Flag-023【仮面の隙】
その日、俺は朝一でガーデン日吉にいた。炊き上がった充電池をドライブウイングに収める。シャーシは白いTZXへ変更、ギアなど駆動系の消耗パーツは新品にした。フロントバンパーには金色のアルミワイドプレートを、リヤのカウンターブレードは新品のFRPで組み直し。全体的に、剛性は確かに上がっていた。そして、830ローラーはかつての愛車に積んでいた、神楽さんが調整してくれた予備品を使っている。
「行け。」
俺は生まれ変わったドライブウイングをコースへ放った。スムーズに滑り出し、バンクや連続コーナーでもたつく感じもなく、駆け巡る翼。そして問題のレーンチェンジブリッジを比較的落ち着いた挙動でクリアし、ラップタイマーをくぐった。
「・・・見事だ、うまく整ったようだな。」
Nコードさんから声がかかる。とりあえず及第点ってとこだろうか。
「あいつらから支給されたモーターってのは癪ですけど。」
「君がマシンの一部として使いこなせている、ということに意味がある。相手が相手だ、筋のいいモーターを選ばないわけにはいくまい。モーターに頼ってマシン自体が疎かになることはままあるが、しかし、モーターの差で負けるわけにはいかないからな。・・・行くか?」
「はい。」
もう何度も走りを確認した、コンディションに不安はない。去り際に覗いたラップタイマーは、9.41秒を示していた。
それから、ガーデン日吉から十分ほど歩いた先にある、公民館の前まで来た。一日貸し切りにしたそこの多目的ルームが、決戦の場だった。
「今日のコースは私が設営した。日吉のコースで最高の走りができるセッティングなら問題ない、気にせず全開で走れ。ただし、一つ注意がある。」
「はい?」
Nコードさんは一段声をひそめて言った。
「公平を欠くようなものじゃないが、今回は奴らに対しちょっとした仕掛けを用意した。・・・コースについて、たとえ何か気づくことがあっても一切口にするな。いいか?」
「はい。・・・Nコードさん、どこへ、」
俺の頷きを認めて立ち去ろうとするのを呼び止めようとしたが、はたと気づく。もっと大きな作戦を動かそうとしている、レースもあくまでその一環のはずだった。
「レースは君らに任せた、私は根元に迫る。」
「お願いします。」
Nコードさんは駅の方へ、俺は公民館の中へ、それぞれ足を向けた。
伊緒と奈緒、それに壮太はすでに集まっていた。それから一時間と少しして、いよいよ約束の時間が来る。十二時、廊下にある大時計が、静かな建物内に抑えた鐘の音を響かせる。それが鳴り終わってすぐ、ガラガラと部屋のドアが開いた。
「お誘いにサンキュー感謝だ、来てやったぞ?」
騒々しくDKが先頭を切って入り、それに大柄のボズ、ギャルっぽいアイラ、そしてキャリーバッグを引きずった湊が続いた。皆、すでに半割れの仮面を被っていた。
「てっきり悲しいサッドネスに沈んじまったかと心配したがぁ?まだ懲りてないようで安心したさぁ。ほう?こりゃまたナイスで立派なコースだぜ。」
