第十五話 自称勇者とティーカップ
アオイは朝になるとすぐに酒場のようになっているあの広い部屋へ向かった。そこでは既に十人以上がテーブルに着いて、食事を取ったり酒を飲んだりしていた。
少し混んではいたが、アオイの探している人はすぐに見つかった。その特徴的なスキンヘッドの人物へと近づいていき、話しかける。
「おはようございます、ダスベルトさん」
アオイが挨拶をすると、ダスベルトは手に持っていたティーカップをコトリとテーブルの上に置き、こちらを振り向く。
「おや、おはようございますアオイさん。随分早起きなのですね」
「まぁ、ちょっと・・・その、今ちょっとお時間よろしいですか?」
「えぇ、いいですよ。どうぞ、そこに座ってください」
そう言ってテーブルを挟んだダスベルトの正面の椅子に腰掛けるように促される。
アオイは言われた通りダスベルトの正面に腰掛けると、つい数時間前のことを簡単に話始めた。もちろん、王国と魔王を倒すなどの他言出来ないような部分はうまく伏せておいた。
アオイの話を一通り聞いたダスベルトは腕を組み顎に手を置いて考え込む。
「・・・なるほど、『天界の魔法』と『太陽の魔法』を操る者、ですか。それはとても興味深いですね・・・」
「何でもいいんです!そのことについて知っていることがあれば教えてください!」
アオイは必死になってダスベルトに頼み込んだ。するとダスベルトは腕を組んだまま自信なさげにこう答えた。
「そういえばここから少し遠いところに町があるのですが、その町のギルドのマスターが見たこともない魔法を使っていた・・・という話を聞いたことがあります。もしかしたらですが・・・」
「ありがとうございます!では今日中に準備を整えて、明日からその町に向かいたいと思います」
「そうですか、では地図を渡しておきますね。・・・ちょっとここを見てください。この『デルポイ』と書かれている町があるでしょう?この町に今言ったギルドがあります。ここから徒歩だと一日ほどかかると思います」
「すいません、地図まで頂いて・・・ありがとうございます!」
アオイはテーブルの上に広げられた地図を受け取り、頭を深く下げて礼を言った。
「・・・実は最近、勇者達の動きが活発になってきているらしいのです。もし出会ってしまったら、大変なことになってしまいます・・・移動の際には気を付けてくださいね」
「あの、その勇者達の話も詳しく聞かせてもらってもいいですか?」
「勇者達の話、ですか?そうですね・・・彼らは常に四人ほどで行動していることと、全部で二百人ほどいるとか、それから・・・後は全員が『この世界の人間ではない』という話をどこかで聞いたことがあります」
『この世界の人間ではない』という言葉に驚き、アオイは思わず大きく目を見開く。
「ちょっ・・・!この世界の人間じゃないってどういう事ですか?」
「彼らは王国が別の世界からこちらの世界に召喚した者達で、一人で小国の軍隊と同等かそれ以上の力を持っていると言われています。彼らはその力を使って悪行の限りを尽くし、王国もそれを黙認しているような状態です。そして何の罪もない人族と魔族のたくさんの人々が・・・勇者達によって殺されました」
苦悶の表情を浮かべながらダスベルトはそう言った。
アオイは話を聞いていくうちに、次第に自分の中に怒りの感情が芽生えていくのが分かった。
『別の世界』とは、ほぼ間違いなくアオイがいた元の世界のことだろう。だが『王国が召喚した』ということは、少なくともプルトーンが連れてきたと言っていた『天界の魔法』『太陽の魔法』の使い手とは関係はないだろう。
ただアオイの探している人と関係はないとはいえ、自分と同じ世界から来た奴等が、そんな残虐な事をしていることがアオイには許せなかった。これでは『別の世界から来た』と言うだけで勇者達と同類だと思われてしまうだろう。それに、何の罪もない人々を殺すなどまともな人間のすることではない。
アオイは話を聞いて感じた率直な疑問を、ダスベルトに尋ねる。
「何でそんな奴らが『勇者』だなんて呼ばれているんですか?」
「恐らくですが・・・王国が彼らのことを『勇者』と呼び、そして彼ら自身も自らを『勇者』と名乗っているので自然と勇者と呼ばれるようになったのかと」
「・・・なるほど、そうですか。色々と教えていただきありがとうございました」
と、ここで突然、誰かの声が後ろから聞こえてきた。
「・・・許せないよね、罪もない人達を殺しちゃうなんて」
「あぁ全くだ・・・ってカーミラ!?いつからそこに!?」
アオイは驚き、勢いよく後ろを振り向くとそこには腕を組んで眉を寄せているカーミラが立っていた。
「いつから?うーん、アオイが椅子に座った辺りから、かな?」
「うわぁ・・・それもうほとんど最初からじゃねぇかよ・・・」
アオイは溜め息をつき頭を抱え俯く。しかし、カーミラはニコニコしながらこう言った。
「と、いうわけで!私も一緒についていくよ!一人より二人、二人より三人だよ!」
「いや、何が『と、いうわけで』だよ。ちょっと待っ・・・」
出来ることなら関係のない人は巻き込みたくないアオイは断ろうとするが、タイミング良くダスベルトが話に入ってきた。
「アオイさん、カーミラと一緒に行ったらどうですか?彼女はこう見えても凄腕の魔導師なんです。それにアオイさんの事情も知っています。・・・きっと助けになってくれると思いますよ?」
(うわぁ、そんなこと言われたら断りにくくなるじゃん・・・)
アオイはチラリとカーミラの表情を伺うと、彼女はキラキラした目でこちらを見ていた。アオイは観念したように一つ小さく溜め息をつくと、カーミラに向かって軽く微笑みかけた。
「・・・分かった。じゃあよろしく、カーミラ」
「まぁ、どーんと大船に乗ったつもりでいてよ!私が手伝えばどんな問題もすぐに解決出来るからさっ!」
「あれ、なんだろう、急に不安になってきたな」
「ちょっと!それどういう意味!?」
「ほらほら、喧嘩は止めてください。・・・アオイさん、カーミラ、くれぐれも気を付けてくださいね。向こうでは何が起こるか分かりませんから」
「分かりました、じゃあ部屋に戻って準備をしてきます。・・・ダスベルトさん、本当にありがとうございました」
アオイは席を立ち、部屋に戻る前に改めて深く頭を下げ礼を言った。そうして、アオイは部屋のある方へと歩いていった。
「あっ!じゃあ私も準備してこよーっと」
カーミラはバタバタと慌ただしく部屋へと戻っていった。
一人残されたダスベルトは机の上に置いていたティーカップを手に持ち、飲みかけの茶を一口だけ口にする。すると、驚いたように眉を少し上げティーカップの中に入った透き通った紅色のお茶をまじまじと眺める。そして残りをゴクリと飲み干し、ティーカップを眺めながら優しく微笑むと、ダスベルトはこう呟くのだった。
「冷めた茶も・・・悪くないな」




