Flag-021【矜持の奈落に沈むとき】
『クリヌシ様よりウェルカムなご招待だ!我らツギテ一同で、君らにファニーで愉快な一時を贈ろう。』
ミニヨンネットの俺のアカウントに届いた、ダミーアカウントとしか思えない差出人からのメッセージ。だが、誰がどういう意図で送ってきたもんかは明白だった。そして、君らが誰を指すのかも。雲がかって薄暗い空の下、俺は駅を出て指定された住所へ向かった。まっすぐ伸びた路地の先にそびえる、十階建てくらいの建設中のビル。プリントアウトした手元の地図を見る限り、行き先はそこらしかった。やや先の交差点に、見覚えのある黒塗りのワゴン車が顔を出した。車を降りた二人は伊緒と奈緒だ。
「叶さん・・・あと、お願い。」
「お任せください。」
運転席の叶さんは奈緒に応じると、車を走らせ去っていった。俺らは顔を見合わせると無言で頷き合い、さらに道を進んだ。ビルは骨組みと床までが組まれ、やっと一部壁面に取り掛かったというような、そんな状態だった。当然、周囲は金網が張り巡らされ、はっきり立入禁止と書かれていた。だが、俺らに送りつけられた地図にははっきりここが示されている。もちろん、単なるイタズラとは思えない。だから一層、俺は不気味なものを感じた。ビルの前にはすでに壮太がいた。
「よっ、遅かったな。」
「いや、時間通りだ。」
伊緒が時計に目をやる。時間は朝の九時ちょうど。そのとき、入り口に当たる金網が軋みながら開いた。DKだ。
「やぁ諸君!迷宮のラビリンスへようこそ。」
DKに従い、建設途中のビルの階段を上る。所々壁が無いため、吹き込む風が屋内を舞っていた。
「勝負は一対一、コースは各階に別々に用意した。クリヌシ様の特別な計らいさっ!」
程なく三階まで上ると、フロアの一角にコースが一つあった。三周で60mくらいのフラットコースで、レイアウト自体に特別変わった仕掛けはない。だがレーンチェンジブリッジの出口の向こうには、まだ壁がなかった。壮太がおもむろにコースへ近寄ろうとすると、DKがそれを制す。
「おおっと危険なデンジャラース!ミニ四駆は安全なところで遊ぶもんだぁ、知ってるかい?」
床が無くなった先を覗けば、眼下に周辺の家々が見えている。コースアウトしたらどうなるか、言うまでもない。
「低俗なジョークだわ。」
「ハッハ!気に入っちまったかーい?」
「でー?アタシ誰の相手すればいいワケー?」
声のした方を振り返ると、イケイケなギャルっぽい感じの少女がいた。俺と同じくらい、中学生だろうか。そいつは以前DKが被ってたのと同じ、半割れの仮面を掛けていた。
「姉ちゃんもツギテか?」
「アタシー?アタシはアイラ、ヨロシクねー。まー勝ち目無いと思うけど?ガンバってねー。」
気の抜けたギャル口調、ミニ四駆界じゃちょっと見かけない人種だが。クリヌシ様の託宣とやらに従ってマシン組むだけなら、こんなのでもツギテは務まるってことなんだろうか。
「さぁて今日のルールだが?モーターと電池はフェアかつ公平に新品で勝負だ。練習用の新品もある、好きに使いたまえよ。」
そう言ってDKは、セット売りの箱に入ったままのアトミックチューンモーターとメーカー製アルカリ電池、1ケースを指し示した。
「やっぱ怖いっしょ?だから練習させたげるー。あ、でもでも練習で飛んじゃったら本番無くなるしー、あんまムリしないほうがいいかもねー。どーせ勝てないんだし!」
その癪に障る口調と物言いに対し、奈緒は苛立ちを含ませながら言った。
「あーら、ずいぶん余裕かましてくれるじゃない?そっちこそ、飛ぶか負けるか覚悟しといた方がいいんじゃないの?」
「はぁ、なんで?アタシのマシン完璧だし。」
