第二十三話 吸血種
「……辛い。もう帰りたい……」
アオイは体育座りのまま膝に顔を埋めて力無く呟いた。
もはや誰にもポニーを止めることが出来ないようで、一人でどんどん話を進めていこうとする。アオイは膝を抱えてうずくまったまま様子をうかがうことにした。
ポニーはコホンと小さな咳払いをすると早速説明を始めた。
「今、この世界で『魔族』といわれている者達は、実は全員が同じ種族ってわけではないんス。人族以外の様々な種族をひとまとめに『魔族』と呼んでいるだけなんス。吸血種はその一種族だったんスよ。
吸血種はその青白い肌と死んでも朽ち果てることのない身体が特徴で、祖先はヴァンパイアだとか悪魔だとか言われてるみたいっス。血を吸わないのに『吸血種』なんて名前がついてるのはそういったところから来てるらしいっスよ。
この『吸血種』は魔族の中でも、特に魔法の扱いに秀でていた種族だったんス。これまでにも何度か起こった人族と魔族の戦争でも、吸血種は相当活躍したらしいっス。…まぁ、話しか聞いたことないんスけど」
軽い口調で話しているわりには吸血種に関する情報、今後重要になってきそうな情報が話の中に次々と出てくることに驚く。アオイは一言一句聞き逃すまいと必死に耳を凝らす。
なおもポニーは続ける。
「そしてつい数年前、王国が魔族へ何の前触れもなくいきなり宣戦布告して戦争を起こしたんス。しかもその宣戦布告の直後に『魔族に対する奇襲攻撃』が行われ、その第一目標が『吸血種』だったんス。
人族の土地から一番近いところに吸血種の町があったっていう地理的な理由もあったんだろうっスけど、一番は……やっぱり厄介な敵は先に潰しておきたかったからとか、多分そんな理由じゃないっスかね~。そんで王国が派遣した四人の勇者達が吸血種を滅ぼしたんスよ」
話を聞き終えた勇者達を除く全員が、一言も言葉を発さずに一様に黙り込んでいる。信じられないような話を聞いたから少し混乱しているのだろう。
だが、アオイは違った。
――こいつ、いくらなんでも詳しすぎないか?
ふと、この疑問が頭に浮かぶ。
今目の前にいるポニーを含めた四人の勇者以外にも複数いるらしい勇者達が、情報の共有を行っている可能性もある。だが――
アオイの脳裏に最悪な想像がよぎる。
そうしてアオイは、膝に埋めていた顔をゆっくり上げて恐る恐る訊いた。
「……まさかとは思うけど、その四人の勇者ってお前達じゃないよな?」
「お、勘が良いっスね。そうその通り。吸血種を滅ぼした四人の勇者はウチ達の事っス」
それを聞いた瞬間、アオイを除いた者達が驚愕の表情を浮かべた。そしてその驚愕はすぐに絶望に変わり、その表情を歪ませる。
「う、嘘だろ……?」
「あの、吸血種をたった四人で?噂には聞いていたが信じられん…」
「そんな奴らに勝てるわけが……勝てるわけがないじゃないか」
放心する者、泣き崩れる者、力が抜けその場にへたりこむ者―――。
皆が絶望するなか、アオイだけは自分達が危機的状況に陥っている事がいまいち分かっていないらしく、淡々とした口調で尋ねる。
「ほぉ、そうなんだ。けどさ、勇者四人で滅ぼせる種族が王国にとってはそんなに厄介な存在だったの?」
アオイは今の話を聞いて感じた疑問を率直にぶつけた。
それに対しポニーは、ゆっくり首を縦に振る。
「ええ、それもかなり厄介な存在っス。四人でやれたのは計画通りに不意討ちで最初に結構な数を削れたから上手くいったんス。あれが失敗してたらウチらは、えげつない火力の魔法を使う吸血種数百人と戦わなきゃいけなくなってたっス。……あんただってその吸血種の力を見たことがあるんなら分かると思うんスけど、あれはウチら以外の勇者だったら真っ正面から戦って簡単に勝てる相手じゃないんス」