連中は一様にコースを見渡す・・・正確には、仮面に仕込まれた小型カメラで、コースの様子をクリヌシへと転送してるんだろう。コースはまずロングストレート、左コーナー、ロングストレートと加速し、その後連続コーナー、ウェーブ一枚、左コーナーでレーンチェンジブリッジになる。着地分でストレートが一枚、そこから右コーナーで折り返すと長いウェーブが続き、左バンクを折り返してロングストレートへ戻る。俺はコースの継ぎ目を補強する養生テープに目を凝らした。各コーナーの継ぎ目では、養生テープがイン側フェンスのみに貼られている。ローラーが接触するアウト側を平滑にして、極力抵抗を少なくする配慮だ。さらにコース外壁と床面も養生テープで固定され、コースが揺れ動かないように工夫されていた。ここまで壁面抵抗が少なく、しっかり床に固定されたコースなら、かなり速度が伸びるはずだ。連続コーナーがさほど長くないのもあり、あまり減速せずにレーンチェンジブリッジに突入することになる。日吉のレーンチェンジも厳しめだが、それに合わせたセッティングで本当に大丈夫なのか?ちょっと不安を覚えたものの、俺はNコードさんの言葉を思い出していた。きっと、何か考えがあるんだろう。
「ルールは手持ちのチューン系モーターと1000mAニッケル水素充電池を使用。シャーシ、タイヤ、駆動系は無加工、レースは1セット三周だったな・・・お、早速クリヌシ様からの託宣だ。それじゃあ準備に移らせて貰おうか?」
DKが、クリヌシが、果たしてどこまでコースの意図を見抜けたかは定かじゃないが、その口調にはいつもの余裕が伺えた。
「マシンの中身はレース前に公開車検、モーターは回転数をチェックさせてもらう。ここに、新品をそれなりに慣らしたチューン系モーターがある。こいつを基準にして、プラス二千回転までを上限にする。いいな?」
伊緒は基準となる各種モーターと、モーターの回転数を計る特殊な装置を用意していた。こうしたモーターチェッカーは、カツいレーサーが使ってるのをたまに見かける。専用電源でモーターに掛かる電圧、電流を一定にして、正しく測定、比較できるものらしい。信用できない連中を相手に手持ちモーター勝負となれば、不正を疑わないわけにいかない。それはお互い様のはず、DKは仮面内のモニターに映されるクリヌシの回答を待って、頷いた。
「ほう・・・いいだろう。」
湊はマシンの調整を終えると、自分の荷物とは別に引きずってきたキャリーバッグを開く。中からモニターを取り出してバッグの上に固定し、電源を繋ぎ、内部のパソコンを起動させる。
「今回は御前試合、なんとクリヌシ様が直々にご覧になりたいそうだ!光栄だなぁ?」
程なくモニターに、おなじみの半割れの仮面が映し出される。モニターの上部にはウェブカメラも据え付けられていた。
「さぁて?レギュはともかくルールはどうするんだーい?またチップを賭けるかーい?」
「そうね。ついでにもう一つ、条件があるわ。もしこっちがあんたら全員に勝ったその時は・・・【クグツ衆託宣堂】、閉鎖してもらおうかしら?」
奈緒は強気に言い放つ。これにたじろぐかと思いきや、DKは笑い飛ばして言う。
「ハッハ、こいつぁまた大きくビッグに出たもんだ!いい加減決着を付けさせろってかい?そう来ると思ったぜ。じゃあこっちが全勝したら、君らのマシンの大事なボディを戴こうか?そんでもって、この場で処分させて貰おう。」
空気が凍り付く。俺とてもう負けるつもりは無いが、そうはっきり言われると一瞬怯まないでもない。奈緒は探るように聞き返す。
「・・・へぇ、ボディだけ、でいいわけ?」
「それがクリヌシ様のご回答さっ。チップはともかく、さすがにそれを失っちゃあ君ら、もう立ち直れまい?」
奈緒に少しもたじろぐ様子はない。
「さて・・・どうかしらね。で、要求は呑むわけ?」
「そっちこそどうなんだい?あ?」
これに壮太が威勢良く応じた。
「あったりまえ!一勝だってできると思うなよ?」
「そっちの坊やなボーイもかーい?」
DKはちらりと俺の方を見やった。前回の勝負のことをつついたつもりだろうが、俺だって腹は決まってる。
