Flag-024【カコノツギテ・・・未来の継ぎ手】
湊の、いやクリヌシのマシンとされるブーメランオメガを追撃する二台。コーナーごとにつかず離れずで食らいつくが、一歩抜きん出るには至らない。
「駄目だ、後は奈緒のリードに賭けるしかない。」
「任せなさい!」
勝負は2セット分となる六周、その五周目に入り、伊緒のファルシオンはやや遅れ気味となっていた。すでに二回目のレーンチェンジブリッジを越えた奈緒のクレイモアが、ここで最インレーンから最アウトレーンのブーメランオメガを煽る。そして連続コーナーまで来て、ついに先頭に立った。
「・・・いや、まずいわ。」
ブーメランオメガがレーンチェンジブリッジでインレーン側に移った後、右コーナー、連続ウェーブ、左バンクとクレイモアがリードを保つ。しかしその差はストレートセクション一枚以下。つまり、リードが足りない。ラスト六周目、インレーンのブーメランオメガがコーナーごとにじわじわとクレイモアに迫る。そして連続コーナーの終わりでついに並ぶ。
「本格的にヤヴァ、」
俺が言いかけるより先に、ブーメランオメガがチェッカーラインを過ぎていた。クレイモアに対しマシン一台分程度の差。湊はマシンを拾って呟いた。
「着順までクリヌシ様の計算通り、不測要素2%。床に固定してる養生テープ、剥がれてるのが混ざってる。適当なのか、フェイクなのか・・・それがちゃんと貼り付いてたら、もっと速度出ていいはず。それで、計算狂ってたみたいだ。」
端から見ればきれいに貼り付けられてるように見えるが、テープが床に面するところだけ何か粉でもこびり付かせ、粘着を落としているんだろう。Nコードさんがこれを意図して設置したのは間違いない。クリヌシはもちろんだが、湊もそれに気づいたってことなんだろうか。伊緒も奈緒も何も言わないが、当然、気づいていたはずだ。
「あ、やっぱりかー。」
壮太だけはわざとか本気かそんな調子だった。DKはやはり気づいていなかったようで、床に乗ってるだけの養生テープを、今更めくってみていた。ちなみに、大柄なボズは敗退して以降、部屋の隅にずっとうずくまったままだ。
「さすがにあのレベルのVSにスーパーFMで勝負するのは、これが限界だ。」
伊緒の言う通り、本来、VSシャーシの駆動効率はダントツ。到底かなうはずがないSFMシャーシでもなんとかついて行けてたのは、伊緒だからこそだ。
「レーンチェンジが楽な分、スラスト角はギリギリまで落としたわ。マシンの状態は絶好調、電池もこれ以上は・・・。」
走りを見る限り、奈緒のクレイモアも今までにない速度だったはず。それでも、あと少し届かなかった。
「どんなに理想のセッティングを示したところで、パーツ状態の差はどうしても埋めきれない。でも、クリヌシ様のマシンは全てのパーツが最高の状態で組まれてる。たぶん、君らのマシンとそこの差はないと思う。だから・・・、」
湊が淡々と言うと、壮太は問いかける。
「それ、おまえが調整したのかー?」
「そう。クリヌシ様の指示に従って、」
「へぇ。じゃ、オレたち誰と勝負してるんだろーな?」
「え?」
壮太はエスペランサをかざし、フロントの830ベアリングローラーを弾いて言った。
「さ、そんじゃあいよいよエスペランサの出番、」
そこでふと言葉を止める。弾いて回して見せたはずのローラーが、不意に止まっていた。
「・・・まずっ、ゴミ噛んでる!うー、まじかよこんな時にー。」
「何!?ちょっと待て、生半可な状態じゃ勝てないぞ。どうすれば・・・。」
埃っぽいコースや、特に野外コースでは、微細な塵がベアリングローラー内部に入り込み、こういうことが起きる。クリーナースプレーとかで洗浄すれば復旧できなくはないが。現状、おそらく壮太のエスペランサが最も速度が出てた気がする。高駆動効率のMSシャーシなら、クリヌシのブーメランオメガ相手でも充分渡り合えると踏んだんだが。そこでふと、俺は思い立った。
「・・・おい、俺らのうち誰か一人でも勝てたら、そう言ったな?」
「ソウダ。」
キャリーバッグの上のモニターから即答があった。それなら一つ、考えがある。
「壮太、他にマシンに問題あるか?あと、レーンチェンジの安定性はどうだ?」
