20話 依頼終了
翌日、朝食が一段落した厨房で、私はスイーツの下準備をしていた。
スイーツといってもたいしたものではない。それほど腕はないし、だいいち材料もないしね。
卵液にパンを浸すだけ。
うちで作るときは一晩浸すんだけど、ここは冷蔵庫もないし、季節は夏だし。浸したら涼しい所に何時間か置いておく。
料理長さんに作り方を最初からしっかり見てもらう。簡単だから一回見たら覚えられるフレンチトーストだ。
ラヴィーニア様が気に入ってくださったら、これから料理長さんに作ってもらわなければならない。
下準備をしたら洗濯場に行く。
ステラさんたちにお別れを言うと、涙目で抱きしめられた。
もらい泣きしちゃうよぉ!
洗濯場の次は広い庭園に出て、庭師の皆さんにもお別れを言う。
皆さんたった一ヶ月くらいの付き合いの私に、元気でと温かい言葉をくれた。
その他、廊下で会う人会う人にお別れの挨拶をする。
領館にいた間、歩き回っていたせいで私はなかなか顔が広くなっているのだ。
そして午後のお茶の時間になる少し前、私はたっぷりのバターで卵液に浸したパンを焼く。
砦でお料理教室をしたおかげで、ガスでもIHでもない竃の火にもだいぶ慣れた。
外はサックリ、中は多分ふんわり焼けたと思う。
その上からハチミツをとろ〜り、たっぷりと♪
我ながら美味しそう!
熱々を食べてもらおうと、急いでラヴィーニア様の部屋に持っていった。
「美味しい……」
ラヴィーニア様は一口食べるとそう言って、後は黙々と食されている。
美しい人は食べる所作も美しい……。
女同士なのに見惚れてしまう。
食べ終わって満足のため息をつくラヴィーニア様に問いかけた。
まぁ、見てたらわかるけどね!
「気に入っていただけましたか?」
「とっても」
「よかったです。レシピは料理長さんに伝えてありますから、こらからもお好きな時に食べられますよ」
ラヴィーニア様はとても喜んでくれた。
女性の(女性だけじゃないか)甘い物好きは、どこの世界でも同じなんだね!
それでは長い間お世話になりましたと、最後の挨拶をして退出した。
お世話になったのは誘拐されたからだけどね!
その後私は厨房に戻って、今度は料理長さんと一緒にフレンチトーストを焼く。
さすがは料理長さん。一度見ただけなのに、とっても美味しそうに焼けた。
料理長さんが焼いた方は半分に切って二枚のお皿にのせる。
その一枚は料理長さんの試食の分。
もう一枚と、私が焼いた一人前のお皿を持って、私は部屋に戻った。
ここに来てからずっと、どこに行くにもたいていケイトさんは私と一緒にいる。護衛だからね。
そのケイトさんと、部屋で待っていてもらったラックにテーブルについてもらう。
ケイトさんは(元)奴隷と一緒の部屋にいるのを、最近では諦めてくれている。
もう少しの辛抱と思っているのかもしれない。
出来立て熱々のフレンチトーストを二人の前に置く。
「ケイトさん、短い間でしたがお世話になりました。こちらの世界の常識を知らずに、ずいぶん迷惑をかけたと思います。
私は身近に女の人にいてもらってとても安心できました。ありがとうございます。
私にできるお礼は料理を作る事くらいです。どうぞ食べてください」
きちんとお礼を言いたくて敬語になった私に、ケイトさんはビックリ顔で、
「でも攫って……」
と小さく呟いた。
うん、まぁそうなんだけど。
ケイトさんのせいじゃないし!