アイラは懐からマシンを取り出す。スーパー1シャーシに、ボディはストームクルーザー。奈緒のクレイモアと同じ、シャイニングスコーピオンというフルカウルミニ四駆をベースにしたものだ。青いボディにゴールドのラインが入り、キャノピー前の球体はホログラムシールできらめいていた。セッティングは大径タイヤに830ベアリングをフル装備した、オーソドックスなものだ。そいつのスイッチを入れ、その危険なコースへためらい無く投入する。
「アストラルスフィアって言うらしいよーコレ。」
コースの奥側二面は壁がないフロアの角に面し、手前側二面は三角コーンとバーに囲まれていて、スタート地点周辺にしか手が届かないようになっていた。アイラのアストラルスフィアは直線を進み、バンクと連続コーナーの後、コース中央に位置する問題のレーンチェンジをくぐる。そしてコーナーを折り返してすぐの連続ウェーブを通過し、ようやく安全な手前側のメインストレートに戻ってくる。人のマシン、ましてや気に入らないクグツマシンとはいえ、見ていてハラハラするのは無理もない。それくらい、アストラルスフィアが速かったというのもある。やがて二周目を終え、三周目に入り、いよいよレーンチェンジブリッジを上る。
「まーこんなもん?」
アストラルスフィアは思いっきり傾きながら着地後のコーナーを折り返し、直後のウェーブに入ったところで一瞬ガタツキながら、しかしレーンに収まったまま通過。無事、メインストレートで待つアイラの手に戻ってきた。
「見掛けに寄らず、マシンだけは出来いいみたいね。ま、そもそもあんたのマシンじゃなかったわね。」
奈緒は嫌味たっぷりに言ったが、アイラは気にする様子もなく、ケロッとしていた。
「はぁー何言ってるわけ?クリヌシ様のものはアタシのもの、アタシのものはクリヌシ様のもの、だしー。つーか、勝てるワケないのに強がっちゃって、まじウケるんですけどー!・・・で、誰がやるわけー?早くしてくんなーい?」
「いいわ、あたしがやる。チャラい女・・・はっきし言って気に入らない人種だわ。潰してあげる。」
奈緒は腰にぶら下げたケースから、ついにシャイニングスコーピオンクレイモアを引き抜く。
「必死ウケるー!だってアタシ、クリヌシ様の言う通りセッティングすればー、絶対ギリギリの速さ狙えるしー。ムリじゃん?」
「そうそう!今回は真剣勝負ってことで、互いのGPチップを賭けるってのはどうだい?君らが破れたらそのGPチップを戴くとしよう・・・クリヌシ様も、今日のところはそれでお許しくださるそうだ。」
DKがそう加えた。躊躇ったわけじゃないんだろうが、奈緒はわずかな間を持って返した。
「・・・いいわ。」
奈緒を三階に残し、俺らはDKに続いてさらに五階へ上がった。そこもまた三階と全く同じ間取りで、フロアの一角には壁が無く、ちょうどそこへ同じレイアウトのコースが置かれていた。傍らには大柄の少年・・・たぶん小中学生くらいだが、縦も横も大きいのがぼそっと立っていた。半割れの仮面、こいつもツギテなのか。
「俺様から紹介しよう、こいつはボズの魔法使い。一応、FM使いだ。」
ボズと呼ばれたその少年はのっそりと、スーパーFMシャーシのマシンを持ち上げて見せた。ガンブラスタークスコスペシャルをベースにしたガンメタルカラーに、細部には紫と赤が入り、特徴的な四角いノーズカメラは黄。そして大径タイヤに対応した加工と、徹底的な肉抜きが施されたボディ。その外観は伊緒のガンブラスターファルシオンによく似る。さすがにファルシオンの特徴的なリヤサイドガードまでは真似ておらず、リヤローラーはごく一般的な取り付け方だった。
「おかしな話だな。指示通りに組んでるだけなら、FMも何も関係ないんじゃ・・・いいだろう、本物を見せてやる。」
伊緒はファルシオンをケースから引き抜くと、鋭い目つきをボズに返した。ボズはたじろいだ様子を見せ、DKに小声で聞く。
「あいつ、速いのか?負けるの、イヤだ・・・。」
