしている若い子たちもユアと同じように私に接してくるようになった。
遠い昔、幼い頃を思い出して懐かしい。
そのうち菓子や料理も一緒に作るようになった。
教えてもらえるならユアは師匠だ。そう呼ぶと、ユアは「ここでもか」と苦笑いした。別のどこかでも師匠だったのだろうか。この腕ならさもありなん。
私にはすでに魔法の師がいる。紛らわしいので心の中では師匠と思いつつ、声に出してはユアと呼んでいる。
それから半年も過ぎた頃だろうか、我ながら驚いた事に、どうやら私に恋人ができたようだ。
一緒に料理や菓子を作っているうちに、ユアとは違う少女と気が合うようになった。
明るい茶髪に澄んだ水色の目、スラリとした肢体。清楚な美少女は今まで周りにはいないタイプだった。見た目と違って豪快で人情家なのも好ましい。
欲や、あらゆる計算が見え隠れする貴族のご令嬢ばかりを見てきた私には、損得なしのアシュリーやユアは貴重に思えた。
長い間生きてきて、女性を好きになった事はない。初めて結婚したいと思う女性ができた。アシュリーと一緒に生きていきたい。
だけど私たち高位の魔法使いは魔力のない人間とは命の時間が違う。いつまでも姿の変わらない私を、アシュリーはどう思うだろう。
それに―――
二十歳くらいの容姿をしていても、私は八十年以上を生きている。
十六歳から見たら対象外のじじぃだよな……。
おっと、本音が。心からの独り言は元々の言葉になってしまう。
宮廷に上がってから矯正させられた言葉遣いはすっかり身についていたというのに。
求婚するには勇気がいる。
ジェイの事を笑えなくなった。
彼女たちと出会ってから、アイザックの死や、レストランの開店や、フロース祭で歌姫との出会いなど色々な事があった。
日々は新しい発見に満ちている。
我が師の時間も動き出した。
私が大魔導師と呼ばれる彼の方に師事し始めたのはまだ三十年ほどだけれど、師はいつも遠くを見ているような方だった。
身体はここにあっても心はどこか遠くにあった。話しもするし教えを乞う事もできたけれど、知識を与えはすれど感情はほとんど見られなかった。
それでも他の者より親しくさせてもらえているのは、平民出という共通点と、師には及ばないけれど膨大な魔力量のおかげだと自負している。
ジェニファーとはユアたちの店で紹介された。その時にはまだ師との間柄を知っていなかった。後から知って驚いた。
世間は狭い。本当に、縁というものがあるのかと不思議な気持ちになった。
千年祭で再会…… したらしい、ジェニファーという少女と師は、どうやら二百年前からの因縁があるようだ。
師が二百年もの間、心を失くす原因になったと思われる、相手……。
らしいとか、ようだとか、私の勝手な推測なのは、師から何も聞かされないからだ。
ジェニファーと再会してからの師は、僅かでも表情が見られるようになった。声に感情も聞こえるようになった。
二百年は長い……。
孤独にいきてきた師には幸せになっていただきたい。
アシュリーという女性を知って、幸せを知った弟子の出すぎた願いだとわかっていても。
転移者だからか、ユアを中心に人が集まるように思える。そしてその人生に影響を与えているように見える。
生活や生き方や未来といったものが良い方に変わっていると感じられる。
だからまた、新しく広がる未来に進もうとしているユアたちに期待する。
ユアたちは、我が師を巻き込んで国の最南の港町まで行くという。
私たちはしっかり留守をしているから。
菓子作りは魔法を作るより楽しい。アシュリーと新しい菓子を作って待っていよう。
私は愛しい人を見て笑顔になった。