ポニーは真顔でそう答えた。
確かに、今思い出しても吸血種であるカーミラが以前放った魔法は凄まじい威力であった。だがあれでも初級魔法だという。初級であれならば更に上の魔法……仮に上級魔法と呼ぶが、そういったものがあって、それを操る者達が一斉に攻撃してきたとしたら……。
「うん無理、俺なら間違いなく一瞬で灰になってるね。断言できるわ」
腕を組んで赤ベコのように首を何度も縦に振るアオイ。だが、その動きを突然ピタリと止め、ポニーに鋭い視線を向ける。
「けどさぁ……、何も悪いことしてない人達を厄介だからとか何とか理由つけて殺すのってさ、俺はどうしても納得できないな。……まぁどうせ戦争だから人が死ぬのはしょうがないだろ、とかなんとか言うんだろうけど。それでも、聞いててすっげぇ胸糞悪いわ」
アオイは低い声でそう言いながら、怒りの込められた目を勇者達に向ける。
アオイだって一人の人間だ。当然ながら悪を憎む心も、平和を愛する心だって持っている。アオイは、罪悪感などまるで感じていない様子のポニーに何か言ってやらなければどうしても気が済まなかった。
ポニーは一瞬目を見開いて驚いたような表情を見せるが、すぐに真顔に戻る。
「……まぁ、どう思おうがあんたの勝手だし、大した力もないあんたが何か言ったところでウチ達としては『だからどうした』って感じっスけどね。……にしても、勇者に向かって随分な口の聞き方っスね」
そうしてポニーもアオイを睨み付ける。お互いに無言で睨み合うこの状況に、戸惑った様子でオロオロしているカーミラ。黙ったまま様子を窺っているキャット。空気が更に張り詰めてくるのが分かった。
と、その時。
「吸血種ッ!あれは今までで最高の闘いだったなッ!極限の力と力のぶつかり合い、あんなに心が沸き踊ったのは後にも先にもあれだけだぜッ!それにレベルも一気に三十ぐらい上がったしなッ!」
と、ゴリがいつの間にか当たり前のようにポニーとキャットの間で満面の笑みを浮かべガッツポーズをしながら言った。
しかしその顔面はフォックスに殴られたからかパンパンに腫れ上がり、さらに鼻の穴から結構な量の血が流れており見ていて非常に痛々しい。だがゴリは痛がる様な素振りは全く見せず、満面の笑みをなおも浮かべ続ける。
「……どうしてあんたは、そんなに空気が読めないんスか。……うわぁ、それよりも、すげぇ顔……」
「私は退屈だったわ。あんたは私達の制止を振り切って、わざわざ向かってくる奴の方に突っ込んでいくのだもの。自分のやりたいことやってたんだからそりゃ楽しいわよね……うわぁ…それよりもゴリ、あなたその顔……」
ほとんど原型を留めていないゴリの顔を見てドン引きするポニーとキャットの二人。
だがゴリは、周囲のことなど気にも介さずキャットを指差す。
「退屈って、そりゃキャットは逃げてる女子供しか相手にしてなかったからだろッ?けど、それでも俺には随分楽しんでるように見えたけどなッ!『経験値祭りじゃ~!』とか、『レベルが秒毎に上がっていく~!』とか、なんなら俺よりはしゃいでたような気がしたんだがなッ!あれは気のせいかッ?!」
「それ、多分ポニーね」
「ウチっスね、それ」
そんなやり取りが目の前で繰り広げられる中、アオイは一つ溜め息をつくと額を押さえて空を見上げるように顔を少し上に向けた。
(……帰りてぇ)
口には出さなかったが、アオイの頭の中はこれでいっぱいだった。
『太陽の魔法』使いである獅子尾の勧誘も失敗してしまったし、勇者を名乗る変質者達に絡まれるし、そして何よりさっき心に受けた深い傷を癒したい。もう全てを忘れて自室のベッドでゆっくり休みたい。
