Flag-022【折れた翼、砕けた剣、残されし希望・・・】
「なんで一がいるんだよ・・・それに、なんでお前のマシンが?」
壮太の言葉に、俺は答えられなかった。代わりに、不意に姿を現したNコードさんが言った。
「ソードブレイカーが翼をかばって砕けた、か・・・皮肉だな。」
「・・・誰だ?」
一はパーツを集めながら、Nコードさんを見ずに聞く。
「そのマシン、トワイライトブレイカーにかつて縁あった者だ。君には酷だったな。巻き込んで、済まない。」
「誰だか知らないが、関係ない。これは、俺のマシン、俺のレース、俺の結果・・・だ。」
一はそれきり、口をつむった。そして担いできた荷物に拾い集めたトワイライトブレイカーを押し込むと、そのまま立ち去っていった。
「あのボディ、一度砕けると割れ跡が残って修復が難しい材質だが・・・今は、彼の手に委ねよう。」
Nコードさんの言葉が俺の耳奥に刺さった。他のスチロール樹脂製ボディに比べ丈夫だが割れやすく、傷口は破片状になって白化する。接着剤だけでどうにかなる材質じゃなかった。
「奈緒、クレイモアのダメージは?」
伊緒は、破損したマシンを手にしゃがんだままの奈緒に聞く。強度が低いスーパー1シャーシのバンパーだけでなく、ボディの方も一部、割れていた。
「平気よ・・・平気。」
奈緒はそう小さく答えたが、立ち上がろうとしない。小雨は小雨のまま、その後も降り続けた。
俺は学校が終わると寄り道もせず、真っ直ぐ帰宅した。駅を出ると、空は青一色、日は黄色い。放課後、真っ直ぐ日吉に寄れば閉店まで幾らか走らせる時間はあるんだが、あれから数日、そんな気分になれなかった。俺が駅を離れようとした時だった。
「あ、いたいた。ずいぶん待たせてくれたわね。」
声が掛かり振り向くと、改札一帯が見渡せる位置の柱に寄り掛かり、腕を組んだ奈緒がいた。
「奈緒・・・どうしたんだ?」
「あら、ご挨拶ね。日吉にも顔出さないもんだから、わざわざ顔見に来てやったのよ。」
その口調には、いつものようが棘がないように聞こえた。
それから駅のすぐそばの小さな公園に移り、ベンチに並んだ。奈緒は左側、半人分の間を置いて腰を下ろしていた。
「そっちこそどうしたわけよ?」
「どうもこうもない。なぁ、おまえのマシン・・・大丈夫、なのか?」
俺は恐る恐る聞いた。あの時、少なくともクレイモアのフロントカウルは根本から割れていた。そして、奈緒はほとんど口を開かなかった。その深刻そうなダメージがどうなったか、気にならなかったわけじゃない。
「フロントカウルと、リヤのボディキャッチ部分が折れたけど・・・なんとか接着剤で繋げたわよ。キャノピーまわりが無事で助かったわ。あとは破れたシール貼り直して、終わり。」
奈緒は、淡々と言った。明るくもなく、沈んだ感じでもなく。なのでどの程度のダメージだったか伺い知れなかったが、まずは少し、ほっとした。
「そうか・・・。」
「・・・せめて、あんたのドライブウイングが無事でよかったわ。」
「え?」
非難でも叱責でもない、その意外な言葉に、俺は耳を疑った。一瞬、奈緒の口から出た言葉とすら思えなかった。すぐに、奈緒も慌てて言い足す。
「べ、別にあんたの心配じゃないっての!前にも言ったけど、あたしや伊緒ちゃんにとって、ドライブウイングは特別だから・・・ありがとうね、守ってくれて。あのマシンが壊れるのは見たくなかった。たとえ、あんたのでも。それだけよ。」
二人にとって憧れそのものなんだろう。神楽冴も、その愛車ドライブウイングも。
「俺はただ、走れなかっただけだ。セッティングは見直した。安定性も速度も少しは上がってた。だが、絶対勝てるって自信は、なかった。それにもし奴らが罠を仕掛けてたら・・・そう思うと、走らせられなかった。」