「大丈夫、大丈夫!お前のトーラスモービルなら勝てるさ。さ、自慢の走り、見せてやれよ。」
ボズのマシンは快調にコースを滑り出す、確かに速い。SFMシャーシでこんな走りを見せるマシン、伊緒のを置いて他に見たことはない。やがて三周目のレーンチェンジブリッジを、ギリギリに傾きながらクリアして戻ってくる。レーンチェンジでの安定性に優れたFMシャーシでこの挙動、よほど安定性を殺してギリギリまで速度を上げるセッティングにしているんだろう。ボズは、抑えた笑い声を上げた。
「オデのトーラスモービル、速過ぎるFM。これなら、勝てる。だから、走る。・・・ウッヘヘ。」
「ヘイ、興奮するとまた鼻から汁出るぜ?」
「あ・・・出だ。」
そんなふざけたやりとりを気にするでもなく、伊緒は無言のままコースを見つめていた。何か考え込むようにして。
「伊緒・・・勝てそうか?」
すると伊緒は、傍らに用意された新品のモーターと電池に目を向けながら、こう言った。
「翔司郎、壮太・・・十分気を付けてくれ。奴らのことだ、何かある。」
俺と壮太はさらに上へと案内された。次は七階に立ち寄り、やはり同じ間取り、同じコースレイアウトが待ち構えていた。コースの側には小柄な少年が一人、こちらに背を向けたまま立っていた。DKは暗に壮太を指してか、言った。
「さぁて、お次は威勢のいいお子様にお相手して貰おうか。カナデ、出番だぞ?」
小柄な少年は振り返らないまま、マシンだけを肩の向こうに掲げて見せた。VSシャーシに乗ったレイホークガンマ、黒いボディにピンクのクリアキャノピーが目を引くマシンだった。やはりそれを投入し、先の二台よりさらに切れのある走りと、危なげなレーンチェンジブリッジの挙動を見せつけてくる。マシンを手に取ると、ここでようやく、少年は振り返った。
「・・・はぁ!?お前まさか!」
驚きの声を上げる壮太。俺も仮面に隠れていない左半分の顔に目を凝らし、驚愕した。
「湊、なのか?・・・そうか、お前が奴らの手先だったとはな。」
が、そんな俺らの反応にはDKもまた驚きを示していた。
「ミナトだ?オイオイ、まさかの知り合いってかい?つーかだ、クリヌシ様のお許し無くこいつらに接触してたってのかーい?」
「違う・・・たまたま、会ったんだ。」
それは、ひどく口籠もるような返事だった。湊は、ガーデン日吉に自ら来たはずだ。それをたまたまと否定したってことは、本当にクグツ衆の意図とは関係なしに来たってことなんだろうか。そんな疑問もふと頭によぎったが、こいつの何を信用していいのかもはやわからない以上、真意の程は知れない。
「壮太、今日はこのギャラクシアレイで勝負だ。」
「ふーん、そか。それが、お前のホントのマシンってワケ?」
「たぶん、違う・・・。」
湊は歯切れ悪く答えていた。そこで、DKがまた予想外の事態に気づく。
「んー?オイオイ、お子様向けの新品両軸トルクがないぜ。なぜ用意してやらなかったんだい?」
そこにあるのは他のフロアと同じ片軸仕様のアトミックチューンモーターばかり。湊のVSシャーシはそれでいいが、壮太のMSシャーシは前後両方向にギヤを持つ両軸モーター対応のため、使えない。
「荷物に入ってなかった・・・いい、壮太は普段のトルクで。」
「困った新入り君だぜ、クリヌシ様に忠実なるツギテの名折れだな。お怒りに触れなきゃいいが?・・・ま精一杯、クグツ衆の走りってのを見せつけてやるんだな。」
そう言って、DKは少々大袈裟に呆れて見せた。湊は再び壮太へと向き直る。
「壮太。一つ、聞いていい?こないだの走り・・・何をいじったの?」
先日、壮太のマシンが到底レーンチェンジブリッジをクリアできそうにない速さで、しかし見事完走して見せたカラクリのことを言ってるんだろう。そんなこと、これから文字通りのデスマッチをやる相手に聞くことか?ましてや敵対してる相手に。壮太はその意外な、しかし他意のなさそうな口調の問い掛けに対し、しばし躊躇う。