「当然だ。俺の手でケリを付ける、そのために来た。クグツ衆は今日で解散だ。」
「オウッ、こないだとは打って変わって威勢がいいねぇ?」
壮太につられてか自然、俺の発言も強気に響いた。もちろん、そう言うだけの自信と覚悟もあった。
「翔司郎・・・そういうことだ。早速だが第一戦、誰が当たる?」
「そうだな、クリヌシ様からのご指名は・・・カナデ、まずはお前からだそうだぞ?」
伊緒の問いかけに、DKはクリヌシからの指示を待って言った。
「じゃ、またオレと勝負してもらおっかな。いいだろ、湊?」
指名されたカナデ、いや、俺らの知るところの湊に向かって、壮太が名乗りを上げた。無言の湊に代わり、これまたDKが答える。
「こないだ破れたリベンジだ、いいんじゃないかーい?電池を間違えた上に自前モーターで勝負してまで負けたってのに、クリヌシ様も意外にお優しい・・・せいぜい、次は抜かるなよ?」
「・・・え?」
確かにあの時、壮太のエスペランサも、湊のギャラクシアレイもビルから落下しなかった。罠として忍ばせていた新しいロットじゃなく、練習用の古いロットの電池のまま勝負した、そういうことなんだろう。だがそれは、本当に単に間違えたからなんだろうか?もう一つ俺が腑に落ちないのは、そこまでして負けたにも関わらず、なぜ破門されずにいるのかってことだった。中池君はもっと些細な理由で破門されたのに・・・ある程度組織の秘密に近いツギテともなると待遇が違う、それだけのことなんだろうか?
全員立ち会いの下、モーター回転数とマシンの中身のチェックを済ませ、互いに異論無いことを確認する。前回、ビルから落ちて損傷したはずのツギテ達のマシンは、新品同然に復旧していた。言葉通り、連中は損傷を気に病むでもなく粛々と組み直したんだろう。壮太と湊はほぼ同時に追い充電を終え、車検の終わったマシンを手に取り、ロングストレートの始まりに引かれたチェッカーラインへと向かった。
「湊・・・いんや、カナデだっけか?」
「ミナトでいい。レーン、好きな方選んでいい。」
「なんだなんだ、ハンデのつもりかー?」
すると湊はなぜか、壮太にしか聞き取れないように声を潜め、言った。
「負けたらただじゃ済まない・・・油断しちゃだめだ。」
湊の口調には挑発も侮りもない。壮太は神妙な顔をして、コースを跨ぐと内側に入った。
「・・・じゃ、インもらうぞ?」
湊はコースの外側に出て、ミッドレーンにマシンを添えた。第一レース、スターターは伊緒が担った。
「それじゃあ始めるぞ、ゲットレディ?・・・ゴー!」
エスペランサとギャラクシアレイ、ブーメラン系統のよく似た二台が揃ってメインストレートを加速していく。最初のコーナーでイン側を行く壮太のエスペランサがわずか前に出て、次のロングストレートを先行する。さらにその後の連続コーナーでもトップを守り、レーンチェンジブリッジをくぐり、ウェーブを抜け、バンクを回り、メインストレートへ戻る。この時点でストレートセクション一枚以上のリードがあった。
「悪いけど逃げ切らせてもらうな?」
「・・・。」
壮太の余裕に対し、湊は押し黙っている。まだ壮太にとって確実に有利な一周目を終えたばかり、先は見えない。次もエスペランサ先行のまま進み、いよいよギャラクシアレイがレーンチェンジブリッジを越える。
「え!?」
「・・・ん?」