結局どんな罠を仕掛けられたんだか、今もはっきりとはわかってない。どっちに転ぶかわからず、結局俺は、逃げたんだ。だが、奈緒から批判の言葉はなかった。
「あたしは勝てるつもりで勝負して、それで・・・罠にかかった。必ず何かあるって、わかってたはずなのに。」
それから奈緒は、あの日奴らから支給されたアルカリ電池を二本、差し出してきた。
「練習のと、本番の。製造ロット、気づいた?」
電池のマイナス寄りの方には、使用推奨期限が記されている。片方は【06-2012】、もう一本は【10-2013】とあった。それで、俺も奴らの狙いをようやく理解した。
「練習用に使ってたのは全部、一年以上前のロットだったのよ。それで完走ギリギリの速さ狙って調整しちゃったから、新しいロットの電池にやられたってわけ。奴らが最初、わざわざコースアウトギリギリの走り見せてたのも、釣りのデモンストレーションだったってことね。・・・私がちゃんと気づいてれば、クレイモアは、あんな目に遭わずに済んだ。」
そうは言っても、それは奈緒が責任を感じることなんだろうか?それは気負い過ぎだろうと、俺は言葉を返す。
「奴らの罠は周到だった。あそこに誘い込まれた時点で、運がなかったんだ。無理もないさ、これに気づくなんて、」
「でも、伊緒ちゃんは気づいたわ。」
奈緒はきっぱりと言う。あの状況で、伊緒は気づいたってのか?俺も電池は何となく怪しい気がしたが、そんな違いまでは気づかなかった・・・いや、奈緒に言わせるなら気にしていなかった、と言うべきなのか。そして奈緒は、改まって言った。
「まだ、クグツ衆との勝負はついてない。・・・翔司郎、あんたはまだ、走れる?」
態度を決めかねていた俺は、遠回しに言う。
「伊緒も壮太も運良く罠に気づけたからいいようなもんだが・・・次だってそう行くとは、限らないだろ。」
「今度はこっちから仕掛けさせてもらうわ。イーブンな条件に引きずり出して、今度こそ走りの違いを見せつける。」
奈緒の決意は固そうだった。あれだけクグツ衆に真っ向から反発してきただけあって、ちょっとやそっとやられたくらいで折れやしないんだろう。だが、俺は・・・、
「結局、一のトワイライトブレイカーが身代わりになっちまったが・・・もし俺が走らせてたら、ドライブウイングもああなってた。修理が効くレベルのダメージで済むかもわからないだろ。ずっと奴らと渡り合ってきたお前らは平気かもしれないが、」
「平気なわけない!・・・平気なわけ、ないじゃない。」
不意に、奈緒が感情混じりの声を上げる。俺はチラと視線を左に向けたが、俯いた奈緒の表情は、前髪に隠れて伺えなかった。そして、無言が続く。奈緒が努めて平静振る舞ってたのに、全く気づかなかったわけじゃないってのに、俺は何を言ってるんだ・・・。返す言葉が見当たらず、半開きにしたままの口が渇くに任せる。やがて、奈緒が先に口を開いた。
「昔・・・、」
その声は少し、落ち着いていた。俺は口を閉じたまま、続きを待つ。
「・・・あの頃、ミニ四駆の走行会なんてそんなに幾つもなかったけど、冴ねぇからもらったばかりのクレイモアで、あちこち参加してた。ジュニアクラスがある大会なら、大抵は伊緒ちゃんとワンツーフィニッシュだった。でも横浜の方でやってたある走行会で、勝てそうでなかなか勝てないのが一人いてね。そいつにやっと勝てるって速度出せるようになった決勝で・・・クレイモアはタイヤが外れて、コースアウトした。」
俺もそんな経験は、ある。調子のいいときに限ってよく起こるアクシデントの一つだ。
「その時も確か、タイヤさえ外れなければ、運がなかった、みたいなこと言ったんだったと思う。そしたら、冴ねぇは言ったわ。前にもタイヤ外れて負けたこと、あったよねって。・・・よく覚えてるのよね。確かに、前にもそんなことがあって、その時は緩んだタイヤは絶対交換するとか、思ったはずなのに。だから、気づきようがなかったわけじゃ、無い。」