「絶好調!レーンチェンジは思ったよか楽々、もっと速度あげて良さそーだな。」
「伊緒、自慢のベアリングの調子はどうだ?」
「翔司郎?・・・問題ない、パーツ状態で遅れを取ることはない。」
「よし。電池に自信あるのは・・・やっぱ奈緒か?」
「え?ええ、まぁね。・・・まさか、」
俺の問いかけの意図に気づいたか、伊緒と奈緒ははっとして顔を見合わせていた。
「希望ってのは少なからずあるもんさ。見つけられるか見つからないか・・・ただ、それだけだ。」
俺がそう言うと、壮太が続いた。
「無理かどうか、決めるのは自分さ。」
「運命に頼む前に、できることは全部やろう。」
「そして・・・マシンを速くしてあげられるのは、自分だけ。その気持ちが本物なら、マシンは必ず応えてくれる。」
奈緒と伊緒も、そう応じた。あの人からもらった言葉で。俺は再び、湊ではなくモニターへと言い放つ。
「俺達の全部をぶつける。次を、お前の最後のレースにしてやる。」
壮太は伊緒から借りて交換した830ベアリングの回りの良さに、目を丸くした。
「おー、伊緒のやつ回んなー!超速ギヤも520もいい感じ。」
「予備持ってきて正解だったな。」
伊緒はMSシャーシの駆動系では最も消耗しやすい、緑のカウンターギヤも持ってきていた。壮太のマシンに何かあった場合まで考えてたらしい。一方、黙々とドライブウイングのメンテをやってる俺に、奈緒が聞いてきた。
「あんたはそのままでいいわけ?」
「ああ。スタート、俺がインレーンを取って壮太にアウトレーンを譲る。こないだは一が俺の身代わりになった・・・今度は、俺が代わりになる。ドライブウイングで勝ち目がないとは言わないが、TZXシャーシじゃ分が悪い。」
クリヌシは間を取ってミッドレーンスタートでいいらしい。となると俺と壮太でインとアウトを分けるわけだが、速度が乗らないうちにレーンチェンジブリッジをクリアし、その後加速を続けられるアウトレーンスタートの方が幾らか有利な可能性がある。それに、パワーが物を言うバンクや連続ウェーブなど、MSシャーシ向きなコースレイアウトという気もする。あくまで大本命は壮太のエスペランサ、それで押すしか勝機はないように思えた。
「そう・・・レーンチェンジの自信は?」
「そんな危ない感じはなかったな・・・ん?」
すると、奈緒はアトミックチューンモーターを差し出してきた。おそらく、さっきまでクレイモアに使ってたやつだろう。
「使いなさいよ。あんたにあげたモーターと同じロットだけど、馴らしの差、歴然だし。」
実際、レース前のモーターチェックでは奈緒のアトミの方が回転数は上だった。
「・・・ありがとな。」
「六周じゃ持久戦になるわ。伊緒ちゃんがあたしのと同じ充電器持ってるから、あんたの分の電池も用意しといたげる。」
その時、コースを挟んだ向こう側では、湊がなにやら独り言を呟いていた。
「え、寿命?確かにかなり速いモーターだけど、まだブラシ焼き切れるとこまでは。それにあっちはかなりの速度で来る、このくらい回るモーターじゃないと・・・でも、」
クリヌシ相手に話しているんだろうか、それにしては少し揉めてるようにも見える。それからしばらくその独り言を続けた後、湊は伊緒にアトミックチューンを一つ差し出し、言った。
「あの、こっちに変えたいんで、モーターチェッカーをお願いします。」
「・・・わかった。」
「オレ、アウトでいいんだな?」
壮太が確認するように聞いてきた。奈緒に話したような意図は敢えて伝えてなかったが、そう聞いて来るってことは、壮太もレーンの影響は気にしてたんだろう。
「その代わり、絶対勝てよ?」
「翔司郎もな?」
自信がないとは、言わない。人任せにしていい勝負でもない。壮太にベストポジション譲ったからといって、自分の走りを捨てたつもりはない。そう自分に言い聞かせながら、俺は短く答えた。
「・・・ああ。」
「行くわよ?ゲットレディ・・・ゴー!」
三台は揃ってメインストレートを進み、最初の左コーナーを折り返しても速度に差はない。まずはアウトレーンのエスペランサがやや遅れながら連続コーナーを進んだ後、レーンチェンジブリッジを無難にクリアした。
「よし!」