「・・・ま、セッティングわかってない奴に見せても問題ないわなー。」
壮太はエスペランサを掲げ、そのリヤローラー周りを強調するように傾けて見せた。
「角度調整チップ斜めに付けて、リヤローラーを外後ろに傾けたってわけ。レーンチェンジのフェンスが開き気味でも密着するし、若干リヤローラー上向きにもなるから、フロント落とし込みやすいし。へへっ、どーだ?」
「そう・・・クリヌシ様の計算の内、か。」
湊はやや落胆した様子で、自分のマシンのリヤローラーを示す。上下二段のローラーを固定する長ネジの根本には、やはり角度調整チップが取り付けられ、上のローラーが外側に傾くような取り付け方になっていた。同様に開き気味のフェンスを想定して、上のローラーだけ径を若干大きいのにして、安定性を高めるってのは聞いたことがある。決して突飛な技術じゃないから、クリヌシのセッティングに盛り込まれているのもやむなしか。しかし、壮太の自信は揺るがなかった。
「へー、よくわかってんだなー。んじゃ、計算外の走りってのを見せてやっかな?」
Intermission
最上階の九階は、ほとんど壁が無いような有様だった。フロアが広いから真ん中ら辺にいる分には安心できるが、より一層殺伐とした光景に映る。DKはコース脇までいくと向き直った。
「さぁ、君の相手はツギテの筆頭にして、クグツ衆のNo1たるこの俺様が仰せつかっている。神楽冴の最強マシン、ドライブウイングをお相手できるとはビッグな大役だぜ!・・・さ、じゃあ早速準備に移ってもらおうか?」
DKは黒いビッグバンゴーストGPAをベースにした、あのファントムノヴァとかいうマシンをちらつかせる。俺のドライブウイングと同じTZXシャーシ、装備はほぼ互角。しかし、勝てなかった。
「あ、ああ・・・。」
と答えたものの、俺はコースを眺めたまま立ちすくんでいた。マシンのセッティングは見直した、こないだよりは速度も安定性も幾らかよくなってるはず。やれるだけのことはしてきたつもりだ・・・だが、踏み出せない。
「んー、どうしたんだい?ビビッちまったかーい?」
伊緒が言っていた通り、奴らは何かしら罠を仕掛けているはずだ。あの虚空へ向いたレーンチェンジもはったりじゃない。しかし、その具体的な狙いが読めない不気味さがまた、俺をためらわせた。かといって今更引き返すわけにも行かない。どうやっても勝ち目のない勝負に引き出され、逃げ場を失った獲物のような気分だった。その時、階段の方から意外な声がした。
「ならその勝負、俺に譲ってもらおう。」
振り向くと、そこには全く意外な奴がいた。俺と壮太の上を行くジュニアレーサー、あの乾一だった。
「あーん、誰だい少年?」
「なんで・・・なんでお前が?」
「この近所に住んでる。お前らが模型店もないこの辺うろついてるの見かけて、おかしいと思ってついてきた。・・・話は見えている。お前ら、クグツ衆だな?」
フロアに置かれたDKのと思われる荷物の中に、例の仮面が置かれている。それを一瞥した後、一は愛車のトワイライトブレイカーをDKに向けて突き出し、言った。
「勝つに値するマシンを自ら作りもせず、ただ勝つことだけに意味があるのか?気に入らないな。」
「レーンチェンジを見せてもらいたいんだがな?」
「ドント、ダメだ。仮にもお客様、危ない目に遭わせるわけにゃいかない。そんなに古いレーンチェンジじゃない、心配しすぎさ!」
一はレーンチェンジブリッジの状態を確認したかったようだが、DKは危険を理由に近づくのを良しとしなかった。
「全て奴らの手の内か、まぁいい。」
「とにかく、まずは抑え気味にしたほうがいい。」