「それとは・・・違うだろ。」
俺はフォローのつもりで言ったんだが、奈緒は頷かなかった。
「違わない。気づかなかった、見落としたのは、一緒だから。運命なんてのに頼るのは、本当に全部やり尽くした後の話。本当に全部やった?できること、全部・・・。あたしは、タイヤが外れたクレイモアに目を落としたまま、何も言えなかった。」
俺もたぶん、全部やれてない・・・勝てる自信がもてなかったってことは、まだできることがあったってことなんじゃないのか?俺はそんな中途半端な状態で、奴らとの勝負に臨んだのか。そう思うとまた、やりきれないものが込み上げてきた。
「運命に頼む前に、できることは全部やろう・・・冴ねぇの言う通りよ。私はまだできること全部、やれてるとは思ってない。」
奈緒は立ち上がり、傾き掛けた日差しを背にして言った。
「私はもう、投げない。・・・じゃ、」
それから奈緒は憂いの残る顔を背けると、駅の方へ歩き去っていく。俺はベンチに腰を落としたままそれを見送った後、顔を伏せた。
俺はホットコーヒーを一本空けると、そのままベンチに居座っていた。そんな気分だった。このままでいいとは、俺も思ってない。身代わりになった一の分もひっくるめてリベンジしたい気持ちもある。だが、どうすれば俺は勝負に臨めるのか。ここに至ってようやく、俺は頭の中でドライブウイングの状態に頭を巡らすようになっていた。少なくともDKのファントムノヴァは同じ無加工TZX、速度的に絶対勝てない相手じゃない。あと一歩、安定性と速度を伸ばしたい。だが、どうすれば・・・具体策は思いつかない。まぁマシンが手元にない以上、無理もない。悩むくらいならとにかく現物を弄る、それだけだろう。やっとそこまで整理がついて、家に帰ろうかと思い始めたときだった。通りの方を眺めていると、見覚えのある人物が歩くのが目に入った。
「中池、君?」
一目見るなり、なぜか俺は小走りに寄っていった。むしろ避けたいくらいに思ってた、彼に。
「中池君?」
やっと追いついて声を掛けると中池君は振り向いたが、その表情はどことなく曇って見えた。
「お、イトリか。」
いつものようなノリが、ない。
お互い缶コーヒーを一本ずつ買い、再びさっきの公園に戻る。中池君が右側に座ったので、今度は俺が左側に一人分の間を空け、腰を下ろしていた。初めは学校の話とか、中池君と同じ地元中学に上がった、昔の同級生の話とかを軽くしていた。その時点で俺は、何ともいえない違和感が引っかかっていた。それで、敢えてこちらから振ってみることにした。こないだまでは中池君から開口一番出てきた、しかし俺が敢えて話したくなかったあの話題を。
「そういやごめん。生憎、今日もミニ四駆持ってないんだよ。」
すると、返ってきた答えは意外なトーンだった。
「ああ・・・俺ももう、無い。」
「もう?もうって、」
俺はそのニュアンスを聞き漏らさなかった。
「もうやめたんだ、ミニ四駆。」
「え?」
Intermission
「クリヌシ様の託宣じゃあ、アトミで行けってなってたんだよな。だけど小径だったし、レブチューンの方がいい気がしてさ。それで・・・コースアウトして、負けた。その後クグツ衆託宣堂にアクセスしようとしたら、もう、俺のアカウントじゃログインできなくなってた。別アカウント取ろうとしたけど、うちのパソコンじゃまずいのかブロックされるんだよな。あー、これが噂に聞く破門ってやつなんだなって思った。」
俺もその破門ってのは噂にしか聞いてなかったが、こんな形でそれを目の当たりにするとは、思わなかった。
「にしても、そんなちょっとモーター変えたくらい、何で気づいたのか・・・常に見張られてるってのも、あながちデマじゃなかったってことだな。」
