第二十七話 愚行
王国――正式名称、ルドック王国――の中心に建つ城。その中にある【円卓の間】には約20名の国の重鎮達が無言のまま渋い顔で円卓を囲んでおり、この部屋の空気は非常に張り詰めたものとなっている。
部屋の中で聞こえる音は、置いてある人の背丈ほどもある大きな柱時計の時を刻む音だけだ。しかし彼らにとってもこの雰囲気は精神的に堪えるらしく、部屋の出入り口である両扉を時折伺うような仕草を見せる。
それから少しして、今まで刻々と時間を刻んでいた柱時計が、身体の芯を揺さぶるような重い鐘の音を響かせる。と、同時に重厚な両扉がゆっくりと開き始めた。それを見て室内にいる全員が席から立ち上がり、扉の奥から現れるであろう人物を最敬礼で迎える。
コツコツとゆっくりとした足音が部屋の中に入ってくる。その足音はそのまま円卓のひとつだけ空けられている席に近付く。
「顔を上げてくれたまえ」
非常によく通る凛とした声に従い、全員がほぼ同時に最敬礼を解く。皆の視線の先にいたのは、金色の髪と瞳が特徴的な精悍な顔立ちをした30代後半くらいの男だった。
男がその身に纏う白を基調とした服には派手な装飾類こそないものの、その衣服だけで今この場にいる誰の衣服よりも価値があるのだろうと感じてしまうほどの物を身に纏っていた。
男は鋭い金の眼光を放ちながら、男から見て右から順に円卓を囲んでいる者全員の顔をゆっくりと確認する。それが一巡すると男は満足気に2度3度頷く。
「どうやら全員揃っているようだな。よろしい、それでは前置きは無しにして早速本題に入ろう」
コホンと1度咳払いをして、男は話を続ける。
「さて、今回諸君に集まってもらったのは他でもない。―――既に城内で噂になっているようだが、皆も既に『勇者を遥かに凌駕する実力を持つ人間』の話を聞いているのではないか?今回はそれに対する今後の対策と方針の決定だ」
男の口から「勇者を凌駕する人間」という冗談でも思いつかないような言葉が飛び出した。
しかし、この場にいるほぼ全ての人間は表情をピクリとも動かさず至って冷静に首を縦に振った。彼らのその反応から察するに、今回の議題はこの問題に関連した物だろうとどこかで分かっていたのだろう。
敏感にもそれを感じ取った男は満足気に口角を上げる。
「……ふむ、やはり私の見込んだ者達だ。ならば話は早い。では単刀直入に言おう。私はこの者を危険分子として『処罰』を下さなればならないのではないかと考えている。……そこで皆に問おう。何か良い提案のあるものはいないか」
男がそう言うや否や一人の大臣が手を挙げた。
「この国にとっての危険分子は速やかに処刑するべきです!事実、国法では危険分子は重罰対象であると、そう定められていますっ!」
他の大臣も続いてそれに同調する。
「同じく!処刑する以外の方法はないかと存じます!」
「すぐさま捕縛し、処刑しましょう!」
この他にも、会議室のあちこちから途切れる事無く『処刑』の単語が飛び交う。
皆はまるで”誰かに無理矢理言わされている”かのように、その危険分子を『処刑』しなければならないと声を揃えて言い続けた。……その光景はまさに”異様”と言い表す他ない。
徐々に勢いを増してくるこの声達に対して、男から制止の合図が掛けられる。
「静粛に、諸君。……さて、では改めて問おう。『勇者を遥かに凌駕する人間』への対処として皆から多く挙げられた『処刑』、これに対し反対意見などある者はいるか。いなければ―――」
その時だった。
「お待ちください、国王陛下」
椅子に腰掛けていた大臣の一人がそう言って、ゆっくりと立ち上がった。
『国王陛下』と呼ばれた男は、想定外の事態に一瞬だけ目を見開いて動揺を見せた。だが、すぐに気持ちを切り替えたらしく、その大臣の顔を見ながら若干眉を顰めた。
「……ピュロス国防大臣。何か言いたいことでもあるのか?」
国王の問い掛けにピュロスはこくりと頷き、真っ直ぐに国王をみつめながら冷静な口調で説明を始めた。
