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第二十話 勇者


 空中の魔法陣から放たれた凄まじい威力の炎に、アオイの全身が一瞬で飲み込まれる。

 炎と接していた地面の土は、あまりの高温で熱せられたために赤色の光を放ち、融解しかかっている。

 それだけではない。炎の魔法によりまるで全身を焼き尽くすかのような高温の熱風が発生し、それによって砂や埃が舞い上げられる。

 熱風と目も開けられないほどの土煙が、容赦なく周囲の人々に襲いかかった。

 火柱はすぐに消えたが、アオイの姿は土煙によって確認することが出来ない。

 

 「アオイ・・・」

 

 まともに目を開けることすら出来ない土煙の中、目を細めながら心配そうにカーミラは呟いた。

 しかしそんな心配を余所に、少し咳き込みながらまるで何事もなかったかのようにアオイが姿を見せた。

 

 「いやぁ、今のはマジで焦った。・・・おい!不意討ちなんて汚いぞ!」

 

 「はぁ?!何で全く効いてねぇんだよ!!」

 

 獅子尾はまるで有り得ないものでも見たかのように、目を大きく見開きながら後退りする。

 

 「大抵の奴なら今の魔法を喰らったら、跡形もなく燃え尽きるはずなのに・・・」

 

 「いやぁ、まぁ、確かに熱かったけど・・・うーん、何て言うんだろう、見た目ほど熱くないっていうか何ていうか・・・」

 

 アオイはポリポリと頬を掻きながら、気まずそうに目線を逸らす。

 そんなアオイの様子を見た獅子尾は大きく舌打ちし、鋭い目で睨み付けた。

 

 「クソッ、この程度じゃダメージすら与えられないってことかよ!それだったら!!」

 

 獅子尾は両手を空へと掲げる。

 すると獅子尾の真上、はるか上空に、握り拳ほどの光輝く小さな球が出現した。

 その小さな球からは、今まで感じたことがないほどの凄まじいエネルギーが、ビリビリとアオイの全身に伝わってくる。

 ただこの場に立っているだけなのに、それすらも苦しく感じるほどの強烈な圧迫感がアオイに襲いかかった。

 アオイは思わずしゃがみこんでしまいそうになるのを何とか堪える。

 

 「おいおい・・・何だそれは・・・」

 

 「これは俺の切り札の『ツァーリ・ボンバー』だ!これをお前に食らわせて吹っ飛ばしてやるよ!」

 

 その光輝く小さな球はまるで心臓が拍動するように、一定のリズムを刻みながらみるみる大きくなっていく。

 そして光の球が大きくなるにつれて、感じるエネルギーの強さも跳ね上がる。

 やがて空一面を覆い尽くさんばかりの大きさになると、その光の球から放たれている目が眩むほどの光と、焼けつくような熱気が地面に降り注ぐ。これではまるで小さくした太陽のようではないか。

 これにはアオイも顔面蒼白になりながら、慌てた様子で説得を試みる。

 

 「ちょっと待てって!そんな馬鹿でかいもんぶん投げたら、俺だけじゃなく町ごと吹っ飛ぶぞ?!町の人達を巻き込むつもりか?!」

 

 「そんなもん関係あるかッ!俺は勝つぞ!勝ってカーミラさんと・・・デートするんだァァァァ!!!」

 

 「こいつ絶対頭おかしいィィィ!!!」

 

 とうとう獅子尾は制止を振り切って、巨大なエネルギー弾をアオイに向けて放った。

 そのスピードはゆっくりではあるが、その距離は着実に少しずつ近づいてきている。

 

 ここでアオイが攻撃をかわしたとする。・・・いや、いくらスピードが遅いからとはいえ、この大きさの攻撃を今からかわすことはかなり厳しいだろう。

 では本当は考えたくはないのだが、最悪の事態――アオイが攻撃を喰らったとしよう。もしそんなことになれば、アオイはもちろん、カーミラも、そして町の半分はほぼ間違いなく消し飛ぶだろう。そうなれば町に残った人々が大混乱に陥るのは必至だ。

 

 攻撃を喰らったら死ぬ。避けようとしても、恐らく死ぬ。・・・この絶体絶命の状況の中、アオイの頭の中に選択肢はもはや一つしか残されていなかった。

 

 「これはもう、やるしかないみたいだなぁ」

 

 アオイは意を決したように大きく息を吐き出すと、右手を突き出し掌を迫りくる上空のエネルギー弾へと向ける。

 

 「何をしても無駄だぁ!お前は死ぬ!跡形もなく・・・燃え尽きろォォォォ!!!」

 

 アオイを魔法で吹き飛ばすより先に、どうやら自分の理性の方を吹き飛ばしてしまったらしい獅子尾が目を剥いて絶叫した。

 

 「前は成功したけど、今回はどうだろうなぁ・・・。うまくいけばいいんだけど」

 

 ボソリと呟いたアオイが突き出した右手の掌の前に、人一人がすっぽり入る大きさの禍々しい闇の塊が現れる。

 その闇の塊を見た獅子尾が、勝ちを確信したような笑みを浮かべながら大きな声を出して笑った。

 

 「ははははっ!!何だそりゃ?そんなので俺の『ツァーリ・ボンバー』が止められるって本気で考えてんのかぁ?」

 