湊が不意に声を漏らしたが、ギャラクシアレイは無難にレーンチェンジをクリアし、インレーンに移っていた。その挙動はむしろ安全過ぎるくらいだったんだが。それでも着地ロスによるわずかな速度落ちと、長い連続ウェーブ、バンクが続き、速度が戻り切らないギャラクシアレイはエスペランサにさらに置いて行かれる。三周目、アウトレーンのエスペランサはストレート三枚分のリードを保っていた。ここでようやく、ギャラクシアレイがインレーンから一気に迫る。連続コーナーで差が詰まり、そして今度はエスペランサがレーンチェンジブリッジに入る。
「越えろ!よっしゃ・・・あれ、思ったより楽?」
壮太の掛け声とは裏腹に、エスペランサもまたごく落ち着いた挙動だった。着地のロスも大して無く、また両軸モーターを積んだMSシャーシならではのパワーで、ウェーブもバンクも比較的スムーズに突き進む。速度が乗ったはずのギャラクシアレイがそれに追いすがるが、
「ゴール!トップはエスペランサ、壮太の勝ちだ。」
結局、エスペランサはストレート二枚分に近いリードを守った。明らかといえる差だ。
「さーまずは一勝だぞー?」
勝ち誇る壮太、片やDKは毒突くように言う。
「オイオイ、カナデ・・・やってくれたな?これでお前も終わったな。」
「何か、おかしい・・・。」
湊は負けたことが腑に落ちないのか、考え込むように立ち尽くす。それから程なくして、ツギテ一同の動きが止まる。仮面の裏にクリヌシからの指示でも届いたか、それに見入っているようだった。奴らが持ってきた例のパソコン、モニター上は仮面が表示されたままで動きはないが、くくりつけられたウェブカメラはコースを見渡すようにしきりに動いていた。
「・・・ん、セッティング変更?クリヌシ様にしては珍しい。次はボズ、お前だそうだぞ。準備、クイックに急げよ?」
「オデ?オ、オオゥ。」
ボズだけでなく、DKとアイラも一様にマシンのセッティング変更に移る。一度セッティングを終えてしまえば何もやることないはずの連中にしては、にわかに慌ただしく見えた。
Intermission
伊緒のファルシオンが二周目でレーンチェンジブリッジをクリアする。いつもに比べ少々浮き上がり気味なのは、とっておきのアトミックチューンモーターを積んでるからだろう。その抜かりない走りに対し、ボズのガンブラスター、トーラスモービルは確実に遅れを取っていた。
「オイ、どうしちまったってんだよボズ?」
DKが動揺気味に呟く。三周目はほとんどのコーナーで伊緒のファルシオンがイン側を取る。勝負は見えていた。
「イヤだ、オデが、オデが・・・アアッ、アアアッ!」
ボズはパニック気味に声を上げた後、大柄な体を部屋の隅へ押し込め、そのままうずくまった。伊緒は冷ややかに言う。
「これがクリヌシ様の御利益か。まぁ、そんなもんだろう。」
「オイ、鼻から汁垂らし過ぎだってんだよ・・・いいからマシンぐらい回収したらどうだ、え?」
「そんなはずない・・・イヤだぁ・・・イヤだぁ・・・オオゥ、」
DKは苛立たしげに言ったが、ボズはまるで応じない。トーラスモービルは湊が拾い上げていた。
「状態は・・・悪くない。なんでこんなに、」
そう呟き、またコースを眺める。さっきからずっと、湊は仮面を被ったままコースのそばに立ち、あちこちを注意深く見渡すようにしていた。クリヌシへ映像を送ってるんだろうが、あいつ自身に何かを掴んだ様子はまだ無い。もちろん、俺にも何がなんだかさっぱりなんだが・・・わからないなりに、ツギテのマシンが総じて遅いような気がしていた。ローラーのスラスト角が急とか、安定重視気味のセッティングっぽいというか。もしや、これがNコードさんが言っていた仕掛けによる影響なんだろうか?