伊緒のローラーとギヤ、奈緒の電池でさらに速度は上がってるはずだが、さすがに加速途中の一周目ならこんなもんだろう。二周目の頭では俺のドライブウイングがトップを切っている。最インレーンのエスペランサが食らいついてくるも、逃げ切って連続コーナーを抜けた。一方、湊のブーメランオメガがレーンチェンジブリッジをやや浮かびながらクリアする。速度の割に挙動の乱れは少なく、さほどの着地ロスもなくインレーン側に移っていた。
「さすがに抜かりないな・・・。」
次はいよいよ俺のドライブウイングの番だ。最アウトレーンのため、ここでエスペランサとブーメランオメガに迫られる。ブーメランオメガはそのまま壮太のマシンに並ぶところまで進んだ。そして、ドライブウイングがレーンチェンジブリッジに突入する。いつになく速度が乗った状態、さすがに不安な心持ちで見守る。
「踏ん張れよ・・・よしっ!」
「やったな!」
悪くない挙動だ。しかしその隙を突くように二台に並ばれる。最後のバンクをパスして1セット三周を終えたとき、鼻先の差でトップは湊のブーメランオメガ、続いてエスペランサ、ドライブウイングがほぼ並んでいた。
「・・・やっぱり、このマシンには勝てな、」
「まだまだー!」
湊のどこかあきらめにも似た呟きを、壮太は意気揚々と遮る。普通に考えればもう1セット走って、この差がさらに開きそうなもんだが。エスペランサのモーターはアトミより低回転ながら、燃費がいいトルクチューン。六周の持久戦なら、ひょっとしてそっちの差が効いてくるかもしれない。四周目の最初のコーナーでドライブウイングがまた、前に出た。最インを行くこの周回でどこまで稼げるか、そこに勝機がかかってると言ってもいい。一方エスペランサの方は、いよいよ最も加速した状態でレーンチェンジブリッジを迎える。むしろこっちの方が、俺たちにとっては重要かもしれない。ここをクリアできれば、あとは怖いものなしにガンガン加速していくだけだ。三台一丸となって連続コーナーに突入すると、コースが大きく揺すられ、皆一様に速度が食われるのがわかった。どうりでレーンチェンジが楽なわけだ。実は、本当に速度一辺倒勝負の超高速コースなのかもしれない。結局、エスペランサは前のレースよりは荒っぽいながら、さほど挙動を乱すことなく着地できていた。
「よっしゃ!もらったな!」
「いや、まだ、」
「いや、行ける!」
湊に喋る間も与えず、壮太は叫んだ。ドライブウイングは思ったよりリードを延ばしていた。続くブーメランガンマに追撃されるも、連続コーナーで逃げ切る。ブーメランガンマは二度目のレーンチェンジブリッジをクリアし、やや後退。エスペランサはここで二位に上がっていた。順位通りにアウト、ミッド、インの順に並んで、三台は最後の六周目に突入する。コーナーごとに差が詰まり、しかし連続コーナーで粘りを見せ、いよいよ、ドライブウイングが最後のレーンチェンジブリッジを上った。
「さぁ・・・よし!」
「突っ切れぇえええ!」
俺の着地を見届けてか、壮太がまた叫ぶ。ドライブウイングは最後の連続ウェーブでエスペランサに抜かされ、続いてブーメランオメガに並ばれる。そしてチェッカーライン直前の、左バンクを曲がった。
「ゴール!」
Intermission
「・・・あたしたちの勝ちだ。」
トップはエスペランサ、そしてドライブウイングもまた、鼻先の差でブーメランオメガを制していた。クリヌシは沈黙したまま、モニター上のWEBカメラも制止していた。伊緒と奈緒はモニターを見つめたまま、何も言わない。言うまでもない、今度こそクグツ衆の命運は決まった、明白に。
「バカなフールだぜ!クリヌシ様が、破れただと?クグツ衆が、クグツ衆が終わるってのかい?」
DKは愕然として言った。全てが決着し、沈黙が訪れる。それを破ったのは、湊だった。
「壮太・・・あのビルでレースして、わかった。同じ古いロットの電池で、よく慣らした手持ちモーターで、ギャラクシアレイは最高の走りをしてたはずだった。不足要素3%、クリヌシ様の託宣通り・・・でも、勝てなかった。」
湊は、今度は自分のバッグを漁ると、そこから一台のマシンを取り出し、再び壮太に向き直る。
「壮太、お願いがあるんだ・・・最後に僕のマシンと勝負して。この、真のブーメランオメガと。」