「そのような強大な力を持つ者を味方に率いれない手はございません。出来るのならば自軍への取り込み、或いは相互協力関係を結ぶ事が得策かと。仮にそれらが出来なかった場合は、こちらには一切の敵意はないという事を強調し、友好的な姿勢を維持し続けるべきです」
「そんな力を持つ者が我らに従うと思うか?攻撃される前に先手を打ち、相手よりも先に討ち滅ぼすしかあるまい」
ピュロスの意見を聞いた国王は、眼光を先程よりも一層ギラつかせながら強い口調で言い放った。
しかし、ピュロスは怯まない。
「……陛下のその判断は、失礼ながら早計と言わざるを得ません。もし、その者が我が国を攻撃するつもりがあるのならば、何故我々は今このような会議を開いているのでしょうか?」
ピュロスは言葉を続ける。
「加えて、我々国防省が集めた情報だと、我が国の最高戦力である勇者が数十人がかりでも勝てるかどうかは不明という事でした。……まさに、我々の常識の向こう側にいる存在、と言ったところでしょうか」
『数十人がかりでも勝てるか不明』という驚愕の事実に、会議室内は一時騒然となる。
確かに、ここにいるほぼ全員は既に勇者以上の存在の話を聞いてはいたが、その程度がどれほどなのかまでは把握していなかったのだ。……今の反応を見るに、数人程度の勇者と同等とでも想定していたのだろうか。
だが、ルドック王国の国防省からの情報は極めて信憑性が高い。国防省は国内に留まらず、他国や様々な箇所に張り巡らされた情報網を駆使して、そこから得られた情報をまとめている。これまでにも何度か国防省に予想を立ててもらった事があったが、今まで1度も外れた事が無い。
それを知っているが故に、大臣達は国防大臣ピュロスの話を聞きパニックに陥ったのだ。
しかし、これを国王が「静まれ」と一言声を発しなんとか落ち着かせる。
周囲の大臣達が冷静さを取り戻した事を確認したピュロスは更に説明を加えていく。
「今の大臣達の反応を見れば分かると思いますが、これは我が国の存亡が掛かった件であり、最悪の場合第二の魔王を生み出しかねません。それを未然に防ぐためにも友好関係、或いは協力関係を結んでおく事が不可欠であります。加えて、友好的な関係を結ぶことが出来たならば、結果的に魔王軍に対しての抑止力ともなるでしょう。……しかし、現時点での見解ですが、この者と敵対するような事態になれば、間違いなくこの国は滅びます。しかも……数日単位で」
「い、いくらピュロス殿といっても国王陛下に対して国が滅ぶなどと……!その発言は看過出来ませぬぞ!」
「撤回しろ!冗談では済まないぞ!」
「軍務大臣ともあろう御方がそのような戯言を……。そろそろ職を辞する時が来たのではないですかな?」
あちこちから飛び交う罵声を、ピュロスは表情を変えずに浴び続ける。今、彼の視線の先にいるのはただ一人、国王だけだ。国王を見つめるその目には『この人ならば取るべき選択を間違えないだろう』という確かな信頼が宿っていた。
ピュロスは周りの罵声になど耳を貸さず、国王が次に発する言葉を聞き逃すまいと緊張の面持ちで耳をそばだてている。
数秒の間を空けた後、国王が右の肘から先だけをスっと上げ、興奮している皆を制する。これによって罵詈雑言は徐々に収まっていき、自然と国王に注目が集まる。
ここにいる国王以外の皆が固唾を呑んで、次に国王の口から飛び出す発言を待つ。
そして、国王の口が徐に開かれた。
「敗北主義者だ、連れていけ」
たったそれだけ、国王がそう言うと同時に皆が入ってきた入口の両扉が開かれ、奥から銀色の甲冑を身に纏った兵士二人が現れた。
その兵士達は素早くピュロスの両脇に移動すると、無言のまま拘束する。どこか諦めた様な表情のピュロスは一切の抵抗もせず、拘束を受け入れた。
そして去り際、ピュロスはこう言い残した。
「―――五感全てを研ぎ澄ませ。そうすれば否が応にも聞こえる筈だ。迫り来る終焉の跫音が」