 「当たり前だろ。人の命が懸かってんだ、冗談半分で出来るかよ」


 獅子尾を睨み付けながら、アオイは厳しい口調で言い放った。アオイのあまりの迫力に少したじろいだ様子を見せる獅子尾。

 

 「だっ、だが、お前は勝てないっ!お前は俺に勝てないんだァァァァァ!!」

 

 そんな獅子尾には構わず、闇の塊を光の球めがけて勢いよく放った。

 そうして光と闇の二つのエネルギー弾は町の上空で激しくぶつかり合った。すると光と闇のエネルギーは一つに融合し始め、その直後凄まじい大爆発を起こした。

 この大爆発により、とてつもない衝撃波が発生し町全体に襲いかかった。

 これにより周囲の木で出来たような脆い造りの家は倒壊し、窓ガラスなどは粉々に砕け散った。

 

 多少の被害はあったものの、何とか最悪の事態だけは避けることが出来たようだ。

 

 「良かったぁ、上手くいったぁ・・・」

 

 アオイは安堵した表情を浮かべ、ふぅと一つ息を吐いた。

 

 獅子尾は悔しそうにグシャグシャと頭を掻きむしりながら、鬼のような形相でアオイを睨み付ける。

 

 「この野郎・・・ッ!俺の切り札を……俺の切り札をォォォッ!!だったらぁ!もう一発食らわせてやるよ!『ツァーリ・ボ・・・』」

 

 冷静さを完全に失った獅子尾は、両手を空へと掲げて再び『ツァーリ・ボンバー』を仕掛けようとする。

 だが、あまりにも隙が大きいこの魔法を二回使用するのは愚策だった。

 

 「いや、流石に何回も撃たせるわけないだろ」

 

 アオイはこの隙を利用し、獅子尾との距離を一気に詰めることに成功する。両手を上に向けた状態の無防備な獅子尾に、攻撃を防ぐことは出来ない。獅子尾から一メートルを切ったところで右手に闇の玉を作りだし、ゼロ距離で『相手の意識を奪う魔法』を使おうとする。

 

 「なっ――!」

 

 「はい、それじゃあ『お休みな――』」

 

 しかし、この決定的な好機は突如背後から飛んできた炎の球『フラメス』によって阻まれた。アオイは咄嗟に身を翻し紙一重のところでかわす。 

 

 「ちょっ・・・!誰だよ!一対一の真剣勝負に横やり入れてくるとか!頭おかしいんじゃ・・・」

 

 思わず攻撃が飛んできた方向を振り向くと、そこには四人組の男女が道を塞ぐように横一列に並んでいた。

 周囲にいた人達も自然とそちらに顔を向ける。

 

 「この人達です。いやぁ、ようやく見つかりましたねぇ」

 

 魔法使いのような紫色のローブと帽子を身につけた小柄な少女が安堵した様子で言った。

 

 「ウッホッ!いよいよかッ!何だか久しぶりにワクワクしてきたぜッ!」

 

 丸刈り頭の大男はそう言うと、まるでゴリラのように胸を叩いて喜びを全身で表現した。

 

 「・・・なんか全然強そうに見えないッスよ?本当にこいつらなんスか?」

 

 腰に獣の皮を巻いたポニーテールの少女が、顎に手を置いて何か考えているような仕草をしながら呟いた。

 

 「えーと・・・いきなり出てきて何なの?あんたら」

  

 すっかり毒気を抜かれたアオイは、四人を見ながら訊いた。

 すると、アオイから見て一番右側にいた長髪の男が一歩前に出た。

 

 「初めまして、俺の名前は『フォックス』。そして俺に近い方から『キャット』、『ゴリ』、『ポニー』です。よろしく」

 

 淡々と自分と仲間の紹介をした長髪の男は、最後に深々と頭を下げた。


 「いや、俺が訊きたかったのはそこじゃないんだけど」

 

 それを半分呆れたような目で見ていたアオイは、こう冷たく言い放った。

 このアオイの反応に驚いたらしい四人は、同時に顔を見合わせた。 

 

 「あのぉ・・・私達の名前、どこかで聞いたことありませんか?」

 

 長髪の男が『キャット』と呼んでいた小柄な少女が、こう尋ねてきた。しかし、これに対してアオイはつっけんどんな返事をする。

 

 「ない」

 

 「うーん、まだ名前の方は知られてないみたいッスね・・・」

 

 『ポニー』と呼んでいた少女が苦笑を浮かべながら、自分の後頭部を撫でている。

 すると、『フォックス』と名乗った長髪の男が徐に口を開いた。


 「そうか、では仕方ない。・・・俺達は『勇者』と呼ばれているんだ。実は今回、あなた達に手伝ってほしいことがあって来たんだ」

  

 『勇者』という単語が出てきた瞬間、この場にいるアオイ以外の全員がまるで蛇に睨まれた蛙のように顔を強張らせその動きをピタリと止めた。

 空気がピンと張り詰めたのが、アオイにも分かった。

 

 「手伝ってほしいって・・・何を?」

 

 「それはだね・・・」

 

 長髪の男は言葉の間にわざとらしく一呼吸空けると、殺意に満ちた満面の笑みを向けながらこう言った。

 

 「俺達のレベル上げを手伝って欲しい・・・つまり、俺達に殺されてくださいと、そういうことだ」

 

 「まあ、断られたとしても殺すんだけどなッ!ガッハッハッ!」

 

 静まり返る周囲に、『ゴリ』の大きな笑い声だけが響き渡った。

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