「できたわ、次アタシねー。・・・またアンタが相手?」
アストラルスフィアのセッティング変更を終えたアイラが歩み出る。その一部始終を車検代わりに見届けていた奈緒が、続いて立ち上がった。ちょうど充電完了のアラームを鳴らしたラジコン用充電器から電池を外すと、マシンにそれをセットしながらチェッカーライン脇に進む。奈緒は不意に、アイラへこんなことを言った。
「勝負の前に聞いてあげる・・・あんた、なんでミニ四駆やってるわけ?」
「はぁ?なんかー、女子ってだけでちやほやされっぱなしだしー。しかも優勝ばっかで注目浴びまくり?みたいな!」
「そう・・・だったら、懲りずに走り続けることね。」
奈緒は冷めた口調でそう返した。それが、アイラの癇に障ったようだった。
「なにそれ・・・アンタ、アタシに勝てる気でいるわけ?バッカじゃないの?」
「あんたこそこないだの勝負、勝てた気でいるわけ?・・・悪いけど断ち切らせて貰うわ、私の剣で。」
そして奈緒は、クレイモアのボディをシャーシに合わせる。クレイモアは見る限り、完璧に復旧していた。
「いいか?ゲットレディ・・・ゴー!」
俺の合図でレースが始まる。奈緒のクレイモアがミッドレーン、対するアストラルスフィアがインレーンから最初のコーナーを先行する。そしてメインストレートを駆け抜け、二台は連続コーナーに入る。そのときコース脇にいた俺は、二台の通過に合わせてコースが揺れたように見えた。特に連続コーナーではコース自体が大きくたわみ、その影響でマシンの速度がかすかに落ちるのを感じる。ミニ四駆の速度と重量だと、コーナーでの遠心力はペットボトル一本分くらいにはなるから、別に珍しくもない現象だ。だが、どこか違和感がある。俺は二台の先を目で追い、二周目の最初のコーナーを凝視した。また、コースが揺れる。そして、コースを床に固定しているはずの養生テープもまた、横滑りしていた。
「まさか・・・。」
俺はそこではたと口を閉じ、誰にも気づかれないよう、そっと足下のコース脇へとつま先を伸ばす。コースから床に貼り降ろされた養生テープをつついてみると、やはり、剥がれていた。ちょうど二台が連続コーナーに入り、適度に速度を食われたクレイモアはレーンチェンジブリッジを無事クリアする。ここまでアウト側を回り続けたクレイモアは、アストラルスフィアから遅れることストレート二枚分だった。
「アイラのセッティングでようやく不測要素8%まで下がったか・・・10%以下で破れることはまず無い、あきらめなよ?」
目下セッティング変更中のDKが言った。確かに、アストラルスフィアは先の二台に比べ速い気がする。つまり、クリヌシもこの仕掛けに気づいたってことなんだろうか?三周目はアストラルスフィアが最アウト、それをクレイモアは最インから追い上げる。最初のコーナーでグイッと迫り、次のコーナーでまた迫る。そして連続コーナーの終わり、レーンチェンジに入る直前で、遂に並んだ。
「勝負あったわね。」
この時点で早くも奈緒は言った。レーンチェンジブリッジからの着地でわずかに速度を落とすアストラルスフィア。そして速度が乗り切らないまま右コーナー、連続ウェーブ、左バンクとクレイモアにリードされたまま、二台はチェッカーラインを切った。アイラはマシンを拾うでもなく、無言で立ち尽くし・・・かと思いきや、程なくして開き直ったように声を上げた。
「・・・あーもういいや、ヤメヤメ。かーえろっと。」
そう言うと、あろうことかツギテの証である仮面を乱暴に投げ捨て、自分の荷物をまとめ始めた。マシンをコースに放置したまま。この豹変には、さすがにDKも動揺したようだった。
「お、おいアイラ?それで済むと思って、」
「やってらんなーい。なんとなーく今まで付き合ってやってただけだしー。」
