40話 クッキー売りと配達の少年 2
真夏で暑いし、朝早くから頑張っていたアイザックさんには先に帰ってもらおうと思っていたら、ナイスタイミングでリアンさんがお迎えに来てくれた。
見送る私を見てアイザックさんは、
「ユアは帰らんのかね?」
「私はあの子を待っています。絶対って言っていたし」
「子供の言うことじゃよ。駄賃もあてにはならんし。……気がすんだら帰ってくるんじゃよ」
私の表情を見て、アイザックさんはリアンさんと帰っていった。
瓶の中にはお取り置きのクッキーが一枚。
たまに通りがかりの人に声をかけられちゃうから瓶を下げて、私はひたすら待っていた。
どのくらいたったか、目の前によく冷えた果実水が差し出された。
「ラック……。ありがとう」
私は笑顔で受け取って、冷たい果実水を飲んだ。
あぁ〜、熱くなっていた身体に染み渡るわ〜!
「ユア……」
「うん、もうちょっとだけ待ってみる。あの子、仕事の途中って言ってたし、まだ配達してるかもしれないでしょ?」
ラックの言いたい事はわかるけど、あんなに何度も絶対と言っていたトーイを待たずに帰るなんてできないよ。
とりあえず気がすむまでは待っていたい。
ラックは無言で隣に座った。
私は飲みかけだけど、まだ冷たい果実水をラックに渡す。
「ありがとね。ラックも飲んで、暑いでしょ? サンドイッチは食べたの?」
ラックは頷くと、果実水を一口、二口飲んで私に返してきた。
それからたまに話しながら、辺りが赤く染まる頃まで待っていた。
もう来ないかもな……。
「仕事中って言ってたし、思うようにはならないよね。しょうがない、そろそろ帰ろうか」
帰り支度を始めると、遠くから小さな駆け足の音が近づいてきた。
夕焼けを背に必死に駆けてきて、トーイは私の前で力尽きたように膝をついた。真っ赤な顔で、息も絶え絶えって感じに心配してしまう。服の上から水を浴びたように汗びっしょりだった。
私はトーイの息が整うまで、簡易うちわで扇いであげた。
簡易うちわとは字の通り、記憶にあるうちわを何となく形作ったものだ。この真夏にエアコンも扇風機もないんだもん!
出来はまぁまぁで、思ったより涼しく過ごせている。
ちなみに、色違いで家族(といっちゃう!)みんなの分を作ったよ!
しばらくしてやっとトーイの息が落ち着いてきた頃、目の前によく冷えた果実水が差し出された。デジャヴ?
「ジェイ!どうしたの? ありがと!」
遅いから迎えにきたと言うジェイに驚いたけど話は後にして、私は果実水を受け取ると、いい?と目で問いかける。
ジェイが笑ったからトーイに差し出した。
「喉が渇いたでしょ? 飲んで」
トーイは疑うように瞳を揺らしたけど喉の渇きには勝てなかったらしく、それでも躊躇するように口をつけた。
飲み始めたら、あっという間に飲み切っちゃったけどね!
「遅くなってごめんなさい! 最後の配達は遠かったんだ。急いだけどこんなに遅くなっちゃって、もういないかもと思ったけど、昼間のあれがすごく美味かったから、妹と弟にも食べさせてやりたくて……」
妹弟を思い出してるのか、疲れた中でも優しい表情で言う。
うぅぅ、お姉ちゃんこういうのに弱いのよ。
ええ子や〜!と、何故か関西弁になってみた。
「お仕事お疲れさま!遠いのに走ってきてくれたのね、ありがとう!次からはどんなに遅くなっても待ってるよ。約束にこんなに一生懸命になってくれる子だって知ったからね」
トーイは真っ赤な顔のまま、ポカンと口を開けて私を見た。
それからみるみる笑顔になった。
はにかむような笑顔に、お姉ちゃんやられちゃったよ!
「それに商売は信用第一!お客さまのご依頼にはお応えしなくちゃね♪」
私は最後の一枚のクッキーを、トーイはポケットから銅貨を一枚出して交換した。
「ありがとうございます!どうぞごひいきに♪」
「ありがとう!おれ、駄賃をもらった日は必ず買いに来るから!だいたいの日は貰えるんだ!また明日も来るから!」
一生懸命に宣言する姿が可愛くて可愛くて、私はギュッと抱きしめたくなった。
「「ユア」」
ジェイとラックからストップがかかる。
あら、何かわかりましたかね?
