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第二十六話 終焉の跫音


 一方、撤退した勇者達は―――。

 

 「フォックスッ!どうして撤退なんかしたんだッ!今の俺達なら、あんな奴等なんぞ数秒で倒せたはずだろうッ!」

 

 ゴリはフォックスの襟首を掴み、鬼のような表情で睨みつけた。しかし、フォックスはゴリの鋭い眼光に一切怯む事なく、無言でその眼を真っ直ぐに見つめ返す。

 4人の間に緊迫した空気が張り詰める。

 

 

 ―――撤退したフォックスに対し、ゴリがここまで激昂しているのには理由がある。

 

 現在、勇者は最強の存在としてこの世界に君臨している。そしてこれからも君臨し続けるためには、勇者は最強であり続けなければならない。そう考えた勇者達は、様々な規則を設けた。その中の1つが、

 

 『いかなる戦闘も最後まで逃げる事なく戦い、必ず勝利しなければならない』

 

 というものだった。

 もし、この規則を破った事が他の勇者に知られたならば、最悪の場合は処刑される可能性もある。そのため、仲間の生命を危険に晒してしまう『撤退』という判断を下したフォックスにゴリは激怒したのである。

 

 「……ゴリ、一旦落ち着きなさい」

 

 キャットはそう言ってゴリにゆっくりと近付き、襟首を掴んでいる手にそっと触れた。

 

 「邪魔するんじゃねぇ……ッ」

 

 ゴリは横目でキャットを睨みつけた。

 何故コイツを庇うのか、敵から逃げるなど勇者として絶対にやってはならない方法を選んだコイツを、と。

 だが、その時のキャットの表情を見たゴリの手からは徐々に力が抜けていった。

 キャットの表情には怒りこそなかったものの『何故逃げたのだろう』というフォックスに対する困惑が隠し切れず表情に出ていたからだ。

 普段冷静なキャットがフォックスの行動に対してここまで狼狽した事など、ゴリは今まで見たことがなかった。

 そこでようやく気が付いた。

 フォックスの『撤退』という判断に困惑しているのは自分だけではないのだと。それを堪えて仲裁してくれたのだと考えると、自然と手から力が抜けていった。

 ゴリは顔を歪ませながら、フォックスに対して大きく舌打ちをした。

 

 「……次はねぇぞッ。お前と……そして俺らの命もなッ。それをしっかり覚えとけッ」

 

 ゴリは掴んでいた襟首からスッと手を離した。

 こうして、緊迫した事態は一旦収まりを見せるかと思われたが、ここまで沈黙していたポニーが口を開いた。

 

 「……けどあいつら、ゴリの言う通り全然強くなさそうだったっスよねぇ。だから、何故そんな弱い奴等を相手に撤退という結論に至ったのか、そこの事情さえ話してくれればこの二人は多分理解してくれるっスよ。まぁ、理解はしてくれても納得してくれるかとなったら話は別だと思うっスけど」

 

 ポニーのいつもより真面目な発言に驚いた3人は、やや見開いた目でポニーを見つめる。

 彼らのその眼差しに困惑したのだろう、ポニーは目を左右に泳がせ、後ろで結ったポニーテールを弄りながらも、飄々とした口調で話を続けた。

 

 「いや、まぁ、ウチは今まで言いたかった台詞を言えたし、今回の戦闘に関しては割と満足なんスけど。……戦闘から逃げた事は、他の奴等にバレなきゃダイジョーブっスよ」

 

 むふーと満足げな表情で息を吐くポニーを、キャットが冷徹な目で見つめながら。

 

 「そういえば、ポニー?もし、次にあんな敗北フラグみたいな事言ったら、そのポニーテールでまげ結うわよ」

 

 「ヒェ〜!それは困るっス!このポニテはウチの大事なチャームポイントなんスよ!もっと丁寧に扱ってほしいっス!」

 

 ポニーテールを指差しながら、これが自分にとっては極めて大事なチャームポイントである事を必死に訴えるポニー。

 

 「じゃあ、大事なポニーテールの部分だけを残して、後は全部剃ればいいんじゃないかッ?チャームポイントを全面に押し出して行くスタイルでよッ」

 

