間話 ジェイ9
「俺と結婚してください!!」
言った!ついに言ってしまった!!
俺だってやればできるんだ!!
そういえば小さい頃、やればできる子だと言われていた。
何故かそんなどうでもいい事を思い出しているのは、かなりいっぱいいっぱいだからだ。
わかっている。ちゃんとわかっている。俺は冷静な男だからな!
求婚してから一分足らずの間にごちゃごちゃ考えたけど
……ユアの沈黙が辛い!
ダメだ、もう待てない!!
「もちろん今すぐじゃなくていい!! あの…… い、い、い、やって返事、、、も、あるのか、な?」
「はい」と言ってもらえると思っていたから、沈黙は相当なダメージだった。返事を催促する言葉は、だんだんヘタレてきた。
はっ! お断りの返事だったらどうしよう!!
俺は悪い方悪い方へと心が傾いていった。
動悸がはんぱない!過呼吸で死にそうだ!目も泳ぎまくっていて焦点が合わない!
どうしよう!ユアが嫁になってくれなかったら、生涯独身どころか即死できる自信がある!!
もう一秒も生きていられないと思った瞬間、盛大に吹き出すユアの笑い声が聞こえた。
「私も結婚するならジェイがいい!だけどもうしばらく待ってくれる?私の感覚だと、精霊界にいった時間はカウントされてなくて、私の中身は明日で十六歳なの。十六歳で結婚って、私の常識じゃ早すぎてありえないんだ。まずは恋人でよろしくお願いします!」
赤くなったユアが頭を下げて手を差し出した。
どういう意味の行動だ?ユアの国の求婚への返事の動作だろうか?なんて、まず動きに目がいった。
あ。焦点合ったわ。
それから、言われた意味が頭を回る。
こ、こ、恋、恋… 恋人って言った?
結婚するなら俺がいいって言ってくれた?
待ってって事は、待ったら結婚してくれるって事でいい??
「あぁぁ!!ありがとう!!一生大切にする!!」
俺はユアの手を引くとギュッと抱きしめた。
幸せすぎて死にそうだ!お断りされても、承諾されても、ちょっと微妙な中間でも、どんな返事をされても死にそうになってるよ!
俺は生涯ユアには敵わないと悟った。
それからレストランの開店準備や、開店してからの色々で、日々は忙しく過ぎていった。
愛しい子が想いを返してくれて、側にいてくれるという幸せな毎日。
時々、離れていた二年は夢だったんじゃないかと思うほど、ユアとの生活は満たされていた。
だから、フロース祭で歌姫と歌った時、その後連れていかれた宿屋で二人が話していた、聞いた事もない言葉に、冷水をぶっかけられたような衝撃があった。
どこか懐かしそうに、少し切なそうに、嬉しそうに話すユアと歌姫。
何故か確信めいて、そうだとわかった。 ―――歌姫は、ユアと同郷の人だ。
ユア、何を話しているのかわからないよ。
そんな顔をしないでくれ。
そんな風に笑わないでくれ。
家族を恋しがらないで
帰りたいと思わないで
ユア、どこにも行かないで……
ひどい男だよ、俺は。
ユアがどれほど家族を思っているか知っているのに、そんな風に思ってしまうんだから。
それでもユアが好きなんだ。
ユアじゃないとダメなんだ。
ぐるぐる回る言い訳の言葉。
せっかくの誕生会だけど、賑やかなみんなと一緒にはいられなくて、ユアとアシュリーが出て行ったタイミングで俺も食堂を出た。
月明かりに誘われるように店先の椅子に座ってぼんやりする。
ぼんやりするといっても、ずっと同じ事ばかり考えているんだけど。
どのくらいそうしていたか。
ふいにユアが隣に座った。
何を話していいかわからない。
二人もと黙ったままでいると、ユアが小さな声で歌い出した。
言葉はわからなかったけど、何となく懐かしいようなホッとするような曲だ。言葉がわからないからユアの国の歌だと思って聞いたら、やっぱりそうだった。
淡い月明かりの下で、ユアは消えてしまいそうだ。
実際そんな事はないんだけど。
いや、わからない。
突然こっちの世界に現れたユアは、また突然元の世界に戻ってしまうかもしれない。
あぁ、ダメだな。
今俺すごく心が弱くなってるよ。
俺はユアのいなかった二年を思い出す。
真っ暗で絶望と隣同士の辛くて苦しかった日々。
またユアがいなくなったら会えるまで探し続けるけど。
それしかできないけど……。
心が、耐えられるだろうか。
あぁ、情けないな。
ユアがいなくなると考えただけで手が震えてるよ。
「ジェイ?」
心配そうなユアの顔。今俺どんな顔をしてるんだろう?
大丈夫。俺は大丈夫だよ。だからユア、心配するな。
安心させたくてユアの手の上に自分の手を置いた。
安心させたかったのにな……
重なった手が愛しくて、弱音が零れてしまった。
「ユアが歌姫と話してる顔がすごく嬉しそうだったから…… 故郷を思い出していたんだなとか…… やっぱり帰りたいよな…… とか」
みっともなく手は震えたままだし、弱音は零すし、情けなくて俯いた。
愛想つかされたらどうしよう、なんて自虐的に思っていると、突然ユアが立ち上がった。
わっ、本当に愛想つかされた?
「ユア?」
焦って見上げた俺を、ユアは抱きしめた。
え? え? え?
いったいどうなってるんだ?
愛想、つかされ……
「不安にさせてごめんね。ジェイが好きだよ。元の世界の家族と同じくらい大切に思ってるし、家族とは違う気持ちで、すごく大好きだよ」
ユアが一生懸命言葉を紡ぐ。回された腕に力が入る。
言われた言葉はすぐには理解できなくて、でも意味がわかると――
俺はユアを強く引き寄せて抱きしめていた。
こんな情けない男を好きだと言ってくれた。大切な家族と同じに思ってくれてると。
伝えてくれた想いと一緒に、抱きしめてふれ合っている柔らかさとか温かさとか、ユアの存在を強く感じる。
しっかりしろ!
俺はユアを抱きしめたまま気合を入れた。
ユアが突然元の世界に戻ってしまうかもしれないという不安は、きっと死ぬまでなくならないだろう。
それでもユアが好きだから。ユアと一緒にいたいから。俺は強くならなくてはいけない。
ユアと生涯を共にするなら、くよくよしていちゃ幸せになれない。もしもの時も笑って見送れるくらいになれなくちゃ、好きだと言ってくれた女の子に何も敵わないままだ。
まだまだすっかり吹っ切れた訳じゃない。
強気になるには、ユアに関して俺はちょっとヘタレだからなぁ。
でも決めたからはそうなってみせるよ。
俺は心に強く誓った。
その後、たまにはちょっとビクついたりもあったけど、ユアとは死ぬまで一緒にいられた。
ユアに似た可愛い娘も三人授かったし、変わらない想いで愛する嫁さんと過ごす事ができた幸せな人生だった。
あの日、ユアと出会えて本当によかった。
神様なんて信じちゃいないけど、もしもいたなら、神様に……
やっぱり俺を幸せにしてくれたユアに感謝だな。