と、アオイがそんな事を考えている時だった。
「いい加減にしろ、お前ら。どうでもいいことでの言い争いはもうたくさんだ」
ゴリとは違い、全くの無傷のフォックスが、先ほどまでの怒りで我を忘れた時とは違い、非常に冷静な口ぶりで仲間に対して言った。
さっきまで一番騒いでた奴が何言ってんだ、と喉元まで出かかったが何とかアオイは堪えた。
フォックスは続けてこう言った。
「お前ら、一旦退却する。これは命令だ……キャット」
「なッ!?」
「へ?」
「ッ!?………は、はい。分かりました……」
フォックスの口から出た『退却』という言葉に異常に驚く勇者の3人。
一瞬戸惑った様子を見せたキャットだが、フォックスを見てコクリと頷き、持っていた杖で一度地面を鳴らす。コツンと硬質の音が響くと、次の瞬間キャットを中心とした足元に直径二メートルほどの青色の魔法陣が展開された。
フォックスやゴリ、ポニーは現れた魔法陣の上に立つと、キャットが何かの呪文のような言葉を呟き始める。
そんな中、フォックスがアオイとカーミラの二人を凄まじい殺気のこもった目で睨み付けながらこう言った。
「そう遠くない内にまた会うことになるだろう。その時がお前達の最期になる。それまでせいぜいこの世界を楽しむといい」
「うん……次お前らに会ったら間違いなく死んじゃうと思う、メンタルの方が」
「いや、そういうことじゃなくて。……随分と余裕そうだな。だが、そうやってふざけていられるのも今のうちだけだ」
「今の俺が本当に余裕に見えたんなら一遍、自分の頭のCTスキャンでも撮ってから出直しな。話はそれからだ」
「……もういい。キャット、早く行け」
フォックスが呆れたようにそう言うと、魔法陣の上に立った勇者達の身体が足元から徐々に青白い光に覆われていく。
そんな中、フォックスは誰にも聞かれないほどの小さな声で呟いた。
「あの二人……、顔は覚えたぞ」
やがてその光が彼らの全身を包み込むと、それは小さな光の粒子となって空中へと消えていった。
勇者がいなくなったあと、周囲はしばし静寂に包まれた。
さっきまで自分達の生命を脅かしていた脅威が突然去ったことで、少し混乱しているらしいギルドメンバー達は無言でお互いに顔を見合わせている。
「……なんとか助かったみたいだね」
カーミラはポツリとそう呟いた。小さな声だったが、この静まり返った空間にやけに響いた。
それを皮切りにポツリポツリとあちこちから声が聞こえてくる。
「俺たち、本当に助かったんだよな?」
「生きてる……生きてるんだ!」
「「「やったぁぁぁぁぁ!!!」」」
ギルドメンバー達が一斉に歓声を上げ、飛び上がって喜んだ。
その声に今の今まで放心状態だった獅子尾が我に返る。
「……ハッ!だが、本当の愛の前には種族の違いなんて関係無い!カーミラさん!俺と一緒に情熱的な愛の海に溺れてみる気はないですか?」
獅子尾はすぐさまカーミラの前に来ると、片膝を付いて右手をサッと差し出す。
これにカーミラは困ったような苦笑を浮かべながら、チラチラと視線でアオイに助けを求める。
その目は、私はどうすればいいの?とはっきりと語っていた。
アオイは左手で握り拳を固く握ったまま、空いている右手で獅子尾を指差してギルドメンバー達に尋ねる。
「ねぇ殴っていい?重要なところで意識飛んだくせに、平然と意識を失う直前の会話から始めようとしてて、当たり前のようにナンパしてるこいつ、殴っていい?」
するとギルドメンバー達は一斉に声を揃えてこう言った。
「「「どうぞ」」」