「じゃあさっきの自信はなんだったのかしらね。ひょっとして勘違い?」
その振る舞いを見咎めてか、奈緒は嫌みたっぷりに言った。アイラは無言ながら、怒りに肩を震わせているのがわかる。
「あんたのマシン、だからこその自信だったんじゃないの?ちやほやされたいんならそれでもいい。たとえクリヌシの言いなりでもあれだけのマシン組めるんなら、その力で走り続ければいい、もっと先へ・・・たった一回負けたら終わる程度の栄光だったわけ?」
奈緒は落ち着いた口調でそう続けた。アイラはとうとう無言のまま部屋を出ると、けたたましい音を立ててドアを閉めていった。コースを走ったままのアストラルスフィアをすくい上げたのは、また湊だった。そのスイッチを切ると急に、部屋が静まり返った。
「やっぱりね・・・本物のミニ四レーサーじゃなかった。正直、残念だけど。曲がりなりにもあれだけのマシン組めるのに、クグツ衆の幹部、ツギテともあろう者が。」
奈緒はその視線を、鋭くクリヌシのモニターへ向ける。ウェブカメラは微動だにせず、どこともつかない方を見ていた。伊緒もまたDKでも湊でもなく、クリヌシに向けて言い放つ。
「お前らのやり方は、レーサーが自分の力で戦おうとする意志を奪う・・・野放しにするわけには行かない、これ以上は。」
「勝負あったな?これで勝っち越しー!」
確かにこの時点で四戦三勝、壮太は勝ち勇んだが、喜ぶのは早い。
「いいや、勝負はまだ終わってない。クグツ衆の最後を賭けたレースが残ってる。」
「ハッ、君がやるってのかい?この俺様相手にか?」
「いいや?俺が相手にするのはお前じゃない、お前の背後にいる奴さ。」
そう言って、俺は手に取ったドライブウイングの鼻先をモニターへと向ける。しかとされたDKはいかにも不愉快な顔をしながら、それでも笑い飛ばすように言った。
「こいつぁケッサクだぜ!ずいぶん粋がるなぁえぇ?」
「言ったはずだ、俺の手でケリを付けるってな。これは俺と奴の勝負だ、悪いが外野の出る幕はない。」
「翔司郎、シャーシ変えたんだなー。」
「ああ。見た目傷とか無くても、どうしてもバンパー強度は劣化するらしい。出し惜しみなしだ、今持ちうる限りの全てをこいつに叩き込んだ。」
やはり、この白いTZXシャーシに変更したのは効いてる気がした。今までそこまで気にしてなかったが、新品だからこその剛性ってのがあるようだ。
「そいつぁ結構!どうやら、クリヌシ様も見極められたようだ。不測要素3%、ファントムノヴァのセッティングは完璧にパーフェクトさ!ストレンジで妙な仕掛けは通用しない、真っ向勝負で勝てると思うな?」
その不測要素が下がるに応じて、連中のマシンは確実に速くなっている。これまでのレース映像から、コースが揺れてるくらいのことはクリヌシも気づいたはずだ。だが、そこに頼って勝とうなんて甘えは鼻から無い。
「・・・仮になんか仕掛けあったとして、お前それ、わかったのか?」
「何?」
「知らないまま終わりにしてやる・・・勝負だ。」
俺はインレーン、DKはミッドレーンにマシンを添え、湊がスターターを担う。
「じゃあ・・・3、2、1、ゴー!」
ドライブウイングはイン側でリードを続け、三周目に入れ替わって追い上げられるポジションだ。黒いビッグバン、ファントムノヴァもさすがに速く、ストレートでは差が出ない。最初のコーナー次のコーナーとイン側を進み、じわじわとリードしていくしかない。カウンターブレードのおかげでリヤローラーが前寄りなためか、得意の連続コーナーではわずかにファントムノヴァより速いような気もする。ウェーブとバンクでもさほど差は出ず、一周目を終える。差はストレート一枚、悪くない。
「なるほどスピーディーな速さだぜ、逃げ切れるといいがな!」