 「何を恐ろしいこと言ってんスか!そんなラーメンマンみたいな頭じゃ街中出歩けないっスよ!!」

 

 そんなくだらないやり取りを見てほんの僅かに微笑むキャットやゴリとは対称的に、フォックスはやや俯いて先程から一切厳しい表情を緩めない。

 その普段とはあまりにも違うフォックスの態度にキャットは違和感を感じた。

 勿論、さっきの戦闘で撤退を選んだ事に対し、もしかしたら罪悪感や後悔といった事を感じているのかとも一瞬考えるが、フォックスの表情から感じるものはそういった感情ではない。

 キャットは思い切って聞いてみることにした。

 

 「……どうしました?フォックスさん」

 

 やや伏せ目気味だった視線がパッと上がったが、その目は何か狼狽しているかのように一瞬目が左右に泳いだ。しかし、その目はすぐ普段通りの真っ直ぐな眼になり、3人を順に見つめる。

 しばらくの間3人の事を真剣な表情で見つめていたフォックスは、何か覚悟を決めたかのようにその口をゆっくりと開いた。

 

 「………みんな、これを見てくれ」

 

 そう言ってフォックスは、懐から何か小さな物体を取り出した。差し出された掌にすっぽりと収まっているそれを見ようと、3人は顔を近づけ覗きこむ。

 その物体は銀の光沢を放つ長方形の金属板のようだった。厚さはせいぜい1cmくらいで、よく分からないボタンが5つ取り付けられている。……その内の3つがアホ毛のように飛び跳ねてしまっているが。

 角張った四つ角や彫刻などを一切施されていない無骨なデザインと、明らかにぶっ壊れているボタンを含めても、触れることを躊躇わせる高貴さがその機械から滲み出ていた。

 ゴリとキャットは今まで見た事もないこの機械に戸惑いを隠せない。

 この機械が一体どんなものなのか、どのような機能を備えているのか、もしかしたらさっきの撤退とこの機械に何か関係があるのかなど分からない事ばかりだ。

 

 しかし、ポニーだけはこの二人とは明らかに反応が違った。

 フォックスが取り出した機械を見た瞬間、目を大きく見開き驚愕の声を上げた。

 

 「ファッ!?これ、魔導測定装置じゃないっスか!」

 

 「「魔導測定装置?」」

 

 ゴリとキャットが声を揃えてこう尋ねる。

 それにポニーは手をワチャワチャと動かして、無駄なアクションを加えながら答える。

 

 「魔導測定装置とは、自分以外の生き物の魔力を大雑把に知る事が出来るすんごい装置っス!!しかもこのタイプは、ポケットに入れておくだけで自分の視界に表示されるやつっスね!!このタイプだとめちゃめちゃ高価なんスよ!……まぁ、思いっきりぶっ壊れてるっスけど」

 

 アホ毛ボタンをピョコピョコ弄くりながらそう言った。

 

 「……つまり、あれかッ?ドラゴ○ボールのスカウターの上位互換って感じかッ?」

 

 「ちょっ!名前出すのはマズイっすよ!……けど、まぁ、その認識で間違ってないっス。……でも、フォックスさんは何でこれを?」

 

 「お前たちには伝えていなかったが、俺は戦闘があるたびに毎回これを使って、敵のおおよその力を把握している。そして、その際にはある1つのルールを定めている」

 

 「………それって?」

 

 何かに薄々勘付いているのか、キャットが真剣な表情でそう尋ねる。ポニー、ゴリも同様に息を呑んで、次にフォックスが放つ言葉に注目している。

 数秒間の沈黙の後、フォックスがその重い口を開いた。

 

 「―――俺達……4人がかりでも倒せない相手が現れた時には速やかに撤退する、というルールだ」

 

 これを聞いた3人はほぼ同時に息を呑む。

 なおも、フォックスは言葉を続ける。

 

 「……特にあの二人。俺達が着いた時に戦闘をしていた男二人だ。………あいつ等だけが次元が違った。まずあのアロハシャツの男……。あいつ一人だけで俺達のパーティーは壊滅する」

 

 「「「ッ!?」」」

 

 「正直、それだけでも地獄だがそれだけじゃなかった。そのもう一人の男……あいつを測定した途端、機械が一切の反応を示さなくなった」

 