―――このルドック王国は立憲君主制を掲げる国家である。
立憲君主制である以上、たとえ国王であろうとも、国の法には従わなくてはならない。それにも関わらず、王の独断で処刑を決定したとあってはその根幹が崩れてしまい、この国の崩壊を招く恐れがある。
そこで国民の代表として選ばれた者をまとめる宰相、大臣達と建前だけの協議を重ねて、あくまでも『民主的』な手段で『処刑』をしたという既成事実を作り上げる。
所謂、外見的立憲君主制のそれである。
この国において国王とは絶対的な支配者であり、現時点ではこの者を止める術は存在しない―――。
ピュロスが連行された後、部屋の中は沈黙で満たされる。大臣達の蒼白した顔は『次は自分かもしれない』という恐怖心から引き攣っていた。
だが国王はそんな大臣達の様子など気にも止めず、淡々と話を進めていく。
「さて、これで敗北主義者はいなくなったな。……では、改めて問おう。危険分子の処刑に賛同する者は挙手してくれ」
しかし、全員が顔を俯かせたまま誰も手を挙げようとはしない。恐らくはピュロスが先程話した内容が大臣達の決心を揺らがせているのだろう。
「どうした?誰も居ないのか?」
この呼び掛けにも反応を示さず無言で俯き続ける大臣達。
「―――話は変わるが、そういえばコルメル宰相は何故ここに居ないのだ?誰か不在の理由を教えてくれないか?」
この言葉を聞いた瞬間全員が息を呑んだ。中には小さく震え出す者までいた。
―――コルメルは人間的に優れており人望も厚く、正義感も強い、それに加えて頭も非常に切れる。まさに宰相という立場に立つに相応しい極めて優秀な人物だった。
しかし、数ヶ月ほど前に突然『反国家犯罪』『国家転覆陰謀罪』『祖国反逆罪』等の罪で逮捕され、そして議会に掛けられる事も無く、その者を含む一族郎党皆例外なく反逆者として悲惨な末路を辿ったのだ。
……だが、これまでこの国の重鎮が逮捕、処刑されたのはコルメルだけではない。発表されていない者を含めると、既に軽くを二桁を超えている。
そうして捕まった者全員に、あるひとつの共通点があった。それは何か。
それは逮捕される前日、議会での国王の提案を拒否していた、という事だ。……まさに今のこの状況のように
国王がそうして処刑されたコルメルの名前をこのタイミングで出したという事は、
『コルメルのようになりたくなければ、私の案に賛成しろ』
と、遠回しに圧力を掛けているのだ。その手段はほとんど脅迫と言っても過言ではない―――。
「……あぁ、思い出した。コルメル宰相は処刑されたのだったな。すっかり忘れていた。……おっと!すまんな、皆に訊いていた途中だったな。それで、どうだ?賛成の者はいるか?」
国王は白々しく再び大臣達に処刑の賛否を尋ねる。
「……賛成です」
「私も賛成でございます」
「い、異議なし!」
家族と身内を人質に取られた彼らに選択肢などもやは有りはしなかった。
すぐに全員の挙手を確認した国王は、次へと話を進める。すると、懐から1枚の紙を取り出した。
「では、次だ。その危険分子の情報がこの紙に記されている。では、少し読み上げてみようか。どれどれ……名前は、オヨミアオイ。現時点で拠点としている場所は、スリーア地方のプティア。その中にあるギルド『星々の加護』にいる……か。ほら、これを受け取れ」
国王は自分の隣に座っている、コルメルの次に宰相に就任した者に今の紙を渡した後、視線を円卓を囲む大臣達に向ける。
「ルドック王国の現国王である【セレメン】の名の元に命じる。オヨミアオイとその仲間を捕縛せよ。尚、抵抗が少しでもあった場合は現場の指揮官の判断でその場で処刑しても構わん。その他戦力等の決定は任せる。……以上だ」
それだけを言うと国王――セレメン――は席から立ち上がり、円卓の間を後にした。
残された大臣達はセレメンが部屋から去っていくその背中をただただ呆然と見送ることしか出来なかった。