俺は何も返さず、マシンの挙動をただ見守る。やはり相性いいのか、次の連続コーナーもきびきびとクリアし、インアウトに関わらずリードするのが実感できた。ここでDKのファントムノヴァがレーンチェンジブリッジをクリアする。フェンスギリギリまで浮き上がってからの着地、明らかに先の三台より速度重視になってるのがわかる。それでも三周目、ドライブウイングはストレート三枚分以上リードしていた。
「じゃあ、ここまでのツケを返させてもらおうか?」
「そうはいかない、行けっドライブウイング!」
二つのコーナーでじわりと迫られる、だが連続コーナーでまた逃げる。そして先行したままレーンチェンジブリッジを越える。
「逃げ切れ!」
「なんだと!?」
問題なく着地するも、減速したまま連続ウェーブに突入する。ここで速度が乗ったファントムノヴァがまた追いすがり、一瞬並びかける。が、ラストの左回りのバンクをインから交わし、チェッカーラインを突き抜けた。
「不可思議なミステリーだぜ!バ、バカな・・・、」
俺はドライブウイングをすくい上げるとスイッチを切り、一人呟く。
「仇は、取らせてもらったぞ。」
それは何となく、だった。誰の仇か、思い浮かぶ顔はいくつかある。ともかく、俺はやりきった感でいっぱいだった。
「・・・さ、これでハッキリしたわね。【クグツ衆託宣堂】、約束通り閉鎖させて貰おうかしら!?」
奈緒は茫然自失のDKには見向きもせず、ビシッと指先をクリヌシのモニターへ向ける。相変わらず、モニターには仮面のロゴが映されたままで動きはない。
「・・・まだだ。」
意外にも答えたのは、湊だった。それから程なくして、モニターの方から鼻声のようなつたない機械音が鳴り出した。
「マダダ。マダ、サイゴノイチダイガ、ノコッテイル。」
湊はモニターが固定されたキャリーバッグの中から、小振りなアタッシュケースを取り出した。それを開き、中から取り出したのはVSシャーシに黒いボディのマシン、ブーメランガンマだった。細部には紫のラインが入り、クリアキャノピーはスプレー塗装によるものか、うっすらとシルバーがかっている。その奥には、金色の縁取りが輝くクグツチップがあった。
「それ確か、お前のマシン・・・じゃないな?」
壮太はしばらく目を凝らし、言った。以前、湊が日吉で組んだものとほとんど同じデザインだが、あれのキャノピーはメッシュだったし、別物だろう。DKはというと、ひどく狼狽した様子だった。
「どういうことだカナデ、俺様には何のご指示もな・・・まさか、カナデがクリヌシ様の継承者、真のツギテだってのか?そんな、そんなバカな、」
てっきりDKがリーダー格とばかり思ってた俺にも、この展開は少し意外だった。と同時に、湊の立ち位置がどこか特別なのは納得できた。
「ズイブント、ツマラナイマネヲシテクレタ。」
「お互い様よね、勝負は勝負よ。・・・やっと引きずり出してやったわ。」
「お前がクリヌシか、やはり意志があるようだな。これが最後の勝負だ、覚悟はいいな?」
奈緒と伊緒の挑発にクリヌシは即答する。
「イイダロウ。ワガマシン、ブーメランオメガ、ニ、イチダイデモカテタラ、ナ。」
湊は早速、そのブーメランオメガのセッティング変更に移っていた。
次回予告
翔「あともう一押し、なんだな?」
奈「ええ、因縁の対決もこれで終わり。」
伊「長かったな・・・。」
N「こちらも手筈通りだ、もう逃しはしない。」
壮「湊さ・・・あとは、オレたちの決着付けるだけだぞ?」
湊「僕ら、の?」
壮「そ、どうせお前が組んで走らせるんだし。最後は本気の勝負でシメようぜ!」
湊「そうか・・・そうだね。」
翔「次回エアーズ、Flag-024【カコノツギテ・・・未来の継ぎ手】」
壮「チェッカーラインを見逃すな!」
Nコード「このフィクション、お前の因縁じゃなかったのか?いるなら出てこい、冴・・・。」