クグツ衆でも幹部クラスとされるツギテは、あの四人が全てのはず。たまたま誰か居合わせたのか?いや、たった四人で数多くの店舗大会を監視して廻ってるなんてのは、正直考えにくい。
「・・・それだけの理由で、破門?」
「まぁ、やぶっちまったからな、掟。」
「・・・それだけの理由で、ミニ四駆やめたの?」
間が空いた。中池君はコーヒーをすすって、それから言った。
「しばらくは頑張ったんだけどな。それきり、さっぱり勝てなくてさ。もうだめだなと思って、」
「なんでミニ四駆始めたの?」
俺は中池君の言葉を遮るように聞く。これにも少し間を置いて、中池君は口を開く。
「最近少し流行ってるって聞いて、懐かしかったしな。あの頃思い出したってのもある。」
「あの頃、クグツ衆なんて無かったし、そんなに大会で勝てるほど速かったわけでもない・・・それでも、楽しかったんじゃないの?」
「少なくとも、お前らよりは速かったしな。」
「・・・確かに中池君は、俺らの中じゃトップレーサーだった。誰もがそう認めてた。」
彼が負けず嫌いなのはよくわかってる、そう言われても決して悪い気はしない。なぜなら、
「そのために頑張ってるの、よくわかってたからだよ。」
視界の右で、中池君が微かに顔を上げたような気がした。
「中池君・・・俺、あの頃より少しは速くなったけど、レースで勝てることなんて幾らもない、大会優勝なんて一度もない。」
「え、そうなのか?結構速そうに見えたけどな。」
「それでも走り続けてる・・・何でだと思う?」
「・・・、」
中池君はまた言葉を失った。俺がどういうことを気にしてるのか、少しは気づいただろうか。
「ドライブウイングを速くしてあげたい、もっと・・・それができる男に、そういうミニ四レーサーになりたいからだよ。」
「どんなに勝てなくても、ひたすら負けるだけでもか?」
中池君は今一つ呑み込めないという風だった。俺はふと、いつか誰かに言われた言葉を思い出し、それを借りた。
「人に負けても気にするな、昨日の自分に負けてなけりゃ、それでいい。」
俺はベンチを立って、中池君に振り返った。
「中池君。俺、クグツ衆とケリを付けてくる。」
「おい・・・イトリ、何言ってるんだ?」
俺らの戦いを知らないから無理もないが。中池君の目には、まるで別人を見ているかのような、そんな驚きが見て取れた。確かに、彼が知ってる俺じゃなかっただろう。
「先に行く・・・じゃあ。」
俺は短く言うと踵を返し、公園を出ていった。中池君に背を向け歩き出し、放り投げた空き缶が見事ゴミ箱に収まる。しかし格好良く決めたかに見えて、俺の目にはなぜか、込み上げるものがあった。悲しいわけじゃ、ない。寂しさは、あったかもしれない。それでも、腹は決まっていた。
「もしもし、伊緒?」
『ああ、翔司郎か。奈緒に、会ったのか?』
「ん・・・ああ。」
俺は家への帰り道、ゆっくり歩きながら電話を掛けていた。日は落ちかけ、そろそろ外灯が付き始める頃合いだ。
「なぁ・・・お前、奴らの罠に気づいたんだってな。」
俺は唐突に聞いた。まず、それが聞きたかった。
『え?ああ。奴らは鼻から勝てる気でいた、あの自信が妙だった。それにそもそも、ただレースしたかっただけとは思えない。罠のはず、何かあるって、ずっと考えてた。・・・本番前、相手が電池を手渡しで差し出してきたとき、ぴんと来た。』
俺もあの時、違和感を覚えたんだが。惜しいとこまでは気づいてたんだ、防ぎようがなかったわけじゃない。
「勘がいいな。」
『一度はやられた相手だ、慎重にもなる。走らせる直前、カウンターギヤ周りにとっさに普通のグリスを塗りたくった。』
粘度の低いオイルだけを塗って抵抗をギリギリまで減らす、駆動効率を高める上で特に気にしているところだ。俺は一瞬耳を疑った。