DKはああ言ったが、レーンチェンジのフェンスが開き気味といった罠もあり得る。劣化が酷いレーンチェンジだと、どんなに速度落とそうがコースアウトする。一がマシンに組み込んだ、連中曰く新品というアトミックチューンモーターもどうだか怪しい。俺の心配を余所に、一は短く答えた。
「わかっている。」
一のトワイライトブレイカーは落ち着いた走りを見せた。おそらくローラーセッティングとか、極力安定重視にしたんだろう。気になる新品モーターだが、今回は特別速いものじゃなさそうだった。
「・・・それほどでも無いな、むしろ遅過ぎるくらいか。」
「だからって無茶は禁物だぜぃ?」
ここでDKはようやく仮面を被り、じっとこちらを見つめてくる。正確には、内蔵カメラをこちらに向けていたと言うべきか。
「乾一・・・妨害者リストに該当あり、か。トワイライトブレイカー、それもクリヌシ様にとっちゃ目障りなものらしいな。」
つまり御堂姉妹と同じようなことを、こいつもやってたってことなのか。俺が向き直ると、一は言った。
「クグツ衆、奴らの三下なら今まで何度か下してきた。・・・幹部を名乗るからにはお前、速いのか?」
「そいつぁ愚問なクエスチョンだ!俺様こそはその中でも、最初にツギテを名乗ることを許された者。いわば、最もクリヌシ様に近い男、クグツ衆の体現者さ!・・・ほほう?なるほどフロントローラーの取り付け角変更っと。」
仮面の裏のモニターには、クリヌシからのセッティング指示が表示されてるんだろう。それを見ながら作業するDKを見て、一は呆れた口調で言う。
「そんな調子でその自信、か。使われる身の分際で満足とは、つくづくおめでたい奴だな。」
「おっと?そいつは勘違いだぁな。クリヌシ様は勝利を与える、応える者は勝利を得る。ギブアンドテイクな損得なしのやりとりさ。そうやって常にレースをリードする支配感、それこそがクグツ衆にのみ許される特権だ。不平不満なんぞあるかい?」
一は顔をしかめたようだった。
「虚しいな、そんなものに何の意味がある?所詮は目先の勝利、俺が目指す最高の走りにはほど遠い。」
すると、DKは一旦仮面外して荷物の方へ押しやった。そして、幾らか抑えた声で言う。
「まぁ、聞けよ?・・・力無い奴が、他に取り柄無い奴が、形だけの栄誉欲しさに勝利を望む。クグツ衆なんてのは事実、そういう奴らの集まりさ。だがなバット!俺はあいつらとはディフェレントに違うぜ。ツギテってのはクリヌシ様の力を継ぐべき候補者でもある・・・そう、クリヌシ様も明言されている。その筆頭たる俺様が、クリヌシ様の力をモノにする。この最高の力をな。そしてミニ四駆界の頂点に立つのさ!」
時折仮面を付けてないのは、そんな奴なりの底意を隠すためなんだろうか。連中が皆クリヌシの言いなりとばかり思っていた俺には意外に聞こえたが、一にとってはそうでもないようだった。
「・・・違わないな。結局、それはお前の力と言えるのか?借り物の力に囚われたか、哀れだな。」
「お前らだってその借り物のマシンで悦に浸ってるんだろ、あ?それにだ、あれこれ余所様の情報得ながらマシン組むのだってイコール同じだろ、あ?ただ、我々はその情報の精度が高すぎるというだけの話・・・なにかおかしなストレンジがあるのかい?」
「それは、そうだが・・・。」
そこは俺自身、今もどことなく否定しきれずにいる。確かに、俺は神楽さんの教えなしに、Nコードさんや壮太のアドバイスもなしに、ここまで速くなることはなかっただろう。それにミニ四駆の技術を紹介する本やサイトだってあるし、多くのレーサーがそれは参考にしてるはず。そういうのと何が根本的に違うのか、俺はうまく言い当てられずにいた。そんな俺の疑問に答えるかのように、一は言った。
「だが翔司郎、ただ言われるままにそれをやるかやらないか、やるとしたらどうやるか。決めるのは、いつだって自分自身だったはずだ。・・・いいか、結局連中は何でもいいから悦に浸りたいだけ、ミニ四駆を走らせること自体が、本当に好きなわけじゃない。それは、お前にもわかるだろう?」