だって弟にかぶるんだもん。ラックは大きくなっちゃったしさ。
それから、薄暗くなってきたので早くお帰りなさいとトーイを見送ってから、私たちも帰路についた。
クッキーの露店販売は、初日にしては成功だったと思う。
明日はもう少し数を増やさなくちゃだね。
次の日はアシュリーと二人でクッキーの販売に行った。
私とアシュリー、どちらかが家事、どちらかが販売をする事になるから、アシュリーにも実際に売ってもらわなくちゃなのだ。
といっても、ここら辺は女の子一人ではちょっと心配らしく、ラックと一緒にいる私の方が販売担当が多くなると思われる。
アシュリーはアイザックさんの体調のいい時に一緒に販売してもらう事になっている。
昨日と同じ場所に、少し大きめな木の台を置いてクッキーの入った瓶を置く。
それより小さい木の台ふたつは椅子代わりで、アシュリーと二人で並んで座る。
敷物の上に直に食べ物を置くのはイヤだったし、座るのも地熱がけっこう熱いんだもん。椅子はだいぶいい。
開店する(といっても、台にクッキーを置いて座るだけだけど)前から人が集まりだしてきて、私たちが座るとさっそく声がかかった。
「昨日すごく美味しかったから、今日もひとつちょうだい」
そんな風に言われて、次々に売れていく。
いや〜、嬉しいね!今日も十時くらいにきたけど、一時間もたたずに売り切れてしまったよ。一応数も五十枚と増やしてきたんだけどね。
さすがにこれ以上増やせない。すでに材料費にもなってないからね。
それなら教会に寄付みたいな感じにすればいいじゃないかと思われるかもしれないけど、アイザックさんは自分で買ったものの味は格別だからと、がんばれば子供でも買える値段でここで販売したいと言った。元々私が言い出した事だし異論はない。
それに、そういうのわかるよ!
私もお小遣いをためて、初めてプレゼントした時の事は忘れられないもん。……ちょっと違うか。
売り切れてしまったけど、私たちはおしゃべりをしながらそこにいる。いつ来るかわからないけど、トーイの分をちゃんと一枚お取り置きしてあるからね!
だけど……。トーイを待っててあげたいけど、毎日こんなに早く売り切れちゃうならちょっと困ったぞ。
ただここで時間を潰すわけにはいかない。売れないなら売れるまでいる理由になるけど、そうでないならお屋敷の方でやる事はある。
二人抜けるのは痛手になっちゃうからね。やる事はたくさんあって人手はいるのだ。
お昼になって、アシュリーとサンドイッチを食べている。
今日も暑いな〜と空を見上げると、夏らしい青空が広がっていた。
そういば最近は忙しがって空を見上げるなんて事なかったな……。
「ユア、どうしたの?」
空を見上げたまま黙ってしまった私を訝しんで、アシュリーが声をかけてきた。
「うん、空が青いな〜と思って」
「空なんて青いに決まってるじゃない?」
「そうなんだけど……。こんなに何もしないでいるの、久しぶりじゃない?」
にへら〜と、力の抜けた笑顔で言ってみる。
アシュリーは私の顔を見ると噴出して言った。
「暑いけどね!」
色々気負わずゆっくりいこう。
私は力を抜いてそう思った。知らないうちに気が張っていたみたい。気づけただけムダな時間なんてないよね。
それからしばらくして、トーイが走り寄ってきた。
「今日は早い時間に駄賃がもらえたんだ!ひとつください!」
「お疲れさま! はい、とっておきましたよ!」
クッキーと銅貨を交換する。
アシュリーを見たトーイは、走ってきて赤らんだ顔とは別の赤味を増した。
アシュリー可愛いからなぁ。やっぱりアシュリーは看板娘決定だね!
配達の途中なんだ!と走り去りそうになったトーイを慌てて引き留める。
「ちょっとだけごめんね!クッキーの売れ行きが思ったより早くてお昼前には売り切れちゃうの。そうした日は待ってる事が難しいんだけど……、配達は王都内を回っているの?」
トーイはちょっと惜しそうな顔をして頷いた。
あぁ、そんなにクッキーを楽しみに思ってくれてるんだ。
私はとっても嬉しくなって、ひいきとわかっていても言ってしまった。
「ここに私たちがいない時は、私たちの家の近くに配達に来た時による事はできる?それならお取り置きしておけるんだけど……。来られなくても大丈夫!うちには食いしん坊がいるから残っちゃう事はないの」
アイザックさんのお屋敷の場所と特徴を言うと
「あぁ、あのお屋敷ね! えぇぇぇぇ!!」
と驚いていた。
でも場所はわかったから、ここで会えなかった時はアイザックさんのお屋敷で販売という事になった。
トーイを見送って、二日目の販売も終わったし、さぁ帰ろう!
トーイとはこの後長いお付き合いになる。
もっというと、縁者にもなったりして。
でもそれはもっと先の話。
ワイアットさんやトーイ、この世界での知り合いも増えていく。
嬉しいね!