「ケイトさん、冷めないうちに食べてよ。ラヴィーニアさまからお許しをもらってケイトさんにって作ったんだから!ユアちゃんの心を込めたスイーツだよ!」
ちょっとおどけて、笑顔で言ってみた。
ケイトさんはラヴィーニアさまの名前を出した事もあって、それではと一口頬張った。
「何これ! 美味しい〜!」
そして食べた途端、キラキッラの満面の笑みになった。
だよね〜!出来立て熱々甘々だもん、美味しくない訳がない♪
この国は甘味は贅沢品みたいだし、めったに食べられない甘い物はさらに美味しいでしょう♪
無言でせっせっと食べ始めたケイトさんは置いといて、私はラックにも声をかける。
「ラック、食べてみて!美味しいよ!」
ラックは安定の無表情。
でも何となくだけど、ちょっとわかるような時もある。今がそうで、ラックは私と手元のフレンチトーストに目がいったりきたりしている。
「それは君の分だよ。大丈夫。誰からも文句は言われないから、安心して食べてみて」
と言ってもまだ、戸惑うように目が泳いでいる。
ラックはご飯も私が勧めて勧めてやっと食べるくらいだから、ケイトさんが遠慮してたのを見たら手が出せないのかも。
しょうがないな〜。
「せっかくラックのために焼いたのに食べてくれないなんて……。ユアちゃん哀しい」
ラックのお皿の方は料理長さんが焼いたけど。細かい事は気にしない。
私は哀しそうにションボリ肩を落とした。我ながらめっちゃ大根で笑える。
だけどこんな大根に騙されたのか、ラックは急いで一口頬張った。
一瞬驚いたような目の色。
無表情なりに小さな変化はあるのだ。
それを発見するのが密かなマイブームになっている。
「美味しい?」
ラックは私を見て、美味しそうに食べているケイトさんを見て……
うん。と頷いた。
よっしゃ!
「お砂糖もハチミツも高価なものだから、次はいつ食べられるかわからないからね! ほらほら、食べて食べて!!」
ラックが食べ始めると、ケイトさんが食べ終わった。
「美味しかった〜!ユアさんありがとう!こんなに贅沢な物が食べられるなんて、一生の思い出になりました」
それはオーバーじゃないか?
でも喜んでもらえたなら嬉しい。
「私の国では、甘い物は頑張った自分にご褒美とかっていうの。もしくは、これから頑張るためにとか。自分を甘やかしてるよね!」
私は笑って言った。ケイトさんも笑って言う。
「わかります。私、何だかこれからも頑張ろうって気になりましたもん」
私たちが笑いながら話していると、ラックが手を止めて私たちを見ていた。
ん? 何に反応したのかな?
ご褒美か? ん〜、と……
「……私は戦がどんなものかわからない。だけど、君は生きてここにいる」
戦争なんてわからない。生き死にが身近にある環境なんてわからない。
よく頑張ったねなんて簡単に言えないよ。
でも……。
戦地で生き残るのは、とってもとっても大変な事なんじゃないかな。想像すらできないけど。
「生きてるだけでお腹は空くしね。これからもがんばらなくちゃだしね!」
だからね、食べていいんだよ。
一瞬。
ラックが泣くのかと思った。
すぐにいつもの無表情だったから、もしかしたら気のせいかもしれないけど。
それから無言でパクパク食べだしたから、本当に見間違いだったかもしれないけど。
さあこれでお礼も挨拶もできた。
明日はプリュネに向かう。四日後にはジェイに会える。みんな元気かな。
私は心置きなくプルヌスの最後の日を過ごして、眠った。
翌朝早く、領館の玄関前に馬車がつけられた。
いつものようにケイトさんが先に乗り(ケイトさんは送り届けるまで護衛をしてくれるって)手を引いてもらう。
乗り込んだ私はラックに手を差し出す。
戦地の砦から何度もこうやって馬車に乗っているのに、ラックは全然慣れない。
いつも少しの間と、覚悟をしてって感じで手を握る。
う〜ん……。
やっぱあれかな、この立派な馬車と御者さんや騎士さんに気後れしちゃうのかな。
そういう私も慣れた訳じゃないけどさ。
私は重ねられた手を引かず、いったん馬車から降りてラックに尋ねた。
「ラック、御者ってできる?」
「荷馬車なら、した事はある」
「じゃあ、お願いしてみよう」
私はせっかく準備してもらった立派な馬車と護衛の皆さんにお詫びを言って、荷馬車で行かせてもらえるようお願いをした。
ケイトさんがまた呆れ顔だ。ごめんね。
出発の時間は少し遅くなったけど、私の希望は通って荷馬車を準備してもらった。
よく走るようにと、お馬が立派なのが笑える。
荷台にはたくさんのクッションと毛布。
普通にありがたいとは思ったけど、後々切実にありがたかったと思い知る。
御者台とか荷台とか、木だから硬いのね。
ケイトさんとラックは全然平気そうだから私がヤワなだけなんだ。鍛えねば…。
何にしても出発だ!
荷馬車は朝日に向かって走り出した。