「ソノマシン、ソノボディハ・・・。」
デザインはクリヌシのブーメランオメガとほとんど同じだが、キャノピーはシルバーメッシュ、細部は金と赤と青とで彩色されている。そして、年季が入ったボディだった。
「それ、お前が日吉で走らせてた・・・そっか、いいぞ!」
「あんたも往生際悪いわね。今更延長戦とか言い出すわけ?」
壮太の快諾に対し、奈緒は懐疑的に言った。もちろん、湊もそんなつもりで言ったんじゃないようだった。湊は顔に掛かった半割れの仮面を外し、床に置く。
「違う・・・これは、僕の戦いだ。」
「ミナト、ナニヲシテ、」
今、クリヌシはミナト、と言った。ツギテとしてのハンドルネーム、カナデではなく。
「そーゆーこと。黙って見てなよ、こっから先はオレたちのレースだ。」
壮太が言ってその数瞬後、クリヌシが映されたモニターに急にノイズが走った。そしてしばらく画面が乱れた後、通信プログラムが強制終了し、ただエラーメッセージとデスクトップ画面が表示されるだけになっていた。湊は一言、呟く。
「・・・お姉ちゃん?」
これはずっと後になって、Nコードさんから聞かされた話だ。俺らがちょうどツギテたちとレースしていたとき、Nコードさんと叶さんは首都圏郊外にある、八坂大学周辺に張り込んでいた。その大学のスーパーコンピューター内にクリヌシの本体があると睨み、通信傍受用の装備を満載した御堂家のワゴン車で監視していたらしい。
「お嬢様達の周辺から発信される信号と呼応するデータの送受信が見られます。八坂大学構内のスーパーコンピューターと、それから、」
「この、八坂大学病院か・・・これから接触を試みる。オンラインの方の対処は頼んだ。」
Nコードさんは携帯をしまうと、隣接する敷地にあるその病院内に入った。病棟へ入るところには受付があり、さすがに無視して入り込めるような感じではなかった。
「506号室に面会に来ました、親族の者です。」
「506・・・申し訳ありませんが、こちらはご家族の希望により、事前にご連絡のあった方しかお通しできません。」
「実の叔父でも?」
意外なガードの堅さにNコードさんは粘ったが、受付はなかなか許可しない。そんなやりとりをしていたときだった。
「やぁすまない、私が同席を頼んだ人だ。」
黒のロングパンツに白いシャツ、肩まで伸びたストレートの髪、そして目元を隠すテンガロンハット。歩み寄ってきたその人物は帽子を取ると、それをふわっと投げてNコードさんに寄越してきた。
「お前、まさか・・・、」
驚愕するNコードさんを余所に、その女性は受付に何かのカードと書類を見せ、あっさりと許可を得ていた。
「・・・なぜだ?」
「何事も下準備だよ、ここに入る権限くらい押さえてきたさ。知人の伝で院長の紹介状を、」
「そうじゃない。・・・なぜ今頃、現れた?」
「さすがにちょっと、目に余ると思ってね・・・着いたよ。」
個室の506号室、入院患者の名は【来生操】とあった。ベッドには二十代ぐらいの女性が寝ている。目を引いたのは、その頭部に被せられた装置だった。二人がそばに寄ると、傍らのパソコンモニターが急にスリープモードから立ち上がり、スピーカーから声が発せられる。鼻声のようで機械音じみており、どうやらクリヌシと同じ声だったようだ。
「ダレ?ナゼハイッテコレタ?」
「操、通信が急に・・・お前達、一体誰だ?」
ちょうどそこへ、白衣をまとった中年の男が現れた。病室に駆けつけるなり、Nコードさんらを見て驚きを露わにする。
「来生教授ですね?初めまして。まぁ言ってみれば・・・取り立て屋、みたいなもんかな。」
女性はそう言うと右手を掲げ、指をパチンと鳴らした。その瞬間、ベッド脇のモニターに幾つかのエラーメッセージが表示される。
「差し当たりネットワークを遮断させて貰った。もちろん、例のシミュレーターも凍結。」
「そんな、操のセキュリティを破ったというのか!?先程からの集中ハッキングもお前達の仕業なのか?」
解散を要求して素直に聞くような相手じゃないことも考え、俺らの勝負がついた時点で、出方によっては実力行使で強制的にプログラムを凍結させる手筈だった。だが、この時点で叶さんはまだ待機中。最後の一手の準備を整えつつも、監視に徹していた。