「そんなことしたら速度が、」
『だから、飛ばずに済んだ。』
伊緒の明快すぎる答えに、思わず笑いが込み上げた。
「ははっ、なるほどな!さすがだよ全く、それで相手のマシンだけ落ちてったってのか。くくっ、奴らも、クリヌシ様とやらも、そんな手でかわされるとは思わなかったろうな。」
『奈緒は・・・気の毒だった。最初のフロアだったから無理もない。あんなわざとらしい前振りを二回も見せられれば、気づけたかもしれない。』
「あいにく、最上階まで行った俺はとうとう気づかなかったわけだが・・・情けねーな。」
少し自嘲気味に言ったが、今更沈みはしない。
『まぁ、とっさに気づけたから何とかかわせたが・・・あれだけの心理戦、単なるシミュレーターで組まれたとは思えない。もちろん、奴らツギテが考えた作戦でもない。やはり、クグツ衆の背後には誰かいる。』
確かにDKは自分のマシンがコースアウトしたとき、心底意外な様子だった。やはり、クリヌシってのは単なるミニ四駆のセッティングシミュレーターじゃなく、それを握る人間がいるってことなんだろう。
「で、奈緒がわざわざ来たってことは・・・何か掴んでるのか?」
『ん、何も聞いてないのか?』
逆に聞かれ、俺は言葉を濁した。
「ああ、ちょっとな・・・。Nコードさんと叶さん、あの時、ただ近くをうろついてたわけじゃないんだろ?」
『よくわかってるな。罠とわかっててまんまと掛かりにいった訳じゃない。そうだ、奴らのしっぽを掴むのが狙いだった。』
ただでは転ばない、そういう奴らだってのはわかってる。
『こー兄は朝からずっと、奴らの動きを張り込んでた。コースは奴らが自分たちで組み立ててたらしい。レースの後、片づけたコースは宅配便呼んで配送。追ってみたが、行き先はメーカー本社だった。』
「あれか?イベント目的でコースレンタルできるっていう。」
メーカーは非営利のそういった用途に限り、3レーンコースの貸し出しサービスをやっている。クグツ衆としてどっかに保有してる方が足が付きやすい、そういうことか。
『後で調べたところ、公民館での走行会、という名目になってたらしい。もちろん、架空名義だった。』
「そうか・・・で、叶さんの方は?」
『叶さんには当日、ワゴン車に積んだ機材で通信傍受してもらってた。ちょうどレースの時、ある発信源から出た電波に対し、返信する四つの反応が観測された。』
「四つ・・・やつらのGPチップだな?」
『ああ。そして、その大元の電波と同じのが、意外な場所でも観測された・・・どこだと思う?』
俺の中で輪郭がおぼろげなままだった疑問が、ふと形を為し始めた。
「まさか日吉・・・いや、ヤクモ模型か?」
『ほう、ご名答だね。どっちも正解。日吉でその発信源を探ったら、物陰の奥から古くさいゲーム機が出てきた。』
そう言われて、思い出すものがあった。見覚えがありそうでない、古そうな大振りの携帯ゲーム機。
「そういや・・・あの時、DKがレース前にゲーム機っぽいのをいじってたな。」
『翔司郎もあれを見たのか。・・・そうだ、ゲーム機ってのはカモフラージュ。実態は特定の周波数の電波を発信し、クグツチップからの反射波を捉えてクグツマシンの挙動をトレースする、位置検出センサーを内蔵した通信モジュールだった。そいつが至る所でクグツ衆のレース結果を監視して、クリヌシに走行データを送ってたわけだ。』
「そういうカラクリか、なるほどな。」
『そのモジュールにはご丁寧にプロテクトがかかってて、動かそうとすると全プログラムが強制消去されるようになってた。奴らしか操作できないような仕掛けがあるらしい。』
それでやっと、あの日のDKの行動が理解できた。