 「………つまり、魔道測定装置の限界値を超えたって事っスよね。失礼ですが、測定上限を教えて下さいっス」

 

 ポニーが真剣な面持ちで、そう尋ねる。

 

 「この四人の合計値を上限にしていた」

 

 ―――有り得ない。

 

 これを聞いたフォックス以外の3人は、全く同じ感想を抱いた。

 絶対的な強者である我々勇者と同等か、それ以上の存在などこの世界に存在するはずがない。どうせその機械が元々壊れていたのだろう、きっと勘違いだろう、それはきっと白昼夢だ―――。

 そう言ってフォックスの心配を、思いっ切り笑い飛ばしたい。

 だが、混乱する頭を無理やり冷静にして考えてみると、それらを笑い飛ばす事はどうしても出来なかった。

 

 まずはあの火柱だ。

 あの時点で、もしかしたら勇者以上の存在がいるのではないかとキャットは話していた。しかし、当初は誰しもが心の何処かで『そんな存在がいるはずがない』と極めて楽観的に考えていた。そのため、経験値欲しさにあの町に向かってしまったのだ。

 

 そして何よりも、町に向かう途中に見たあの魔法だ。あれを見た事が、フォックスの仮説を認めざるを得ない最も大きな要因となっている。

 町の上空に突然現れた、恐らくは魔法によって発生した、超高魔法エネルギーを放つ巨大な球体。……いや、正確には当初、高魔法エネルギーどころか魔法エネルギーを放っている事にすらも誰一人気が付かなかった。

 それは何故か。

 勇者を遥かに上回る存在が居たという条件を考慮して考えてみると、全て辻褄が合ってしまう。

 

 要は単純だ。

 球体のエネルギーがあまりにも大きすぎたため、人智を遥かに超越した魔法エネルギーに気付く事ができなかったのだ。それはさながら、釈迦の掌から逃れられぬ孫悟空のように。

 

 簡潔に言うと、次元が違いすぎたのだ。

 比較する事は不可能、比較しようとする事が烏滸がましいと感じてしまうほどに。

 今自分が立っている、どこまでも果てしなく続いている広大な大地が、釈迦の掌の上だと誰が気付けるのだろうか。

 

 では、何故そんな膨大なエネルギーの存在に気付いたのか。  

 それは消滅するほんの刹那に、凄まじいエネルギーを感じたためだ。しかし、その場では『衝突した際に融合反応が起こり莫大なエネルギーを放出した』と考えた。

 だが、こうは考えられないだろうか。

 消失するその瞬間、ようやく勇者達がエネルギーの存在を確認できるまでの数値に減少した、と。

 

 『有り得ない』という感想を抱くのも、仕方が無いだろう――――。

 

 と、ここで再びフォックスが口を開いた。

 

 「今回、確認が遅れたのは本当に些細な事で怒りに飲まれてしまったからだ。加えて、これまでも大丈夫だったのだから、今回も大丈夫だろうと甘く考えてしまった。……完全に俺の失態だ。申し訳ない」

 

 フォックスは目の前の仲間達に向かって深く頭を下げた。だが、誰一人その姿を見つめる目に負の感情を持つ者はいなかった。

 

 「おい、フォックス。頭を上げろッ」

 

 頭を下げ続けるフォックスに対して、ゴリが言葉使いはそのままだが普段よりも穏やかな口調で声を掛ける。これにフォックスはゆっくりと頭を上げた。

 ゴリは話の間を少し開けた後、真っ直ぐにフォックスの目を見ながら穏やかな口調のまま話を始めた。

 

 「……誰だって失敗はするッ。大切なのは失敗した後、どうするかじゃねぇかッ?」

 

 「おおっ!珍しくゴリがウチとおんなじ意見っス!」

 

 「私もゴリと全く同意見です」

 

 「お前達……そうだな。では、これから国王の元へと向かい今回起こった全てを報告しよう。……黙っていてもいずれはバレる。ならば正直に話す事で、少しでも立場を有利にするべきだ」

 

 フォックスのこの提案に3人は無言で頷く。

 

 「……では、行こうか」

 

 4人の勇者は前に向かって、同時に一歩を踏み出した。

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