「世界中の友人たちに手伝ってもらった。彼らは優秀だ、抵抗は諦めてくれ。異議申し立ては欧州統一特許裁判所へお願いします。」
そう言うと女性は、英語で書かれた書類を一枚、掲げて見せた。
「ある国際的特許に関わる係争案件だ。君らがスーパーコンピューター上で走らせている例のセッティングシミュレーターには、私が保有する特許を侵害するものが含まれている・・・というよりあのシミュレーター自体が元々、私が欧州のとある大学で研究してたのをハッキングして、コピーしたものだってのもわかってる。それを証明する術もある。」
Nコードさんは想定外の展開をただ、黙って見届けるしかなかった。
「来生教授、昨年あなたが発表した論文、拝見しましたよ。【脳波とデジタル情報の相互変換デバイス開発とネットワークインターフェイスへの接続に関する研究】・・・なかなか興味深いものでした。特に事例資料としてあった、全身不随の被験者が脳波によってインプットしたという、プログラムの例文がね。その文中にあった【165】、【105】、【70】という数値・・・ミニ四レーサーなら誰しもピンと来るマジックナンバーだ。」
メーカー規定による、ミニ四駆の縦横高さのサイズ制限だ。
「この三つの数値が並ぶなんて偶然とは思えない、それで気づいたんだ。娘さんがしていることがどんなことか、わかってますか?」
「私に・・・ミニ四駆のことはわからない。」
「そうですか。ご自身の研究が順調ならそれでいいというのは、戴けませんね。」
来生教授は何も言い返せない。女性は懐から何か取り出し、来生操のベッドの上に放り出した。あの古いゲーム機を模した、クグツチップの位置検出モジュールだった。
「ある模型店で見つけてきたよ。図面は彼女が起こしたものかな?こんなものを全国の模型店にばらまくとは、なかなか予算が掛かった取り組みでしたね。もっとも教授の主要な研究費からすれば、そのくらい端金だったでしょうが。」
女性は、Nコードさんらがやっと調べ上げたカラクリも、全て把握済みだったらしい。
「クグツ衆からのオーダーに応えつつ、シミュレーターの精度向上に繋がるデータが得られるようなセッティングを盛り込ませる。で、こいつでその結果をトレースする。より正確なデータを得るため、指示通りのセッティングしか認めない。それでも残る誤差要因はデータの数、つまりレーサーの数が多ければカバーできる。得られたデータは直接の手足となる幹部級のツギテのマシンにフィードバックさせ、詳細に効果を検証する。そんなところかな?」
「お前、そこまでわかって、」
Nコードさんの出る幕がない。集めた情報もそこからの推測も、過不足なくその通りだったからだ。そこで再びクリヌシの声で、来生操がスピーカーから言葉を発した。
「・・・チガウ。スベテハミニヨンクカッセイカノタメ。カテナイカラヤルキヲウシナウ。ミニヨンクカラハナレル。ダカラ、ショウリヲアタエツヅケルコトヲエランダ。」
「どうかな?もちろん、レースで勝つことは原動力になるかもしれない。けど、鼻から勝てることが原動力になりうると思うかい?そもそも君は私に負けたからこそ、これだけのことをしでかしたんじゃないのかな?」
クリヌシは、操は黙った。
「実態は君のエゴだ。・・・1998年ジャパンカップ、そのサマーカップだったかな?決勝リーグ初戦で当たったあの車椅子の女の子が、これほどのことをするとはね。オータムGP3rdでファルシオンが事故に遭ったって噂を聞いて、一番最初に思い浮かんだよ。」
1998年サマーカップ、それは確か、神楽さんがファルシオンで優勝したという大会だ。
「アノアト、ビョウジョウガアッカシテ、ホトンドウゴケナクナッタ。クグツシュウタクセンドウハ、ダレニトッテモリソウテキナシステムダッタハズ・・・ワタシノマシンヲ、ハシラセルタメニモ。」
「例えどんなに言いなりにしたところで、あくまで彼らのミニ四駆だ。どこまでいっても君のマシンにはなり得ない。」
女性はきっぱりと言った。それから、脇のテーブルに置かれた古いドライバーを手にする。そして動かぬ操の右腕を布団の上に置き、その掌にドライバーを持たせるようにした。その時、かすかに人差し指が動いたのを、誰もが見た。
