第十二話 『星々の加護』
「ぜってぇ負けられねぇ・・・」
アオイは今まで感じたことがない、死と隣り合わせの緊張感に包まれていた。しばらく両者の間に、睨み合いが続く。
だがアオイは、一向に攻撃を仕掛けるような素振りを見せない。
そんな様子のアオイに、ダスベルトは首を捻った。
「どうしました?何故、攻撃しないのですか?」
だがアオイはその質問には答えず、ダスベルトを睨んだまま微動だにしない。
いや、動くことが出来なかった、という表現の方が適切だろう。
それは緊張のために体が動かなかったとか、先に攻撃を仕掛けた方が負けるような気がした、というような理由のためではない。
アオイは攻撃する魔法を持っていなかったからである。
今のところアオイには『相手の動きを止める魔法』と、『相手の意識を奪う魔法』の二つがある。
確かに禁忌の魔法と呼ばれるだけあって、二つとも非常に強力な魔法だ。だがその内の一つが、いとも簡単に打ち消されてしまった。
これでは、おそらく『相手の意識を奪う魔法』も効かないだろうとアオイは考えていた。
(プルトーン・・・。攻撃魔法の一つくらいは使えるようにしておいてくれよ・・・)
一方のダスベルトは『フラメス』、そしてそれを上回る『フィール・フラメス』の二つの魔法を使えることが今の段階では分かっている。
それに、ダスベルトがこの二つを越える強力な魔法を持っている可能性も十分にある。
と、アオイがそんなことを考えている内についに痺れを切らしたのか、ダスベルトがこちらを睨みながら口を開く。
「なるほど。アオイさんが攻撃をしないなら・・・私が先に」
そう言うとダスベルトは、胸に手を当ててゆっくりと目を閉じた。
すると、胸に当てた手を中心に、銀色の魔法陣が展開される。ダスベルトはその胸の魔法陣の中に手を入れて、何かを引っ張り出してきた。
「あれは・・・刀か?」
ダスベルトが魔法陣から取り出したのは、長さが二メートルほどの、全体が青い光を放っている刀のような形状をしたものだった。
「これは私の切り札の『心刀滅却』という魔法です。はたして、この魔法があなたに止められますか?」
刀の先をアオイに向け全身からぞくりとするほどの殺気を放ちながら、ダスベルトは言った。
(うわぁ、またヤバそうな魔法が出たなぁ・・・)
アオイがげんなりした顔をしていると、すぐ横から声が聞こえてきた。
「やめて!!!」
悲鳴にも似た叫び声が聞こえた方を向き、アオイは目を見開いた。
そこには不安と恐怖でだろうか、顔を強張らせたカーミラがすぐそばにいたからだ。
「カーミラ?!ちょっ、何でこんなところにいるの?!さっきまで離れたところにいたじゃん!」
しかしカーミラは微かに震えながらも、ダスベルトを真っ直ぐに見たまま動こうとしない。
「マスター!それはやり過ぎだよ!お願い止めて!その魔法を使ったら、アオイが死んじゃうよ!」
カーミラはダスベルトに向かって、震える声で必死に叫んだ。その悲痛な叫びだけが森に響き渡る。
だが、これに反応したのはアオイだけだった。
「えっ、マジで?死ぬ?あれ、そんなにヤバイ魔法なの?」
アオイはなぜか少し笑ったように口角を上げながら、ダスベルトが持っている刀を指差した。その声からは、緊張感がまるで感じられない。
そんなアオイに、カーミラは真剣な表情を向ける。
「あれは『魔導師滅却術式』の一つなの・・・」
「『魔導師滅却術式』?」
全く聞いたことがない単語に、アオイは思わず聞き返した。
「そう。『魔導師滅却術式』とは、魔導師を殺す事に特化した魔法のことをひとくくりにそう言うの。そのたくさんある術式の中でも、特に強力なのがあの『心刀滅却』。魔導師がこの魔法を食らうと、体内の魔力と心が暴走して・・・」
カーミラはここまで言ったところで言葉を濁し、俯いた。
アオイにも、その先は言われなくても容易に想像がついた。
「・・・うわぁ嫌だなぁ。さすがにまだ死にたくねぇな」
「もうよろしいですか?それでは行きます・・・よっ!」
ダスベルトは地面を思い切り踏み込むと、一気に距離を詰めてきた。
「うわっ!『お休みなさい』ッ!!」
アオイは反射的に闇の塊をダスベルトに向かって放った。するとその塊がダスベルトに当たり、ダスベルトの全身を闇が包み込んだ。
数秒ほど経過すると、ダスベルトを包み込んでいたその闇は霧散し、中からダスベルトが姿を現した。
現れたダスベルトは、ぼぅとどこか一点を見つめたまま微動だにせず、しばらくすると両膝を突き、糸の切れた人形のように地面に崩れ落ちた。
「えっ?もう終わり?」
拍子抜けだった。
ギルドマスターのような魔法に特に精通しているであろう人物に、この程度の攻撃は通用しないだろうと思っていた。
だがそれが、身を守るために咄嗟に放った魔法、それも一撃で倒してしまうとは想像もしていなかった。
とりあえずアオイは倒れたダスベルトに近寄り、掛かっている魔法を解除した。
するとダスベルトはゆっくりと目を開き、周囲を見渡した。そこでアオイの姿を確認すると、フッと何故か満足気な笑みをこぼした。
「私は・・・負けたのですね」
その顔は清々しく、何かを納得したような表情に見えた。
「まぁ・・・そうですね」
アオイは簡単に勝ってしまった事にいまいち釈然としていないが、とりあえずはこう答えた。
「アオイ!!」
自分の名前を呼ぶ声が聞こえてきた方向に振り返ると、瞳を潤ませたカーミラがアオイに走って近づいてくる。
そしてその走ってきた勢いのまま、アオイに抱きついた。
「良かった・・・!アオイが生きてる!良かった!本当に良かったよぉぉぉぉ!」
カーミラはアオイに抱きついたまま、わんわんと声を上げて泣きだした。
アオイは突然のことに顔を真っ赤にし、戸惑った表情を見せる。
「えっ!?ちょっ、どうしたどうした!」
アオイがトントンと肩を叩くと、カーミラは慌てて離れ、ゴシゴシと涙を袖で拭った。
「ごっ、ごめん!私、つい、あの・・・」
頬を赤らめ、あたふたしながらカーミラは何とか取り繕おうと話を続ける。
「い、いやぁ!それにしてもあのマスターを倒すなんて!凄いんだねアオイは!いや、本当、尊敬しちゃうよ!アハハ!」
「おい、どうしたカーミラ。顔が真っ赤だぞ」
「え?!ちょっと待って!こっち見ないで!」
ダスベルトは、そんなアオイとカーミラのやり取りをニコニコしながら見ていたが突然、アオイさんと呼び掛けた。
振り向くと申し訳なさそうな顔をしたダスベルトが、深く頭を下げて謝罪した。
「アオイさん、この度は本当に申し訳ありませんでした。実力を確かめるためとはいえ、あなたには酷いことをしてしまいました・・・」
「あ、あぁ。大丈夫ですよ、怪我もしてませんから」
自分の体に目立った傷がないことを確認しながら言った。
それにと、アオイは続ける。
「そりゃあ『俺みたいな奴』が入ってきたら誰でもそうすると思います。・・・それよりも、俺はギルドに入れるんですか?」
「えぇ、もちろんです。私達『星々の加護』はあなたを歓迎いたします」
それでは、と一つ咳払いをすると、ダスベルトはニコリと微笑み、こう言った。
「―――ようこそ、『星々の加護』へ。オヨミ アオイさん」