ミニ四駆が本当に好きなわけじゃ、ない・・・それはいつもつっけんどんな一らしくない、柔らかい言い回しに聞こえた。一はもう一度、用意された新品のモーターとアルカリを積み、調整を終えたトワイライトブレイカーをコースへ入れる。さっきよりかなり速い、だいぶ攻めたようだ。そして三周目のレーンチェンジブリッジ、他のツギテマシンに比べれば幾らか無難な挙動で姿勢を低く保ち、見事着地してウェーブを抜け、無事戻ってきた。一はコースから引き上げたマシンのスイッチを切り、DKに言った。
「最後に聞くが・・・お前は、勝利に値する男なのか?」
「ハッ、そんなもの、全ては結果が決めることさっ!」
「いや、聞いた俺がバカだった。・・・そうだな、やってみればわかることだ。勝利に値するか否か、俺が見極めてやる。」
「さぁて、そろそろ時間だが準備はいいかい?」
十時ちょうど、各階とも一斉にレース開始とのことだった。一もDKもお互い、本番用の新品モーターに交換済みだ。
「電池だ、どっちでも好きな方を取るといい。」
DKはメーカー製のアルカリ電池を2セット差し出す。俺は疑い深くそいつを凝視したが、その銘柄はさっきまで練習で使っていたものと同じ、気にし過ぎか。一は迷うことなく片方を取り、パッケージを破るとマシンへ入れた。
「では、始めようかね!・・・おおっと、まずはこれをつけて、と。」
ここで再び仮面を被るDK。それからなぜか、荷物の中に転がっていた携帯ゲーム機を手に取り、スイッチを入れていた。ごついくてでかい、二十年くらい前の古い機種に似てる気がするが、少し違うような・・・見たこと無いやつだった。そしていよいよ、二人がチェッカーラインに寄って来る。ミッドレーンはDK、アウトレーンは一、レーンチェンジブリッジに突入する順番もこの通りだ。スターターは、余った俺がやることになった。
「じゃあ、行くぞ。ゲットレディ・・・ゴー!」
ストレートは横並びのまま進み、それからバンクを含む連続コーナーに入る。馴らし無しの新品モーターは普段の感覚からするとやや遅く感じるもんだが、二台ともそんな遜色を感じさせない切れの良さを見せていた。連続ウェーブを過ぎて二周目のメインストレートに戻ってくる二台。一のトワイライトブレイカーがやや遅れているが、アウト側を回ったにしてはさほどでもない。
「ほう!さすがVSシャーシだな。TZXじゃあちょいと分が悪い。さぁクリヌシ様、どんな走りを見せてくれますかね?」
DKはわざとらしく、他人任せみたいな言い方をする。確かにトワイライトブレイカーの方が速い、連続コーナーでもファントムノヴァはじわりと追い上げられていた。そんな流れの中で、ファントムノヴァがまず、レーンチェンジブリッジを上がっていく。そこで、誰もが全く予想しなかったことが起きた。
「お、おおっ!・・・なんてこったい、」
ファントムノヴァはレーンチェンジブリッジの下りでバンパー左がフェンスに乗り上げたままになり、そのままコース外へ横転。転がった先に当然フロアはなく、ビルの下へと消えていった。
「無様だな。」
一は捨てるように吐いた。あれだけ自信ありげだっただけに、DKは呆然としたまま口走る。
「クリヌシ様の託宣が、そんな。まさか、俺様のミスか!?いや・・・ハッ、そういうことか!」
そこでDKは何に気づいたか、急にまた余裕の態度を取り戻す。やがて三周目、いよいよトワイライトブレイカーがレーンチェンジブリッジへ。それほどギリギリを攻めてたわけじゃない、無難にクリアしてフィニッシュと、一もそう思ってたはずだった。しかし、トワイライトブレイカーは高めに浮き上がり、辛うじて左フェンスを捉えながらブリッジを下る。そしてコーナーを折り返してウェーブに入ったところで、ついに弾かれた。