「そんな、なぜ・・・。」
「来生教授。彼女が再びドライバーを握れるよう、全力を尽くしてほしい。」
「無理だ、操は・・・動けない。」
「それは一生ですか?いつまで彼女を実験台にしておくつもりで?」
すると来生教授は顔を逸らし、黙った。女性はポケットから、これまた英語で書かれた名刺を一枚取り出すと、それを来生教授へ差し出す。
「アメリカの脳神経医療の権威だ。このドクターに連絡してみてほしい、話は幾らか通してある。まだ、治癒の余地があるかもしれない。・・・できるさ、彼女にその気があればね。」
女性はそれで用が済んだのか、きびすを返す。そして病室を出る間際、最後に言った。
「チェッカーラインで待ってるよ。君と、君の本当のマシンを。」
その女性と一緒に病院を出たNコードさんは、いまいち得心が行かない顔をして言った。
「全て、知っていたのか?なぜ、今の今まで現れなかった?」
「あくまで、彼らの戦いであるべきだと思ったから、かな。古い時代の禍根は多かれ少なかれ残る。けど、それをどう決するべきかは彼ら自身に委ねたかった・・・ミニ四駆界を継ぐべき者たちに。そのために託したんだ。マシンも、時代も。」
女性はNコードさんに持たせていた帽子を受け取ると、それを深々と被る。
「まだ、戻らないつもりか?」
「そうだね・・・でもいずれ、一人のレーサーとして戻ってきたくなるかもしれないな。」
女性はどこへともなく歩き出すと、Nコードさんに背を向けたまま、片手を振って言った。
「じゃあ、その時が来たら、また。」
「よっしゃ!」
壮太が指をパチンと鳴らす。湊のブーメランオメガに対し、エスペランサは僅差で勝っていた。
「ちょっと自信あったんだけど・・・壮太には勝てないみたいだ。」
「何言ってるよ、こんな差じゃ勝てた気しないって。・・・お前やっぱ、ミニ四レーサーだったんだな。」
二人が和気藹々とレースしている間ずっと、DKとボズはキャリーバッグのモニターを見つめたまま、棒立ちになっていた。表示が戻らぬモニターの前で、二人の手元から仮面が落ちた。
「終わってるエンディングだぜ。ツギテの座も、クリヌシ様の力も・・・。」
「残ったのはそのマシンと、お前自身の力だけってこったな。」
DKの左手にはまだ、ファントムノヴァがあった。俺に続いて、伊緒が言う。
「いつだって自分の力しかない、頼るべきものは。そいつを磨いていく他ないだろ。」
「湊にはできんのに、お前はできないのかー?」
壮太がからかうように言うと、DKはムキになって言い返した。
「なんだと、ツギテの筆頭だった男だぜ?この俺様は・・・そのくらいのマシン、託宣が無くても組めるってもんさ!」
「なんだ。あんたもちょっとはミニ四レーサーっぽいとこ、あるじゃない?」
奈緒に言われ、DKはきょとんとして黙った。要はそういうことなんだ。たとえどんな風が吹いても燃え尽きない、そういうものが、あいつらにも少なからずあったんだろう。
「そういう奴とレースしたいんだよ、オレはさ。リベンジ、待ってるからな!?」
「・・・そうだな。」
俺は一つ、納得した。だからこそ俺も、ミニ四レーサーでいられたんだってことに。
次回予告
伊「いよいよ年の瀬、一年を締めくくる時が来たな。」
翔「ん、何があるんだ?」
壮「知らないのかー?」
翔「知ってるのか?」
壮「・・・なんだっけか?」
伊「おい・・・十二月のメーカー公認大会、ウインターGP1st。その後続けて、年間チャンピオン戦が開催される。」
壮「そだ。一年間のGP優勝者が競い合うっていう、あれな?」
奈「そこで真のチャンピオンが決まるわ・・・というわけで応援よろしく。」
翔「伊緒も奈緒も参加権持ってるんだったな・・・ってちょっと待て、当日ウインターGP1stの優勝って枠が残ってるんじゃないか?」
奈「でもあんた、勝てる気でいるわけ?」
翔「うっ・・・次回エアーズ、Flag-025【Finalistが集う日に】」
壮「チェッカーラインを見逃すな!」
冴「フィクションなりに見せてもらったよ。ミニ四駆界の継承者・・・エアーズとしての、君たちの走りをね。」




