第二十五話 ニ度あることは、ニ回で充分
アオイは全身を吹き抜けるような冷たい風を感じて、ゆっくりと目を開いて体を起こす。
そこには果てしなく広がる草原と、祠がポツンとあるだけだった。
この光景を見るのはこれで三度目だ。もはや驚きなどは殆ど無い。ただ、その代わりに湧き上がってくるのは怒りの感情だ。
「プルトーン!さっさと出て来い!話があるっ!」
『ほいほーい、ちょっと待ってね~』
激昂し言葉を荒らげるアオイとは対照的に、どこからともなく聞こえてくるプルトーンの声は今まで通りのんびりした口調のものだった。
それから十数秒後、何の前触れもなくアオイの足元の地面に小さな亀裂が走った。アオイは少し驚き、後ろに二歩ほど後ずさるとその亀裂から黒い煙がもうもうと立ち上ってくる。
その煙はゆっくりとアオイの目の高さまで上昇してくると、空中の一点に向かって集まりだし、徐々に見たことのある形状――黒い球へと形を変化していく。
しばらくして完全な球体となったプルトーンは、空中に浮いたまま目をニッコリと笑わせる。
『やぁ!今日はどうしたんだい?……あっ、もしかして、もう仲間を見つけたの!?』
勘が良いらしいプルトーンは、一瞬かなり驚いた様子を見せたが、すぐに目元を緩ませ、とても嬉しそうに尋ねてきた。
それに対してアオイは、鬼のような表情を崩さず淡々と答える。
「ああ、見つけたよ。……けど、向こうはどういうわけか俺が来た理由を聞かされてなかったらしくて、出会って早々思いっきり殺されそうになったけどなッ!」
『……ファ?』
間抜けな声を出したプルトーンを、アオイは両手でむんずと掴んで至近距離で睨み付ける。
「いやいや、『ファ?』じゃなくてさ!こういう大事な話は向こうにもちゃんと伝えておいてくれよ!」
『確かに、彼らを連れて来たのはボクなんだけど、その後の事はそれぞれの担当者に任せてるんだ』
「つまり、自分は関係ない、と?」
『まぁね!』
清々しいまでの開き直りを見せたプルトーンを、アオイは地面に向かって投げつけた。
しかし、プルトーンはまるで本物のボールの様にポーンポーンと弾むだけで全く効いている様子がない。
やがてその動きが止まると、ゆっくりとアオイの目の高さまで浮かび上がり、今度はプルトーンが質問をしてきた。
『あ!そうだ!ボクも一つ、聞いてもいいかな?』
「……なんだよ」
『なんで王国と魔王軍に攻め込まないの?ボク的には、そろそろ攻め込んでもいいんじゃないかなーと思ってるんだけど。やっぱりなにか理由があるの?』
これを聞いたアオイは、思わず溜め息をついてプルトーンを見つめる。
「プルトーンお前……、詳しい情報もないのにいきなり敵の本拠地に乗り込むなんて事する奴はいないだろ?王国の勇者一人ひとりが軍隊と同等かそれ以上の力を持っているらしいのに」
アオイは、半分呆れたような表情でそう言った。
『まあ、そりゃそうかぁ。けど、情報収集なんてするだけ無駄だと思うけどなぁ、ボクは』
「……それはどういうことだ?」
全く予想していなかった答えに、アオイは目を真ん丸にしながら聞き返した。
『うーん……。それじゃあ、例えばさ?足元にいる邪魔な虫を足で払う、とするじゃん?その時に、いちいちその虫の生態について詳しく調べたりはするかい?……調べないよね?つまりはそういうことだよ。アオイ君は何も考えずにただ片足で払えば済むんだ。ただそれだけの事で、無駄な時間をかけてほしくないんだよ』
プルトーンは、目元に若干の笑みを浮かべながら言った。
「……それだけ聞くと、まるで俺が怪物か何かみたいに聞こえるんだけど」
『おっ、今の説明で分かってもらえたみたいで安心したよ!まぁ、アオイ君の場合は怪物なんて生易しいものじゃないけどね。……本当は、薄々気付いているんでしょう?』
「……まぁ、攻撃魔法も持ってないのにここまで来たら、いくらなんでも分かるだろ」
アオイの答えを聞いたプルトーンは頷いた。
『だよね〜。……あっ、そういえば言い忘れてた……』
と、ここで何かを思い出したプルトーンが話を続ける。
『この冥界の魔法はね、術者の精神状態に応じて覚えられる魔法が変わってくるんだ。君が未だに攻撃魔法を覚えていないのは、君自身の心のどこかで人を傷つけることを望んでいないからなんだと思う』
「……それが普通だと思うんだけど。逆に、好き好んで人を傷つけたいなんて奴なんているの?」
『もちろんいるよ。それもアオイ君が考えているよりも、ずっとたくさん』
即答してくるプルトーンに、アオイは戸惑いを隠せない様子で目が左右に泳ぐ。
「……お、おぅ。そこまでハッキリ言われると、あの、なんて言っていいのか分からなくなるんだが……」
『まぁまぁ!この話はこのへんにしておこう!その感じだと、まだまだ時間が掛かりそうだけど、なるべく急いで頑張ってねぇ〜!』
プルトーンがそう言ったところで、祠が眩い光りを放ち始めアオイは思わず目を閉じて、咄嗟に腕で顔を隠した。
そしてしばらくしてから目を開けると、そこは既に部屋のベッドの上だった。アオイは呆然とした表情で部屋の中を見回す。
そこには日の出を迎えたばかりの日の光が窓から差し込み、部屋を薄明るく照らしていた。