「クッ、」
一の体が一瞬、コースの方へ駆け出そうとする。だがその一歩が踏み出されるより先に、マシンはもう、フロアの先へ見えなくなっていた。
一に続いて一気にビルを駆け下りる。途中のフロアには壮太や御堂姉妹がいたかもしれないが、気づかなかった。ビルを出ると、外は小雨が降っていた。一はマシンが飛び降りた位置を確認するためか、一旦ビルを見上げ、それから裏手の方へと向かっていった。俺もそれに続こうとしたが、すぐそばに積まれた鉄骨の影から鈍い音がするのに気づき、足を止める。覗いてみれば、ボズとかいうやつが持っていたFMマシン、トーラスモービルがタイヤを砂利に擦り付けて立ち往生していた。
「どういうことだ、なぜ・・・はっ!?」
嫌な予感がして、俺はすぐに一の後を追う。ちょうど各階でコースが設置されていた辺りの真下まで来ると、聞き慣れたモーター音がした。DKのファントムノヴァだ。ボディは砕けて外れ、シャーシの方は裏返ったままタイヤを空回しさせている。すぐ近くにはアイラのアストラルスフィアも転がっていたが、こちらはバンパーが砕け、スイッチも切れたのか完全に沈黙していた。そして俺は、恐る恐る建物の角を回った。
「奈緒・・・まさか、」
そこでしゃがみ込んでいた奈緒の背越しに、手元のクレイモアが覗けた。印象的なフロントカウルが壊れ、外れかかっているのがちらりと見える。もう少し先には、パーツを探してか地面に屈み込む一の姿があった。傍らに置かれたトワイライトブレイカーのボディには、大きな亀裂が入っていた。そこへ、壮太と伊緒も駆けつけてくる。
「なんか落ちてったけど・・・何あったんだ!?」
「奈緒!?翔司郎は大丈夫なのか?」
伊緒にそう聞かれた俺は一瞬言葉を詰まらせ、答えた。
「あ、ああ・・・お前らのマシンは無事か?」
「え?」
壮太は何の話かという顔をしていたが、伊緒はよく状況を飲み込んでいるようだった。
「ああ、大丈夫だ・・・だが、まんまとやられたな。やっぱり罠だった。」
カラクリはわからない。だが、奴らがそもそも俺らのマシンをこうするつもりだったことは、疑いようがないように思えた。
「オイオイこりゃあ番狂わせなハプニングだぜ・・・しっかし、クリヌシ様もニクいことするねぇ!」
DKはいつもの軽い調子で言った。他のツギテ三人もまた、平然としていた。
「何言ってんだ、お前らのマシンだって、」
「おおっと心配ご無用!同じもんなら一週間もあればまた作れる。それに、我らツギテはパーツもクリヌシ様から支給されてる身分だ、気にしないでくれていい。さ、今日はこれでお開きにしよう、ハッハ!」
そう言って、連中は自分のマシンを回収すらせず引き上げていった。恨み言の一つでも言おうかと思ったが、俺ははたと我に返り、ようやく一の側に寄っていった。そして、なんと言ってよいかわからないなりに、声を掛けた。
「すまない、俺の代わりに。」
「気にするな・・・おまえは勝負を捨てた部外者だ、関係ない。」
一は壊れたマシンに目を落としたまま、冷たく言った。
次回予告
伊「ソードブレイカーに守られるとは・・・数奇だな。」
奈「よかった。せめて、ドライブウイングが無事で。」
翔「でもお前のクレイモアは、」
奈「だいじょぶだって・・・大丈夫。」
翔「本当かよ、ボディどころかシャーシだってやられて、」
奈「ねぇ翔司郎・・・あんたはまだ、走れる?」
翔「俺は・・・。」
伊「次回エアーズ、Flag-022【折れた翼、砕けた剣、残されし希望・・・】」
壮「チェッカーラインを見逃すな!・・・見逃すなったら見逃すなよ!勝負はこれからなんだからな?」
一「わかっている。フィクションだからといって無謀な走りをした、俺のミスだ。ミニ四駆は安全なところで遊べ・・・絶対にな。これが、俺からの忠告だ。」




