第二十一話 一人じゃない
(どうしてこうも次から次へと頭のおかしい輩に絡まれるんだ?何か俺、悪いことでもしたか?)
アオイは眼前で繰り広げられるこの状況に戸惑いを隠せず、表情が歪む。
しばらくすると、どこからかボソボソと何人かの小さな話し声が聞こえてきた。
アオイは声の聞こえてきた方に目を向ける。その声の主は、獅子尾のギルド『太陽の守護者』のギルドメンバー達だった。
「まさか勇者達が、この町に来るなんて・・・」
「私達も、この町も、もう終わりよ・・・」
ギルドメンバー達は項垂れながらボソボソと嘆くように呟いている。中には涙を流している者や、あまりの恐怖に腰が抜け地べたにへたりこんでいる者もいた。
この彼らの反応を見てアオイは、今の自分が絶体絶命の状況にあるという事、そして彼らにとって『勇者』という存在がどれほど恐ろしいものなのかが伝わってきた。
(…え?なに、そんなにヤバイ奴等なの?)
「お前ら大丈夫だ!俺が何とかしてやる!だから、心配すんな!」
獅子尾は何とか彼らを鼓舞しようとするが、彼らにその声は届いていないのか、表情は依然として暗いままだ。
そんな彼らの様子を見下しながらニヤニヤと冷ややかな笑みを浮かべる勇者達。
そしてゴリが彼らを指差しながら、大きな笑い声を上げた。
「ガッハッハッ!見ろよッ!俺達が勇者だと知った時の、この絶望した表情ッ!!毎度見るたびに鳥肌が立つぜッ!なぁフォックスッ!」
興奮気味のゴリをフォックスは冷徹な目でゴリを睨み付けて黙らせた。
「ゴリラは黙ってろ。・・・それじゃあ、そろそろ答えを聞こうか――」
「―――嫌です」
アオイは若干食い気味に、躊躇することなくそう答えた。
勇者と周りの人達は呆気にとられ、無言でこちらを見つめている。
「・・・今、なんて?」
フォックスは信じられないといった様子で、大きく見開いた目を何度か瞬きしながら聞き直した。
「いや、だから、嫌ですって。そんな馬鹿げた頼みにオッケー出す奴いないでしょ」
アオイは全く動揺せず、飄々とした様子で言い切った。
この、予想もしていなかったであろう反応に思わず俯いてしまうフォックスと、嬉しそうに鼻息を荒げるゴリ。そして唖然とするその他大勢。
そんな静まり返る周囲を気にする様子もなく、ゴリは大きな笑い声を上げる。
「がーっはっはッ!そうだッ!そうこなくちゃつまんねぇよなッ!」
しかしフォックスは、何故か俯いたまま動こうとしない。そんなフォックスにアオイは警戒の眼差しを向ける。
すると、アオイはあることに気がついた。
フォックスの肘が軽く曲がった腕から肩にかけて、小刻みにではあるが確かに震えていた。
それだけではない。フォックスが尋常ではない力で拳を固く握りしめているのもはっきりと確認できた。
「ふーん、俺がこんなにも丁寧に頼んでいるのに、それを簡単に断るのか。・・・ふざけるなァァ!!」
顔を上げたフォックスは凄まじい形相でアオイを睨み付けながら、突如怒りを露にした。
爆発した怒りは収まらないようで、なおも血走った目を剥いて怒鳴り続ける。
「俺は勇者だ!お前らを魔族から守ってやってるんだ!この勇者である俺が直々に頼んでいるってのに『嫌だ』だと?!馬鹿にするのも大概にしろ!この俺に逆らう奴なんて殺してやる!俺の言うことは絶対だ!!」
「落ち着いて、フォックスさん。一旦冷静になって下さい」
「そ、そうっスよ!」
我を忘れたフォックスを何とかなだめ落ち着かせようとするキャットとポニー。
この様子を見ていたアオイは、思わず本音が口から溢れた。
「―――やっぱりこいつ、頭おかしいわ」
とても小さな声だったのだが、フォックスには聞こえたらしく、この事がさらにフォックスの怒りの感情を刺激する形となってしまった。
「この…この俺のことをさんざんバカにしやがって!!お前は、お前だけは許さない!死ぬよりも辛くて苦しい目に遭わせてやる!そして最後には八つ裂きだ!!」