「仮面だ・・・DKはわざわざ仮面を被ってから、そいつをいじってた。じゃあ、日吉のは壊れちまったのか?」
『だが、ヤクモ模型のはそのままにしておいた。幸い、ごく一般的な通信回線を利用してデータを送信してた。その先は叶さんでも追えるそうだ。』
さすがこいつらのやること、抜かりがない。それにおそらく、同様のゲーム機もどきは他の模型店周辺にもきっとある。これで、いままでまるで掴めなかったクグツ衆の糸を辿れるはず。しかも、収穫はそれだけじゃなかった。
『さらにだ。日吉から回収したモジュールは分解して、中に使われてるセンサーだとか、部品のメーカーを全て洗い出した。で、それら部品の納入先を絞り込んでいった結果、フィリピンのラプラプ市にある町工場に辿り着いた。いろいろ際どい手も使って聞き出した、そのモジュールの発注元は・・・八坂大学、来生教授。』
名の知れた大学、確か理系の。
「キスギ教授・・・心当たりは?」
『ない。専門はマンマシンインターフェイス、脳波とデジタルの相互変換に関するものらしい。経歴を洗う限り、医療分野からはみ出るような研究はしてない。物理的なシミュレーターが絡む研究はもちろん、ミニ四駆との接点は皆無だそうだ。・・・だが、八坂大には自前のスーパーコンピューターがある。』
叶さんは、御堂姉妹はもう、クグツ衆の首筋をほとんど捉えていた。
『ここまでだ。あとは、こー兄と叶さんが何とかしてくれる。あたしたちは奴らと勝負するだけ、そして、決着を付ける。・・・なぁ、翔司郎、』
「奈緒に、」
伊緒の伺うような口調を俺は遮った。奈緒から、俺が尻込みしてるくらいの話は聞いたのかもしれない。俺は普段の調子で言った。
「奈緒に、宜しく伝えてくれ。俺にもまだ、できることはありそうだってな。」
俺は帰宅するなり押入を漁った。まず、いつぞやどっかの店で買った白いTZXシャーシが入ったキットを表に出す。それから予備のホイール、プロペラシャフト、ターミナル・・・そういう消耗パーツも引っぱり出していく。そして大きな段ボール箱やらをどかして押入の一番奥が見えてきたところで、古いビッグバンゴーストのパッケージを見つけた。
「よう、久しぶりだな・・・、」
俺がかつて棺と呼んで封じた、その箱を数年ぶりに開く。中に収まるのは、砕けたビッグバンのボディと、徹底加工した形跡が見られるシャーシの残骸。そう、俺がドライブウイングを手にする前に走らせていた・・・そして無理な加工の末に大破させた、古いマシンだ。
「こいつには、いい目を見せてやれなかったからな。」
当時愛用したリヤスライドバンパーやレストンスポンジタイヤも転がる中から、俺は密閉袋に包まれた830ベアリングローラーと620ベアリングの一式を摘み出す。
「今ならちゃんと走らせてやれる、だから・・・力を貸してくれ。」
物言わぬパーツ達を前に独り言ちて、俺はまた、思いを新たにした。
次回予告
壮「いよいよ最後の決戦なんだな!?」
N「ああ、手札は揃った。今こそこちらから打って出る。・・・今回のコースは私が設置した。君らはただ、普段の走りに徹すればいい。」
伊「わかってる。真っ向勝負なら遅れは取らない。」
翔「奈緒、マシンの方は大丈夫なのか?」
奈「ご心配なく、クレイモアなら絶好調よ。あんたこそ、」
翔「ドライブウイングもだ。さぁ、こっちはいつでもいいぞ?」
D「ほうっ、威勢がいいねぇ!こっちのマシンもご覧の通りピンピンさ。いつだって完璧にパーフェクトだぜ。」
翔「油断はしない。だがな、そんなにわか作りのマシンで勝てると思うなよ?」
壮「おー、なんかやけに自信あるじゃん?」
奈「結構だわ。次回エアーズ、Flag-023【仮面の隙】」
翔「チェッカーラインを見逃すな!」
翔司郎「フィクションなりに見せてやるさ。これが・・・これが、俺のミニ四駆だ!」