「あーぁ、こうなったらよっぽどの事が無い限り止められないですよ?まぁ、どちらにしろ倒すつもりでしたから、もう別にどうでもいいんですけどぉ」
キャットは自分が持っている杖を弄りながら、面倒臭そうにそういった。
しかし、これを獅子尾が鼻でせせら笑う。
「ハッ!随分簡単に倒すなんて言ってくれるじゃねぇか!……おいお前、アオイっつったか。ここは一時休戦といこうや。決着はこいつらを倒し終わった後だ」
「こちらは勇者が四人。一方、あなた達はたったの二人だけ。……今の内なら、もしかしたら楽に殺してあげれるかも知れませんが?」
キャットが全身から溢れんばかりの殺気を放ちながらそう言った。その瞬間、横のポニーとゴリも目つきが変わった。今の勇者達の目は、獲物に狙いを定めた冷酷な獣そのものだった。
アオイは彼らの暗く濁ったその瞳を見つめるうちに、闇へと引きずり込まれるような感覚に襲われる。その濁った瞳の奥には、殺意と狂気の鈍い光のみが宿っているだけだった。
彼らは人を殺すことへの恐怖や罪悪感、悲しみといったものを全く持っていないのだろう。それを感じたアオイは、急に勇者達と戦うことが恐ろしくなった。
アオイはそういった負の感情に、特別敏感でもなければ鈍感な方でもない。
それでも以前の魔王軍やダスベルト、さっきの獅子尾との戦いでは自分に対する多少の殺意は感じた。
だがこの勇者達は今まで感じたものとは比較にならない。彼らの純粋なまでの剥き出しの殺意が、冷徹な視線と共にアオイに突き刺さる。
考えれば考えるほど、恐怖で顔は強張り身体は動かなくなっていった。
震える足で思わず後退りしかけたその時だった。
「ちょっとちょっと!何言ってんの!二人じゃなくて、三人だよっ!!私も戦うんだから!」
横から聞こえてきた明るい声の方を、アオイはぎこちなく首を動かして振り向いた。
「か、カーミラ…ッ!?」
アオイは目を見開いて掠れた声でそう呟いた。
驚いた様子のアオイに、カーミラはニッコリと笑いかける。
「勇者と戦うのにたった二人だけじゃ無謀だよ!と、いうわけで私も参戦しますっ!一人より二人、二人より三人だよ!」
そうして言葉の間に一呼吸空け、さらに続ける。
「……今、アオイがすごく怖いんだっていう気持ちは伝わってくるし、ここから逃げ出したいって気持ちもすごく分かる。そんな辛い時に、一人で考え込まなくてもいいんだよ?今のアオイの隣には私がいるんだからさ!」
そう言ってカーミラは、アオイの背中を軽くトンと叩いた。
その瞬間、今までアオイの心にかかっていたどす黒い靄が晴れていくのが分かった。
一人で、考え込まなくても、いい。
アオイは目を閉じてゆっくりと頭のなかで、カーミラの言葉を反芻する。
そうして再び目を開いた時には、さっきまで心の中にあった恐怖や不安はすっかり小さくなっていた。
(本当に……カーミラには助けてもらってばっかりだな……)
「やっぱり!俺の目に狂いはなかった!!よっしゃ!さっさとこれを終わらせてデートしてもらおう!オオオオッ!気合い入ってきたぁ!」
このやり取りを見ていた獅子尾は、かなり興奮した様子で突然叫びだした。
しかし、勇者達は表情をピクリとも動かさない。
アオイたち三人の顔から足の先までを、まるで品定めでもしているかのように殺意を宿した目でジロジロと眺めてくる。
と、ここでポニーと名乗った勇者の一人が驚いたように目を見開いて、カーミラの顔を覗き込むような仕草を見せた。
その後、さらに驚いた様子でカーミラを指差しながらこう言った。
「―――あんた、もしかして魔族じゃないッスか?それも吸血種ッスね」
「カーミラが……魔族だって?それに吸血種?」
ポニーの言っている意味が分からないアオイは、思わずポニーに訊いた。
しかし、その問いに答えたのは他でもない、カーミラだった。
「あれ?言ってなかったっけ?そうなの。私、実は魔族なんだ」
わりとあっさりカーミラが自分が魔族だと認めた事に、アオイは口を半開きにして驚くのだった。




